巣穴に鳴る呼び声は
二一三、王国在住の現実を生きる小人さん
王国は、地理的に恵まれている
温暖な気候と肥沃な大地
降水量は一年を通して安定していて
水源は豊富にある
言うなれば、大陸の一等地だ
古代遺跡が連合国にあるのは
たぶん、あそこが人類発祥の地だからだ
王国は、陸上生物にとって理想的な環境である
それゆえに人類の祖先は、足を踏み入れることができなかった
ライバルが多すぎたのだ
だが、魔法使いともなれば話は別だ
無償の愛に目覚めた術者たちが運命に導かれたように出会い
牙なき人々を守るという誓いを立てたとする
もちろん争いは好まない
希望を胸に、彼らは長い旅を続ける
理想郷へ
つまり、超古代文明の実在を証明する“何か”が
王国の地下に埋もれていても何ら不自然ではないのだ――
二一四、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん
はじまったぞ
ねつ造がはじまった
もうね、前提条件がおかしい
三日で滅ぶだろ
全国民が子狸みたいなもんじゃねーか
初日を乗り切れるかどうかも怪しいわ
二一五、連合国在住の現実を生きる小人さん(出張中
羽のひとは勇者さんに甘い
その証言が、保身から来たものではないと証明できるか?
いいや、できない
友情などという脆弱な反論材料は、証言の場において不利にしか働かないのだ
アリア家の地下に格納庫があるのではない
格納庫の上に、アリア家が押しかけてきたと考えるべきだった
あるじが不在の屋敷内に、警報が鳴り響く
びっくりして寝室から中庭を覗いた女性は、勇者さんと少し似ていた
窓越しに眼下の中庭を見つめる彼女の目が大きく見開かれる
勇者さんのお散歩コースが、地響きを立てて左右に割れた
中央に鎮座する聖なる海獣をあしらった噴水が、用無しとばかりに地下に収納される
代わりに迫り上がってきたのは、巨大な騎士だった
陽光の下、にぶい輝きが滴るように尖角を伝う
水しぶきを浴びて、鎧の表面が艶かしい光沢を放つ
王種にも匹敵するであろう、その巨体……
収納スペースが余ったため、機体内部の操縦席は豪華な造りになっている
三叉路めいた形状の座椅子が
水車みたいに、くるくると回るのだ
全方位を見張ることができる先進的なシステムを採用――
もちろん戦闘機動中とて容赦なく回る
そのため、モニターの一点を見つめていると、どんどん首がねじれていく
座席が三つ用意されているのは、パイロットの負担を減らすためだった
厳正なる話し合いの結果、機体を操縦するメインパイロットは帝国のん
機体の健康状態をチェックするオペレーターは王国のん
そして、索敵を行うレーダー担当がこのおれ……連合さんである
従来の鎧シリーズではパイロットが一人で出来ていたことを
あえて三分割したことで、心の余裕を獲得することに成功した
その代償として、正確に何が起こっているのか把握できるものが居なくなってしまったが……
おれたちの連携を以ってすればプラスに働くはずだ
おれ「レーダーに反応なし! 敵影ありません!」
王国「システム、オールグリーン! 行けます!」
帝国「……えっ。おれ、お前らの報告を信じて動かすしかないの?」
なにぶん急だったので、試運転すら出来ていない
これが初搭乗である
勝手の違いに帝国のんが面食らっていた
だが、心配は無用だ
こんなこともあろうかと、説明書を用意しておいた
コクピットの様相があきらかに図面とは異なるが、そこらへんは帝国のんが担当した箇所である
メインパイロットが把握しているなら、まず問題はない
ただ、はっきりと言えるのが、おれと王国のんは道連れにされたということだった
王国のんは、きれいに切り分けた魔りんごをつまみながら説明書に目を通している
しゃくしゃくと響く、瑞々しい咀嚼音が
一人だけ何を食ってんだという、おれらの不満を現世へと照らし出すかのようだった
王国のんは言った
王国「どうして回るんだよ」
帝国「……聞きたいか? 教えてやる。自爆ボタンをお前らに押させないためだよ。どうせ仕込んであるんだろ?」
自爆は基本だろう。外せない要素だ
レベル4が現れた以上、もはや一刻の猶予もない
――総力戦になる
大きく深呼吸した帝国のんが、瞳を閉じた
脳裏をよぎったのは、これまでのツッコミ続けた半生だ
楽しかった日々
悲しいこともたくさんあったけれど……
失ったものばかりじゃない
起動シークエンス完了
動力炉がうなりを上げる
クールからホットへ
仮想モニターが帝国のんを幾重にも取り囲む
高速でスクロールした文字列が最後に結んだ文は
ごくありふれた古代言語の定型文だった
Me Low
Me Now Jast
Release
You Too!
