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魔王、降臨

 勇者さんにとって

 もはや猫耳は身体の一部であった

 少し意識すれば、ぴょこぴょこと動かすこともできる


 それは、つまり

 彼女の退魔性に猫耳がなじんでいる

 ということを意味する


 お前らが、おれにだまって開発しようとしていた

 勇者さんシステムとやらにね、ちょいと手を加えまして

 ご覧のありさまですよ


 おっと、妖精さん

 おれを睨むのはやめてほしいのです


 猫耳には目をつぶってもらう……

 そういう約束でしたよね?


 ※ てっふぃー……お前というやつは……


 ※ 話がちがう……! 勇者さんを守るためだと、お前は言った!

   青いの……おれを騙したのか……?

   返答しだいでは、おれの家は模様替えすることになる……


 怖い、怖い……


 こんにちは

 お前らのスーパーアイドル、王都のんです

 ぽよよん


 あれ? なんかおれが悪いみたいな流れですね

 これは、どうしたことでしょう


 このおれが

 バウマフ家の近衛をつとめてきた、このおれがですよ?

 なんの裏もなくアリア家の人間に

 よりにもよって剣術使いにですよ?

 無償で贈りものをするとでも思っていたのですか

 それこそ心外というものです


 勇者さんの退魔性ね

 うまく中和できているみたいで、ほっとしました

 長年の研究の成果ですね

 感無量とでも申しましょうか


 お前らは楽観視していましたが

 真剣で斬られたら子狸さんが死んじゃうじゃないですか

 当然の措置ですよ


 感謝しろとまでは言いませんけど

 少しはおれの心労をおもんばかって欲しいものですねっ

 涙を流した数だけ、ひとは強くなれる……

 悲しみのぽよよん!


 ※ 開き直りやがった……

  ※ さ、最低だな……

   ※ ……ちがう。わたしの知ってるお兄ちゃんじゃない!


 ※ いや、むかしから、ずっとこうだったよ

  ※ 信頼があるんだ。絶対的な信頼が……


 ※ だが、少し待ってほしい

   王都さんの言うことも一理あるのではないか


 ※ !? 王都のんの刺客だ! 刺客が河に混ざり込んでる!

  ※ 正しい、正しくないの問題じゃねーんだよ!


 ※ そうだそうだ! なんで一人で勝手に推し進めるんだ

   山腹のひと、お前も同罪だぞ!


 山腹さんに罪はないと思うのです


 ※ この青いの、なんで互いに庇い合うの!? 気持ちわるい!

  ※ いい加減、仲直りしろよ!


 あ? この上なく完璧に仲直りしてるだろうが!

 おれたちは、仲良しなんだよ!

 ね? 山腹さん


 ※ ね~


 ※ でも、お前らさっきから目を合わせようともしないじゃないか……

   仲直りの握手をしなさい!

   ほら、いつもみたいに触手をにゅっと伸ばして!

   なんで伸ばさないの!? 伸ばして! 伸ばしなさい!


 跳ねるひとの長い耳が、ぴくりとふるえた

 この大きなうさぎさんは、抜きん出た聴力を持っている

 お月さまの影響を受けて、獣化はさらに進んでいた

 手足を折り畳み、地に四つ足をついている


 シマは言った


うさぎ「イリス。悠長に話しているひまはなさそうだ」


 イリスというのは、牛のひとの本名だ

 彼女は舌打ちした


牛「暴走か? そこまで追いつめたのか、適応者を」


トカゲ「レベル7……」


うさぎ「ああ。凄まじい意思力だ、アトン・エウロ……。怪物……これが共和国の……」


 魔法と異能の構造は似たものになる

 なぜなら、異能というのは魔法の反作用だからだ


 トンちゃんが姉妹の姿をしたものを傷付けたくないと考えたなら

 暴走した物体干渉は、他のものに牙を剥くことになる


 無差別な殺傷圏内の渦中にあって、トンちゃん本人が無事なのは

 それが唯一、残された最後の理性だったからだ


 異種権能の王は、虚像すら削りとる

 現実も虚構も隔てなく捕食する暴虐の王だ


 魔都は崩壊しつつあった


勇者「そう。もう手遅れなのね」


 勇者さんは、自分の手のひらに視線を落としている

 握りしめた手を、もう一度ゆるめた


 彼女は、姉妹たちを見る


勇者「あなたたちは、ここに残りなさい」


 それが彼女の決断だった


 姉妹たちの反論を、視線で封じる

 彼女たちは知らないが……


 勇者さんは、もとより狐娘たちを連れていくつもりがなかった

 そのように自らの思考を縛りつけていたから

 牛さんの提案を受けて、渡りに舟とばかりに肯いた

 それが真相だ


 アリア家の人間でありながら

 最後の一線を越えることができない

 それが、アレイシアン・アジェステ・アリアという少女の本質だった

 

