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しいていうならお前の横を歩いてるのが魔王  作者: たぴ岡
最終章「しいていうなら(略
217/240

走れ子狸

三六四、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中


 数えきれないほどの世界が、きっとある

 文化が違う。人種が違う

 それでも、共通点があるとすれば、それは……

 たぶん、歌だ


 一定のルールのもと、紡がれる願いや祈りは

 より多くの言葉を伝えることができる

 この概念――!


 人魚の歌声が世界をめぐる

 最初は一人だった

 千年前なら、やはり一人だったろう

 しかし、いまは違う


 海で、空で、陸で

 世界各地で、天を仰いだ動物たちが鳴き声を上げてくれた

 生きとし生けるものの歌……


 それは、おれたちが生きてきた証だった

 同じ世界で、ともに歩んできたしるしだった

 決して真似することはできない、確かなきずなだった


 嬉しいことも悲しいこともあったけれど

 笑ってくれと言われたから……

 涙は見せないようにしてきた


 そのぶん、泣いてくれるひとが居たから

 しんみりするのは性に合わないよな

 さあ、歌おう


 ――希望の(うた)は、お前らの力になる


 

三六五、王都在住のとるにたらない不定形生物さん


 ありとあらゆる要素が、この一瞬に集約するかのようだった

 残された時間は、あまりにも少なく――

 明日では遅すぎて、昨日では早すぎる

 いま、この瞬間しかなかった


 ばらばらだった歯車が噛み合うように、決着のときが迫る


子狸「……!」


 子狸さんが加速する


 行く手に立ちふさがるは、人型の魔法動力兵

 パワー、スピードともに子狸の上を行くプレイヤーだ

 

 猛然と追い上げる騎士たちであったが

 外法騎士たちの献身が、子狸に幾ばくかの猶予を与えてくれた


 彼我の戦力差を考えるなら、歩くひとにパスするという手もあった

 それが、きっと賢い選択だった


 しかし、子狸さんは一対一を選んだ

 

 負けられない戦いがある

 避けては通れない戦いもある

 理屈ではなかった

 いまがそのときなのだと、子狸さんは理解していた


 脳裏を駆けめぐったのは、これまでに経験してきた数々の強敵たちだった


 抵抗むなしくレクイエム毒針の餌食になった、あの日……

 目覚めれば、年下の女の子に踏まれていた

 怪しい空中起動をとる鬼のひとに自慢の圧縮弾をあっさりと避けられた


 羽のひとには出番を奪われ

 骨のひとには圧倒され

 つの付きには子供扱いされ

 空のひとには軽くあしらわれ

 鱗のひとには一蹴され

 挙句、勇者さんに捨てられた……


 けっきょく最後の最後まで特装騎士には勝てなかった

 留年は確定してしまうし、散々だ

 パワーアップを果たして戦列復帰しても、謎の覆面戦士にぜんぶ持って行かれる始末である

 魔王との最終決戦に至っては、早々に退場させられるというハプニングに見舞われた

 それでも…… 


 おびただしい敗戦は、今日この日この瞬間のためだった


 いま、確実に作動したのを感じた

 ガチリと歯車が噛み合った感触がした

 運命の境界線が、戦いのときを告げる


 一人じゃない

 一人じゃない――

 どんなときだって、一人じゃなかった

 どこかの誰かのために、子狸は戦う

 それは、つまり応援してくれるひとが居たということだ


子狸「ハイパー!」


 湧き上がる闘志が鮮烈にきらめいた

 青と白、二色の霊気が沸騰する


 たちまち白色を駆逐した霊装は

 空よりも青く、海よりも青い


 星が見る夢には、続きがある

 過度属性は、魔物の外殻を再現する魔法だ


 魔物に生まれたかった

 人間に生まれたかった

 二つの夢が重なったとき、第八の属性は誕生した

 

