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真実の猫耳

 まるで小さな台風だ――!


 異様な滞空時間

 周囲の大気を巻き込んだボールが

 暴風圏の勢力を拡大していく……!


 謎の覆面戦士とは、歴代勇者の危機に際して颯爽と現れ

 あまたの苦難を打ち破ったとされる伝説の魔法使いだ


 その系譜を継ぐものなのか?

 Grandと名乗った謎の人物は、人間の限界を超えた魔法使いだった


 だが、仮に開放レベルを同等とするなら

 地力で勝る子狸バスターの優位が覆ることはない


覆面「……!」


 風を切り裂いてボールをとらえたラケットが

 びくともしないことに覆面戦士は驚愕した


 重い……!


 ラバーに食い込んだ魔球から

 ラケット越しに伝わるのは凶暴な意思だ


 弾き飛ばされないよう身体をかぶせた覆面戦士を

 悪魔じみた球威が、奥へ奥へと押し込んでいく


 ラケットがへし折れそうだ

 決壊のときは近い

 迫る危機に――

 しかし、老戦士は不敵に笑った


 人間の限界を突破した覆面戦士に

 同じ人間では対抗できない


 魔物だけが

 この闘いだけが――!


 次の瞬間、Grandの全身が青くきらめいた


 霊気だ


 驚嘆すべきは、その制御力だろう

 無駄な放出がいっさいない

 過度属性を、完全に支配下に置いている


 子狸とは、次元が違う術者だと認めざるを得なかった


 外法に身を委ねた人間にとって

 この血を駆けめぐる闘志は、もっとも馴染み深い感触のひとつだった

 

 ラケットを握る前足は、人々の願いそのものだ

 

 守りたい

 守りたい――

 目の前の戦いにおのれの全存在を賭したとき

 外法騎士は誕生する


 じりじりとボールを押し込んでいく前足を

 なにものにも自由にはさせないという傲慢な願いが後押しする

 それは、挫折への怨嗟だ


覆面戦士「Usually!(日常)」

 

 ついに拮抗を打ち破った前足が振り抜かれた


 力尽くで打ち返された魔球が空中で激しくぶれた

 コートで跳ねるや否や分裂する

 まるで迫りくる猛獣の牙だ


 渾身のカウンター!

 だが――


元帥「終わりだ!」

 

 禍々しく吠えた黒騎士の輪郭が左右にひろがる

 分身魔法だ


 魔軍元帥は、魔王軍最高の魔法使いだ

 人間に出来て、彼に出来ないことはない


 人類が編み出した魔法技能は

 魔軍元帥の手で、それ以上の脅威となって返ってくる


 つの付きは、巨大な魔獣を正面からねじ伏せる膂力を持つ

 その秘訣は、特有の魔力にある


 つの付きを現世に繋ぎとめる鎖は、加重の性質を持つ

 それゆえに速さへと転化することはできないが――


 ラケットを振りかぶった黒騎士の腕甲が

 内圧に耐えかねたかのように不吉な音を立てる

 二階建ての家屋を更地にできるほどの力を込めて、垂直に振りおろした


 常軌を逸した回転を与えられたボールは

 刹那、宙をぴたりと浮き――炎上した

 焔をまとった魔球が、炎の尾をひいてコートに突き刺さる


 覆面戦士は一歩も動けなかった


覆面「つの付き……! すでにこれほどまでの力を……!」


 現在のつの付きは五人目だ

 転生するたびに力を増している


元帥「きさまは……そうなのか? あの村の……」


 過去、多くの討伐戦争に姿を現した覆面戦士の目的は謎に包まれていた


 だが、いまならはっきりとわかる

 彼らは、魔力の結実を未然に防ぐ使命を帯びていたのではないか

 バウマフ家と同じように、歴史の裏で戦ってきた一族が存在したということだ


 千年間、紡がれてきた物語が

 いまここに全て集約されようとしていた


 勝ち誇ったのは黒妖精さんだ


コアラ「15-0」


 しかし、彼女は楽観視していなかった


 魔火の剣を授けられた精鋭たちに目配せをする

 彼女のパートナーは一対一を望んでいるようだが

 相手は、絶対と思われていた限界を突破した人間……

 常識では量れない

 他に奥の手を隠し持っていたとしても不思議ではない

 

