不屈の精神
一二五、王国在住の現実を生きる小人さん
古代、魔法使いは群れを率いる長であった
長は一人で良い
二人はいらなかったから、群れの規模は一定に保たれていた
自分の目が届かないところで魔法使いが生まれて、反乱されては困る
魔法使いとしての優劣を競い合うことに興味などなかった
村同士の抗争ともなれば、雌雄を決するのは魔法使い同士の一騎打ちになる
弓矢は力場の前では無力でしかなく、視界におさめた敵兵は一掃できる
それが魔法使いだ
現状で満足しているのに、わざわざ自らの命を危険に晒すことに意味はない
まれに複数の魔法使いが所属する大きな集団が誕生することはあったかもしれないが
まず長続きはしなかっただろう
集団の規模を膨れ上がれば、独学で魔法を習得する人間が必ず現れるからだ
そのようにして、古代の人類社会は
村と村が一定の距離を挟んで、互いの縄張りを侵さないという形態に落ちつく
――しかし何事にも例外はある
何かの偶然で、利害を超えた固い信頼で結ばれた魔法使いたちがいなかったと
どうして言いきれる?
とくにこれといったメリットはないが、それでも彼らの友情は子々孫々へと受け継がれたに違いない……
ならば、彼らが遺した超古代文明の技術が何かの間違いで現存していてもおかしくない筈だ
否、在ってしかるべきなのである!
一二六、古代遺跡在住のごく平凡な巨人兵さん(出張中
……いや、どうかな
少し無理があるんじゃないか
一二七、火口付近在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
損得勘定が脱落した人間って、ようは子狸だぞ
一二八、帝国在住の現実を生きる小人さん(出張中
子狸じゃねーよ!
古代人さんたちを、そういう世俗的な生きものと一緒にするな
健全な魂は健全な肉体に宿る
きっと生まれながらにして鋼のような肉体を持っていたに違いない……
一二九、連合国在住の現実を生きる小人さん(出張中
それはちょっと嫌だな
設定の改定を求める所存
でも、成人男子が全員マッチョというのは少し面白い
おれは評価するぞ
一三〇、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん
筋トレ義務か……
ちっ、悪くないな
これだから小人と言うわりにでっかいのは侮れん
その発想に、妖精属の高貴な血筋を感じるぜ……
――いいだろう
今日から、正式に邪妖精を名乗れ
お前らには、すでに翼が生えている筈だ……
そう、根性という名の翼がな
一三一、王国在住の現実を生きる小人さん
あざす
一三二、帝国在住の現実を生きる小人さん(出張中
あざーす
一三三、山腹巣穴在住の現実を生きる不定形生物さん(出張中
鬼のひとたちは、ときどき怪しい空中機動をとる
それは、彼らの中でふつふつと煮えたぎる妖精の血によるものであった……
ともあれ、王都は現存する最古にして最大の人工都市だ
美しかった街並みが、いまや失敗したドミノ倒しのようだった
秒刻みで都市機能が失われていく……
逃げ惑う人々を、物陰からこそっと見守るのは――
おれ「…………」
何を隠そう、このおれである
お前らが雑に扱うものだから、愛想を尽かしたボールがおれの眼前を通過して民家に飛び込んだ
触手と毒尾が飛び交うフィールドは乱戦状態だ
羽のひとが振るう光鞭の快音がひっきりなしに鳴り響く
騎士たちの近接魔法武装が、鞭の形状を獲得していったように
妖精さんのツッコミ補助ユニットもまた最適解へと至りつつある
笛は鳴らない
プレイが途切れれば、退場者が復帰するからだ
反則行為をとったものが有利になるジャッジを、羽のひとは下さない
妖精「いかがわしい不定形生物どもがっ……! ええいっ、懐くんじゃない!」
味方など居はしない。審判にとっては目に映るもの全てが敵だ
誰かが救ってくれればいいのに、と思いつつ……おれはボールの行方を追う
蜘蛛型は、お前らに応戦している
触手の掃射を掻い潜って民家に飛び込んだのは人型の機兵だった
歩くひとと似たタイプの、運動能力に優れる選手だ
この生意気な新入生どもは、例外なく“核”と呼ばれる心臓部を持つ
核とは、逆算魔法が施行される前から用意されていた永続魔法の制御ユニットである
ご丁寧にも、事前に魔界から地上へと運び込んでいたというわけだ
悪知恵が働く後輩を好ましいと思えるほど、お前らは後継者不足にお悩みではなかった
一向に先輩を敬う気持ちが見られない連中には、きついお灸を据えねばなるまい
泣いて謝っても許さない……
失敗した衛星みたいに核を引率する人型には、愛嬌というものがない
無遠慮に室内に踏み込んだ機兵に、部屋の片隅でふるえていた女性が悲鳴を上げた
新妻だろうか。赤ん坊を抱いている
おれたちの子狸さんとは縁遠いそれらの要素がまぶしい
屋内の調度品に騎士特有の貧乏臭さがにじみ出ている
もう少しお給料を増やしてあげても良いのではないか
おれたちの真心あふれる賃上げ要求を、三大国家は頑として突っぱねてきた
とりわけ王国宰相は油断ならない
熟達した銀行員のように、お前らの実印に興味を示してくる
遥か彼方なる新妻は、借金の返済を迫る金融会社の派遣員を見るような目をしていた
王都の近域では、眼帯隻腕の黒い銀行員が出没するという噂がある
その三下っぽさは、子狸さんと肩を並べるほどだ
騎士に追われるときの逃げ足は瞠目に値する
新妻「ま、魔物……」
慰謝料は後日請求するとしよう
救助料金も込みで高くつくぜ……?