 爆発的に加速した子狸が、人型に肉薄する

 ボールを支点に旋回し、ひと息で抜き去る

 真紅のマフラーが鮮やかな軌跡を残した

 その足元に、ボールは――


子狸「なにぃ……?」


 なかった


 霊気の外殻が霧散する


 足を止めた子狸さんに騎士たちが殺到する

 特装騎士の一人が、走りながら回収した家具の残骸に意念を込める


特装「アイリン! ドロー! ラルド! エラルド!」


 レベル3の魔物が壊したものは、開放レベル3でしか修復できない

 いつ誰が壊したものか判別がつかなかったから、順に開放レベルを引き上げた

 かくしてよみがえった机と椅子を、叩きつけるように並べる


 騎士たちの動きは素早かった

 いっさいの遅延なく子狸さんを包囲し、自白を強要してくる


騎士「お前がやったんだろ! 吐けッ」


 子狸さんの反応もまた常人の域にはない

 横柄な態度で椅子に腰掛け、ちらりと騎士を見る


子狸「いいのか?」


騎士「なに……?」


子狸「口の利き方には気をつけたほうがいい。おれは勇者一行の一員だからな……」


 権力を傘に着ようとする子狸さん

 旅の中、成長したのは勇者さんだけではない

 彼女の後ろ盾があれば、負けはしないのだと子狸さんは学んだのだ

 

 惜しむらくは、この小さなポンポコが国家の枠組みを越えた重要参考人だったことか


 業を煮やした騎士が、片手に光を生成する


騎士「ネタは挙がってるんだよ!」


子狸「うッ」


 度を越して強烈な光は、刺激となって容疑者に苦痛を与える

 チカチカとまぶたを刺す明かりに、おれたちの管理人さんがうめいた


 王国騎士が乱暴に机を叩いた

 帝国騎士が子狸の肩に手を置いて身動きを封じる

 連合騎士が優しい声音で自白を促してくる


 奇跡的な光景だった


 子狸さんの存在が、仲違いする三大国家を結びつけるかのようだった

 けれど、精いっぱい前足を伸ばしても

 すくい上げることができるものは限られていて……


 怒りの行き場をなくした大多数の騎士は、ついに切り札を晒した

 互いへと突きつけた絵札に刻まれているのは、心なし理想化されたお前らのイラストだ

 彼らは同時に叫んだ


王国騎士&帝国騎士&連合騎士「軍勢(ネクロマンサー)!」


 騎士団の小隊長は、在学中に適性があると認められたものが選ばれる

 部隊を率いるものとしての適性だ

 評価の基準は多岐に渡るが、資質の方向性は似通ったものになる

 一部の例外を除き、小隊長クラスの人間は“軍勢”のカードを持つということだ


 召喚されたお前らが真っ向から衝突した

 そんなことをやっている場合ではないことはわかる

 しかし召喚されたからには、つとめを果たさねばならなかった

 それがルールだからだ


 そして、それ行けファルシオン部サッカー編において――

 召喚兵の行動を妨げる規定はない

 審判をつとめる羽のひとが嘆きを声にした


妖精「なんだ、この球技!」


 それは、おれたちも薄々は勘付いていた魂の叫びだった


 同士討ちを強要されたお前らが悲しみの咆哮を上げた

 掲げられたカードから放たれる輝きが、お前らを望まぬ戦場へと駆り立てるのだ

 

 騎士たちの敵意は鋭く、撒き散らされる怒号には悪意が宿る

 もはや魔法動力兵など、彼らの眼中にはなかった

 この体たらくに、当の動力兵ですら困惑を隠せない

 仲裁したほうがいいのかと、悩むような素振りを見せている


 ――その甘さが命取りだ


 世界の危機に、騎士団が一致団結するとでも思っていたのか?

