せめて悔いのないように
二九六、王都在住のとるにたらない不定形生物さん
まるで第九次討伐戦争の再現のようだった
最後の問いを胸に、勇者が闇の祭壇へと臨もうとしている
彼女は、強くなった
いや、強くなりすぎた
苦楽をともにした仲間たちの助けを、必要としないまでに
少女の手から光刃が放たれたとき
同様にさじを投げられた騎士団は、救いがたく袂を分かちつつあった
目指すところは同じ筈なのに
どうして仲良くできないのだろうか?
本当に不思議でならない
いつも喧嘩ばかりしている鬼のひとたちですら
共同作業するにあたって互いを尊重したというのに
騎士どもときたら、このありさまである
王国騎士「え? なんなの、そのトゲ? なんか意味あるの?」
帝国騎士「白銀とか。正直、ないわ。お前ら、あれ見た? 魔王の。おれなら直視できないね」
連合騎士「よせ。こんなときにまで、ごちゃごちゃと……。言い争っている場合か!」
王国騎士「あれ? もしかして連合国の方ですか?」
帝国騎士「前々から聞きたかったんですけど、この布、なに? なんのためにぶら下げてるの? お洒落?」
連合騎士「……さわるな。これは識別用だ。出身国を明確にするためのもので――」
王国騎士「え? ごめん。ちょっとよくわからない。なんで識別する必要があるんですか?」
帝国騎士「あなた、連合国の騎士ですよね? 出身地とか訊いてもいいですか? あ、やっぱりいいです。聞いても、たぶんマイナーすぎてわからないんで」
王国騎士「小国(苦笑)」
帝国騎士「気に障ったらごめんなさいね、おれの国だと連合国とかひと括りで習うんですよ」
連合騎士「……お前らさぁ、連合国、連合国とか言うけど、お前らの国だって元々は一緒じゃねーの」
王国騎士「あ?」
連合騎士「落ち目なんだよね」
帝国騎士「あ、王国と一緒にしないでくれる?」
王国騎士「へえ……」
帝国騎士「あれ? 違った? まあ、お前っとこの王族は、何かっつうと分家が分家がって言うけどさ……」
王国騎士「……言ってみろよ」
帝国騎士「うん……怪しいもんだよな? お前っとこの王家、ぼさっと突っ立ってるだけじゃん?」
王国騎士「裏切り者がよく言うわ」
連合騎士「あ~あ、言っちゃった……」
彼らは騎士だ
牙なき人々の剣であり、盾でもある
彼らを強固に結びつけるものがあるとすれば、それは共通の敵に他ならなかった
それゆえに、おれたちの子狸さんは憎まれ役を買って出たのである
ハットトリック宣言をした小さなポンポコに、言い争っていた騎士たちが瞠目した
子狸を巣穴へと追い込むのは、いつだっていわれなき罪だ
王国騎士「やつだ……!」
帝国騎士「豊穣の巫女の、片腕……!」
連合騎士「とらえろ! やつは外法騎士どもと何らかのつながりがある!」
外法騎士とは、過度属性に目覚めた騎士のことである
軍規を乱す存在を、騎士団は認めない
一度でも例外を許してしまえば、とりとめがなくなるからだ
そして、過度属性の開放条件は、じつはよくわかっていない
だから、それが人為的なものであるという噂を否定しきれる証拠はなかった
外法騎士たちが、定期的に人目を避けて集会を催しているのは有名な話だった
その集会には、フードをかぶった小柄な人物がたびたび姿を現すのだと言う……
そこで執り行われているのが、洗礼という儀式だった
洗礼を受けたものは、霊気を開放される
つまり、このフードの人物こそが外法騎士たちの祖であり、過属の種をばら撒く諸悪の根源であるという説だ
騎士たちは誤解している
正義のために日夜戦う子狸さんは、外法騎士たちの集会に潜入することが多々ある
真っ当な道へと戻るよう、説得するためだ
同じく潜入してきた騎士たちと鉢合わせになるのは、しごく当然の流れだった
――だが、現実は常に残酷だ
群れをなして突進してきた騎士たちに、鼻で笑った子狸が前足を蠢かせる
子狸「愚かな……」
次の瞬間、霊気を開放された騎士たちが、かつての同胞の前に立ちふさがった
いったい誰が予想し得ただろうか?
