しましまの世界
五四、山腹巣穴の在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
同格の魔法が同軸の座標を争うとき、性質の衝突が生じる
争いは、同じレベルのもの同士でしか発生しないということだ
鬼ズ「…………」
ポジションを放棄して駆け上がる鬼のひとたちは、レベル1の魔物である
下位騎士級……
騎士ならば容易に撃退できると言われる彼らは
しかし見方を変えれば人間が最初にぶつかる壁でもある
何故か?
小柄であり、かつ素早いからだ
好調時の鬼のひとは、圧縮弾を目で追って避ける
堕ちた妖精……
焼け落ちた羽を取り戻そうとは思わない
振り上げた槌は、熱した鉄を打つためにある――
千年という長い歳月を
ときに励まし合い、ときにいがみ合いながら歩んできた
新しく確立された技術を奪い合って、泥沼の密室トリック合戦に発展したこともある
爽やかな笑顔にひそむのは、アリバイ工作に裏打ちされた絶対の自信だ
子狸さんとともに王種に挑んだ彼らは、すでに下位騎士級という領域にはない
彼らにとって、もはやアイコンタクトは時代遅れの技術でしかないのか?
まったく目を合わせようとしない
並走する王国さんと帝国さんの肩が触れた
まるでそれが合図だったかのように、にぶい戦意がはじけた
出るか? 三位一体の奥義……
勝敗を決する究極の刹那――
腕をとられた帝国さんが投げ飛ばされる
それは見事な、王国さんの跳ね腰だった
しかし直前に自分から跳んだ帝国さんは、空中で華麗に身をひねって着地する
これに即応した王国さんが諸手で帝国さんの足を刈る
そのまま寝技の応酬に入ると思われた二人が、一斉に飛び退いた
連合さんのギロチンドロップが不発に終わる
三者、挟撃を避けてくるりと回る
妖精が野花の化身なら、こちらはさしずめ水蓮か
一挙動で抜き放ったこん棒を逆手に握ったのは
防御の隙間から確実に喉笛を突くためだ
勇者「…………」
勇者さんは立派に戦ったと思います
お前ら、茶化すのはやめて下さい
五五、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
山腹のんは勇者さんに甘いな
過保護は良くないと思うぞ
何より本人のためにならない
五六、王都在住のとるにたらない不定形生物さん
まったくだな
勇者さんは異世界人の実在を信じているようだが
低学年の子じゃないんだ
いつまでも遊び気分では困る
現実を直視してもらわないと
その点、三行で脱落した子狸さんに死角はないぜ
子狸「栗きんとん」
やっぱりおれの育て方が悪かったのかな……
お前ら、どう思う?
五六、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん
……!?
青いのが反省しただと……?
五七、魔都在住の特筆すべき点もないライオンさん(出張中
あの王都さんに反省を促すとは……
五八、夢在住の特筆すべき点もないお馬さん
ケタが違う……
五九、砂漠在住の特筆すべき点もない大蛇さん(出張中
これが……おれたちの……
六〇、山腹巣穴在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
王都のんは自信を喪失しつつある
ラフプレイに走るとばかり思っていた新入生たちが
愚直にボールへと向かうからだ
これは、つまり子狸さんの正当性を
魔法動力兵たちが認めたということである
彼らは魔界学園の新入生だ
本校は、エリートのみが入学を許される狭き門である
魔界全土から優秀な人材を集めるため、我の強い生徒が多く
入学から間もないこの時期は生徒間のいさかいが絶えない
白い波が迫る
純白のチームカラーを背負う彼らは、ジュニアユースの覇者だ
国体を制した怒涛の進撃がはじまろうとしていた
フィールドの中央では、歩くひとと人型が一進一退の攻防を繰りひろげている
しかばね「こいつ……! さっきとは動きが……?」
チームの方向性を決めるのは指導者だ
新入りたちを国体に導いた監督は、おそらく二人いる
アップデートされた白いのは、この短期間で経験の差を克服したようだった