 甘い。甘すぎる

 そんなことは、ありえないのだ

 子狸さんがボールを奪われることさえ想定内だ


 一人の騎士が、そっと子狸包囲網を離れる

 さりげなく人型の動力兵に近付き、あっけなくボールを奪取した

 ぎょっとした様子の人型に

 まんまとボールを奪った騎士が、見せつけるように兜を脱いで素顔を晒した


歌人「一対一だ」


 歩くひとだった


 彼女は、もっとも人間に近しい外見を持つ魔物だ

 そこらへんを歩いている騎士を殴り倒して鎧を奪うなど造作もない

 あえて距離を置き、決戦の場を整えたのは、ただ倒すだけでは満足できないからだった


 歩くひとは言った


歌人「お前たちを、いま操っているのは誰だ?」


 通常の魔法動力兵は言葉を持たない

 だが、聞こえている筈だ


 ……返事はなかった

 詠唱できるのだから、発声機能そのものは組み込まれている筈だが……

 まあいい

 さして興味もない


 歩くひとも期待はしていなかったのだろう

 つれない態度に肩をすくめてから、ドリブル突破を仕掛ける


 動力兵たちが魔物の能力を模しているというならば、経験の差で勝てる

 しかし、それも少し前までの話だった

 

 突進した歩くひとが、動力兵の手前で激しくステップを刻んだ

 骨のひと直伝のクロスオーバーステップである

 慣性を保ったまま進路を横にスライドする走法だ


 しかし、これに人型は自分から下がることで対応した

 後退を助走にあてたため、歩くひとは引き離せない

 能力、技術ともに伯仲している

 認めざるを得ない。強敵だ


 前線では、見えるひとが敵のマークに苦しんでいる

 歩くひとは、身体を寄せられた状況下で正確なパスを放れる自信がなかった


歌人「くっ……まだか!?」

 

 だが、なんの勝算もなく一対一を挑んだわけではない

 歩くひとが欲していたのは、ポンポコ騎士団のメンバーが王城に辿り着くまでの時間だった

 彼らは、王族を守るよう勇者さんに言われていたのだ

 元々が宰相の直属部隊だから、非常時でも王城に出入りできるだろうという目論見があった

 この試合に、フィールドの制限はない。少なく見積もっても王都全域だ

 そこには王城も含まれる


 そして……

 子狸さんの意思を継ぐ彼らなら、まず確実にカードが変化している筈だった

 多くの小隊長は、“軍勢”のカードを持つ

 しかし、一部の例外は――



騎士A「“蘇生(リバイバル)”!」



 その声は、王都を満たす怒号に呑まれた

 しかし王城に灯った小さな輝きを、歩くひとが見落とすことはなかった

 人型を前線に釣り出しながら、待ってましたとばかりにバックパスを出す


歌人「遅いよ! これだから人間は!」


 悪態こそ吐いたものの、振り返ってボールの行方を目で追う彼女の声は喜色にあふれていた


 ポンポコ騎士団の隊長が新たに手にした“蘇生”のカード

 その効果は、退場者の復帰だ


 魔物界のプリンスが海面を切る燕のように王都を駆ける

 ぴんと伸びた背骨

 交互に振れる左右の上腕骨は、一流のスプリンターもかくやという鋭さだ


骸骨「見えるの~!」


 ボールに追いついた骨のひとの大腿骨がうなる

 中足骨がボールの真芯を水平に打ち抜いた


亡霊「骨の~!」


 骨のひとと見えるひとのホットライン!


 地を這うようなロングパスがフィールドを切り裂く

 

 見えるひとは、依然としてマークを振り切れていない

 だが、骨のひとのパスは正確無比だった

 ここしかないという一点にピンポイントで合わせてくる

 

 見えるひとは、障害物無視という特性を持つ魔物だ

 彼のマークについている人型も似たような特性を持っている

 高速振動して分子間を通り抜けるという荒業だ

 この二人の衝突は、互いに互いの特性を潰し合うことになる


 しかし、このとき見えるひとは――

 トラップする直前に、全身を霧散させた


 固唾をのんで見守っていたお前らが一斉に瞠目した


お前ら「スルー!」


 見えるひとの身体を突き抜けたボールが、無人のスペースを転々とする

 ――いや、無人ではない!

