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砂漠の蛇の王

 魔法には原始的な意思がある

 だから魔法の“性質”は

 つまり“性格の違い”と言い換えることもできる


 上位性質は我が強くプライドが高い

 慣れ合いを嫌うから

 ウマが合わない性質との共存には難があり

 無理に従わせようとすると、相応の開放レベルを要求してくる


 強力な魔法は使い勝手が悪いということだ


 大きく輪をひろげた黒炎が

 包囲を狭めるように魔物から魔物へと感染する

 通常の殲滅魔法とはまったく異なる……

 どこか“魔力”を彷彿とさせる光景だった


 わざわざ構成を変える意義は薄いから

 これは、すなわちトンちゃんが黒炎を完全に支配できていないことを意味する

 おそらく強迫観念のようなものがあり

 こうした形態でしか制御できないのだろう


 光の粒子に変換されたお前らが

 地下空間をほのかに照らした時間は

 一秒にも満たない、ごく短時間だった


王国騎士「若……!」


 騎士たちが悲鳴を上げた


 彼らは、自分たちの中隊長を二代目ないし若と呼ぶ

 アトン・エウロは、英雄ジョンコネリの弟子であり

 その後継者と目されているからだ


どるふぃん「っ……!」


 トンちゃんは馬上で上体を倒して浅い呼吸を繰り返していた

 大魔法の連発は、人体を容赦なく蝕む

 それは拒絶反応によるものだ


 魔法は、自らの名を呼ぶものに呼応する

 心から欲していると訴えるものを

 相応しい器へと作り変えようとする


 これら二つの条件を満たすことで

 魔法と人間の契約は成立する

 これは正当な取り引きだ

 

 もう逃げられない


 数々の魔法を駆使し

 あまたの魔物を打ち倒してきた

 やがて辿りついたのは、罪にまみれた闇の底だ


どるふぃん「地下、牢獄、か……?」


 ――似合いの結末だと思った


 巨大な魔物が闊歩する魔都は

 何から何までスケールが違う


 囚人はいないようだった


 しかし、ざっと見渡しただけでも

 さまざまな牢屋があるようだ


 用途が不明な牢屋もある

 天井から吊り下げられたバナナが気になる

 無造作に捨て置かれた踏み台とこん棒は何のつもりなのだろうか? 


 大きなとまり木が設置された牢屋……


 場違いに豪華なベッドが安置されている……牢屋?


 隙間なく壁で囲われた牢屋……部屋?

 

 腕ほどの太さがある鉄格子を

 内側からねじり切ったような牢屋などは

 まだ、まともなほうだ


 鉄格子がなく

 その代わりに……なのか?

 古代言語で床に『ばかには見えない壁』と刻まれた

 どう見ても出入り自由な……牢屋? 部屋? 分類不能な収納スペースまである……


 だが、じっくりと観察しているひまはなかった


 地下で王国騎士団を待ち受けていたのは

 三つの巨体だった

 いや、待ち構えていたというわけではなさそうだ

 彼らは口々に言った


トカゲ「! リリィか!?」


トカゲ「いや、騎士団だ! あの装備は、白アリの……!」


トカゲ「ばかな! 人間どもの侵入を許したのか!?」


 ※ トカゲさん!?

  ※ なんで全部おれしてるの!?

   ※ 任せた結果がこれだよ……


 ※ おい! レベル3が三人はひどすぎるだろ!

  ※ ちっちっち……甘いな。お前ら、よく見るんだ

   ※ ……?


 ……?


 ※ にぶいな!

   ほら、よく見て!

   目に傷跡がないでしょ!


 ※ ……?

  ※ ……?

   ※ ……ないね。だから?


 ※ だからぁ!