 いざというときのために備えは必要だった


 目線で肯いた精鋭たちが

 魔火の剣を揺らして覆面戦士の背後に回ろうとする


 もちろん騎士たちは、彼らの不穏な動きを見逃さなかった

 だが、彼らは満身創痍だ

 代わりに立ちふさがったのは、見慣れない鎧をまとった騎士たちだ

 唐草模様のマントが目に鮮やかだった


 王国騎士たちが、はっとした


王国騎士「お前たちは……」


騎士A「二代目は」


 中隊長の所在を尋ねられて、王国騎士たちは目線を伏せる

 彼らの無念が伝わってきて、騎士Aは追及を取り下げた


騎士A「……そうか」


 おそらく魔人だろうと推測する


 完成したチェンジリング☆ファイナルを

 政治家たちは都市級を打倒しうる技術と見なしているようだが

 変形の詠唱は、発展の度合いに応じていびつなものを抱えていくことになる


 グラ・ウルーは、人間たちの恐怖を糧とする魔物だ

 魔人と戦うということは、闘争の歴史に立ち向かうということでもある


 行く手を遮られた骸骨戦士たちは怪訝な顔をした

 一対一を想定するかのようなポンポコ騎士団の布陣に疑問を覚えたからだ


 戦歌とは、互いの喚声を互いに補うという発想が元になっている

 十二人からなる実働小隊は、最低でも前衛と後衛に分かれる

 もっとも有効な一打を繰り出すために、実働騎士は戦況に適した陣形をとる

 陣形なくして、戦歌は成立しない。その筈だ


 このような陣形を目にした記憶はなかった


 十二人の騎士が全員とも特装騎士なら納得も行くのだが

 彼らが身にまとう装備の差異がその推測を否定していた


 赤くきらめく魔火の剣をちらつかせながら、骸骨戦士が低い声を押し出した

 彼らは魔王軍の中でも独立した指揮系統に属する特殊部隊の隊員であり

 特殊な兵装――火の宝剣のことだ――を扱うために選ばれた戦士たちだった


 要求を告げたのは特殊部隊の隊長だ

 彼には、勇者一行との戦いで実の弟を失ったという過去がある

 人間に対する隔意は深い


隊長「どけ」


 要求は一言で済んだ

 この上ないシンプルな意思表示に――


 懇願の眼差しを向けたのは

 覆面戦士が伴って現れた黒衣の少女だった


歌人「やめるんだ、お前たち!」


 彼女は、もっとも人間に近しい容姿を持つ魔物だった

 人類社会に溶け込み、内側から監視する任務を与えられた工作員の一人だ

 