 骨のひとのロングパスは、さらに先を見据えたものだった

 最高の仕事をした見えるひとが、あとは任せると声を振り絞った


亡霊「牛さん!」


 ファウル覚悟で止めようとしたのだろう、飛びついてきた人型ともつれ合って倒れ込む


 アニマル三人衆の紅一点、牛のひとは最強の獣人だ

 その走力たるや凄まじく、人間の三倍速である

 つまり、彼女と駆けっこして勝負になる動物はチーターさんくらいなのだ


 だから、ひとたび彼女がボールを持てば、ほとんど別の競技になる

 トラップすると同時に、ボールが真横に跳ねた

 弾き飛ばしたボールを、先回りした牛さんがノーバウンドで受ける

 自分から自分へのパスだ

 ボールが高速で左右に行き来する

 相手が人間なら、ろくに反応することもできなかっただろう


牛「っ……しつこい!」


 だが、このとき牛さんをマークしていたのは、牛頭の怪人だった

 初動の遅れからパスを通してしまったものの、それ以降はぴったりと張り付いている


 視線を振れば、身の丈ほどもある戦斧が猛然と迫っている

 ファウル覚悟で止めるという次元を逸脱して、完全に戦闘行為だった

 これを牛のひとは、いかなる経緯を辿ったものか手元に戻ってきた究極のこん棒で受け流す

 52年モデルだ


 戦斧とこん棒

 薪割りをほうふつとさせる対決であったが、52年モデルがへし折れることはない

 あのこん棒には王種の魔力が込められている

 鬼のひとたちをして、これを上回るこん棒は後にも先にも作れないだろうと言わしめた逸品である


 耐久力に優れるというだけではない

 内に秘めた力が、とてつもなく膨大なのだ

 子狸さんの手前、あまり使わないようにしてきた“力”だが……

 

 鍔迫り合いに持ち込んだ牛のひとが、ついに開放の決断を下した


牛「力をっ、貸せぇー! イズぅー!」


 紫電がほとばしる

 共鳴した52年モデルが激しく放電した

 覚醒したこん棒から、堰を切ったように魔力が流れ込んでくる


 牛さんの動きが目に見えて加速した

 一撃ごとの重さも増している

 それだけではない


 まるで、こん棒そのものが意思を持つかのようだ

 自動的に生成された力場が牛さんを補佐している

 立体機動を交えた怒涛の猛攻に、防戦一方の動力兵が両眼を激しく明滅させる


 圧倒的な力だが、相応のリスクも生じる


牛「おあっ、やべえ!」


 52年モデルは、果実の生る枝だ

 ふだんの形状は、言ってみれば封印された状態に近い

 人間が使うぶんには問題ないだろうが

 おれたちとは強く共鳴するため、酷使すると発芽しはじめる


 魔改造の実シリーズの根元に連なるものであり――

 つまりは、逆算魔法の軸だ

 完全に覚醒してしまうと、おそらく逆算魔法の維持に支障をきたすことになる


 52年モデルの表面のぽこっと芽が出た

 これ以上はまずい

 四次元戦闘は人間の規格を超えているからだ

 逆算魔法が崩壊した瞬間に人類は死滅する

 最終的に生き返れば良いという問題ではないだろう?

 

 もう52年モデルは使えない

 だが、すでに趨勢は決していた

 こん棒を引き戻した牛のひとが動力兵を蹴り飛ばした


牛「ロコ!」


 鱗のひとは、攻走守そろった万能型の魔物だ

 彼は、まったく無理をしなかった

 性能が互角なら、勝てるところで勝負をすればいいと理解していたからだ

 牛さんからのパスを、ダイレクトで蹴り上げる

 

トカゲ「跳ねるの~!」


 最後の最後に勝敗を決したのは、異星人の余計なプライドだった

 跳ねるひとは、打撃力に特化した魔物だ

 彼の能力を模した筈の動力兵は、狼をベースにしている


 総合力では譲るかもしれないが、跳躍力では――

 飛び上がった跳ねるひとが、鱗のひとのセンタリングをヘディングで叩き落した

 最後のパス

 ゴールへの直通路が開いた

 

 この戦いに終止符を打つとすれば、適任者は一人しかいない


子狸「めっじゅ~!」


 主人公の出番だ!



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