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“  ”の騎士

 ――もう、どれだけの魔物を斬ったのかわからない


 魔物は“敵”だから

 人間とは相容れない存在だから

 自分は出来損ないかもしれないけれど

 それでもアリア家の人間だから

 生命を断ち切ることに感慨を覚えることはなかった


 彼と、自分は違うのだと思った


 当然のことだ

 自分は、あんなふうに

 なんの関わりもない他人のために

 無為に命を差し出すような真似はしない


 当然のこと……


 たった、それだけのことなのに

 きゅうと胸を締め付けられるような気がした


「リシアさん!?」


 光弾を連射していた小さな妖精の少女が悲鳴を上げた

 薄闇の中、素早く旋回した彼女は

 宙を踊るかのようだ

 二対の羽が高速で振動するたびに

 光の軌跡が尾を引いた


 きれいだと思った


 ――退魔性の不調は深刻だった


 これで何度目だろう

 不正に停止した退魔力が、魔物を仕留め損なっていた


 突き出した剣で身体を貫かれたはずの魔物が

 触手を引きしぼる

 至近距離からの一撃に

 しかし、閃くものがあった


 剣を手元に引き寄せる

 一挙動で身体をひねり、首を傾けた

 頬を掠めたのは魔物の体温だ

 後方へと過ぎる触手を意識の片隅でとらえながら

 突き込んだ左手にありったけの退魔力を込める


 直後、ぶるりと体表をふるわせた魔物が

 まるで夢かまぼろしのように霧散した

 致命傷を負った魔物は、光の粒子に還元される


 こんな死にざまを晒す生きものが真っ当であるはずがなかった

 彼らは、侵略者だ

 千年前に地上へと渡って来た

 それ以来、人類と魔物は争い続けている


 アレイシアンは、史上十人目となる勇者だ

 勇者とは、光輝を掲げるもの

 光輝と称される退魔の宝剣を御し得る、時代唯一の存在だった


 直視をためらうほどの燦々たる輝きが

 闇に慣れた魔物たちをひるませた

 少女の手から放たれた光刃が

 立ちふさがる魔物の群れを一斉に打ち砕く


 勇者さんの息は荒い


 すでに彼女は自覚していた

 いや、とうに予感めいたものはあったのかもしれない


 宝剣の力を解放するたびに

 何か大切なものが失われていくかのような感覚があった


 振るえば振るうほど

 聖剣は本来の力を取り戻していく


 それは望ましいことである筈なのに

 自分以外の何者かに身体を浸食されるような不快感があった


 気が付けば

 ふと意識が遠のくような後遺症に蝕まれていた


 ――なんなんだ、この剣は?


 このとき彼女は、はじめて聖剣の存在そのものに疑いの目を向けた


 聖剣の正体は、闇を凝縮した魔界の宝剣だ

 魔王から人間の手に渡ったことで

 闇の宝剣は光へと転じた


 ……そんな都合の良いことがあるのか?


 最初からそのように設計されていたと考えたほうが

 まだしも、つじつまが合うような気がした

 ……仮にそうだとすれば、勇者と魔王の対決は仕組まれたものだ

 王種は“何か”を守っている。何を?


 王種、精霊、宝剣、異能……

 魔法、魔物、魔力、魔王……

 ……管理人……

 

 脳裏に浮かんだ幾つもの単語が

 天体観測をしているみたいに

 ぐるぐると回っているような錯覚を覚えた


 頬を伝う汗をぬぐった勇者さんが、馬上でふらついた

 いつの間にか肩にとまっていた羽のひとが

 とっさに念動力で支えなければ、落馬していたかもしれない


 意識を取り戻した勇者さんが、目元を片手で覆った

 まぶたに焼き付いた光の残滓が、ちかちかと目を刺すようだった

 かぶりを振って、しっかりと手綱を握る


「……リン、ありがとう」


 彼女は、どれほどの苦境に立たされようとも

 礼儀を重んじてきた

 その生き方が、束縛を嫌って里を飛び出した妖精には

 窮屈に見えることがある


「……いいんです。そんなことより、もう宝剣は使わないほうが……」


 聖剣を振るうごとに

 あきらかに勇者さんは消耗している


 ひと振りごとに

 鮮やかに色づいていく精霊の宝剣が

 まるで

 彼女の生命力を糧としているかのようだった……


 だから彼女の口を衝いて出たのは

 自分でも意外な言葉だった


「ノロくんが」


 掛け値なしの本音だったから

 どこで言葉を切れば良いのかがわからなかった


 彼女は、ぽろぽろと涙を零しながら

 ひと息に話した


「ノロくんが、きっと何とかしてくれますよ。もう、いいじゃないですか。リシアさんは、がんばりましたよ。もう、いいじゃないですか……。わたしは……」


 子狸は、おれたちの管理人だ

 しかし勇者さんは、子狸とは何の関係もない赤の他人だ

 言ってみれば、彼女は犠牲者だった

 

 だが、それは一面の事実でしかない


 本当に無関係なのは、子狸のほうなのだ


 魔物の庇護下にあるバウマフ家の人間が

 人類のために戦う必要性は

 じつは、ない


 それなのに、人間はどこまで行っても魔物にはなれないから

 バウマフ家は、白にも黒にも染まりきれない

 世界から孤立した一族だった

 

 よすがなく

 つたない糸をたぐるように

 人と魔物の狭間をのこのこと歩いてきた……


 ※ おや、子狸さんの様子が……?