 その工作員が虚偽の報告を行った

 彼女の罪は重く、魔人と共に地下に幽閉されていた


 魔人が脱獄したことで、自由を取り戻した彼女が 

 この場に駆けつけた理由は幾つかある

 その一つが、かつての部下たちだった


 魔法との同化が進んだ人間からは、高純度の魔力を獲得できる

 子狸と共同生活を営んでいた骨のひとたちは、極めて強力な個体に成長していた


隊員「リリィ……。それは無理だ」


 失われてしまった仲間に兄がいて

 その人物が、自分たちの新しい隊長だと知ったとき

 彼らは、抵抗することを諦めた

 選んだのは恭順の道だ


 何もかもが思い通りになることなどない

 無視して通り過ぎるには、思い出は美しすぎた


 眼窩から零れ落ちた涙は、火の宝剣に溶けて驚くほど軽い音を立てる


歌人「……! カイルのことか? あいつは戦士だった! 侮辱するのは許さない! お前たちは、ボクの言うことを聞くんだ!」


隊員「では、どうしろと言うんだ……? おれたちは、疲れたんだ。いっそのこと、幽霊船ごと沈めてくれれば良かった……」


 戦いに疲れはてた彼らは、しかし皮肉にも最適化された戦士だった


 眼前の敵に自分を乗り越えてほしいという欲がある

 それは怨霊種の存在意義そのものだった

 騎士級の魔物とは、つまり人間を鍛え上げるための存在だ


 いつ部下に寝首を掻かれても不思議ではない

 狂気めいた部隊の構成に

 特殊部隊の隊長は、ほの暗い喜びを覚える


 魔物の精鋭とは、悠久の時を生きた戦士でもある

 あくなき闘争のみが、自分を燃やし尽くせるという確信がある


 いまは、ただ、そのときをじっと待ちたかった

 だが――


 お前がその相手なのか? と視線で尋ねられて、騎士Aはひるんだ

 これまで戦ってきた、どの魔物よりも強烈な妄執を感じた

 討伐戦争の終盤には、こうした個体がふらりと現れると言われている


 気圧されながらも、かろうじて踏みとどまった騎士Aが言う


騎士A「いいや、その必要はない」


 自分の言葉に勇気づけられて、剣鬼と正面から睨み合う


騎士A「“鍵”は揃ったぞ。お前たちも、それを望んでいた筈だ……」


 剣鬼が下顎を打ち鳴らした

 それは、いかなる感情の発露によるものなのか

 人間には判別できない


 だらりと魔火の剣を垂らしたまま、剣鬼が言った


隊長「どこまで知っている? 何を見た?」


騎士A「……王種と会ってきたよ」

 

 答える騎士の声には確信がある


騎士A「その上で尋ねる。教えてくれ……」


 子狸は、六つある宝剣のうち、四つを所持している

 精霊の宝剣とは、魔界の至宝であり

 その正体は、扉を閉ざすための鍵だ


 彼らが目にしたのは、果樹園と、苗木を見守る一人の魔物、そして星の舟だった

 古代遺跡の扉は開かなかった……

 魔の宝剣は不良品だったらしい。ショックだ


 意気消沈としながら、資格はあるからと遺跡の番人は教えてくれた

 遺跡の奥にあるのは“祭典”と呼ばれる魔法の制御装置だ


 “祭典”の前に立った人間は、魔法の在り方を定める決定権を持つ


 ――およそ千年前、うっかり祭典の管理人となった一人の人間がいた

 ――祭典は板面で騙る。願いを言えと……

 ――二、三の遣り取りを経て、物言わぬ黒板に親近感を覚えていた管理人は、こう言った


「任せるよ。おれ、お前のこと、もう他人とは思えないし」


 悲劇であった


 願いを叶えると言われて、丸投げした管理人が現れたとき

 この世界の魔法はツッコミを強要されたのだ……


 バウマフの騎士が言った


騎士A「お前たちは、いったい何と戦ってるんだ?」


 その質問を投げるのは、間違いなく勇者だと思っていた

 そうなる筈だった

 だが、じっさいに辿りついたのは

 まったく予定にない、ただの人間だった


 そのことに可笑しさを感じて、奇縁を呪わずにはいられない

 どうしてこうなった……


 ※ どうしてこうなった……

  ※ どうしてこうなったんだよ……!

   ※ 甘かったんだよ。思い通りに行く筈がなかったんだ

 

 ※ お前らが、いちばんの不確定要素を野放しにするから……

  ※ 子狸さんをばかにするな! 子狸さんは良くやっただろ……!

   ※ 妖精の里に立ち寄ったのが失敗だったんだ


 ※ あ!? そうでもしないと間に合わなかったろうが!

  ※ そんなこと言われても、これもう手遅れじゃないですかね……?

   ※ いや、子狸さんならきっと……! きっと何とかしてくれる!


 ※ そ、そうだな……

  ※ ああ……! 子狸さんなら、きっと……!


 手遅れなのは、この期に及んで子狸さんに頼ろうとするお前らなのではないか


 事態は最終局面に向かっているというのに

 勇者さんは蚊帳の外だ


 つの付きと覆面戦士の壮絶な打ち合いに絶句している


勇者「…………」


子狸「なんて激しい攻防だ……!」


 前足に汗握る子狸さん


 サーブに集中していた覆面戦士が、ふと寂しそうに微笑んだ


覆面「ふっ、少年。おぬしは、わしの孫に似ておる……」


子狸「おれも、あなたにはとても近いものを感じる……」


 この二匹は、何か共感めいたものを感じているらしい


 豆芝さんの頭に舞い降りた羽のひとが

 子狸と覆面戦士を交互に見て、薄く吐息をついた

 

妖精「お前ら、相変わらずですね……」


 トンちゃんに対して、あれほど子狸が子狸がと言っていたのに

 いざ再会してみれば、出てくるのはため息しかない


子狸&覆面「Disfunction!(機能不全)」


 完全一致

 

