あとは落ちるだけ
三一五、山腹巣穴在住の現実を生きる不定形生物さん(出張中
無敵の魔法はないから
この世界の戦いが長続きすることはない
崩れるように
落ちるように
勝敗は決する
帝国騎士団の猛将、不死身の男が見据える先
空中を滑るように獅子が駆ける
魔王の騎獣の上、視界は高速で後方へと流れていく
帝国と連合国の六個小隊
それらの指揮を、一時的に半裸が兼任している
世代最年少の中隊長、ノイ・ウーラ・エウロ・パウロには何もなかった
何も与えられなかったから、ミスを許されない状況下では
恨みごとを言うことしかできない
だから、この少年に、マイカルは何かを与えようとしていた
勇者の危機に、ちっぽけな勇気を振り絞ろうとした少年に、戦士の資質を見出したからだった
敵国であるという以前に、それはマイカルの戦士としての矜持だった
都市級と都市級のぶつかり合いは、合間に詠唱破棄の撃ち合いを挟む
当たれば儲けもので、撃たない理由がないからだった
数百、あるいは数千――
放たれた無数の圧縮弾が、互いの間隙を埋めるかのようだった
三大国家の上級指揮官には、三ヶ国の言語を修めたものが多い
相手の言葉を知らねば、罵ることも出来ないからだ
不死身の男も例外ではなかった
帝国騎士団には帝国語で、連合騎士団には連合国語で命じれば
指揮系統が混乱することはない
不死身「食い千切れ!」
王国騎士団と帝国騎士団は、戦歌の発展形にさらなる打撃力を求めた
しかし連合騎士団は、そうではなかった
彼らが求めたのは、敵の弱体化だ
半裸の指揮下、振り落とされないよう屈んでいる連合国の騎士たちが
一斉に意識の鋭敏化を行う
見開かれた目から矢のように放たれた視線が、半裸の指差した空間へと殺到した
治癒魔法の疑似的な投射
連合国が手にした新たな力は、そういったものだ
治癒魔法――逆算魔法の一端を引き出す魔法は、ほぼ最上位の性質を持つ
だから結果として、攻撃的な性格の魔法をなだめ、打ち消すことができる
治癒魔法で満たされた空間に、詠唱破棄が割り込む余地はなくなるということだ
対する帝国騎士団のチェンジリング・ダウンは、瞬間的な火力を追及したものだった
同格、同性質の魔法は打ち消し合うというルールがある以上
通常の戦歌砲撃は“面”の攻撃になる
簡単に言えば、ハンバーグを焼くときに真ん中を少しへこませるのと同じ理屈だ
その欠点を克服するためには、串を刺せばいいと彼らは考えた
軸となるものが全体を統制できれば、火力を一点に集中できる
そして、この発展した戦歌は
防御と回避を他者に委ねることができる状況下で、最大の威力を発揮する
鳥獣の特徴を併せ持つ白獅子は、決して人間たちをあなどっていたわけではない
もろく、つたない力も、束ねれば強靭な矛になる
足場となる力場を溶かされたことで、その確信はさらに深まった筈だ
だが、無視せざるを得なかった
それほどまでに、やはり都市級は強大なのだ
空のひとは、魔王軍でも一、二を争う膂力を持つ
お昼寝を邪魔された牛のひとがビーストパワーを解き放ち、都市級にランクインすることはあるが……
それでも、彼女が“魔獣”と呼ばれることはない
魔獣種と獣人種の間には大きな隔たりがある
具体的に言えば、空のひとは鱗のひとと跳ねるひとを引きずってトライを決めることができる
最重量でありながら最速という矛盾――!
その矛盾を両立しているのが、脂肪の下に隠された鋼の筋肉だった
鍛え上げられたそれは、ねばりとしなやかさを併せ持つ
料理人ならば一度は手にしたいと夢見る極上の鶏肉
ときどき子狸さんの視線が怖いと訴える、超S級の魔界地鶏だ!