この子狸こそが、ポンポコ卿の正体だったのである! ばーん
外法騎士「控えろ、卿の御前だ……」
王国騎士「ばかな!」
騎士たちが悲鳴を上げた
外法に堕ちた騎士を、見た目で判別することは出来ない
離反すれば、それだけで騎士団の隊形は崩れる
だから、この上なく完璧に実働部隊の弱点を突くことになる
人員の補充が利かないという点だ
隊形を崩した実働部隊は、戦歌の柔軟性を失う――!
泰然として前足を組むポンポコ卿に、一人の外道がひざまずく
外法騎士の導師であるポンポコ卿は、七人の使徒を持つ
すなわち、外法騎士の上級指揮官たちだ
彼らは“洗礼名”という、とくべつな名前を持つことでも知られていた
子狸「ここは任せたぞ、“オルタナトス”」
使徒「はっ」
目の前の戦いにおのれの全存在を賭したとき、外法騎士は誕生する
何かを守るということ
失われゆくものを惜しむということが
必ずしも騎士団の在り方と合致するとは限らない
自分の守りたいものが、大多数に含まれるという保証はないからだ
大多数とは、つまり国だ。個人ではない……
譲れない一線があり
守りたいひとがいる
それらが齟齬をきたしたとき
ひとは残酷な選択を迫られる
外法騎士は、命の賛美者だ
生命と大儀がぶつかり合うさなか、儚く散りゆくものに
かけがえのないものを見出した人間は、決して後戻りできない
差し伸べた手に、侵されざるものが宿っていると、知ってしまったから
子狸「理想郷は、もうすぐそこまで迫っている……。準備を万端にせよ……われらの盟主をお迎えするのだ……」
外道たちは、首を長くして盟主のお帰りをお待ちしております
二九七、樹海在住の今をときめく亡霊さん(出張中
ポンポコ卿の正体が子狸さんだったなんて……
二九八、墓地在住の今をときめく骸骨さん(出張中
いまになって思えば
ポンポコ卿が現れたとき、たしかに子狸さんは居なかった……
二九九、湖畔在住の今をときめくしかばねさん(出張中
いや、おれは何度か一緒に居るのを見たぞ
いったい、どういうことなんだ……?
三〇〇、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
! おれは気付いてしまった……!
三〇一、火口付近在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
何か知ってるのか、海底の!?
三〇二、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
うむ……
ポンポコ卿と子狸さんが並んだときは
例外なく巫女さんが見学に来ていた……!
そして、彼女は……
子狸さんの、フードをかぶると大人しくなるという習性を知っていた!
つまり……!
三〇三、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん
くっ、なんてことだ……
替え玉というわけか! まんまと騙されたぜ!
三〇五、管理人だよ
ふっ、どうやらバレてしまったようだな
そうです。このおれがポンポコ卿なのです
三〇四、山腹巣穴在住の現実を生きる不定形生物さん(出張中
子狸さんの狡猾なるアリバイトリックに、まんまと騙されていたお前ら
ポンポコ卿の満を持しての登場に、いよいよ魔物リーグは混迷していく
敵の敵は味方だと、誰が決めた?
お前らのレギュラー争いに、最初に名乗りを上げたのは誰だったか……
「ボールを……」
それは、はたして何を意図したものだったのか
「ボールを、奪えーッ!」
確実に言えるのは、その一言が騎士団を動かしたということだ
彼らが欲していたのは、目に見える“目標”だった
戦端を開く理由だった
色が違う
たったそれだけのことで
たったそれだけのことが、戦う理由になることもある
怒号を晒して駆け出した騎士たちの中
置き去りにされたかのように
一人、老騎士が佇む
「そうだ。それでいい。馴れ合いなんざ、いらん」
彼は、天を仰いで独りごちる
「お前はどうだ? そろそろ目が覚めたか――」
そうして、つぶやいたのは古い友人の名だった
勇者の語る理想に毒された哀れな女の名だった
三〇五、湖畔在住の今をときめくしかばねさん(出張中
……あれだな
けっきょくのところ、子狸なんだよね
バウマフさんちのひとは、いつもそう
どんなにささいなことでも、どんどん悪いほうに連鎖していく……
三〇六、沼地在住の平穏に暮らしたいトカゲさん(出張中
やっぱり野放しにするべきじゃなかったんだよ……
三〇七、魔都在住の特筆すべき点もないライオンさん(出張中
……よしっ
お前ら、気を取り直して行こう!
騎士団は、もうだめだ! すっぱり諦めよう
前向きに、前向きに
まず、突入部隊が味方になったのは大きいよね
殲滅魔法を連発してくれるから、おれはこのまま押し切れそうだよ!
蛇さん、そっちはどう?