母子を見つめる人型の目に輝線が走る
てんてんと床を転がったボールが、二人の手前でぴたりと止まった
自転と公転を繰り返す核が、甲高い音を撒き散らしている
その音が室内に反響して、人の根源にある恐怖を煽るかのようだった
新妻「ひっ……!」
彼女の悲鳴は轟音に紛れた
天井を突き破って現れた人影が、後退した機兵を睨みつける
??「イラつくぜ……」
その声に反応して見上げた赤ん坊が
母親の腕の中で、きゃっきゃと手を叩いて喜んだ
我が子を抱きしめる女性が、尻もちをついたまま後ずさる
取り落とした絵本は、王国の歴史を簡単にまとめたものだ
そして、この国の歴史を語る上で、南北戦争の顛末は避けて通れないものだった
床に落ちた絵本のページがぱらぱらとめくれる
現れたのは、漆黒の板金鎧を装備した男だ
――王国が称賛する正義と相対する“悪”でありたかった
鎧の各所に見られる物々しい突起は、武威を示し、民の警戒心を喚起するためのものである
それは、王国貴族として豊かな暮らしを甘受してきた、かつてのおのれへの怒りだ
五百年の時を越え、現世に蘇った反乱軍の総指揮官……
まるで絵本の世界から飛び出してきた英雄のように
“宿縁”のリンドール・テイマアは、言った
宿縁「この国は腐ってる……それがどれほどのものかも知らない青二才が……」
腐敗した貴族政治を打倒するのは、自分でなくては我慢ならない
這いつくばる敗者を足蹴にし、嘲笑することに価値がある――
その“激しさ”が王国貴族の傲慢さから来るものだと自覚はしていても
おのれの根幹を成す“怒り”と縁を切ることは出来なかった
それゆえの“宿縁”……
帝国の初代国王は、王国から離反した第二王女だった
だから、無断で婚姻届に名を連ねられたこの男は
史上もっとも偉大な功績を残したひもと呼ばれる
リンドールは、第二王女の幼なじみだ
権力闘争に巻き込まれた幼なじみを救うために剣をとり
気づけば後戻りできなくなっていた
南北戦争が、討伐戦争を日陰に追いやるほどの戦乱に発展したのは
覚醒した第二王女が野心に目覚めたからだった
腐れ縁が、幼少期の美しい思い出が、あたかも運命の刃のように、リンドールの人生設計を断ち切ったのだ
それゆえの“宿縁”……
帝国は、王国の敵だ
我が子をかき抱いた母親が、ふるえる身体で戦意を押し出すように犬歯を剥き出しにした
新妻「メノゥ、リリィ……」
リンドール・テイマアは歴史上の偉人だ
過去と現在が交錯するなら、それは魔物の仕業に他ならなかった
王国を裏切った反乱軍の若き英雄は、一瞥すら寄越さない
――四肢の隅々にまで行き渡る、この瑞々しい力ときたらどうだ?