勇者「歴代の勇者は、魔王を一騎打ちで下した。わたしも」


 そう言って、勇者さんは羽のひとに視線を振る


勇者「リン」


妖精「リシアさん……? 一騎打ちって、でもわたしは……」


勇者「ありがとう。けれど、あなたには魔軍元帥の足止めをしてほしいの」


 狐娘たちを守れとは言わなかった

 だが、それが勇者さんの本心だった

 彼女は、姉妹たちを犠牲にはできない

 失いたくないと、思ってしまった


 生きていてほしかった


 たとえ、その判断がもとで世界が滅んでしまったとしても

 決して譲ることのできない一線というものはある


 前もって心の働きを規定していたから

 彼女は、これが最善の判断だと疑いもしなかった


 守りたいという願いを自覚すらできないまま

 勇者は、最後の戦場へと赴く


勇者「さあ、マッコール」


 虚脱した様子の歩くひとが、床を見つめたままつぶやく


歌人「玉座の下だよ……。隠し通路がある。魔王は、その先だ……」


勇者「ありがとう」


 そう言って勇者さんは、歩くひとの頭をなでた

 自分でも、なぜそうしたのかわからなかった


 別れの言葉は必要ないと思ったから、きびすを返して玉座へと向かう

 引きとめる言葉はあったけれど、止まる理由はなかった

 彼女は、勇者だった


 マフラーを引っ張られた子狸が、のこのことついていく


 魔軍元帥と覆面戦士の闘いは、すでに次なるステージへと移行していた

 力場は尽きることがない

 縦横無尽に宙を駆ける黒騎士が、魔力で勇者さんを拘束しようとする

 だが、覆面戦士がそれを許さない


元帥「ユーリカぁー!」


 つの付きの叫びは切迫している

 しかし、闇の妖精が織りなす結界は

 光の妖精が紡ぐ世界に上書きされる


 はじめから、こうなるさだめだったのかもしれない


 迷いを振りきった羽のひとが、覆面戦士の肩にとまる


 千年前、遺跡から不思議な生きものを連れ帰ってきた村長に

 バウマフ村の住人たちは共存の道を見出すことができなかった


 彼らは、この世で最初に魔物と遭遇した人間たちだった

 だから、あのとき別の道もあったのではないかと

 ずっと後悔して生きてきた


 袂を分かった筈だ

 それなのに、いつしか二つの道は交差していた

 同じ道を歩いていけば、きっとその先にあるのは――


 バウマフ家の末裔に、覆面戦士は夢を託す


覆面「行け!」


 もう後悔はしたくなかった


 自分たちは間違っていたのか?

 それとも正しかったのか?

 結論がどうあれ、可能性の先にあるものを見たかった


騎士A「行け!」


 骸骨戦士と板金鎧が激しく衝突する


 騎士Aは、ポンポコ騎士団の隊長だ

 捕獲した子狸を自白へと導くのが、彼の役目だった

 それなのに、子狸の動機はいつもあいまいで……

 自分はつとめを果たせただろうかと、思う


騎士B~H「行け!」


 実働騎士たちの声が勇気をくれた


 彼らは、ポンポコ騎士団の盾だった

 ポンポコ騎士団にとっての剣とは

 未来を切りひらくための言葉だった


 空中回廊で子狸は、襲い掛かってくる原種の群れを軽くいなした

 自分たちの力は、もう必要ないのだと思った

 だから、せめて一人ではないのだと伝えてやりたかった


 街中でも平気で攻性魔法を撃ってしまう子狸を

 数えきれないほど捕獲してきた


 もう条件反射になっていたから

 クラスメイトを陰から見守る子狸を

 不審人物と見なして、そのたびに任意同行を求めてきた


 彼らは、子狸が魔王であれば良いのに、と思っていた


特装A~D「行け!」


 特装騎士たちの声が背を押してくれた


 王都は、王国のかなめだから

 街とは規模の桁が違う


 万が一があってはならないと

 事件があったとき、派遣されるのは実働小隊だ

 きな臭い事件の裏には、必ずと言っていいほど子狸の影がちらついていた

 だから、いつしか彼らは子狸のあとを追うようになった


 のこのこと未来に向かって歩いていく子狸と

 夢見る景色を共有するようになった

 