そういえば、何か言いたいことがあるんだっけ?
三〇八、砂漠在住の特筆すべき点もない大蛇さん(出張中
う、うん
なんか、そういう雰囲気でもなくなってしまったが……
まあ、いい
では、改めて……こほん
……あれは、そう、数年前の話だ
三〇九、王都在住のとるにたらない不定形生物さん
おい。その話は長くなるのか?
長くなるんだろうな……
しかも、どうせ無関係な話なんだろ?
あとにしてくれ
三一〇、砂漠在住の特筆すべき点もない大蛇さん(出張中
こらこら、決め付けるんじゃないよ
まあ、聞きなさいって
悪いようにはしないから
三一一、王都在住のとるにたらない不定形生物さん
……なんで、とりあえず無関係な話をするんだ
お前らときたら、いつもそうだよ
さも深刻そうな話しぶりで
これっぽっちも! 関係ねーことをねちねちと……
三一二、砂漠在住の特筆すべき点もない大蛇さん(出張中
だから、聞けって
今回は違うんだよ。信じろ
そうさな……
あれは数年前の話だ
おれが自宅で趣味のガーデニングをしていると
のこのこと古狸さんが遊びに来たことがある
あのひと、お住まいが三角地帯に程近いもんだから
ちょくちょく遊びに来るんだ
そんで、おれが心血を注いで整えた砂模様をね
こう、後ろ足でざくざくと乱しやがる
何をしに来たのかと訊いたらさ
相談があるとか言うもんだから
とりあえず聞くだけ聞いてみようかという気にもなるだろ?
まあ、忘れてるわけよ
基本だな
相談しに来て、内容を覚えてるほうが珍しいわ
そこは、基本だ
基本に忠実だな。いいことだよ
その日は、結晶を前足で積み上げて巣穴に帰った
そんな感じで、三週間か、毎日な
同じことを繰り返して……
もう終わりがねーんだなと思ったんで
跳ねるひとに相談してみたのね
ほら、あのひと、本家のご近所さんだからさ
あの日は~……満月だったから、完全にうさってたな
満月の夜と言えば、恒例の決闘イベントだ
ああ、これかって思ったのね
なんでか知らないけど、グランドさんは跳ねるひとが自分の嫁を狙ってると思い込んでて
定期的に決闘を挑んでは、あっちへころころ、こっちへころころと転がされるんだよね
その件かな、と
おれ、ぴんと来たわけよ
でも、そうじゃなかった
ぜんぜん違ったんだ
おれは見つけてしまった……
お前ら、これを見ろ!
【もっともっとポンポコたちに夢でお告げをしてみるコーナー】
馬「お屋形さまにもっとうまくやれって言われた……」
海底「お題に無理があったか」
庭園「次はもう少し慎重に行こう」
子狸「だな」
馬「うおっ。子狸に嗅ぎ付けられた」
海底「さすがの嗅覚」
庭園「構わんが、あまりこきゅーとすに入り浸るなよ。王都のが怒る」
子狸「いま羽のひとに怒られてる」
庭園「ん? 王都のが、か? 今度は何やらかしたんだ、あいつ」
子狸「わかんない」
海底「天井から吊り下げたバナナをとれるか実験しようとしたらしい」
馬「時期尚早だな」
庭園「ああ。ちなみに時期尚早とは、もう少し大きくなるまで待ったほうがいいということだ」
子狸「お前ら、早くおとなになれるといいね」
海底「さいきん、だんだん生意気になってきた」
庭園「なんで例外なく口答えするようになるのか。不思議でならない」
馬「さて、お前ら。第三回となるお告げしてみるコーナーですが」
子狸「おれは?」
馬「質問の意味がわからないこともさることながら、自分のことは僕だろ。おれらの真似しちゃだめ」
海底「お前、地味に言葉遣いが荒いなぁ……」
庭園「ひとのこと、お前とか言うな。この前、巫女さんにも言われただろ」
子狸「ひとのふり見てバッケンローだ」
馬「もう、めちゃくちゃじゃないですか。どういうことなの……」
……などといった遣り取りが過去にありっ
てっきり現場を押さえたと思ったら、ぐだぐだと国語の授業に突入したお前らに
おれは遺憾の意を表明する次第です!
お三方、申し開きがあるならお聞かせ願いたいものですなっ
三一三、夢在住の特筆すべき点もないお馬さん(出張中
いえ、申し開きと仰られましても……
三一四、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
いま、この瞬間ぐだぐだしている件に関して、お前の申し開きを聞きたい……