  ※ 挙動が不審すぎる……。この子狸……ぜんぜん反省してないな

   ※ こら、子狸! めって言ったでしょ!


 ※ おお、どうやら理解してくれたようだ……

  ※ うむ、やれば出来る子だからな

   ※ そのまま何事もなく通過する……と見せかけてフェイントだぁーっ!


 ※ 猛然と駆ける! 本気すぎる……!

  ※ いったい何が子狸さんをこうまで駆り立てるのか!?

   ※ そして、いま前足を……!


 ※ おっと、ここでコアラさんが……?

  ※ き、キマッたぁ~! 前足四の字固めだぁーっ!

   ※ 子狸の顔面が苦痛にゆがむ! ギブか? ギブか!?


 ※ 首を縦にぃ~……振らない!

  ※ 諦めない! 挑戦者ポンポコは諦めない!

   ※ いったい挑戦者を支えているものは何なのか!?

 

 ※ え!?

  ※ そんなばかな!?

   ※ や、やりやがった……!


 …………


 涙ながら訴える羽のひとに

 勇者さんは困ったように眉を下げた

 少し悩んでから

 ぎこちなく微笑んで言う


勇者「あなたは、あの子を信頼しているのね」


妖精「いえ、そんなことは」


 羽のひとは即答した

 いつしか涙は止まっていた


妖精「ごめんなさい。わたし、どうかしていました」


 与えられた勝利にどれだけの価値があろうか

 未来は、自分たちの手で掴みとらなければ意味がないのだ


勇者「……そう?」


 意見をひるがえした羽のひとを

 勇者さんは不思議そうに見る

 小首を傾げてから、振り返って

 追走している王国騎士団を視界におさめる


 彼らの疲労は、すでに深刻なレベルに達していた

 連合騎士団が脱落したしわ寄せが

 重くのしかかった結果だ


 魔都は魔王軍の本拠地だ

 はびこる魔物たちは、そのどれもが高い水準にあり

 開放レベル3でなければ対処しきれない場面もたくさんあった


 幾度となく先陣を切ってきた王国最強の騎士に至っては

 もはや目の焦点が合っていなかった

 ここではない、どこか……

 遠くを見つめるような目をしている


妖精「うわぁ……」


 症状の回復につとめる王国騎士団の精鋭たちに

 羽のひとが向ける視線は痛ましい


勇者「……疲れているのね」


 勇者さんがそう言った

 見ればわかるようなことなのに

 彼女が言うと、心に突き刺さるような響きがあった

 

 追いついてきたトンちゃんが

 それは違うと反論する


どるふぃん「アレイシアンさま、われわれは騎士です」


勇者「そうね」


どるふぃん「よく訓練された騎士は。ですから、こうして鋭気を養うのです」


 休めるときは、しっかり休むのが戦士の鉄則だ

 では、休めないときはどうすれば良いのか?

 騎士たちは、とうに結論を下していた


 戦闘と休日の融合だ

 それしかない


 ……追いつめられた人間とは、こうまで矛盾をはらんだ存在になるのか


勇者「…………」


 怪しいスキルを習得している騎士たちに

 勇者さんは言葉を失う


 しかし、彼らの言葉に嘘はなかった


 足元の床が忽然と消失しても

 洗脳めいた訓練を施された騎士たちは

 一斉にトンちゃんへと視線を集めることができた


 目の焦点を戻したトンちゃんは

 即座に二通りの選択肢を自らに突きつける


 這い上がるか

 あるいは、このまま降下するかだ


 不可避の落とし穴は、ありふれた罠だ

 以前の魔都にも同じものがあった


 ようは、穴の中に術者が潜んでいて

 頃合いを見計らって魔法を解除したのだろう


 飛行能力を持つ魔物は珍しいが

 まったくいないわけではない


 驚くほどのものではなかった


 よくあることだったから

 騎馬は自由落下への耐性がある

 そうでなければ、自在に宙を駆ける騎士の相棒はつとまらない


 そう、力場を駆けのぼれば復帰するのは簡単だ

 だが、これは見方を変えれば好機だった


 ここに落とし穴を設置した魔物の意図は何なのかと考える

 もちろん侵入者を撃退するための罠だろう


 そこに王国最強の騎士は活路を見出す

 彼が本当に恐れているのは、偶発的な事故だ

 ラストダンジョンと結晶の砂漠を何事もなく通過できたのは

 王国騎士団にとって歓迎されざる事態だった


 その帳尻を、ここで合わせることが出来るかもしれない――


 彼の考えが正しければ

 王国騎士団と都市級の魔物は、ある一面で利害が一致する筈だった

 