   ここにいるのは、パワーダウンしたおれなのね

   ゲートを守っていたのは、一族で最強の個体ということにしよう


 門の守護獣をつとめるのは、一族でもっとも強力な個体だ

 だが、そのような事実を人間たちは知りようがない


王国騎士「メノッドロコ……!」


 戦慄する騎士たちを差し置いて

 勇者さんが駆け出した


どるふぃん「! 彼女を援護しろ!」


 トンちゃんは戦える状態ではない

 ならば自分がやるしかないと、勇者さんは判断したのだ


 光の宝剣は肥大し続けている

 もはや“剣”という範疇から逸脱しはじめていた

 身の丈ほどもある聖剣を、勇者さんは軽々と振るう


 精霊の宝剣には重量というものがない

 攻撃の対象を指定することもできたから

 大きくなっても取り回しが悪くなるということはない


 勇者さんは、どんどん強くなる

 加速度的に――


 でも、まだだ

 まだ足りない

 もっと

 もっと力を――!


妖精「……!」


 勇者さんの肩につかまっている羽のひとが

 はっと目を見開いた


 ふと浮かび上がったのは

 勇者さんが脳裏に描くイメージだった


 これは、アリア家の狐が織りなす共振現象によるものだった


 コニタは、一族で唯一の受信系の適応者だ

 彼女は、他者の心を読むことができる


 物体干渉の異能がオリジナルとされるのは

 精神系の適応者が操る念波の正体が

 じつは、変形した念力だからだ


 羽のひとが、勇者さんのイメージを忠実に再現する


 彼女の助けを借りて

 勇者さんは一気に加速する

 地を踏む足を、羽のひとの念動力が補佐した


 たしかに勇者さんの学習能力は高い水準にある

 しかし、それは他者の模倣に過ぎない

 全体の一部を見て、そこから発展させていくような発想力はなかった


 だから、彼女が人間の限界を越えようとするなら

 これまで戦ってきた魔物の動きを盗むしかなかった


 跳ねるように駆ける勇者さんを

 幾条もの光線が追い抜いていく


トカゲ「勇者か……!」


 殺到する光槍が

 巨獣の身体に突き刺さった

 が、浅い

 致命傷には程遠い


 迫る追撃を尾で振りはらった鱗のひとが

 その場に屈みこんで腕を振る

 そして目を疑った


トカゲ「!?」


 勇者さんの姿が忽然と消失していた

 直前に跳躍した勇者さんが

 腕に飛び乗っていたのだ

 

 鱗のひとは、反射的に彼女を振り落とそうとする


 そのために腕を引き寄せる

 その瞬間を狙い澄まして

 勇者さんは高速で振動する聖剣を

 足元の鱗に突き立てた


トカゲ「……!」


 全身を伝った光の輪が鱗のひとを締めつける

 返す刃で巨獣の急所を切り裂いたとき

 すでに勇者さんは腕から飛び降りて後退している


 これで、まずは一人


 あれほど苦戦した戦隊級の魔物を

 あっさりと下した勇者さんに

 騎士たちが勢いづく


 なるほど、ロコは強力な魔物だ

 騎士級とはケタが違う

 だが、連携が稚拙に過ぎる

 これならば勝てる


 しかし、彼らは

 学校で習ったことを

 直後に思い出すことになる

 

 稚拙な連携? そうではない……


 本当に強力な魔物は

 まず第一に

 他者との連携を必要としない


 轟音が響いた

 壁面が砕ける音だ


 壁を突き破って

 ぬうっと頭だけを出したのは

 巨大な蛇だった


王国騎士「ディ・リジル……!」


 上位都市級に分類される魔獣の一人だ


 魔物と見れば突っかかっていく勇者さんが

 今回ばかりは動けなかった

 なまじ知識として知っているだけに

 まるで勝てる気がしなかったからだ

 

