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しいていうならお前の横を歩いてるのが魔王  作者: たぴ岡
最終章「しいていうなら(略
208/240

名も知らない君に贈る歌

一五九、空中庭園在住の現実を生きる不定形生物さん(出張中


 待っていたぞ。このときをな


 現役時代の借りを、いま。ここで――返すとしよう……



一六〇、王都在住のとるにたらない不定形生物さん


 ――開戦を告げる荘厳な鐘の音が鳴り響くかのようだった


 いまでこそ巣穴に潜った子狸さんの布団みたいになっているおれだが

 かつては魔物リーグでキャプテンの腕章を巻いていたこともある


 TANUKI.Nの指導者たちは、当時のレギュラー陣だ

 南極大陸での敗戦は、忘れようにも忘れられない苦い経験である

 そのときの相手が、魔法動力兵どもの都市級だ


 数百年越しの因縁に、決着をつける日がやって来た

 連中には、大きな……

 そう、とてつもなく大きな、借りがある

 今日この日のために、おれたちはTANUKI.Nを組織したのだ


 血は血で購ってもらう

 それ以外に、おれたちの魂が安らぐことはない

 一敗地にまみれたプライドを、いまここで取り返すのだ


 そのための討伐戦争

 そのための三大国家

 そのための騎士団だ


 それなのに騎士どもは一向に動こうとしない

 指揮系統が麻痺している所為だった

 やはり実在しない元帥というシステムには無理がある


 大隊長クラスの騎士は何名か現地にいるのだが

 いったい、おれたちに何の恨みがあるのか?

 指揮権の譲渡をめぐって争っている

 どいつもこいつも……この期に及んで一歩たりとて譲ろうとしない


 上からの指令が下らないものだから、騎士どもは右往左往するばかりで役に立たない

 慎重に趨勢を見守っている

 懸かっているのは命だから、見切り発車をしてしまうと取り返しがつかない


 だが、勝ち馬に乗ろうとするのが正しい姿勢と言えるのか?

 そうではない筈だ

 魔王軍がいかに屈強たる兵であるかを身を以って知る彼らは、おれたちの側につくべきなのだ

 ここは過去を水に流して、ともに強敵に立ち向かおうではないか


 味方同士でいがみ合って何になる?

 そうだろう、大隊長の諸君!

 おっと、手が出た。足も出た


 だめだ、あのご年配の方々は個性が強すぎる

 水と油は決して混ざらないのだ

 まず、三千回以上の出撃回数とかいう常軌を逸した選定条件が良くない

 毎日、出撃したとしても十年近く掛かるじゃねーか

 しかも日帰り計算だ

 それ以前に過労死するわ

 あほか

 おれは冗談のつもりで言ったのに……

 鵜呑みにするなと声を大にして言いたい


 この状況を打破できるのは、勇者さんしかいない

 公認勇者(ハロウィン)の称号は、解釈しだいでは元帥(マリアン)の権限を上回る

 勇者は、上下関係の一時的な解消を公式に許可されている唯一の人間だ

 そうでもしなければ、処刑されてしまうからである

 正義のために悪をくじく勇者は、ふつうに貴族の癇にさわる

 魔王を打ち倒して凱旋した英雄が、難癖をつけられて極刑に処されては困る


 だから、魔物と人間の輝かしい未来のために

 勇者さんが独断と偏見で騎士団を動かしても何ら問題はないのだ

 むしろ後世の歴史家は、彼女の決断を高く評価するだろう


 これはチャンスなのだ

 大陸史に名を刻む千載一遇の好機……


 そう、数百年の時を越えて現世によみがえった、歴史上の偉人シリーズのように



一六一、アリア家在住の平穏に暮らしたい勇者さん(出張中


 あなたたちは、この世界から異世界人の影響を完全になくせると本気で考えているの?

 わたしは、無理だと思っている


 一方的に侵攻されているこの状況が

 あなたたちの限界を示すものではないと証明できるなら

 そのときは、考えてあげてもいいわ



一六二、古代遺跡在住のごく平凡な巨人兵さん(出張中


 まあ、魔界も異世界と言えなくもないからな

 言いたいことはわかるよ


 でも、おれたちが魔界に行けないわけないだろ?

 逆に、こうは考えられないか?

 おれたちは、魔界に攻め込むほど追い詰められたことがないんだ


 魔法動力兵どもには、致命的な欠陥がある

 監督の命令には逆らえないという点だ

 おれたちは、その穴を突ける

 命令を偽装すればいいんだからな


 もちろん連中は対策を練るだろう

 だが、その対策も“魔法”だ

 上位魔法の支配下では、下位魔法は生息できない

 減衰のペナルティもそうだ


 時間に干渉する魔法は

 未来に進めば進むほど、過去に戻れば戻るほど

 逆算魔法に食い潰される

 あれは開放レベル9、ほぼ最上位の性質だからな


 例外は、バウマフ家の人間だけだ


 偽装した命令にセキュリティを設けると

 そのセキュリティを維持したまま戦うことになる

 ……言っている意味がわかるか?

