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しいていうならお前の横を歩いてるのが魔王  作者: たぴ岡
最終章「しいていうなら(略
207/240

解せぬ、と妖精さんは言った

一四三、山腹巣穴在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中


 ハイパー子狸の毛皮は、上位性質を以ってしても傷ひとつ付けられない頑健な霊装だ

 おそらくは複合性質とでも言うべきものなのだろう

 霊気が青く見えるのは、ポーラ属さんたちと似た波長を放っているからだ


 術者を優しく包み込み、保護しようとする意思を持つ……

 例えるならば、水風船のようなものだ

 それゆえに、破獄鱗ゾスの脅威に晒された外殻はぽよよんと波打ち

 皮肉にも子狸さんの脳を揺さぶったのだ

 それは、もしかしたら慈悲だったのかもしれない


 勇者さんのベストショットは、たしかに子狸の意識を断ち切ったかに思えた

 しかし子狸さんの強靭な意思が、倒れることを許さなかった

 意識を失ってなお、戦おうと言うのか……?


 危険な兆候だった

 

 最大開放の魔王・子狸は、やろうと思えばいつでも勇者さんを打ち倒すことができた

 そうしなかったのは、おそらく魔法の制御に不安があったからではないのか?

 脆すぎる少女を、どう扱って良いのかわからなかった

 何故なら、彼女は人間だから

 魔物ではないから

 