このトリは自分が育てたと豪語する妖精属の姫が、グルメ垂涎の鶏肉の背を押す
コアラ「ヒュペス! 行きなさい!」
ひよこ「ケェェェエエエーッ!」
魔物と魔法動力兵には決定的な違いがある
しょせん機械である動力兵には美食家を唸らせることはできないということだ
そのことが魂の実在を証明するものではないと言い切れるか
コアラ「あなたのほうが、絶対に美味しいわ!」
最大の賛辞を贈った黒妖精さんが、にこっと笑う
コアラ「だから――」
ぱっと魔軍元帥の肩を離れた小さな少女が、振り返るよりも早く
迫るベアナックルに顔面を鷲掴みにされた
凄まじい握力だ
危急を告げる鈍痛に――
宙吊りにされた小さな闘士が、不敵な笑みを漏らした
お返しとばかりに手首を掴んで、ぎりぎりと力を込める
苦悶の声を上げる小さな白くまさんに、妖精属の姫は可憐に微笑んだ
コアラ「――わたしたちは、自らの意思でこの姿を選んだ」
すべては人気投票で上位に立つためだ
人と共に生きていくということ
共存していくということ
それは、つまり人気投票において一定の勝利をおさめるということなのだ
足場を失い体勢を崩した機兵を、空のひとがカチ上げる
開放レベルが有機生物の枠組みを超えたとき、力場は尽きることが無い
不可視の土俵を、躍動した鶏肉が力強く蹴る
魔物が、人間との戦いに全力を投じることはない
ないと言うよりは、できない
大小はあれど退魔性を持たない人間はいないからだ
魔物は、地上では著しく力を制限される
だから、他者から見れば下らないことでも
喧嘩するお前らは一時的に本来の力を取り戻すこともある
魔物の肉体は、細密に連結した魔法が現象を代行している
巨鳥の咆哮は、開放レベルに応じて最適化され――
仕事を終えてぼーっとしている魔力が“座標起点”という形態へと結実する
退魔性が低ければ低いほど“術者”の解釈はあいまいになる
本気になった子狸さんがよだれを垂れ流して戦うように
どん引きした学校の先生たちに自主的な停学を勧められたようにだ……
都市級の“声”は魔法の起点になる
無数の像を結んだ氷槍が内向きに放たれた
それらは避けようのない密度であったが、それゆえに果てしなく相殺し合った
投射魔法を盾魔法で防ぐといった効率の悪いことを、お前らはしない
盾魔法さんの本名は“ディレイ”と言う
レイは“力”、ディは“否定”を意味する
正しくは、拒絶を意味し……
拒絶とは、彼我の隔たりを明確にするものだ
だから、投射さんや放射さんといった
ぐいぐい前に出るタイプのひととは、あまりお近づきになりたくないと思っている
その点、拡大さんは相手の意思を尊重するので友達が多い
尽くすタイプなのだ
魔法の意思を伝えるという役割を持つお前らは、事なかれ主義に則った魔法の使い方をする
究極域の戦闘では、魔法のご機嫌を伺うことが明暗を分かつこともあるからだ
あまりにも魔法に近しく、それゆえにへそを曲げられて召喚声明を無視されたことも一度や二度ではない
人間たちは、あまりそういうことを気にしない
いや、気にする必要がない
彼らには退魔性があり、それが魔法にとっては最大の脅威だからだ
自ら差し出してくれるというのだから、じつに有難い話である
そして、今もまた人間たちは無自覚に失っていく
不死身「撃て!」
魔ひよこと獅子が空中ですれ違いざま、一斉に光剣が放たれた
串刺しにされた白獅子が体勢を整える前に、追撃の炎弾が容赦なく降り注ぐ
歴史上、都市級を打ち倒したものは勇者しかいない
快挙を成し遂げた不死身の男は、しかし厳しい眼差しを頭上へと向けた
開放レベル5の存在感は桁が一つ違う
不死身「王、種……!?」
とっさに脳裏を駆けたのは、雲海という言葉だった
人間は、土砂降りを蓋が抜けたようなと表現する
しかし蓋を開けてみれば、ひろがったのは海そのものだ
金切り声が耳朶を打った
逆さにぶら下がった巨大な人影は、女性特有の丸みを帯びた輪郭を持つ
姿かたちは戦力に直結しないから、相手が戦いにくい姿をとるのは当然のことだった
帝国騎士団の雄が、ほとんど本能的にひるんだ
都市級に立ち向かうことと、これはまったく別次元の問題だった
傍らの魔軍元帥に問いかける
不死身「おれたちは……お前たちは、いったいこれから……? 王種と、戦うのか?」
すると魔軍の将は、くつくつと喉の奥で低く笑った