 組み合った骸骨戦士の骨盤を掴んだ

 技という技

 奥義という奥義を尽くして

 決して土俵を割るまいと踏ん張った


お前ら「行け!」


 駆け出した子狸を、世界中のお前らが応援している


 地下通路を跳ねる庭園のんも同じだ


庭園「行け!」


 はるか上空、青空の下で

 火口のんは厳しい面持ちで正面を睨んでいる


火口「…………」


 抱きかかえられているかまくらのんが

 中継されている子狸さんの勇姿を祈るように見つめる


かまくら「ノロ……」


??「それ、もしかしてわたしの真似なのかしら? 本気で怒るよ……?」


 某ポンポコ嫁から本気でクレームが入ったものの

 お前らの夢と希望を背負って子狸は駆ける


妖精「行って……! 魔王を……!」


 羽のひとの声……


 片手を突き出した勇者さんが

 多重顕現した宝剣で、玉座を吹き飛ばした


 隠し通路に飛び込んだ勇者さんの手をひいて

 おれたちの子狸さんが走る


子狸「お嬢」


勇者「なに」


 魔王の寝室とつながる通路だったから

 そう大きなものではない

 通路の幅は、二人が並んで走るには窮屈に感じるほどだった

 だから勇者さんは、手をひかれるままに子狸のあとをついていく


 子狸は、とっておきの秘密を打ち明けるように声をひそめた


子狸「じつはね……おれの真の実力は封印されていたんだ」


 お前の真の実力は開放レベル2です


勇者「そう」


 勇者さんの反応は薄い


 子狸が大言壮語を吐くのは、いつものことだった

 これまでに築き上げてきた信頼が

 子狸さんの言葉を薄っぺらくした


子狸「その封印は解かれてしまった……。もう、誰もおれを止めることはできない……」


勇者「ふうん」


 勇者さんの声には抑揚がない

 ずっと感情を抑えて生きてきたから

 感情を言葉に乗せる習慣がなかった


 平坦な調子で紡がれる声は

 恋する子狸に言わせてみれば

 涼しげで、鈴を転がすような声ということになる


 気になる女の子に凄いと思ってほしい子狸は

 どんどん調子に乗る

 

子狸「おれという名の矢は放たれたんだ」


勇者「そう」


子狸「きみを守るよ。吾輩が」


 とうとう一人称がぶれる始末だった


勇者「ふうん」


 そして勇者さんの相槌はループしている


 彼女は、ひどく下らないことで悩んでいた 


 子狸の呼称についてだ

 

 勇者さんは、一度として子狸を名前で呼んだことがない


 黒雲号と同じ名前だったから、というのもあるだろうが

 まず第一に、子狸の身元を魔物たちに知られては面倒だという考えがあった


 それは、そうだろう

 魔物たちが必勝を期すなら、家族を人質にとればいい

 たいていの人間は、それで折れる


 旅先では、偽名を用いるに越したことはない

 勇者さんには大貴族というバックボーンがあるから

 その限りではなかったが……


 ただし、子狸に偽名を名乗れと言っても難しいだろう

 へたをすれば、自分の本名を忘れかねない


 人間の尊厳を重視する勇者さんには

 名を捨てて生きろとは言わない慈悲深さがあった


 彼女は魔王との一騎打ちを所望していたが

 決闘の場に子狸を連れていくメリットは思い浮かばなかった


 光の宝剣は、すでに魔軍元帥と打ち合える域に達している

 聖剣を意のままに操れる勇者さんは、人間の身には余る力を手にしていた

 彼女の知る子狸では、足手まといにしかならない


 置いてくるべきだった

 彼女の理性は、そう告げている

 子狸は、魔王との対話を望んでいる

 いよいよ決着をつける段になれば、確実に邪魔になる


 置いてくるべきだった……

 そうしなかったのは、なぜだろう?