……尋常ではない
おれたちの想像を絶する、完成された魔法使い――
骸骨「リリィ! 寄越せ!」
しかばね「わかった!」
マークを振りきった骨のひとに歩くひとがボールを戻す
追いつかれないよう、ボールを前に蹴り出した骨のひとと見えるひとの視線が交錯した
猛然と駆け出した見えるひとに引っ張られて勢力図が動く
選手間のパスコースを線で結ぶと、多くの場合は正三角形に近い布陣になる
これは突出した選手がおらず、互いにフォローし合える距離を保っているということだ
この正三角形が崩れたとき、試合は大きく動く
骨のひとは、見えるひとを囮に単独突破を図る
見えるひとは生粋のストライカーだ
相手チームの意識を少しでも引きつけることができれば
あの透き通った相棒は期待以上の働きをしてくれるだろうという計算があった
しかし、そうはさせじと敵の司令塔も動く
骨のひとと同じく、テクニカルな人型だった
レベル2の魔物は人間を鍛え上げるための存在だ
いかなる苦境にも屈さない戦士になってもらいたかったから
同じレベル2でも得意とする分野は異なる
骸骨「ちぃーっ!」
回り込んで進路に割り込んだ人型に、骨のひとが激しく舌打ちした
絶妙な力加減でリフトしたボールをひざで真上に跳ね上げた
骸骨「ディレイ!」
ボールを追って同時に跳躍した二人が、力場を蹴ってぐんぐんと上昇していく
連結魔法の詠唱は、言ってみればパーツのようなものだ
パーツの一つ一つに機能があり、それらを組み合わせることで用途に適した魔法を作る
スペルに最低限の長さがあるのは、魔法の悪用を避けるためだった
対する誘導魔法の詠唱は、まるでパーツを組み上げる部品のようだ
すべてのスペルが一文字で統一されている
単体では意味を為さない“歯車”を、無数に繋ぎ合わせることで魔法を設計している
おそろしく自由性が高い
間違いなく最強の魔法だ。理屈はわかる。しかし……
――こんな魔法を使いこなせる人間がいるのか?
これでは、微妙にアクセントが異なるだけで別のスペルになる
記憶力はもちろん、感情の揺らぎも許されない
いや、それでもまだ不足だ
安定した環境で、綿密な下準備をしてようやく一つの魔法を使えるといったところだろう
そのような魔法の在り方を、人間が望んだということが信じられなかった
だが、事実、先行した核と並行詠唱して力場を駆け上がる機兵は、誘導魔法の産物でしかありえない
最後の跳躍をした二人が、空中で衝突した
引きしぼった片腕を、果断の意思と共にねじ込んだ
骸骨「アバドン!」
打ち込まれた重力場は、互いに干渉して四散した
骸骨「ぬうっ……!」
至近距離から睨み合う両者を、頭上から急襲した妖精さんが光のハリセンで叩き倒した
妖精「退場!」
力場の上にもんどり打って倒れた二人が、自分はやっていないと言わんばかりに大仰に肩をすくめた
試合開始から五分、じつに最初の退場者は二人同時であった……
断言してもいい。この試合は荒れる
もしもこの流れを断ち切れるとしたら、それは子狸さんしかいない
子狸「ふっ、退屈だけはしなくても済みそうだな」
伏し目がちに呟いた子狸さんが不敵に笑った
一方その頃、勇者さんは……
勇者「……ふう」
不意に吐息を漏らして立ち止まっていた
勇者さん……?
六一、アリア家在住の平穏に暮らしたい勇者さん(出張中
体力は温存しないとだめね
このままのペースで走り続けると、あと五分も保たないわ
六二、樹海在住の今をときめく亡霊さん(出張中
勇者さん!?
六三、湖畔在住の今をときめくしかばねさん(出張中
勇者さん!?
嘘でしょ……?
君、一度も走ってないじゃないか
ずっと早歩きしかしていないのに……
六四、アリア家在住の平穏に暮らしたい勇者さん(出張中
小走りはしていたわ
足が遅くてごめんなさいね
わたし、暑いのは苦手なの
家だと、いつもイベルカたちが魔法で冷やしてくれたから
六五、火口付近在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
勇者さんは、ちょっとでも気を抜くと
だめ人間の片鱗を見せつけてくるね……
少しは子狸さんを見習ってはどうか?
