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頂上対決

 魔物と仲良くしろと子狸は言う

 人間と仲良くしろと子狸は言う


 ――そんなことは無理だ


 答えるまでもないことだった

 千年前ならいざ知らず、もはや事は善悪の問題ではない

 魔物と人類の対立構造は、社会の基盤に組み込まれた大前提となっている


 魔物がいるから、ある一定以上の規模を持つ村は、街となる

 人口が増えれば規定にある収益を見込めるから、街壁で囲う

 街門を設置し、旅人の出入りを制限する


 戦いを生業としないものが、魔物と事を構えて得られるものなどない

 だから、わざわざ街の外に出て行く人間は少ない


 その前提が崩れたらどうなるか

 人間たちは、気軽に街と街を行き来することになる

 おそらく最初に起きるのが、商業の秩序の崩壊だ

 信用を金銭で売買する時代が来る

 貧富の差は予測がつかない化け物になるだろう


 共通の外敵を失った国々は、権益を求めて争いをはじめる

 ようは縄張り争いだ

 人間は、他の人間を使うことができるから

 自らの影響を及ぼせる範囲に限度というものがない

 そして、いずれは共倒れになる


 きっと、それが正常な人類社会の在り方だ 

 あるべき姿だから、余計な要素を取り除いたらそうなる


 ひどく簡単なことなのに

 勇者さんは口に出して説明しようという気にはならなかった

 三行でまとめる自信がなかったからだ


 戦闘を中断して壇上を見上げる騎士と魔物が見守る中

 静かに片腕を伸ばした勇者さんが

 お皿から魔どんぐりをつまんで、自分の口に放り込んだ


 もぐもぐと咀嚼して、嚥下する


 彼女は、笑おうとして失敗した

 泣き笑いのような表情でつぶやいた


勇者「少し……甘すぎるわね」


 貴族の暮らしに甘んじてきた少女の舌は肥えている

 そうして、いつだって子狸さんの手料理にケチをつけるのだ


 彼女が泣き出す寸前の子供みたいに見えたから

 子狸はおろおろしてしまう


子狸「お嬢……?」

 

 迷う時期は、とうに通り過ぎていて――


 勇者さんは、子狸を押しのけようとして

 びくともしなかった――

 やわらかな毛皮の感触を手のひらに残したまま

 子狸を迂回する


 そして彼女は言った


勇者「魔軍元帥(エルメノゥマリアン)! わたしと一騎打ちをしなさい!」


 少女の提案は、驚くほど単純なものだった


 勇者と魔軍元帥で雌雄を決する

 一対一だ

 