 勇者さんは、歩くひとと再会しても驚かなかった


勇者「マッコール」


 肩を落として歩み寄ってきた歩くひとは、気丈に微笑んでみせた


歌人「やあ、アレイシアンさん。それと……」


 一時期、彼女は勇者一行に同行していたことがある

 過去に実在した人間の姿を写しとる魔物だから

 潜入工作はお手のものだ


 アレイシアンは、はじめて会ったときから歩くひとの正体を疑っていた

 アリア家の系譜を汲むものに、行きずりの人間が声を掛けることはない

 何か明確な目的でもない限りは


 一人で寂しいという動機は

 もちろん個人差はあるだろうが

 性格上、理由としては弱いと感じていた


 だから、旅人を装って接近してきた吟遊詩人には

 何かしらの目的があって

 また、それを隠していたということだ

 必然的に選択肢は狭まる


 性別を偽っていたのはひと目でわかった

 まず、男女では骨格からして異なる

 それが理由なのか? 判別はつかなかったが……


 かくして三人と一匹は再会した

 じゃっかん一匹ほど着ぐるみみたいになっていたが……

 子狸の反応は薄い


子狸「……?」


 二人は親友という設定ではなかったのか

 戸惑っているのかもしれない

 子狸の中で、歌の人と歩くひとは別人という設定になっている


 そうと察した羽のひとが気遣うように声を掛ける


妖精「クリスさん……」


子狸「え? 歩くひとだよね?」


妖精「クリスだと言ってんだろ。察しろよ」


子狸「……どっちの?」


妖精「……どっちとかあんのか?」


 さらに分化が進んでいるらしかった


 勇者さんは、なまじ記憶力が良いから

 子狸さんとの輝かしい旅の記憶を打ち捨てることが出来ない


 彼女は、きょとんとしている歩くひとに

 衝撃的な事実を告げねばならなかった


勇者「あなたは、クリスティナ・マッコールの弟ということになっているわ」


 一人三役だ


歌人「嘘だろ……?」


子狸「! クリスくんっ……」


 二人は時間差で再会した


 感極まって跳躍した狸属を

 歩くひとは呆然と見つめる


 はっとして、飛びついてきた子狸さんを

 突き出した両手で押しとどめる


歌人「くっ……なんてパワーだ!? このボクと互角とは……!」


 子狸は、千切れんばかりにしっぽを振っている


牛「子狸よ、おちつくんだ」


 子狸さんを子猫よろしく捕獲したのは

 ふつうに混ざっている戦隊級であった


子狸「…………」


 急におとなしくなった子狸さんの外殻が霧散した


 ひそかに丸い耳を触ろうとしていた勇者さんが

 行き場をなくした片手でマフラーの端を握る


 牛さんは、わけのわからない理屈で子狸を説き伏せている


牛「親しき仲にも礼儀ありと言うだろう。嫌がる親友と肩を組むのは良くない」


 よくわからないが、はっきりしていることが一つある

 肩を組むのを嫌がるのは親友ではないということだ


子狸「でも、でも……。ノっちは、よく肩を組んでくるじゃないか……」


牛「やつとは、いずれ決着をつける。いまは、まだ焦る時間帯じゃない……わかるな?」


勇者「…………」


 見覚えのある戦隊級が同行している件について

 勇者さんはとくに何も言わなかった


 しぶしぶと納得した子狸さんが、歩くひとに言う


子狸「……クリスくん。今度、一緒に服を買いに行こう」


 女装について、とやかく言うつもりはないが

 この子狸には夢がある

 仲の良い男友達と共に絶体絶命の危機に立ち向かいたいという夢だ


歌人「言っておくけど、ボクは女だよ? つうか前にも言ったよね? 理解してほしい。だめか?」


子狸「おれは、だいじょうぶ。だいじょうぶだ……」


 親友の趣味に理解を示す子狸さん


 勇者さんには、二人の再会を祝福する気などない


勇者「マッコール。魔王はどこにいるの?」


歌人「……アレイシアンさん」


狐娘「マフマフ。兄さまが……」


子狸「おれに任せろ」


 とつぜん駆け出した子狸に

 マフラーの端を握っていた勇者さんが引きずられる


 子狸を羽交い絞めにしながら、歩くひとは言った


歌人「アレイシアンさん、君は薄々勘付いているんだろ?」


勇者「…………」


 勇者さんは答えない


子狸「ぬぅ……。コニタ、おれの大予言」


狐娘「大予言……」


子狸「トンちゃんはお前をあやしている」


勇者「なにそれ」


 さすがに聞き捨てならなかった


子狸「馬のひとがよくやる手口だ……。あのひとは、魔王のプロトタイプなんだ」


 子狸さんが止まらない

 ぺらぺらと内部事情を話しはじめた


子狸「精神的にずたぼろにされるぞ。……お嬢、そんな顔をしないでくれ。おれが行く」


 せめて最終決戦に挑んでほしいというのは

 おれたちの我がままなのだろうか?