ゆっくりとまぶたを開いた帝国のんが、コントロールレバーを押し込んだ
ゲインが跳ね上がる
勇者さんに似た女性が唖然と見守る中
巨躯を屈めた第六世代の鎧シリーズが空高く跳躍した!
二一六、帝国在住の現実を生きる小人さん(出張中
火のひと、待っていろ
すぐに駆けつける!
二一七、空中回廊在住のごく平凡な不死鳥さん(出張中
……もしかして三人で作ったの?
しかも、ばらばらに?
二一八、王国在住の現実を生きる小人さん
うむ。こんなこともあろうかとな
まあ、お前の危惧するところもわかっているつもりだ
たしかに、まぼろしの三号機の試験機は失敗に終わった
だが、ひとは成長する
あのときのおれらとは違うぜ
二一九、魔都在住の特筆すべき点もないライオンさん(出張中
……本当にだいじょうぶ?
爆発しない?
二二〇、連合国在住の現実を生きる小人さん(出張中
するわけがない
多少、設計図を逸脱したが
そのぶん、ジュネレーターを大幅に強化してある
二二一、帝国在住の現実を生きる小人さん(出張中
ふっ、おれもだ
無断で改造されることは見越してある
設計図など、しょせんは欺瞞でしかないからな
二二二、王国在住の現実を生きる小人さん
はっ、そんなこったろうと思ったぜ
余計な機能は閉ざすようプログラムしてある
ロックを解除できるのは、おれだけだ
二二三、連合国在住の現実を生きる小人さん(出張中
甘いんだよ
その程度のことも想定していないと思ったのか?
お前らが寝ている間に、機体を丸ごと入れ替えておいた
残念だったな
二二四、帝国在住の現実の生きる小人さん(出張中
ばかめ
それは、おれが用意した替え玉だ
機体の入れ替えトリックなんざ使い古された手口なんだよ
二二五、王国在住の現実を生きる小人さん
待て。替え玉だと……?
二二六、帝国在住の現実を生きる小人さん(出張中
……お前、何をした
二二七、王国在住の現実を生きる小人さん
……気にするな
確率は――
三分の一だ
二二八、連合国在住の現実を生きる小人さん(出張中
……急ごう
二二九、王国在住の現実を生きる小人さん
ああ、王都は――旧魔都は……
おれたちの別荘は! この、おれたちが守る!
二三〇、迷宮在住の平穏に暮らしたい牛さん(出張中
何故、今になって行き先を変更したのか……?
二三一、山腹巣穴在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
お前ら、そんなことよりも勇者さんを引き止めてくれないか
本気で地下神殿に向かうつもりだ
誰だよ、闇の宝剣にゲートを開く機能があるとか言い出したの……
ふつうに行けちゃうだろ、地下通路にさぁ!
二三二、古代遺跡在住のごく平凡な巨人兵さん(出張中
責任のなすりつけあいをしている場合か
いまは彼女を説得することが先決だろ
二三三、王都在住のとるにたらない不定形生物さん
その通りだ
お前も、たまに良いことを言う
……勇者さん、騎士団を放置するのか?
このままだと確実に仲間割れがはじまる
考え直してみてはどうか?