 しゅうしゅうと威嚇音を発している蛇の王が

 全身から光槍を生やしているロコを見て

 おかしくて堪らないというように笑った


蛇「なんてざまだ……」


 縦に裂けた瞳孔に見つめられて

 二人の獣人は緊張する


トカゲ「……リジルどの」


 魔人を最強の魔獣とするなら

 この毒蛇は最悪の魔獣だ


 長大な胴をくねらせて

 地を叩くように前進する


 全身を露わにした大蛇は

 首の後ろから一対の翼が生えている


 体長に比して、あまりにも小さな

 その翼は、飛行用のものではない 

 魔ひよことの友情のあかしのようなものだ


 笑いをおさめた蛇の王が

 ぎろりとロコを睨みつけて命じた


蛇「こんなところで遊んでいる場合か。邪魔だ。行け」


 二股に裂けた舌を突き出して威嚇すると

 ロコたちは慌てて背中を向けた

 走り去ろうとする二人を、ふと大蛇は呼びとめた


蛇「待て」


トカゲ「えっ?」


 足を止めて振り返った二人に

 魔獣が浮かべた微笑みは

 一転して優しげなものだった


蛇「元帥どのに報告する必要はない……わかるな?」


 手柄をひとり占めしたいということだ


トカゲ「し、しかし……」


トカゲ「! リジルどの、あなたは……!」


 魔軍元帥は、魔王軍の総司令官だ

 報告しないという選択肢は

 本来ならば彼らには存在しない


蛇「嫌か? だが、まあ……」


 鎌首をもたげた毒蛇が

 悠然と勇者さんを見下ろした


蛇「選択肢は、そう多くない。じつのところはな……」


 言うなり、ロコたちが苦しみ出した

 ぐるりと白目を剥いた彼らは

 不意に脱力して

 その場で昏倒した


 魔力だ


 王国最強の騎士が叫んだ


「目を合わせるなーッ!」

 

 リジルは、極めて攻撃的な魔力の持ち主だ

 この毒蛇と目を合わせたものは

 即座に呼吸困難に陥る


 一斉に視線を足元に落とした騎士たちを

 蛇の王はあざ笑う


「そう……選択肢は多くない。だが、本当にそれでいいのか?」


 対処法は、目を合わせないこと

 それ以外にはない

 だから騎士団は、この凶悪な毒蛇に対して

 常に敗北をしいられてきた


「お前たちは、おれが何を見ているのかわからないまま戦うのか? そうして、お前たちは、何と、どのようにして戦うのだ? 教えてくれ」


 都市級の魔物は、開放レベル4の猛者だ

 彼らは、一時的に時空間をゆがめて

 魔法の詠唱をなかったことにできる


「どうした? ん? 勇者よ……」


 獲物をいたぶるように

 うつむいている少女に口元を寄せて

 蛇の王がささやく


「お前の先達は、光を支配することができた。それが宝剣の真の力だ……。まさか出来ないとは言うまい? さあ、顔を上げろ……」


 剣士の勇者さんが

 聖剣を完全に使いこなすのは

 まず無理だ


 なぜなら彼女は、魔法使いではないからだ


 頼みの綱の退魔性も

 すでに信頼を置けるものではなくなってしまった……



 登場人物紹介


・大蛇さん


 結晶の砂漠に住みつく巨大な蛇さん。開放レベルは「4」。

 首の後ろに小さな翼が生えているが、これは変形した皮膚であるらしい。飛行能力はない。

 魔王軍の最大戦力、魔獣種の一人。わりと責任感が強いためか、レベル4のひとたちのリーダーと目されている。

 空のひとと仲良し。

 共闘しないのが不自然なくらい仲良しなので、蛇さんを卵から孵したのは魔ひよこの一族で、恩義を感じている一方で煙たがっているという設定になっている。


 極めて攻撃的な魔力の持ち主で、目が合ったものを問答無用で戦闘不能にする。

 設定上、不随意筋を操作することもできるため、やろうと思えば即死させることもできる。


 魔人に次ぐ実力者で、上位都市級の分類に入る。

 狡猾な魔物で、大変な野心家であるらしい。

 しかし、ふだんは魔ひよこの手前、おとなしくしている。


 自宅の結晶の砂漠については大いに不満がある。

 ひとことで言い表すなら、「意味がわからない」らしい。

 文句を言いながらも、毎日の手入れを欠かさない。

 さいきんは砂紋の表現に凝っている。

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