 子狸さんは華麗に戦線離脱しようとしている

 

 牛さんがため息をついた


牛「……仕方ない。おれが行く」


 そう言って彼女は、ステルスしている二人の盟友を見た


牛「ロコ! シマ! 来い! 魔人を止める」


トカゲ&うさぎ「え~……?」


 アニマル三人衆が揃った


 二人は口々に言う


トカゲ「……牛さん、あのですね、おれたち魔物ですよ?」


うさぎ「どうして人間の味方をしなくちゃならんのですか」


 もっともな言いぶんである

 ところが、牛さんは首を傾げた


牛「お前ら、なにを言ってるんだ? 魔人を守るために決まってるだろ」


トカゲ&うさぎ「ああ、うん……そうね」


 子狸が千里眼を駆使しているのはあきらかだった

 本人に自覚はないようだが

 この小さなポンポコは、すでに制限解除されている


 ファイブスターズの家に突撃する傍ら

 一つずつ封印を解かれていったのだ


 そして山腹のんと合流したことで

 最後の封印は解けてしまった


 最大開放の子狸が同行するなら

 魔王の身の安全は保障されたようなものだ


 勇者さんは察しているかもしれないが

 わざわざ言葉にする必要はないことだった


 牛さんは、期待の眼差しを向けてくる狐娘たちに

 優位を保ったまま告げる


牛「ただし、交換条件だ。お前たちは、ここに残れ」


 この子狸を、もはや誰も止めることは出来ない

 例外があるとすれば、それは異能持ちだ


 隠す必要性がなかったから、この点に関して牛さんは正直だった


牛「異能持ちの同行は認めない。厄介だからな。どうする?」


 狐娘たちは、困惑している

 牛のひとは、あきらかに勇者よりも自分たちを厄介な存在だと認識している

 それは裏を返せば、勇者さんでは魔王に勝てないということだ

 

 牛さんは続ける


牛「二つに一つだ。選べ。こればっかりは、三つ目の選択肢はないぜ」


 そう言って、沈思している勇者さんに視線を振る


 狐娘たちは決断を下せないだろう

 最終決定権を持っているのは、彼女たちのあるじだ


勇者「……先に一ついいかしら?」


 勇者さんは断りを入れてから、歩くひとを見つめる


勇者「マッコール。わたしは魔物たちに保護されていたの?」


 はっきりと言われて、歩くひとは鼻白んだ

 しかし事実だ

 勇者さんは弱い。彼女が魔都に辿りつけたのは、魔物の加護があったからだ


 歩くひとは慎重に切りだした


歌人「……アレイシアンさん。魔物たちの狙いは、君の退魔性だ」


 アリア家の人間でなければいけない理由が、おれたちにはあった


歌人「君の退魔性は、すでに限界に達してるんじゃないか? それは、たぶん算出された予測値と一致していて……」


勇者「予測値?」


歌人「退魔性というのは、本来なら予測がつかないんだ。でも、大まかには結果を導き出せる」


 簡単に言うと

 おれたちは、すでに退魔性の計算を終えている

 ここで必要になるのが、実測の値だ


 アリア家の人間が弾き出す退魔力は、人類の最高峰だ

 それが失われていく過程を細かく解析すれば

 予測と実測のぶれを調査できる


 二つのデータが揃って、なおかつ一致していれば

 おれたちの計算は正しかったと証明されることになる


歌人「……ひとつ、訊きたいんだ」


 歩くひとは、ふるえる手で

 勇者さんの頭の上で自己主張を続ける猫耳を

 おそるおそる指差した


歌人「君は、いつから、そんな趣味に目覚めたんだ?」


勇者「? わたしは、ずっとこうだけど」


歌人「お、終わった……」


 歩くひとは、がくりと両ひざをついて項垂れた

 あらゆる意味で、もう手遅れだった


 おれは無実です



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