 バウマフ家の人間は、魔物と戦っても生き残れるよう鍛え上げられる

 子狸は、お前らとの戦いに慣れすぎていた

 究極域の戦闘に特化していたから、開放レベルを制限した対人戦には不向きだった


 人間の開放レベルは3だ

 しかし、その制限を解除して戦える人間もいる

 開放レベルの限界は、肉体(ハード)の問題ではないということだ


 つまり、こうも言える

 最大開放に適応した人間は、もっとも自然な状態の魔法使いなのだ

 そうした存在を、おれたちは“純血の魔法使い”と呼ぶ

 バウマフ家がそうだ


 魔法が素晴らしいものだと信じて疑わない

 なんの躊躇いもなく、人と魔を隔てる分水嶺に踏み込んでくる

 退魔性に――世界に見捨てられた“魔導師(ウィザード)”だ


 だから、しがらみを捨てた子狸さんにつけ入る隙はない


 左右に平行移動する子狸さんは、まるで重力のくさびから解き放たれたかのようだった

 脱力しきった四肢には、いっさいの力みがない

 武術を極めた達人は、構えを持たないのだと聞いたことがある……

 どういった理屈でそうなるのかはわからないが、このとき子狸さんは確実にその領域に至ったのだ


 言うなれば、そう……同じ穴の貉の構えである


 子狸さんは言った――


王都「魔物の長が、都市級に劣るでも思っていたのか? 愚かなことだ……勇者よ」


 それは、これまでの設定をかなぐり捨てるような言葉だった


 だが、勇者さんは甘くなかった

 彼女にとっては、子狸さんの優しさすら想定内だった

 だから、この事態を打開する手を用意することもできた


 ただ、その切り札を行使することは多大な勇気を要する

 それは、譲れない一線を踏み越える行為だ


 拗ねるように眉をしかめていた勇者さんが表情を改めた

 赤面癖がついてしまったのか、頬を染めて

 泡がはじけるような小さな声で言った


勇者「子狸か」


王都「子狸じゃねーよ!」


 子狸さんを裏から操っていた王都のんが即座に反論した

 それは、敗北を認めることと同義だった


 子狸と同列視されることに、王都のんは耐えられなかったのだ……


王都「…………」


 子狸さんを丁重に巣穴に戻した王都のんが、触手を引き戻してうなだれた


 魔物の感情を正確に読み取れるのは、バウマフ家の人間くらいだ

 とくにポーラ属には目鼻口がなく、体表の微細な波打ち加減で感情を表現する


 しかしこのとき、やや前傾し触手で体重を支えて打ちひしがれる王都のんの心の行間を、勇者さんは読み取ったのである

 両手に聖剣と魔剣をぶら下げたまま、万感の思いを込めてつぶやいた


勇者「勝った……」


 虚しい勝利だった



一四四、火口付近在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中


 子狸さんは優しすぎる



一四五、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん


 うむ。優しい子狸さんは、女の子に前足を上げたりしない

 勝負に勝って、狸なべデスマッチに負けたといったところか



一四六、墓地在住の今をときめく骸骨さん(出張中


 つまり引き分けということか



一四七、樹海在住の今をときめく亡霊さん(出張中


 いや、本質的には信念を貫き通した子狸さんの勝利と言ってもいい筈



一四八、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中


 子狸さんは、戦う前にすでに勝っていた……?



一四九、王都在住のとるにたらない不定形生物さん


 ……いや、そうじゃないぞ

 言い訳はしない。完敗だ


 勇者さんは納得しないだろうが

 今回は、いさぎよく負けを認めるとしようじゃないか、お前ら



一五〇、魔都在住の特筆すべき点もないライオンさん(出張中


 な、なるほど

 さすが王都さん……

 勉強になります



一五一、アリア家在住の平穏に暮らしたい勇者さん(出張中


 釈然としないわね……


 まあ、いいわ

 なんとでも言いなさい

 勝ちは勝ち


 この子は、悔しがるでしょうね

 あなたたち、ずいぶんと好き勝手に言ってくれたようだけれど……

 これに懲りたら、わたしの機嫌を損ねるような真似は慎みなさい



一五二、湖畔在住の今をときめくしかばねさん(出張中


 ……もしかして気にしてたの?



一五三、アリア家在住の平穏に暮らしたい勇者さん(出張中


 この際だから、はっきりと言っておくわ


 わたしは、ずっと平民に傅かれて生きてきたの

 だから、もっと敬ってほしい


 ……誤解はしないでね?

 信賞必罰が悪いことだとは言わない

 必要なことだと思う


 けれど、わたしのことはとくべつ扱いしてほしいの

 だめかしら?


 

一五四、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん


 !? リシアさん、さすがにそれは……

 だ、だめじゃないですかね……?


 ……コニタさんたちと似たようなこと言わないで下さい!

 どうしちゃったんですか!?



一五五、アリア家在住の平穏に暮らしたい勇者さん(出張中


 リン。わたしは本気よ

 ずっと前から決めていたことなの


 わたしたちの一族は、ただ自分が正しいと思うことを繰り返してきた


 わたしは……

 わたしは、お父さまやお姉さまとは違う

 それが、はっきりとわかったの


 わたしは、認めてもらいたい

 たくさん誉めてほしい

 平民に尊敬の目で見られたい


 それが、わたしなんだわ

 


一五六、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん


 Oh……



一五七、海底洞窟在住の現実を生きる不定形生物さん(出張中


 勇者さん、覚醒――!