開放レベル5を相手に、詠唱破棄は意味を為さない
答える余裕があると言うよりは、手段が限られすぎていた
魔王軍の総指揮官は言った
元帥「ラスボスを倒さなければ、エンディングは拝めない」
面白いだろ? と
彼は、ちっとも面白がっている様子もなく告げた
元帥「ゲームみたいだろ? ゲームみたいだよなぁ~……」
互いに命懸けなら、こうはならない
命を懸けるのは、自ら戦線に赴き戦うのは
常に、こちら側でしかなかった
魔火の指揮をとる黒騎士の指先がぶれることはない
彼は、堪えきれなくなったかのように哄笑を上げた
内に押さえ込んできたものが弾け飛び、口腔が裂ける
そこから覗いて見えたのは、真っ青な牙だ
騎士たちが目を剥いた
不死身「お前は……」
つの付きの正体が、鎧にとり憑く魔物であることは知られた話だ
誰も近付けなかったというだけで、至近距離まで寄れば鎧をつなぐ何かが見える
彼は、魔王軍にあって公平な将軍で――
他の幹部のように、下位の魔物を軽んじることはなかった
それは、つの付き本人が下層の出身者だからだ
どんなことにも理由はある……
つの付きは、口を開いて笑う
――数百年前、南極大陸で当時の管理人に呪詛が打ち込まれた
その呪いは、一族に強大な力を与える半面……
未来を、ある程度まで固定してしまう働きを持っていた
解決法は二つある
一つは、バウマフ家を根絶やしにすること
だが、これは確実な対処法とは言いきれない
時間に干渉できない筈の人間が、過去の詠唱を現在に反映できる――
チェンジリングできるというのは、理屈が通らないことだからだ
減衰特赦は、バウマフ家を起点とし他の人間たちに感染している可能性がある
そもそも被害者であるバウマフ家が、どうして犠牲にならなければならないのだ?
ならば、もう一つの解決法でいいとは思わないか……?
不意に虚脱した魔軍元帥が
破滅の意思を押し出すように、終末の剣をゆっくりと突き出し、構えた
その剣尖が向かう先は、水の精霊であり……
さらにその奥で指揮棒を振るう異星人だった
隠しようもない憎悪が牙を剥く
激情は魔力となって放たれる
不可視の鎖は端から千切れていく
構わず、つの付きは吠えた
元帥「へそ茶」
――説明しよう!
へそ茶とは、へそで茶がわくぜ(憤怒)の略である
真摯の怒りに身を焦がしたとき、ひとは言葉を選ぶ余裕すら失う
勇者さんみたいにスタイリッシュには行かないのだ……
神父「へそ茶……」
何故か子鼠が反応した
少年は、学びの途上にある
王種は、不死性に特化した種族だ
宝剣を以ってしても決定打にはならない
無限の再生力を持つため、致命傷にはならないということである
つまり、王種の詠唱を止める手立てなどないのだ
レベル5は、並行呪縛の制限を開放される
だから、王種は開放レベル5の魔法構造体を自在に生み出すことできる
だが、それらは魔火の剣で一蹴される
元帥「舐めるな」
獰猛に牙を剥いた黒騎士が、吐き捨てるように言った
元帥「超過なくして、転移と呪縛が完全に機能するものか!」
完全に模写した思考回路を持つ他視点の魔法を、分身と呼ぶのだ
王種は、開放レベル5だ。開放レベル6ではない
命令されたことを実行するよりしろは、魔剣の前では散るしかない
光輝剣と業火剣の別名は、精霊の宝剣と言う
精霊たちが宝剣を大切に隠し持っていたのは、それらに価値を認めているからだ
それは、つまり自分たちにとって一定の脅威になりうると認めるに等しい
しかし決定打にはならない
ならば、作戦はこうだ
神父「おうちに帰る!」
帰宅を希望する子鼠に、魔軍元帥は言った
元帥「騒ぐな! やつを成層圏外に押し出すぞ……! それしかない」
すなわち、相撲である
ひよこ「どすこーい!」
空を駆ける横綱の突っ張りが水の精霊に炸裂した!
三一六、海底洞窟在住の現実を生きる不定形生物さん(出張中
おお、貫通した
三一七、火口付近在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
貫通しちゃだめだろ
おっと、ラリアットのカウンター!
しかし空のひと、機敏だ
空中では俊敏に動ける魔ひよこ
以前とは違う……!
ラリアットを掻い潜り、自慢のくちばしでついばむ
ついばむ、ついばむ、ついばむ!
水の精霊は嫌がっている!
いいぞ、そのまま!
あ、平手でぶたれた!
