告白
【最大開放レベル9】王都在住のとるにたらない不定形生物さん【スーパー子狸タイム】
子狸さんの勇姿を目の当たりにした瞬間
勇者さんの胸中を満たしたのは
何故――
というものだった
戸惑いが大きくて、それ以上は言葉にならなかった
しかし冷静になって思い返してみれば
たぶん彼女は、子狸が魔物たちの味方であることを
心のどこかで理解していた
宝剣の収集を命じたのは
自分以外の誰かなら、子狸を変えてくれるという思いがあったからだ
拭いきれない劣等感があったから、自分では駄目なのだと思った
それなのに、檻から解き放たれた小さなポンポコは
自分たちのところに戻ってきてしまった
子狸は、黒騎士を注視している
正確には、火の宝剣を凝視していた
子狸「お前は? そうか、そういうことだったのか」
港町では、実父の犯行を疑っていたが
なにか心境の変化でもあったのだろうか?
子狸は言った
子狸「囚われたのか? それとも堕ちたのか……」
もちろん、つの付きの正体はお屋形さまではない
まず体格からして異なる
だが、まったくの勘違いではなかったとしたら?
すべてのつじつまが合う気がした
※ お前がなにを言っているのかさっぱりわからない
安心しろ、おれにもさっぱりわからない
ただ、はっきりしているのは
この子狸を、もはや誰も止めることはできないということだ
湧き出す霊気が、外殻を構築する
異形の戦闘形態だ
子狸には、ハイパー魔法への適性があった
この場合の適性とは、バウマフ家の末裔という一点に集約される
千年間
人と魔物の双方に
歩み寄れないかと問うてきた
中には、心を動かされたものもいたのではないか
親から子へ、子から孫へと
歴史の裏で
伝えられてきた物語が、きっとある
子狸を衝き動かすものの正体が、それだ
過度属性とは、人々の願いだ
願いに背中を後押しされて
子狸は、人の範疇を踏み越える
人と魔物を隔てる分水嶺の領域3――
絶対絶命の危機にあった騎士たちの身体から
ゾッと霊気が立ちのぼる
残存勢力は、すでに二十をきっていた
彼らは、全員が全員とも外法騎士というわけではない
だが、子狸は他者の霊気に干渉することができた
それは、まるで――
黒騎士が、兜の奥でしたたかに笑った
元帥「魔王の“力”だ……」
確信はなかったが、これではっきりした
かすかな鼓動ではあるものの
魔王の魂は、子狸の中で、たしかに息づいている
それは、決して喜ばしい事態ではない
魔王が持つとくべつな力
その一部が、人間の手に渡っているということだからだ
それなのに、あるいは?
魔王に絶対の忠誠を誓う黒騎士は
再会の喜びに総身がふるえた
敵、味方、あらゆる利害を超越した喜びだった
つの付きは言った
元帥「よくやった、ユーリカ」
手放しの賛辞に、黒騎士のパートナーは応じるひまがない
上空で組み合った二人の妖精は
至近距離から弾けるような攻防を繰りひろげている
目まぐるしく上下が入れ替わる
自在に宙を舞う小さな少女たちにとって
重力に反した動きは、そう大きな枷にはならない
くるくると回りながら、ひざとひじを応酬する
実力では黒妖精が勝る
振り落とされたひざを、余裕を以ってさばきながら
圧倒的な上位者である筈の妖精の姫が
しかし秀麗な眉をひそめた
予想以上に速い
予想以上に鋭い
予想以上に重い
暴力を否定して里を飛び出した筈の幼なじみが
成長していることに、闇の妖精は落胆していた
信じたいという気持ちが勝っていたから
自分の腕がなまったのだろうかと
一縷の希望にすがる
ぱっと離れた二人が、小さな人差し指を突きつける
コアラ「ダークネス☆スフィア!」
妖精「シューティング☆スター!」
闇と光が交錯し、相殺された
結果は、あきらかだ
あんなにも臆病だったのに