 いや、わかるまい


 シュートコースを、読める――ということだ


 たとえペナルティエリア内だろうと

 来るコースが読めれば止めるのは造作もない……



一六三、火山在住のごく平凡な火トカゲさん(出張中


 ふっ、キックの精度が甘いぜ



一六四、アリア家在住の平穏に暮らしたい勇者さん(出張中


 あなたたち、いま何してるの

 怒らないから正直に言いなさい



一六五、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中


 真の達人は武器を選ばないと聞いたことがある……

 どういった理屈でそうなるのかはさっぱりわからないが

 魔法の撃ち合いにも同じことが言えるのではないか?


 人間にとって戦争は最後の手段かもしれないが

 おれたちにとってはそうではない


 正面突破が難しいなら迂回すればいい

 手順を崩し、優位に立てる座標に性質の衝突を持ってくる――

 そうした魔法を、おれたちは“結界”と呼ぶ


 敵を打ち倒すことと、ゴールネットにボールを叩きこむことは

 おれたちにとっては等価値なのだ


 ――喰うか喰われるか

 弱肉強食の原点と言うべきものが

 PK戦には、ある



一六六、アリア家在住の平穏に暮らしたい勇者さん(出張中


 言っている意味がわからない……



一六七、海底洞窟在住の現実を生きる不定形生物さん(出張中


 君は、まだ魔法使いじゃないからな


 ――だが、子狸さんは本能的に理解していたようだな

 生まれ持ったセンスの違い、か……

 


一六八、湖畔在住の今をときめくしかばねさん(出張中


 手を変え、品を変え……

 お前ら、よくやるねぇ


 アレイシアンさん、そいつらの言うことは聞き流していいよ

 どうせ適当なことしか言わないし

 それっぽいことを言って勢いで誤魔化すつもりなんだ


 ボクら人間型の魔物が女性の姿をとるのはね

 初代管理人の影響から逃れるためでもあるんだ

 ボクらは開祖と呼んでるんだけど……

 まあ、適当なひとだった

 子は親に似るってね


 そいつらを媒介して、開祖の適当さはバウマフ家に代々受け継がれてきたんだよ



一六九、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん


 まったくだな

 思えば、哀れな連中だ



一七〇、火口付近在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中


 だな



一七一、王都在住のとるにたらない不定形生物さん


 ああ



一七二、古代遺跡在住のごく平凡な巨人兵さん(出張中


 世話が焼けるぜ



一七三、海底洞窟在住の現実を生きる不定形生物さん(出張中


 おい。旗色が悪いと見るや立ち位置を変えるな

 びっくりするわ


 お前ら、諦めるなよ

 もっと愛らしさをアピールしていこうぜ


 これからの時代は、テイマーシステムだ!


 というわけで、アンケートをとってみました


『倒した魔物が仲間になるなんて夢みたいですぅ……』(王国在住Kさん)


『王国は気候に恵まれているね。いつか暮らしてみたいよ』(帝国在住Rさん)


『素晴らしいシステムだ。実装が待ち遠しいね』(連合国在住Uさん)


 大好評のようです


 実装のあかつきには、子供たちに命の大切さを学んでもらうために積極的に家計を圧迫していこう!


 ファイト、おれら!



一七四、火山在住のごく平凡な火トカゲさん(出張中


 おー!



一七五、海底都市在住のごく平凡な人魚さん(出張中


 めり込むよ、家計がめり込む

 緑のんが晩ごはんに突撃したら、一食で干上がっちゃう

 その図体で小食設定とか通らないでしょ……



一七六、沼地在住の平穏に暮らしたいトカゲさん(出張中


 つまり、突撃する晩ごはんが貴族の晩餐なら……?



一七七、火山在住のごく平凡な火トカゲさん(出張中


 貴族……



一七八、アリア家在住の平穏に暮らしたい勇者さん(出張中


 魔法動力兵は、あなたたちの姿を模しているのかしら?