あきらかに生前よりも力が増している
手に持つこん棒が、驚くほど手のひらに馴染む
多くの同胞を救った力だ
多くの同胞を救えなかった力だ
公転周期の軌道から外れた核が、手出し無用とばかりに女性の眼前を横切る
両者、同時に地を蹴った
宿縁「レゴ・グレイル・ラルド・ディグ!」
同格、同性質の魔法ならば、誘導魔法よりも連結魔法のほうが詠唱は短い
選択肢が少ないぶん、指示が簡潔になるからだ
しかし分離型の魔法動力兵には、お前らにはない二重詠唱というアドンバンテージがあった
そして魔物の投射魔法は、人間のそれとは比較にならないほど多彩だ
互いに、互いが道を譲らなかったことに虚を突かれる
至近距離で解放された氷槍が、光を乱反射して散った
二つの魔法は、互いの存在を否定し合うように激しく反応し――
両者の足が同時に跳ね上がった
ストックした氷槍が蹴り足を追って駆け上がる
魔法は、足からも撃てる
いや、正確には座標起点に抵触しなければ起点はどこでもいい
術者は、本人である必要すらない
求め、訴える声の規格が統一されていれば、同一人物と見なされる
じっさいに本人かどうかは、どうでもいいことなのだ
魔法の等級が“開放レベル”と呼ばれるのは
肉体に寄生した“扉”が呼び声に応じて開放されるからだ
そして、お馬さんの目の前に人参をぶらさげるように
魔法をたくさん使ってくれる術者には特典が与えられる
ポンポコ級の術者ともなれば、吐き捨てた唾からも魔法を撃てる
ですよね、王都さん?
一三四、王都在住のとるにたらない不定形生物さん
ええ、そうです。二、三年前だったかな……
こう、ぺっと唾を吐いてね、そこから圧縮弾を撃つわけですよ
え? ふつうの人間ですか?
いえ、無理ですよ。ふつうはできません
当時、すでに子狸さんの退魔性は取り返しのつかない領域に達していましたから
本人は奥義に開眼したとえらい喜びようでしたが……
教官がね……ええ、子狸さんの担任教師です……その彼女が、日頃から低学年の子たちの手本になるよう言う
お兄さんお姉さんになるのだから、という言葉が印象に残ってたんじゃないかな……
きらきらとした瞳で何度も頷いていましたね
……子狸さんの一番弟子はトトくんです
違和感を覚えませんでしたか?
あの性格です。これまで一度も弟子をとらなかったのかと……
真相は、こうです
子狸さんが真っ先に目を付けたのは、当時の一年生たちでした
学校でいちばんの人気科目と言えば、これは魔法です
ご家庭で本格的に教わることはないですからね
両親にねだっても、もっと大きくなってからと言われます
それは当然のことなんですね
人間の開放レベルには限度がありますから
遅かれ早かれ、たいていの人間は成人前にカンストします
幼くして魔法を使える、だからどうしたという話になります
まして誰にでも出来ることですから
魔法をうまく扱えるというのはね、さして他人の興味を惹く要素ではないんです
でも、小さな子供にとっては違うのですね
念願の魔法の授業です
担任の先生が発光魔法でりんごを二つに増やして見せるとね、子供たちは大変な騒ぎですよ
その様子を、茂みにひそんだ子狸さんが獲物を品定めするような目で見つめている
思えば、当時の子狸さんはすでに騎士団にマークされていました
捕獲されなかったのは、子狸さんを信じたいという気持ちがどこかにあったからではないのかな……
授業が終わりました
興奮した様子で校舎に戻る子供たちの前に、颯爽と現れる子狸さん……
あとは、知っての通りです
子供たちは……何か言い知れないまがまがしいものを感じたんじゃないかな……そう思います
阿鼻叫喚の坩堝でしたね
それ以来、子狸さんは奥義を封印しました
一三五、山腹巣穴在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
涙を流した数だけひとは強くなれる……
審判の目が届かないのをいいことに、場外乱闘するお前ら
一方その頃……
勇者「…………」
勇者さんは苦戦を余儀なくされていた
子狸「めじゅっ」
子狸「めっじゅ~」
群がる子狸さん。足の踏み場がない――
勇者さんは、大貴族の子女だ
統治者としてはどうかと思うが、彼女は民草の暮らしぶりを気に掛ける
家事に手出ししないのは、それが彼女の領分ではないからだ
考えてもみてほしい……
貴族というのは、例えるならば王国という大企業の幹部だ
その場合、平民は平社員ということになる
幹部が見ている前で、平社員はふだんと同じように仕事できるか?