三一八、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん
動物愛護協会が黙っていない光景だな
あんな怪獣じみたひよこを庇ってくれるかどうかは知らないけど……
いちおう投書はしておこう
むしろ、おれたちは絶滅保護指定を受けてもおかしくない筈……
オリジナルは言うほど多くないし
――否、絶滅保護指定すら生ぬるい
もっとだ……!
もっと
もっと、もっと
もっと、もっと、もっと
ちやほやされたいです……
三一九、管理人だよ
ひゃ~っ!
三二〇、山腹巣穴在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
群れなす騎士団が子狸さんに迫る
非常時であればあるほど
捕獲すれば何とかなるのではないかと思わせる何かが
おれたちの子狸さんには、ある
地上で子狸が哀れっぽい悲鳴を上げた
一方その頃……
地下では、勇者さんが珍しく活躍していた
肝心なときに体力が尽きるという、なんだか子狸みたいな駄目っぽさを
彼女は払拭しつつある……!
お前らに言っておきたいことがある
おれは、決して怠けているわけではないということだ
ここでおれが出しゃばっては、ハードルが一気に上がるだろうからな
なにも好きこのんで観戦に甘んじているわけではないのだ
そして誤解のないよう言っておくが
このおれがついている以上、勇者さんの身の安全は保障されたも同然だ
言うなれば、父兄が見守る運動会みたいなものだ
そのとき、おれははっとした
――シャッターチャンスだ!
勇者さん、ここでカメラ目線!
カメラ目線を下さい!
おっと、睨まれた
うむ……
よし、うまく撮れてる
あとで、こきゅーとすに動画を上げておこう
この機会を逃しては、二度とないかもしれんからな……
四方から襲い掛かってくる動力兵を
勇者さんは多重顕現した宝剣で迎え撃つ
魔都において、すでに兆候が見られた意識圏の拡大がはじまっている
これは、言ってみれば魔法使いの感覚だ
ポンポコ級の術者ならば、壁一枚を隔てて入浴する異性の肌の輪郭を感じとることくらいは出来る
そのことを隠そうとしないものだから、子狸さんは上級生の修学旅行にのこのことついていっても隔離されてしまうのだ
あの小さなポンポコにとって唯一の誤算だったのが、勇者さんの退魔性であろう
だが、その障害は取り除かれつつある
射出された光剣が貫き、縫い止めたものが未来のポンポコでないことを祈りたい……
勇者「金輪際、同じ部屋で寝泊まりはしないわ」
それは、旅の終わりを意味する言葉だった
邂逅のときは近い
少し言い過ぎたと思ったのかもしれない
勇者さんは訂正した
勇者「……五感を封じておけば、だいじょうぶなのかしら」
魔力と同期して得られる感覚は、肉体によるものではないから錯誤が起きる
これは個人差があるのではっきりと言いきることは出来ないものの
子狸さんの場合は、嗅覚に集約されることが多い
想像しにくいとは思うが、目には見えないものを鼻で感じとるのだ
だから雨が降ると感覚がにぶる
あとは、耳だ
あまり注目されていないが、子狸は常人よりも五感そのものが発達している
とくに聴覚は鋭敏で、葉っぱがこすれる音を聞いただけで大体のことはわかるらしい
森で子狸さんと遭遇したら、対抗しようなどとは思わないことだ
とくに野生化していると、おれたちにも噛みついてくるからな……
反抗期というやつだ
勇者「…………」
打ち倒された動力兵の身体が光に変換されていく
まず、願いを叶えるというルールがある
そのルールを閉ざしているのが回路だ
迷宮と言ってもいい
鍵は、用意されたものが手元にある
扉を開けていくことで、現世に召喚されるもの
それが魔法だ
願いを叶えるものが先に立つから
純粋な魔力は、どこにでも行けるし、何にでもなれる
空間や時間に縛られることはない
だから彼我の距離を定めるものは、究極的に仲間かどうかだ
魔力は、より近しいものの傍にある
動力兵たちの残滓が宙を舞う
それらは、まるで食べ残しのように文字を刻んだ
これは、変形の爆破術だ
動力兵たちの目を介して魔法を使っている……
しかし、それは当然のことなのだ
動力兵たちの身体を維持しているのが彼ら本人だとしても
どんなことにも、はじめはある
魔法の遠隔操作なくして、自律稼働する機動兵器は成立しない
つまり、この先にいる術者は、バウマフ家に匹敵する魔法の親和性を持つということになる
それは、どういうことなのかと言えば
いかなる可能性を辿っても魔法使いにしかなれない存在だ
あらゆる時間軸で魔法を拒絶しない、あるいは魔法に保護されている……
退魔性を駆逐するために選ばれた、魔法を導くものだ
愛の伝道師のようなものである
勇者「だいぶ違うと思うの……」
反論する勇者さんだが、正面から目を離しはしない
猛虎の構えをとるおれを無視するあたりがシリアスだ
彼女の視界で、光の文字は躍る
Stage 1 Clear!
