始動
一八八、砂漠在住の特筆すべき点もない大蛇さん(出張中
馬「……いいんだ」
そう言って笑う魔人の貌には濃い影があった……
ためらうように魔軍元帥を見た魔鳥の目には深い憐憫の情がある
――彼らの過去にいったい何が?
魔王軍の再建にまつわる悲恋がついに明かされるのか――?
一八九、空中庭園在住の現実を生きる不定形生物さん(出張中
おい。やめろ
おれを巻き込むな
やめろ。おい。おれを見るな、トリ
その目はやめなさい
一九〇、夢在住の特筆すべき点もないお馬さん(出張中
くっ、このトリ……
いつの間にか新しい芸風を身につけている……
一九一、山腹巣穴在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
連合国の司祭は、いわば客寄せパンダのようなものだ
名目上は、教団の幹部
しかし実情は、何の権限も持たない操り人形である
人々に語り掛ける言葉は用意されたもの
笑顔は作り物めいていて、だから人目を惹く美しさがある
見目に麗しい少年、少女が司祭に選ばれるのは、そのほうが注目を集めやすいからだ
ノイ・エウロ・ウーラ・パウロという少年には、何もない
外敵を排除する戦う力も、部下を束ねる統率力も、戦局を見る目も……何一つとして持っていない
それは、何も与えられなかったから
司祭という作られた器を満たすものは、何もなかった
だから、とくべつなものを手に入れたと錯覚したとき、それを手放すまいと執着した
神父「あ、ノっち! ノっちが寝てる! あれはっ、まさか伝説の、狸寝入り……」
子狸と子鼠は、互いに互いをノっちと呼ぶ
ふたり並ぶとノっちノっちとやかましいことこの上ない
区別が付かないからお兄ちゃんと呼びなさい、というのが子鼠の主張だ
しかし、あの小さなポンポコにも選ぶ権利はある
ともに森で朽ちることができない兄を、子狸さんは望まなかったのだ
巣穴に潜っている子狸さんを、連合国の子鼠が目ざとく発見した
すかさず魔ひよこの上から降りようとするが、そのためには難関を突破せねばならない
立ちはだかったのは、帝国騎士団を代表する半裸であった
神父「は、離せ!」
不死身「お前は、まだそんなことを言っているのか……」
連合国は、帝国の敵だ
しかし中隊長の名を汚すものに我慢ならなかった
中隊長は、百余名の騎士を従える指揮官だ
戦闘力は必須のものではない
だが、あるに越したことはない
それもまた動かしようのない事実だった
弛まぬ鍛錬により鍛え上げられた肉体を持つ不死身の男は
片腕のみで未熟な少年騎士の身動きを封じることができた
捕縛術を用いるまでもない
子鼠が暴れれば暴れるほど、不死身さんの眉間に刻まれたしわが深くなっていく
――弱い。弱すぎる
その事実が、何よりも歴戦の半裸を苛付かせる
それは、かつての連合騎士たちが抱いた憤りと同じものだった
痩せっぽちの子供を「お前たちの隊長だ」と紹介されたときの気持ちは筆舌に尽くしがたいものがある
巨鳥の上に立っているのは、六個の実働小隊だ
帝国騎士団、連合騎士団で三個小隊ずつ選抜した結果だった
高所での戦闘になる
中隊長は欠かせないにしても、適性の高い部隊を選んだのだろう
連合騎士団のレギュラー陣は、生まれてはじめて経験した高速機動戦の問題点を洗い出していた
連合騎士「狙撃はB+判定だ。精度はもう少し上げてもいい」
連合騎士「思ったよりも足場はしっかりしている。風の影響も少ない」
連合騎士「“ピリオド”によるものだろうな。相殺はあると見たほうがいい」
“ピリオド”というのは、詠唱破棄のことだ。“終句”とも言う
高位の魔物が、低レベルの魔法の詠唱をスキップしているのは有名な話だった
隠す気もなかった
開放レベル4であれば可能なことを理解し、体験してもらいたかった
その上で打ち破ってくれたから、彼らはここにいる