元気に走り回ってるぞ
散歩に出たお犬さんみたい
六六、アリア家在住の平穏に暮らしたい勇者さん(出張中
一緒にしないで
以前、わたしは言ったでしょ……
貴族と平民では求められる役割が異なるわ
六七、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん
それ、ご自分の正当化にも活用されるんですね
びっくりしました
六八、王都在住のとるにたらない不定形生物さん
それが前世から定められた宿命であるかのように
勇者さんの体力が尽きた
好意的に解釈すれば
魔王との戦いで消耗していたのが大きいのだろう
六九、アリア家在住の平穏に暮らしたい勇者さん(出張中
イドと言ったわね
あなたの名前、覚えておくわ
七〇、王都在住のとるにたらない不定形生物さん
はっ。ありがたき幸せ
七一、海底都市在住のごく平凡な人魚さん(出張中
寝返りやがった……
七二、古代遺跡在住のごく平凡な巨人兵さん(出張中
子狸さんの教育法に疑問を呈した直後にこれだよ
勇者さん、騙されちゃだめだからね
その青いの、ころっと態度を変えるから
気位が高そうに見えて、プライドがないんだよ
あと、山腹のひとね
あのひと、穏和そうに見えるけど油断しないほうがいいよ
おれら魔物の性格は性質に通じるからね
属性って言えばわかる?
山腹のひとの得意属性は、罠だ
王都のひとが諸悪の根源みたいな顔して注意をひいて、裏でこそこそと山腹のひとが動く
そこの青いの二人は、そうやっておれたちの目を欺いてきたんだよ
七三、王都在住のとるにたらない不定形生物さん
ぽよよん
七四、山腹巣穴在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
ぽよよん
七五、火山在住のごく平凡な火トカゲさん(出張中
勇者さん、騙されちゃだめだよ
でっかいの、さも自分は勇者さんの味方をしたような顔をしたけど
あのひと、元々は王都のひとのご近所さんだからね
王都のひとと山腹のひとを糾弾して、いざというときは頼れるガイガーであろうとするんだ
でも、けっきょくは王都のひとと利害が一致してるからね
信じると痛い目を見るよ
七六、古代遺跡在住のごく平凡な巨人兵さん(出張中
おい。緑の
おれは、まだ納得してねーぞ……
お前、ちょっと人気があるからって調子に乗るなよ
長い目で見れば、厳しく当たったほうが人類のためになるんだ
巫女さんがいい証拠だよ
あの子がお前のところに行ったのは、お前がいちばん与しやすいと見てのことだよ
ようは舐められてるのね
王種の恥さらしめ……
七七、火山在住のごく平凡な火トカゲさん(出張中
はぁ?
元はと言えば、お前が適当な態度で人間たちと接してきたのが原因じゃねーか
お前は、やることなすこと汚いんだよ
なにがおれガイガーだよ
合体機構で子狸さんの関心を買おうとは……言語道断だよ
ちなみに言語道断というのは、言葉では言い表せないほどひどいということだ!
この緑さんは許しませんよ!
がお~
七八、魔都在住の特筆すべき点もないライオンさん(出張中
おい
おい。緑さん……
わかった。認めるよ
お前とおれは、ある部分においてキャラがかぶってる
それは認める……
しかしだね
だからこそ、お互いに尊重し合うことが大切なのではないかな?
おれはそう思うのです
つまり、何が言いたいのかというと……
がお~は、おれの鳴き声なので自重して下さい
お願いします
七九、墓地在住の今をときめく骸骨さん(出張中
いやいや、少し待ってほしい
前から気になってたんだけど、空のひとの鳴き声はケェーですよね?