 はっきり言って、黒騎士には決闘を受諾する理由がない

 現在の戦況は、圧倒的に魔王軍が有利だった

 このまま戦えば、遠からず騎士団は全滅するだろう


 だが、断る理由もなかった

 勇者さんには、黒騎士に打ち勝てる要素が一つもなかったからだ


 乗ってくる、という確信が勇者さんにはあった

 つの付きは武勇を重んじる指揮官だ


 そして、いまひとつ……

 魔剣のレプリカには、おそらくオリジナルほどの力はない

 そうでなければ、騎士団はとうに全滅していただろう

 宝剣を複製できる自分なら、骸骨戦士たちに勝てるということだ


 もちろん、魔軍元帥との一騎打ちに勝てたらの話だが……


 はたして黒騎士は重々しく肯いた

 騎士の誓いを立てるように、一歩さがる

 魔剣を水平に掲げると、刀身を指先でつまんで

 勢いよく濁りをはらった


元帥「受けよう」


 そう宣言して、両手で握り直した魔剣を胸の前で垂直に立てる

 騎士団に伝わる、決闘の古いしきたりだった


 勇者さんも応じる

 剣を衆目にさらし、この戦いに不正はないと示す

 口が裂けても感謝の言葉を述べたくなかったから

 代償として覚悟のほどを自らに問うた


勇者「決着をつけましょう」


 ここまでは想定通りだ 


子狸「あ、じゃあ、おれが審判ね」


 ――お前は、わたしのことが好きなんじゃないのか、と

 勇者さんが苛立ったのは、ほんの一瞬の出来事だ

 平常心、平常心……


 彼女は、アリア家の人間だ

 彼女は、制御系の適応者だった

 アリア家の血に宿る異能は、感情制御という分類に入る


 制御系は、受信系と送信系の源流にあたる

 双方の特徴を兼ね備え……

 つまり、心を操る異能というのが本性だ


 だから勇者さんは、子狸が暴走しても理性的に対応できた

 のこのこと離れていった子狸が、前足を地面にかざして

 何やらむにゃむにゃと唱えても、彼女の心が乱れることはない


子狸「むんっ!」


 地響きを立てて迫り上がってきたのは、長方形の台だった

 勇者さんの頬が引きつったものの、彼女は冷静だった


 二つ、小ぶりなラケットを生成した子狸が

 片方を黒騎士に投げて渡した


子狸「使え」


 これを受け取った常夜の騎士は

 ひとしきり素振りをしてから、不敵に笑った


元帥「ふっ、後悔することになるぞ」


 どうやらお気に召したようである


子狸「もう後悔はしないと決めたんだ」


 なんの前触れもなく覚悟を決めていた子狸さんが

 コートの前で呆然としている勇者さんを押しのけた


子狸「お嬢、下がっていてくれ」


勇者「…………」


 審判をするという話ではなかったのか

 あくなき執念でセンターに立とうとする子狸

 前足で器用に持ったラケットを素振りしはじめる


 勇者さんの視線を感じとった子狸が

 いつになく厳しい口調で言った


子狸「聞こえなかったのか? 下がれ」


 ついに獲得した憧れの毛皮が

 このとき子狸さんを大胆にさせたのである


子狸「……はっきり言うよ。お嬢、君じゃ無理だ。あいつに対抗できるとすれば、それはおれしかいない……!」


元帥「見くびられたものだな」


 魔王軍最高の魔法使いが出し抜けに言った


元帥「このおれに、過度魔法が使えないとでも思ったのか?」


子狸「なにっ!?」


 元を正せば、つの付きとは子狸を倒すために放たれた刺客だ

 魔軍元帥というのは仮の姿でしかない

 その本性は、鬼のひとたちが世に送り出した五代目の鎧シリーズ……


 子狸バスター!


元帥「ぬんっ!」


子狸「……!」


 勢いよく胸を反らした子狸バスターが

 まがまがしい闘気を放つ


 子狸さんの勇姿を「うんうん……」と頷きながら見守っていた騎士Bが「ばかなっ」と目を見開いた


騎士B「真紅の霊気だと!?」


勇者「…………」


 ぜんぶ持って行かれた勇者さんが、所在なさげに佇んでいる

 だが、彼女は知らない……

 上には上がいる


 おれたちの業界では、この子狸ですら……



「下がっておれ」



 謁見の間は、巨大な魔獣が器械体操をする前提で作られている

 その声には、空間を越えて人々の胸を揺さぶるような響きがあった


 ふたたび瞠目した子狸さんが俊敏な動作で振り返った


子狸「誰だっ!?」

 

 そして、この小さなポンポコは三度の驚愕を体験することとなった


 謁見の間に後ろ足を踏み入れてきた人物は

 顔面を布で覆っていて、その正体はようとして知れない

 だが、きっぱりとこう言った


覆面「謎の覆面戦士……とでも名乗っておこうかのぅ……」


 その声

 その姿――……

 魔軍元帥の全身にみなぎった警戒は

 いったいどこからやって来たのか?

 自覚すら出来ぬまま、黒騎士が吠えた


元帥「うおおおおっ!」


 片腕を突き出すと、壮絶なまでの魔力がほとばしった

 対する謎の覆面戦士は――


覆面「渇ッ!」


 一喝。ただ、それだけで黒騎士の魔力が散る

 否、この現象をわれわれは知っている

 これは、魔力の相殺だ……!