薄情な部下たちに、子鼠は涙目で懺悔を求めた
神父「お、お前たち……。援護だ! 援護はどうした!?」
すると連合騎士たちは、互いに視線を交わして肩をすくめた
幼い中隊長を困らせることが、彼らの生き甲斐の一つだった
魔ひよこの上でぎゃあぎゃあと喚き散らす子鼠に
珍しく――
本当に珍しく、魔軍元帥が苦笑を漏らした
魔王の騎獣に飛び乗る
重量を感じさせない軽やかな身のこなしだった
子鼠と不死身さんの間に割って入ったのはわざとだ
元帥「健在のようだな」
不死身「つの付き……!」
不死身さん率いる帝国騎士団は、三角地帯で魔軍元帥を撃破寸前まで追い詰めたことがある
捨て身の攻撃だった
しかし散りゆく彼らの命運を、魔軍の将は惜しんだ
不死身の男は、この黒鉄の騎士に複雑な感情を抱いている筈だった
だが、再会を喜んでいるひまはない
常夜の騎士は、傲然と告げた
元帥「少し手伝え」
悲鳴を上げたのは子鼠だ
神父「つ、付き合っていられるか! 僕は降りるぞ!」
感染していた
この主体性の薄さが、子鼠の子鼠たるゆえんである
元帥「だめだ。お前も一緒に来るんだ」
当代最年少の騎士が戦力として当てにならないことなど百も承知だ
それでも同行を強要したのは、子狸と子鼠のツートップに悲しい結末を予感したからだった
バウマフ家の人間は変人に好かれやすい
否、そうではないのかもしれない……
魔王が魔力の源であるように
バウマフ家の人間は、変人の変人たる潜在能力を引き出してしまうのではないか?
――狂っていくのだ。思考回路が
現に、勇者さんは……変わった
変わってしまった
鉄が磁力を帯びていくように、とめどもなく残念になっていく
勇者「…………」
あ、やめて下さい。ぐりぐりしないで
乱暴は良くないと思います
この山腹さんはね、気配り上手なのですよ
こう見えて、あなたのフォローをしているのです
もう、ある程度は認めてしまったほうが傷は浅く済みますっ……!
少し残念だけど、締めるべきところは締めるというポジションを狙っていきましょう。ねっ
勇者「…………」
あっ、納得してもらえました
……いざというときに頼れる存在でありたいですよね
ふだんは怠けていても文句は言われませんから自信をもっておすすめできます
そう、引っ張るだけ引っ張って魔都デビューを果たしたお馬さんがそうであったように……
ざわざわと影が波打つ
おれらっとこの魔人は悪夢の化身だ
夢から夢へと渡り、人の心に影を落とす
落とした影は、人間に自分自身を見つめ直すきっかけを与える
最後の都市級、グラ・ウルーは人々に改心を促す魔物だ
しかし、人はそう簡単には変われない
だから多くの場合、悪夢は現実になる
厚みを増した影は
人の目を通して見たとき
魔と人の要素が混ざったものになる……
戦闘形態に移行した馬のひとが、上空の一点を見据えて吠えた
馬「やつには手を出すな。ケタ違いだ。おれがやる」
ゆっくりと下降を続ける魔法動力兵のレベル4……
中でも、ひときわ異彩を放っているのが女性の姿をした呪言兵だ
縦横無尽に飛び交う複数の核が、破滅の意思を告げている
単純な話だった
複核型は、術者の最適解だ
言うなれば、魔法動力兵の原種ということになる
連中がこれまで複核型を出さなかったのは、こちらに合わせるという意思表示に他ならなかった
他の新入生どもとは、あきらかに目的が異なっている
おそらくは、王都妹の使者だ
夢魔「ともだち」
その声は人間たちには届かない
降り落ちる歌声に紛れて消える
魔力が伴奏のように調べを彩る
元帥「嫌だね」
燃えるような敵意が閃いた
激情は剣尖となって放たれる
数百、数千もの火線が青空を分かつ
元帥「飛べ! ヒュペス!」
――受け継がれてきたものがある
伝えるべきことは伝えたつもりだ
だが、この因縁は……譲れない
止まれない……!