幼なじみは、変わってしまった
強くなってしまった
ささやかな危機感を、自分に抱かせてしまうほどだ
ユーリカは、悲しかった
彼女は、弱者に対して優しく接することができる
歯牙に掛けるまでもないから? そうではない……
ユーリカ・ベルは言った
「リンカー……。どうして、そこまで強くなってしまったの?」
彼女は、ともだちを選ぶ
なぜなら、友情の破綻が彼女を苦しめるからだ
「どうして、弱いままでいてくれないの? そうでないと、わたしは……」
彼女が、里の変革を望むのは
新しい価値観を欲してのことだ
もしも、同胞たちが力ではなく
たとえば、深い知識
たとえば、篤い人徳
それらを重んじるようになれば
自分は苦戦できる、という期待があってのことだった
妖精の姫君は、幼なじみに告白する
それは決別の言葉だった
「わたしは、あなたを倒したくなってしまう」
困った種族である……
少しは子狸さんを見習ってはどうか
人類と魔物の共存を目指している子狸さんは
ぴったりとくっついて立っている牛さんにも目くじらを立てたりしない
近すぎる
これでは、いざというときに身動きがとれない
適性な距離を置くべきではないか
ためしに割り込んでみると、バスターされた
その隙を突いて、子狸が動く
包丁と、まな板を取り出すと
手際よく魔どんぐりをスライスしていく
氷水で身を引き締めてから
拿捕した魔火であぶったフライパンに、魔どんぐりを投入
前足を小刻みに揺すりつつ、焼き色が均一になるようフライ返しで調整する
その様子を、じっと見つめているのは豆芝さんだ
お馬さんたちは、人間が奇妙な技術を使うことを知っている
その技が、とりかえしのつかないものを代償としていることも
なんとなく理解している
しかし人間たちは、魔法は便利なものだと教わって育つから
いつしか本能に根ざした違和感を見失っていく
バウマフ家の人間には、その違和感がない
魔法への抵抗がいっさいないから
退魔性がほとんど機能しない
痛覚が麻痺しているようなものだ
だから大魔法の行使にためらいがない
世界で唯一の、純血の魔法使い
それが、バウマフ家だ
子狸「へい、お待ち!」
だから子狸は、精霊の宝剣を高い次元で使いこなすことができる
水の宝剣を、洗濯機にできるということだ
雪の宝剣を、冷蔵庫にできるということだ
魔の宝剣を、掃除機にできるということだ
魔界の至宝は、子狸の生活水準を飛躍的に高めるだろう
※ なんておそろしい……おそろしいことを思いつくんだ、この子狸は……!
※ さすがに修羅場をくぐってきた子狸さんは違うな
※ ああ、発想が並外れている
そして、このとき子狸は、砂の宝剣で調理器具一式をコーティングし
あまつさえ、食器を生成する領域に達したのである……!
突き出したお皿には、魔どんぐりの甘煮が鎮座している
子狸の得意料理だ
味見をした騎士Aが、「うん」と一つ頷いた
騎士A「まったりとしていて、それでいてしつこくない」
会心の出来であった
手応えがあったのだろう
力強く頷き返した子狸が、その場でくるりとターンした
勇者「…………」
勇者さんと目が合った
お皿を前足に乗せたまま、子狸が踏み出す
後ろ足を交互に動かし、器用に歩く
子狸「お嬢!」
二人は再会した
勇者「…………」
勇者さんは答えない
どういう態度をとれば良いのかがわからなかった
子狸は、構わず叫んだ
子狸「好きだ!」
直球だった
子狸「魔物が好きだ!」
剛速球だった
子狸「人間が好きだ!」
しかし、ボール一個ぶん横にずれていた
子狸「仲良くしてほしい! だめか!?」
この上なく完璧な本音だった
だから、ある意味
子狸は、はじめて勇者さんと向き合ったのだ
二人は出会った
最初の一歩は、無理難題からはじまる