そんなことは無理だ
むしろ現場で汗水を流して働く幹部は邪魔だ
現場には現場なりのルール、プライドがある
それらを無視することが正しい行いと言えるのか?
一面の事実のみに目を囚われてはならない
民衆の意見を迎合する政治家が有能と言えるか?
怠惰ではない――
勇者さんは、砂糖と塩の区別がつかないのだ
彼女は立場ある人間だから、常に毒殺されるリスクが付きまとう
毒味もできないのに、砂糖と塩の区別をしろと言うほうが無理だ
だが、彼女は子狸さんに毒味をしろとは言わない
子狸さんの負担を和らげたいという気持ちはあっても
自分が足手まといにしかならないと理解して、じっと耐えてきたのだ
一三六、王都在住のとるにたらない不定形生物さん
ものは言いようだな
一三七、山腹巣穴在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
だまれ!
おれは、お前らに真実を見る目を養ってほしいのです
そして、いつだって正義は勝つのだ
飛び上がった子狸さんが、前足をひろげる
空中でぴたりと固定した子狸さんを、地上に降り注ぐ日の光が祝福するかのようだった
子狸「はっはァー! みなぎるぞ! 魔力! ミネラル! この圧倒的なパワー!」
鼻歌交じりに、ふわふわと浮遊している
迫りくる黒刃は、あまりにも遅すぎた
そして脆すぎた――
子狸さんの前足が閃くと、触れてもいないのに闇の宝剣は砕け散る
避難した子狸アナザーたちが、恨みがましそうにオリジナルを見上げた
勇者さんとオリジナルを見比べてから、アナザー同士で寄り集まると小声で鳴き合う
子狸「めっじゅ~……」
子狸「めっじゅ~……」
審議の議長をつとめているのは、置き去りにされて串刺しの危機に晒されたアナザーであった……
一三八、火口付近在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
あかん
一三九、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん
子狸さんの自己犠牲精神が悪い方向へ……
一四〇、王都在住のとるにたらない不定形生物さん
敗因があるとすれば
それは、子狸さんが自分に厳しすぎたことだった
審議が終わった
一斉に頷いた子狸アナザーたち
後ろ足で器用に立ち、前足を突き上げて鳴いた
子狸ズ「めっじゅ~!」
子狸「!?」
反乱のときが来たのだ
びくっとした子狸さんが、とつじょとして浮力を失って地に突っ伏した
子狸「ち、力が抜けていく……。お、お前たち……」
懇願するようにアナザーたちを見るが、返答は幾つもの冷たい眼差しであった
子狸「おれが間違っていたと言うのか……?」
かくして、スーパー子狸タイムは終わりを告げたのである……
この機を逃す勇者さんではない
勇者「どうしようもないひとね」
彼女の最速の一撃は、地を走る光刃だ
振り下ろした聖剣が突き立つよりも早く――
子狸「……間違っていてもいい」
ゾッと立ち昇った霊気の外殻が、子狸さんを包み込んだ
子狸「報いたい」
跳躍した子狸さんを、光速の斬撃は捉えることができなかった
第二の必殺剣、破獄鱗ゾスの変形は、速すぎる
速すぎるがゆえに、追尾性を犠牲にしていた
勇者「過属……!」
勇者さんが小さく目を見張った
子狸さんのハイパー魔法は、あまりにも精度が高すぎた
本来ならば二度に一度は不発で終わる魔法だ
それなのに子狸さんは失敗したことがない
異様とさえ言える成功率だった
確率ではない、見えざる力が働いているとしか思えない
おそらく何かしらの法則性……計算式がある
その解明しきれていない計算式を
おれたちは、こう呼んでいる
運命の境界線……定線と
戦いはこれからだ
子狸「お嬢ぉ~!」
おれたちの子狸さんは――
勇者「えいっ」
子狸「んぅっ……」
決して負けはしないのだ
おれ「さあ、第二ラウンドと行こうか……」
秘儀、二人羽織である
おれの触手を前足と後ろ足に巻き付けた子狸さんが
がくがくと頭を前後に揺らしながら、ゆっくりと立ち上がる……
破獄鱗ゾス、敗れたり!
勇者「ずるい……」
勇者さんは不正があったと主張するが
その理屈は、戦場では通用しないのだ
一四一、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん
お前というやつは……
一四二、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
破獄鱗ゾスが通用しない……!
意識が飛んでいるようにも見える子狸さんは、ついに無我の境地へ――!
はたして勇者さんに勝ち目はあるのか?
待て、次回!