 もう自分が何を望んでいるのか

 どこを目指しているのか

 それすら、よくわからなかった

 

 いずれにせよ、ついてくると言うのであれば

 有効活用するべきだった

 勇者さんは、二対一を卑怯とは思わない

 この期に及んで魔王が眠っているのであれば

 寝台ごと刺しころしてしまえばいいと考えるようなひとだ


 ここまで来れば、子狸の名前を隠す意味はほとんどない

 むしろ、呼び名がないのは不便だ


 羽のひとはポンポコとか子狸とか呼んでいたが

 それは愛称のようなものだろう……と、勇者さんは思っている


 子狸の名前は、ノロ・バウマフと言う

 バウマフ家の期待の新星だ


 呼び捨てにしても構わないだろうが、とくべつな意味にとられても困る

 じっさい、羽のひとはノロくんと呼んでいた

 同じ呼び方をしている自分を想像してみる

 びっくりするほど違和感しかない

 

 かと言って、苗字で呼ぶのは

 いささか他人行儀が過ぎるのではないか


 どうでもいいことを勇者さんは悩んでいる

 なまじ距離が近かったから、答えが出なかった


 彼女の思考が堂々めぐりしている間

 子狸さんは、いかに自分が勇者さんにとって欠かせない存在であるかをアピールしていた


子狸「しいていうなら、おれが魔王と言ってもいいくらいさ」


勇者「それは、おかしいでしょ」


 子狸の妄言を聞き流していた勇者さんが

 さすがにそれはないと切って捨てる


 子狸は、きょとんとした

 首を傾げてから、得心がいったというように苦笑した


子狸「お嬢。魔王は実在しないんだよ」


 この子狸には、そろそろ退場してもらったほうがいいかもしれない


 しかし、勇者さんはぎくりとした

 彼女が予測していた幾つかの結末で、最悪のものがそれだったからだ

 彼女は、つとめて平静を装わねばならなかった

 なんでもないことのように言う


勇者「誰から、訊いたの?」


 子狸は、あっさりと答える


子狸「魔物」


 勇者さんは、息をのんだ


 通路の終わりが見えた

 四角に切りとられた、漆黒の空間へと通じている

 その部屋から、かすかな光が漏れていた


 それは、旅の終わりだ


 斜めに傾いだ出入り口のいびつさに、ぞっとするものを感じた


 勇者さんは、ふるえる声で言った


勇者「わたしが、もしも魔物たちと同じ立場だったなら」


 悪寒がした

 その正体が掴めなかったから

 決定的なことを伝えようとしても

 うまく言葉にならなかった


勇者「……魔王は実在しないと。あなたには、そう言うわ」


 実在しないと信じるものをどうこうしようとは思わないだろう、ということだ


子狸「え?」


 肩越しに振り返った子狸を追いぬいて、勇者さんが前に出た


 ふたりは、ついに旅の終着点に辿りついた


 目の前にひろがったのは、満天の星空だ


 星々のきらめきが、ふたりを包み込んでいる


 まるで夜空に投げ込まれたかのようだ


 落ちる、と反射的に身構えた勇者さんだが

 踏みしめる足元は、意外に思えるほどしっかりとしている


 不可視の力場か?

 あるいは幻覚の一種なのか?