子狸「ばかな……」


 呆然とつぶやいたのは子狸だった


 魔力とは、詠唱破棄した侵食魔法だ

 詠唱破棄の行使には開放レベル4を要する

 人間の限界レベルは3だ

 

 その限界を越えるためには、制限解除と呼ばれる儀式が必要だった

 そして、その儀式を現代に伝える魔法使いは

 子狸と、父の親狸、そして祖父の古狸しかいない


 つまり……


 子狸はふるえる声で言った


子狸「いったい何者なんだ、謎の覆面戦士……」


 ……想像だにしない第四の魔法使いであった


 ※ 何者なんだ、覆面戦士……!

  ※ ああ、皆目検討がつかないぜ……!


 ※ ちなみに皆目検討がつかないというのは

   まったく心当たりがないということだ……! 


勇者「…………」


 勇者さんは……

 きっと困惑しているのだろう

 子狸と覆面戦士を交互に見比べている


 魔軍元帥は、恐慌状態にある

 超高等魔法を使える人間など

 あってはならないことだからだ

 それは

 それは、基本的なルールに抵触する……


元帥「おのれっ!」


 現実を否定するように魔力を連射する

 そして、そのことごとくが――


 ――Shoot!


 弾かれる。届かない……! 相殺される!


 悠然と歩を進める覆面戦士に、つの付きがあとずさる


元帥「ッ……きさまはっ! きさまはっ!?」


 思うままに威を振るっていた黒騎士の姿は、そこにはない


 覆面戦士が吠えた

 凄まじいまでの存在感だ

 

覆面「名乗ったぞ……! だが、いいだろう! ひとは、おれをこう呼ぶ。Grandと……!」


元帥「Grand……!」


 黒騎士の巨躯が舞った

 漆黒のマントがひるがえる

 飛び上がったつの付きが、片腕を突き上げた


元帥「ユーリカ! 援護しろ!」


 魔軍元帥が、はじめて他者に助けを求めた

 敵するものは、それほどまでに壮大ということだ


コアラ「ジェル! ええ、ええ……! もちろん」


 ユーリカ・ベルは、黒騎士のパートナーだ

 彼女にとっての最優先は、彼なのだ

 彼女にとっての最優先が、彼なのだ


 危機を脱した羽のひとが「あっ」と小さな声を上げた

 上空を舞う彼女には、はっきりと見えた

 

 覆面戦士の背に隠れている少女の姿が

 見覚えのある人物だった

 黒いドレスに身をまとった……


 その少女が、覆面戦士の背中からひょっこりと顔を出して

 目いっぱい顔をしかめると、舌を突き出した


歌人「べーっだ!」


 骨のひとと仲良く並んで観戦していた見えるひとが、激しく動揺した


亡霊「お前っ……Grandさんに告げ口をしやがったな!?」


 誰も彼もが、もう他人事ではいられなかった


 その第一人者が黒騎士だった

 魔軍元帥の咆哮が放たれる

 奮い起こした戦意には

 久しく感じる戦士としての興奮があった


 寄り添う黒妖精がボールを放る

 黒騎士の豪腕がうなる

 コートで跳ねたボールは、空中で凶悪にスピンして覆面戦士に迫る……!


 はっとした子狸が、ラケットを覆面戦士へと放った

 前足から前足へと戦士の資格は渡る


 絶望的な威力を秘めた必殺ショットに対して

 覆面戦士は物怖じしない


 恐れることは何もない

 目の前には打たねばならぬボールがあり

 前足には打ち返すためのラケットがある

 そして、受け止めてくれるコートも……


 ここには全てがある



覆面「選手交替じゃァ……!」



勇者「…………」


 いったい何がどうしてこうなったのか……

 勇者さんは、そればかりを考えている



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