Now Loading……
Level 2 Revival!
薄闇の中、勇者さんの手から伸びる聖剣だけが光を放っている
少女の目の前で、新たなる魔法動力兵が音もなく編まれていく
最初に形を成したのが、無限回廊だ
概念上にしか存在しないものだが、魔法は物理法則の外にある
この無限回廊こそが魔法動力兵たちの動力源だった
いわゆる核と呼ばれる、永続魔法の発信源である
これがオリジナルなら話は簡単なのだが
さすがにおれの前にオリジナルを放って寄越すほどの勇気はなかったらしい
手出しはしないと言うのに……
少しはおれのことを信じてくれてもいいと思う
もちろん、そのときは八つ裂きにするが……
それはそれ、これはこれだろう
大まかに言って、魔法動力兵は四つのパーツからなる
まずは動力源の核。これは人間で言うところの“心臓”に近い
そして“脳”と“神経”に相当する魔力回路
残る二つが、全身を支える骨格と、骨格を保護する外殻だ
それらの完成を待つほど勇者さんは甘くない
どちらかと言えば、彼女は子狸さんがポンポコデーモンに変身する前に叩く派だ
せっかちさんである
勇者「!」
だが、彼女は直前で踏みとどまった
耳を伏せて、飛び退く
どうしたのだろうか?
彼女は、眉をしかめて言った
勇者「この力は……コニタたちと同じ……?」
ついに幻聴が……
憐れみの視線を向けるおれを、勇者さんはきっと睨みつけた
子狸さんの気持ちが少しわかる
これは癖になる
振りはらうように、勇者さんが前に出た
勇者「あなどるな! わたしだって、横からごちゃごちゃと言われたら気に入らないと感じる!」
少し奇妙な話になるが……
千年前、おれたちがぽこっと生まれたとき
この星には、すでに文字があった
だから、いわゆる古典と呼ばれる物語もあったし
その中には、やはりさまざまな英雄がいて
ばったばったと悪者を成敗していたりもした
彼らが実在しないのは
それが物語の中での出来事だからと言うよりは
物語が二次元に属する世界だからと言ったほうが正しい、と考える
この世界は三次元だから、厚みが無いものは出てこれない
魔法も同じだ
つまり魔法を生み出すためには、厚みを与えれば良いということになる
もちろん“厚み”というのは、たとえであって……
ようは、三つの“物差し”が必要なのだ
魔法と異能が交差して、はじめて現実に座標が生じる
魔法なくして異能は存在し得ない
異能なくして魔法は存在し得ない
あるいは、一方を縫い止めるための待ち針みたいな機能を持つ……
反作用というのは、そういうことだ
本質的に同格の存在なので、おれたちは異能が苦手だ
だから魔物に適応者はいない
魔法側の適応者、バウマフ家に異能が芽生えることもなく
あったとしても、極めて可能性が低い
ただし、魔法と異能は交差する宿命にある
希少な筈の適応者が、子狸さんのまわりにごろごろと居るのは、そのためだと思われる
出会うべくして出会ったのだ
おれたちに、彼らの声は響かない
壊れた異能は、時間軸を越えることがある
ならば、世界をまたぐ異能もあると見るべきだろう
魔法がそうであるように
核と回路さえ出来てしまえば、骨格と外殻の再生は一瞬で済む
完成した人型の動力兵が飛び上がった
純白の外殻に覆われた機体は、じつのところ核の手足だ
心臓はハートであり、感情と直結しているがゆえに
人間たちは、そこに“心”があるのだと信じた
魔法動力兵に心はない
だが、彼ら本人は、おそらくそのように考えていない
核がうたう
まどろみの中、たゆたう歌だ
自分はここにいる、と呪言兵は叫ぶ
力場を踏んで宙を駆け上がった人型が、下方に片腕を突き出した
解き放たれた氷槍を、勇者さんは手元に引き寄せた聖剣で受ける
彼女は、押し返すように叫んだ
勇者「何をしても無駄ならっ、無駄だって言うならっ、黙って見ていればいい! 文句は言わせない!」
へそ茶、である