がお~を独占するのはおかしいよ
……まあ、どう転んでも角は立つだろうからさ
がお~は、みんなで共有しようよ
八〇、沼地在住の平穏に暮らしたいトカゲさん(出張中
まさかのがお~争奪戦……
八一、山腹巣穴在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
同格の魔法が同軸の座標を争うとき、性質の衝突が生じる
争いは、同じレベルのもの同士でしか発生しないということだ
だが、喧嘩するほど仲が良いという言葉もある
お前らが親睦を深め合っている一方その頃……
勇者さんは、お前らとの接しかたを学びつつあった
それは、鉄壁と評しても許されるだろう見ないふりだった
勇者「…………」
無言で周囲を見渡して、状況を整理している
都市級は動かない
同じレベル4の襲撃に備えているのだろう
なかなか現れないので、この場を離れて良いものかどうか板挟みになっている
その結果、つの付きはTANUKI.Nの監督に就任した
魔ひよこは不在
蛇さんとお馬さんはヘッドコーチに抜擢されたようだ
騎士たちの動きはにぶい
守備を固めているようにも見えるが
あれは積極的な攻勢を避けているだけだ
参戦はしたものの、ゴールがないことに戸惑っている
明確な目的がないと騎士団は動けない
そのように訓練されている
それは、ほとんど洗脳と言ってもいいくらいの強固な観念だ
この試合に明確な目的意識を以って臨んでいる騎士は、ポンポコ騎士団のメンバーだけだった
どこに敵がひそんでいるかわからない、この状況
……やはり使える。彼らしかいない
勇者さんは、自分の視線を避けるように動いている彼らに少し苛付きながらも――
子狸さんの薫陶を受けて立派に育った騎士たちの評価を再修正した
ポンポコ騎士団の隊長と目が合う
さっと目を逸らされたが、構わず勇者さんは叫んだ
勇者「行きなさい!」
騎士A「ぐっ……くっ……」
思わず硬直した騎士Aが
縋るような目を子狸に向けようとして
寸前で思いとどまった
騎士A「……くそっ。ポンポコ騎士団、離脱する!」
忸怩たる思いで、彼は宣言した
集まってきた他のメンバーと共にフィールドを駆け去る
子狸「ぬぅ……! やむを得んか!」
あとを追おうとした子狸さんのマフラーの端を、とっさに勇者さんが掴んだ
勇者「あなたには何も指示を出していないわ」
しかし不退転の子狸さん
意地でもマフラーの端を離さない勇者さんが引きずられていく
子狸「これも仕事だ! わかってくれ」
勇者「わたしと仕事、どっちが大事なの!」
倦怠期の夫婦のようである
二者択一を迫られる子狸さんであったが……
子狸「くっ、お嬢に技を掛ける日が来るとは……!」
勇者「なにを、このっ……! おとなしく――」
子狸「ドミニオン!」
まさかの狸車である
投げ飛ばされた勇者さんが目を白黒させる
しかし、すぐさま跳ね起きて聖剣を起動した
勇者「もう怒った!」
子狸「おっと!」
とっさに身体を屈めて回避した子狸さんの頭上を過ぎった剣閃は、過去最高の鋭さだった
しかし子狸さんは拍子抜けしたと言わんばかりだ
子狸「あれ? 遅いな。なんだ、この程度なのか」
これには、さしもの勇者さんもカチンと来た
高速振動する宝剣を、ゆっくりと手元に引き戻す
彼女には、どうしても子狸に伝えたいことがあった
勇者「泣いて謝れば許してあげる……」
子狸さんの泣き顔なくして心の平静は取り戻せないということだ
光輝剣には、九つの最終形態がある
決まった形を持たないオリジナルの宝剣には
同じ数だけの可能性が用意されていた
だが、その可能性を
このとき、ついに勇者さんは踏破した
顕現したのは、薄く凝縮された黒刃だ
放出された闇の粒子が、少女を仕置きへと駆り立てるかのようだった
縞模様の獣
彼女が選んだのは、子狸討伐の最終形態だった
決着を見守るのは、三千世界の人々のみ……
人と狸
剣士と魔法使い
勇者と子狸の戦いがはじまる