二三四、アリア家在住の平穏に暮らしたい勇者さん(出張中
言ったでしょ
わたしは、あの子を信じる
この試合に勝つために、わたしはベストを尽くす
どうしても行かせたくないと言うなら、宝剣を取り上げればいい
あなたには、それが出来るのでしょう?
わたしは、騎士たちに戦えとは言わないわ
彼らは、彼らのやりたいようにやればいい
リン、あなたも
あなたの仕事をまっとうしなさい
あと、あなたが少し乱暴者なのは
じつは、気が付いていました
けど、気にしないでね
今後も柔らかい物腰で接してほしい
山腹のひと、トワ……?
あなたは、一緒に来なさい
わたしの護衛をつとめてもらうわ
二三五、山腹巣穴在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
……勇者さん、地下神殿に行っても誰もいませんよ?
二三六、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん
いや、もうバレてるから
そういうのは、もういいよ
リシアさん……
驚きました
わたしの完璧な演技が見抜かれるなんて
わたしは……
わたしは、子狸の味方です
あなたのことは好きですけど
どちらかを選べと言われたら
わたしたちは子狸を捨てられない……
ですから……
けれど、はっきりと言います
あなたの行動は、王都のひとの計画に沿ったもの
あいつは、あなたを最強の魔法動力兵にぶつけるつもりなんです
地下神殿に単身突入した庭園のひとは汎用属性の、最強の魔物です
魔法動力兵は、危機に陥った術者を最優先するよう出来ていますから
追いつめれば、確実に“彼女”が現れる
最強の魔法動力兵……
レベル5“ハロゥ”です
二三七、アリア家在住の平穏に暮らしたい勇者さん(出張中
そう。そのための宝剣なのね
わかった。ありがとう
やってみる
……わたし、闇属性が得意なのかも
なんとなくコツが掴めてきた
二三八、魔都在住の特筆すべき点もないライオンさん(出張中
え~……?
勇者なのに?
王都さん、王都さん
どうなの? 勇者さん、ずっと剣士だったのに得意属性とかあるの?
二三九、王都在住のとるにたらない不定形生物さん
……たしかに闇魔法のほうがイメージがしっかりしてるな
二四〇、魔都在住の特筆すべき点もないライオンさん(出張中
そうなんだ……
勇者と言えば光なのに
おれのイメージとちがう
どうしてだろ
身近に闇属性の人間なんて
あっ……
二四一、樹海在住の今をときめく亡霊さん(出張中
偶然に違いない
二四二、墓地在住の今をときめく骸骨さん(出張中
うむ。偶然だな
二四三、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん
子狸ぃ……
二四四、王都在住のとるにたらない不定形生物さん
偶然です
勇者さんが闇の宝剣を地に突き立ててゲートを開く
暗澹とひろがる魔口へと飛び込む前に
巣穴に潜った子狸を一瞥した
迷いはなかった
彼女は、行ってしまった……
王都に降りそそぐ歌が途切れることはない
こく一刻と激しく燃え上がる火花星を背景に、都市級が力場を駆け上がっていく
地上の人間たちを魔力が打ち、絡め取ったのは一瞬のことだった
同性質の魔力は、同族嫌悪でもするかのように
違えようもなく、互いに牙を剥く
魔人の魔力が最大の射程を持つのは、目に見える姿が全てではないからだ
影が叫ぶ
「嘶!」
影が吠える
「嘶!」
「嘶!」
「嘶!」
……おや?
子狸さんの頭の上に見慣れない方が……
――それは、まるで勇者さんが居なくなった瞬間を見計らったかのように
唐突に、像を結んだ
小鳥だ
目が一つしかない
大きな目をぎょろつかせて、子狸さんの頬をべしべしと叩いている
あらぶる小鳥である
ほほう……
二四五、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
ふうん……なるほどね
二四六、空中庭園在住の現実を生きる不定形生物さん(出張中
そいつか
おれたちの子狸さんに余計なことを吹き込んだのは
どこのどなたかは存じ上げておりませんが
少し、くわしくお話をうかがいたいですねぇ……