このボールを、ゴールネットに叩き込むまでは!
TANUKI.Nの黄金世代が、いまここに復活したのだ
一九二、アリア家在住の平穏に暮らしたい勇者さん(出張中
つの付きは、わたしには手加減をしていたという設定なの?
一九三、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん
いえ、リシアさんは退魔性が強いですから……
気にしないで下さい。あいつら、適当なんです
一九四、魔都在住の特筆すべき点もないライオンさん(出張中
でも、前に喧嘩したときは、ふつうにあれくらい撃ってきたよ
勇者さんの退魔性は弱ってたし……
やっぱり手加減してたと見るのが妥当なんじゃない?
一九五、樹海在住の今をときめく亡霊さん(出張中
おれたちが本気を出せるのは、バウマフ家の人間に対してだけなのさ
お前ら相手だと抵抗がまったくないから物足りないと言うか……
バウマフ家の退魔性は、絶妙なスパイスになってイイ感じ
一九六、墓地在住の今をときめく骸骨さん(出張中
それは確かに言えてる
手応えがあるというか
自分でも驚くほどの力が湧いてくることがある
一九七、草原在住の平穏に暮らしたいうさぎさん(主張中
相乗効果というやつだな
一九八、沼地在住の平穏に暮らしたいトカゲさん(出張中
うむ。理想的な関係と言えよう
一九九、湖畔在住の今をときめくしかばねさん(出張中
……そうか?
まあ、いいけど
二〇〇、山腹巣穴在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
子狸さんをなべで煮込もうとするとき、お前らは真の実力を発揮できるらしい
一方その頃、地上に残った騎士団の対立は深刻化しつつあった
われらが山腹軍団を迎え撃つために三大国家は協力体制を築き上げた
しかし、それは友好の架け橋になるどころか、ストレスを溜める結果にしかならなかったようだ
いまや騎士団は綺麗に三色に分かれて睨み合っている
そんなことをやっている場合ではないのに
どうして仲良くできないのだろうか
一触即発の状況下
このとき、ついに勇者さんが動く
子狸さんに勝利をおさめたことで、きっとさらなる成長を遂げたに違いない
ひょいとおれから飛び降りて、彼女は言った
勇者「わたしは、地下神殿に向かうわ」
おれの聞き違いでなければ、現場を放棄するという宣言だった
……勇者さん?
正直、それはどうかと思います
二〇一、王都在住のとるにたらない不定形生物さん
おれもどうかと思います
というか、どうして地下神殿?
二〇二、アリア家在住の平穏に暮らしたい勇者さん(出張中
わたし、思ったの
二〇三、王都在住のとるにたらない不定形生物さん
うん? うん
二〇四、アリア家在住の平穏に暮らしたい勇者さん(出張中
敵の監督を倒せば、わたしの勝ちでしょう
二〇五、山腹巣穴在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
……羽のひと
二〇六、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん
あ? なんだよ
二〇七、山腹巣穴在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
勇者さんの発想が、完全に妖精属のそれなんですけど……
何か申し開きはありますか?
二〇八、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん
え? なに? 謝ればいいの?
それでお前は満足できるの?
安い価値観だね
二〇九、山腹巣穴在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
ほう、開き直るかね……
少し調子に乗っているようだな
ふむ、そうだな
正直に言おう
おれは危機感を覚えている
つまり……わかるな?
おれとお前
どちらがアリア家のお世話になるか、だ……
二一〇、火山在住のごく平凡な火トカゲさん(出張中
おっと、待ちなよ
聞き捨てならないね……
アリア家の敷居をまたぐのは、このおれだ
二一一、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
アリア家に忍び寄る破産の危機……!
だが、そのときお前らの別荘には
水面下で着々と魔の手が迫っていたのである
アリア家の地下深く……
ひそかに埋設された格納庫
暗闇の中
にぶい眼光がともる
おれガイガーΣ、発進――!
二一二、アリア家在住の平穏に暮らしたい勇者さん(出張中
ひとの家に勝手に何を……