 つまり、都市級の共闘は避けたいということだ


 トンちゃんは決断を下した


「降下するぞ! 陣形を組め!」


 環境の維持は、特装部隊の仕事だ

 一つの小隊につき、四人ついている特装騎士たちが

 一斉に減速魔法を解き放つ


 自分が所属する小隊は

 自分で面倒を見るという不文律が彼らにはあった


 ひもなしバンジーなど日常茶飯事だったから

 実働部隊の陣形は上下にも対応できる


勇者「…………」


 旅立つ前は、魔法のない生活を謳歌していた勇者さんが

 腕組みなどしてのんきに考え込んでいたトンちゃんを

 冷たい目で見つめていた


 羽のひとの念動力は便利だ

 彼女には、どれほど感謝しても

 感謝のしすぎはないように感じる……


 頬を叩く地下の大気が生ぬるい

 奈落の底に落ちていくかのようだった


 闇の中、目を凝らしたトンちゃんが叫んだ


「来るぞ!」


 飛行型の魔物は少ない

 元来、人間は空を飛べない生きものだから

 彼らの生活圏と合致するよう

 いちばん多く生まれたのは陸上型だったからだ


 その不足を補うのが新種の魔物だ


 慣れない翼の扱いに四苦八苦するお前らが

 実働騎士たちに次々と打ち落されていく


妖精「…………」


 お前らの不甲斐ない姿に

 数少ない飛行型の羽のひとが向けるのは

 暗い……

 失望の眼差しだった


 ※ あ、その目は良くないと思うな

  ※ うん、良くない

   ※ 羽のひとは、むしろおれたちのチャレンジ精神を褒め称えるべき


 ※ 空は飛べるんだよ……飛べるんだけど……

  ※ この翼がね……

   ※ というか、こんな翼で飛べるのは航空力学上おかしいんだけどね


 ※ それを言ったら、空のひととかありえないでしょ……

  ※ あの魔ひよこ、あれだけ肥えてて最速の魔物なんだぜ……?

   ※ お前らの濁った目に真実が映ることはないのです


 一度でも暗がりに落ちたなら

 二度と這い上がれないかのようだった


どるふぃん「ゴル!」


 通常、人間には得意とする属性がある

 アトン・エウロの属性は炎だ


 彼は、外食産業に携わる人間ではないが

 幼少期の強烈な体験が属性を決定することはままある


 そうした場合、自らの意思で変更することはできない

 あたかも呪いのように生涯付きまとう


 だから自らの属性を忌み嫌う人間もいる


 それでも得られるものがあるならば

 自らと向き合っていくしかないということだ


 下方に片手を突き出したトンちゃんが召喚したのは

 おぞましいとしか言いようのない黒炎だった

 彼の火属性は、ある一定の規模を越えると黒く染まる


 発火魔法の正体は、高熱をともなった火炎の映像だからだ

 

 他人とは共有できないイメージだったから

 彼には実働騎士になるという選択肢がなかった


 束縛から解き放たれた黒炎が

 獲物を品定めするかのように

 舌なめずりをした


 ※ グロっ!?

  ※ グロいよっ!

   ※ ポンポコ級にグロい!


 お前らの防壁は、まったく意味を為さなかった

 特化した属性魔法は、性質の上下関係を覆すこともある

 これは二番回路の補佐によるものだ


 こんがり焼けるお前ら


 トンちゃんが全力で火炎魔法を撃つことは滅多にない

 妹たちが、おびえるからだ

 

 少なくとも、羽のひとの前で披露したのは

 これがはじめてだった


 黒い炎など自然界には存在しない

 

 意図的にそうしたのだと疑われても仕方なかった


妖精「オリジナル魔法?……案外、子供っぽいところがあるんですね」


勇者「……珍しいわね。人前では、そうそう使わないのに」


 トンちゃんの過去を知る勇者さんは

 彼の意図を計りかねている


 しかし有名な話ではあった

 目覚ましい活躍をした騎士には

 本人の許可を必要としないふたつ名がつく


 王国最強の騎士

 アトン・エウロのふたつ名は“黒炎”だ

 “黒炎”のトンちゃん


 突入部隊は、闇に沈んでいく

 彼らは知らない


 魔都が改装されたのは

 都市級と都市級の衝突によるものだ


 その余波で魔ひよこの家は全壊した


 だが、ただ一つ崩壊を免れた施設がある


 その施設は

 魔都の地下深くに存在する


 罪人を繋ぎとめる監獄だ


 世界中に点在する

 子狸さんの巣穴の一つである……



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