 さしもの羽のひともフォロー不能だった……

 されど、ツッコミの手は休めない

 退場者が続出だ


妖精「っ……散れ!」


 射出された光弾がお前らを蹴散らす


山腹「ぐあ~!」


山腹「ぐあ~!」


 一方その頃、狸なべデスマッチで勝利をおさめた勇者さんは休憩に入る

 周囲を見渡すと、となりに佇んでいる山腹のんと目が合った


勇者「…………」


山腹「…………」


 しばし見つめ合ってから、上に乗る

 ポーラ属は万能型の魔物だ

 布団みたいにもなれるし、椅子にもなれる

 ピクニックの際には是非とも声を掛けてもらいたい


勇者「悪くないわね」


山腹「御意」


 勇者さんはすっかりご満悦だ



一五八、山腹巣穴在住の現実を生きる不定形生物さん(出張中


 試合が動く


 吹き飛ばされた人型が民家の壁を突き破る


 その後を追って姿を現したのは、漆黒の鎧を身にまとったリンドール・テイマアだ

 こん棒を片手に、器用にボールをリフティングしている


 身体を起こそうとする人型を、そうはさせじと白銀の騎士が踏みつけにした

 第八次討伐戦争の功労者、“魔術師”の異名を持つ老騎士である

 時の大隊長、マーリン・ネウシス・ケイディだ


 その鋭い眼差しが向かう先は、足元でもがく人型ではなく

 ポーラ属と蜘蛛型の潰し合いを呆然と見守る騎士たちである


 老騎士は言った


魔術師「ぬるい。ぬるいぞ……。いるな。いや、血族か?」


 マーリンは、戦場に漂う気配――気運とでも呼ぶべきものに敏感な将軍だった

 彼に言わせてみれば、史上最高と謳われる八代目勇者は戦場を汚す慮外者に他ならなかった


 身動きを封じられても、人型には核がある

 飛翔した核が攻性魔法の陣を敷くよりも早く、鈍色の腕が閃いた

 手首、上腕部、二の腕を起点に走った力場が、魔法動力兵の核を隔離する

 多層構造の力場は迷路のように入り組んでいる


 卓越した魔法技能は、必ずしも指揮官にとって必要なものではない

 しかし、そうではない時代もあった

 現代の騎士団が用いる戦術は、その大半が戦国時代に産み落とされたものだ


 連結魔法を、どのようにして戦場で活用するか

 兵士が全員とも魔法使いという新時代を、試行錯誤しながら駆け抜けた男たちがいた


 リュシル・トリネルは、その一人だ

 彼が“百謀”と呼ばれるのは、魔法を主力とした戦争に逸早く順応したからである

 力場にぶつかりながら迷路を抜け出そうとする核をじっと見つめて、首をひねった


百謀「動くのか」


 いたく興味を惹かれた様子である

 

 ‭宿縁さんが二人と合流する

 彼の関心は、魔法動力兵よりも騎士団の戦歌に集中しているようだった

 遠目に魔鳥を見つめて言う


宿縁「あれがチェンジリングなのか」


 チェンジリング☆ハイパーが完成したのは、連合国が樹立した以降の出来事だ

 この三人の中ではもっとも年長に見える魔術師さんが、じつはいちばん若い


魔術師「そうだ。チェンジリングの輪を作る。……百謀の、お前が見たいと言ったんだぞ」


 百謀さんは核から目を離さない


百謀「その程度のこと、おれも試したよ。でも出来なかった。ルールが変わったんだ」


 それは少し違う。ルールが変わったのではない

 魔法使いが増えて、退魔性の平均値が下がったのだ

 簡単に言うと、実働部隊が千年前にタイムスリップしたとしても戦歌は使えない

 ……いや、使えるのか?

 やってみなければわからないな


宿縁「難しいことは、よくわからん。が……」


 そう言って、宿縁さんはボールを蹴った


 大きく放物線を描いたボールが、海獣の女神像を挟んで広場の反対側にいる魔軍元帥の眼前で跳ねる


 黒鉄の騎士がトラップすると、ボールが二つに増えた

 片方を残し、もう片方をリフティングしはじめる

 不意に上空を見上げて、黒騎士がつぶやいた


元帥「来たか」


 彼は、TANUKI.Nの監督だ

 指導者として、受け継がれてきたものを後世に残してやりたかった

 だが、いまの世代には伝えていないものもある


 それは、持ち越しのできない――するべきではない、過去の因縁だった


 見上げた先、遥か上空で強大な魔力が結実した

 

 一人は、小さなくまさんだった

 背中に二対の羽を持ち、羽ばたくたびに黒い燐粉が散る


 一人は、大きな鶏だった

 尾羽があるべき部分に、蛇に似た尻尾を生やしている


 一人は、鷲の頭部を持つ獅子だった

 勇ましい姿をしている。魔ひよことは一味ちがうようだった


 それら三体の都市級を率いるのは、女性型の魔法動力兵だった

 いっさいの表情を持たない、美貌の夢魔だ

 他の魔法動力兵とは、あきらかに異なる

 人間と言っても通じるだろう、しかし複数の核を持つ魔人の唇が小さく動いた


夢魔「ともだち」


 にこりともせずに、そう言った

 まるで、それしか言葉を知らない無垢な幼児みたいに


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