一七九、魔都在住の特筆すべき点もないライオンさん(出張中


 十中八九、そうだろうね

 見た目で区別がつかないと困るから、少しひねってるんだと思う



一八〇、草原在住の平穏に暮らしたいうさぎさん(出張中


 えっ



一八一、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん


 おい。トリ

 お前、あんなふうにしゅっとしてねーだろ


 つうか、なんであっちの都市級はくまなんだよ

 おかしいだろ



一八二、砂漠在住の特筆すべき点もない大蛇さん(出張中


 一説によれば……

 地上最強のアニマルは白くまさんであるらしい



一八三、夢在住の特筆すべき点もないお馬さん


 ああ、なるほど

 腑に落ちたわ



一八四、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん


 ……チッ

 ちょっと嬉しいじゃねーか


 生意気な新入生たちめ

 押さえるべき点は、きっちりと押さえてきやがる

 どういうことなんだよ……



一八五、迷宮在住の平穏に暮らしたい牛さん(出張中


 お前がどういうことなんだよ……



一八六、王都在住のとるにたらない不定形生物さん


 黒雲号と豆芝さんの、子狸を見つめる視線が熱い

 まるでヒナの巣立ちを見守る親鳥の厳しくも優しい眼差しだ


 子狸さんの深すぎる愛情を注がれたお馬さんたちは

 いつしかこの小さなポンポコの立場を追い抜き

 自然界の厳しさを教える側にシフトしていたようである


 このようにして、子狸さんを取り巻く奇妙な上下関係は構築されていく


 滑り込みで着陸した魔ひよこの上で

 わあわあと喚いている連合国の司祭(現)がそうであったように


神父「やだぁ! もうやだぁ! このひと、このひとっ、一言一句が死臭にまみれてる……! 近寄らないでっ」


 幼児みたいに泣きじゃくっている

 大人に言いつけるみたいに指差したのは、帝国騎士団の若き虎である

 憮然と腕を組む、半裸が言った


不死身「言ったはずだ。おれは死なん、とな」


 基本的に騎士の武装はオーダーメイド品だ

 装着する本人の体格に合わせて作られる

 そうしなければ、品質を保てなかったためである


 似た体格の人物から鎧を借りても意義は薄い

 慣れない装備よりは、非武装のほうがましだ


 魔法の発射口は、術者と世界の境目である

 大半の人間にとっては表皮がそれに当たる

 だから、守備を捨てた騎士の行き着く先は全裸しかない


 それでも、不死身さんがたくましい胸筋を晒すにとどまっているのは

 攻撃一辺倒の指揮官ではないことを意味していた


 ――マイカル・エウロ・マクレン

 王国最強の騎士と誉れ高いトンちゃんの、おそらく終生の好敵手になるであろう半裸だ


不死身「何度も言うが、お前は……」


 言い掛け、不意に視線を落とす

 一瞥したのは、かろうじて人としての尊厳を保っている下半身の、ひざだった


帝国騎士「マイク? どうした」


 不死身さんをマイクと愛称で呼ぶのは

 最古参の戦友たる七人の参謀に許された特権だった


 マイカルは、自分が不死身の存在ではないと知っている

 しかし、いかなる死地にあっても下品で最低な男たちと一緒にいると

 じつはそうではないのかもしれないと錯覚することがある

 

 口元に浮かんだ苦笑は、内輪ネタで盛り上がるお前らと同じ……

 互いに弱味を握るもの同士の連帯感が滲み出たものだった


不死身「……いや。何でもない」


 ざっと全身を走査したみたが、本当に何でもない

 慣れない高所での戦闘指揮に筋が強張ったのだろう

 参戦するなり選手生命を心配させる非凡さが、この男にはある


 絶句している子鼠に代わって、魔ひよこが言った


ひよこ「お前、もう喋らないでもらえませんか」


不死身「では、妻と娘にはお前から伝えてくれ。愛していると」


 不死身ジョークである。まったく笑えなかった


 しかし、帝国騎士団には陽気な人間が多い

 帝国の前身になったのは、王国の貴族政治に異を唱える反体制軍だ

 王国は、彼らの独立を認めると共に不毛の地を押し付けた

 その条件を跳ね除けることができるほどの力が、反乱軍にはなかった


 厳しい風土は弱い人間たちを過酷に責め立てる

 助け合わねば生きていけないと知っている

 だから、彼らは笑うのだ


 閉口した魔ひよこが弱々しく首を振り、視線をめぐらせた

 大きな瞳が、黒い影を捉えてわずかに見開かれる


ひよこ「グラ・ウルー……!」


コアラ「しつこい。カット」


 最強の魔獣グラのウルーさんは魔軍元帥と対立関係にある

 いきなり共闘するのは難しい

 それを見越してイベントを消化しておいたのだ


 無情の宣告に、ヒュペッさんのくちばしがわななく

 だが、都市級の魔物は高いバランス感覚を持つ

 いや、そうならざるを得なかった


 勇者一行が悲壮な決意を胸に最終決戦へと赴くとき……!

 まず例外なく魔王の設定はふわっとしていたからだ!


 ねじ込んできた設定は不協和音を奏で……!

 シナリオは空中分解する寸前――

 そんな中、お前らの無茶ぶりを最後の最後に真っ向から受け止め

 ひろげきった風呂敷を畳むのが都市級の仕事だ!


 お前なら、やれる

 

 ぐぐっと前傾姿勢をとった魔ひよこが、決然と上空を見据えた

 その眼差しには、すべての苦しみから解放されたかのような

 透徹なきらめきが宿っていた――


ひよこ「もう、彼女のことはいいのか……?」


馬「……ああ」


 いったい彼女とは誰なのか

 それは、わからない

 肯いた魔人でさえ、きっとわかっていない

 それでも……


馬「いいんだ」


 憎しみも

 悲しみも捨てて

 お馬さんは微笑した

 

 心からの笑顔だった



一八七、夢在住の特筆すべき点もないお馬さん(出張中


 絶対に許さない



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