 どちらにせよ、目に見えるほど広大な空間だとは思わないほうがいいだろう


 勇者と魔法使いは、ついに星の部屋に立つ


 ふたり以外には、誰もいなかった


 千年間……

 あまたの戦士が

 魔王に挑むべく魔物を打ち倒してきた


 そして、いま

 ここに魔王召喚の儀はなる


 降り落ちた光が、足元に輝線を刻んでいく

 描かれる幾何学模様は、魔法回路と酷似している


 はじまりと終わりは同じものだ

 はじまりとは終わりであり

 終わりとははじまりなのだ


 第一の回線(ゲート)が開く


 現れた人影は二つ……


 その一つに、少女の視線が吸い寄せられる

 彼女の、よく知る姿をしていた

 いや、王国の民ならば誰もが知っている姿だった


勇者「元帥(マリアン)……」


 白銀の全身甲冑が、呆然と呟いた少女へと片腕を突き出す

 指を蠢かせると、勇者さんの意思に反して聖剣が起動した


勇者「!」


 はっとした勇者さんが、光の宝剣を散らせるが

 すでに手遅れだった


 分離した黒い粒子が星空を舞い踊る

 それらは、魔王の手中で闇の宝剣を形成した


 魔王の傍らに立つのは、堂々たる体躯を持つ戦士だった

 鈍色の騎士……

 こちらは連合国のそれとは似ても似つかない

 しかし――

 勇者さんは知るよしもなかったが

 あれは、この世界にあってはならないレベルの科学技術の結晶だった


 腕甲、脚甲など、およそ人体の稼働域とは無縁の箇所に

 無数に走った継ぎ目が何を意味するのか、勇者さんは知らない


子狸「え……?」


 子狸が、ぎょっとした声を上げた

 ゾッと立ちのぼった霊気が、一瞬で外殻を形成した

 それは、術者の意思を無視して

 子狸を殺戮へと走らせる


 振り上げた前足を、魔王へと叩きつけようと――


子狸「!?……ッ!」


 後ろ足に巻きついたしっぽが、子狸の突撃を阻んだ

 霊気の外殻が散る

 がくりと両ひざを屈した子狸が、荒い息をつく


子狸「?……!?」


 子狸は混乱している


勇者「――!」


子狸「え……?」


 勇者さんの悲鳴が聞こえた気がして振り返る

 その視界を、大きな手のひらが覆った

 瞬間移動したとしか思えないほどの高速移動で迫った鈍色の騎士が

 子狸の顔面を鷲掴みにしたのだ


 そのまま爆発的な加速力で、星の部屋を一直線に横切る

 星々が散った

 子狸の頭部を叩きつけて、壁面を突き破る


 轟音が鳴り響く中、勇者さんは立ち尽くしている

 一見して、壁には見えない星々が再生されるさまを

 呆然と見つめていた


 なに一つとして反応できなかった


 いや、そんなことよりも……

 人間の身体は、あれほどの衝撃を受けて無事でいられるほど、頑丈には出来ていない


 勇者と魔王がとり残された


 白銀の王が言う

 片手に持つ闇の宝剣が

 ぶらりと揺れる


「終わりです、勇者よ」

 「魔王の近衛は、最強の兵。つの付きなど問題にならない……」

「しんだね」

 「しんだ」

  「きみを守ってくれるひとは、もう誰もいないよ」

 「お前は一人だ」


 声の調子も口調もばらばらだった


 魔王の魂は、先の討伐戦争で邪神教徒に取り込まれている

 魂を取り込まれるとは、いったいどのような現象なのか……

 それは、体験してみないとわからない


 魔王は、深い眠りについているという話だった

 そうではないとしたら? 魔王軍の指揮をとれない状態に陥ったのだとしたら


 魔王は、とうに……


 勇者さんは、魔王を見ていない

 近衛と子狸が消えた方角から目線を引きはがすと

 虚脱した様子で視線を足元に落とした


 魔王には、戦意喪失した勇者を待つ理由がない

 人差し指を突きつけると、ざわざわと空間がゆがんだ


 勇者さんの退魔性は、瀕死にあえいでいる

 

 それなのに、叩きつけられた圧縮弾は

 彼女の長い髪を揺らすこともできなかった


 顔を上げた勇者さんの表情には、怒りも悲しみも浮かんでいなかった


「魔王……」


 小さくつぶやいた


 彼女の感情制御は綻びつつあった

 綻んだ感情は

 必ずしも退魔性の崩壊に結びつきはしない


 彼女には、どうしても魔王に伝えたいことがあった


「お前は、最後のチャンスを失ったんだ」


 後悔しながら死んでいけということだ


 光輝剣には、九つの最終形態がある

 決まった形を持たないオリジナルの宝剣には

 同じ数だけの可能性が用意されていた


 顕現したのは、薄く凝縮された光刃だ

 放出された光の粒子が、少女を戦いへと駆り立てるかのようだった


 フェアリーテイル


 彼女が選んだのは、領域干渉の最終形態だった


 決着を見守るのは、またたく星々のみ……


 光と闇

 人間と魔物

 勇者と魔王の戦いがはじまる

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