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鬼謀の軍師

 風が吹いた


 草花が触れ合い原始の合唱を奏でる

 その声に安らぎを感じるのは

 太古の記憶によるものか


 よく晴れた日だった


 ふだん意識することはない

 土のにおいが鼻孔をくすぐる


 緑豊かな草原に

 大きな影が二つ落ちている


 それ以外には

 これといった遮蔽物が見当たらない


 追うものと追われるもの

 狩るものと狩られるもの

 それらの立場をどこまであいまいに出来るか


 撤退すると決めたトンちゃんに迷いはない

 だから立ち位置を慎重に探る必要があった


 それが当然であるかのように

 細心の注意をはらって

 騎馬を降りる


 一歩

 二歩

 すり足で半歩


 王国最強を謳われる騎士が

 対峙する資格を自らに問うほどの巨体を

 ゆっくりと見上げた


 トンちゃんは言った


どるふぃん「貴様らの元帥は討たれたぞ」


 正直、半信半疑だった

 たしかに帝国騎士団は全身全霊を尽くしたかもしれない

 それでも都市級には届かないというのがトンちゃんの見立てだった


 ――時間がない

 勇者さえ生きていれば、まだ巻き返せる


 だが、不死身の男が言っていたように

 彼女では魔人には勝てない

 それは確信というより

 すでに確定した事項のように思えた


 何事にも相性というものはある


 つまり自分が相手をするしかないということだ

 部下を見捨ててでも――

 と小隊長なら判断するだろう

 

 しかし、彼は中隊長だった

 称号名の継承に際して、中隊長は幾つかの秘奥義を口伝される

 その一つが、部下を見捨てるな自分も生き残れというものだ

 びっくりするほど精神論である


 トンちゃんは部下たちに背中を向けたまま告げた


どるふぃん「退くぞ。陣形を維持したまま後退する」


トカゲ「逃がすとでも……」


 回り込もうとする鱗のひとを

 トンちゃんは片腕で制する


 彼の異能を、鱗のひとは警戒せざるを得ない

 プライドを傷付けたのは勇者さんの一太刀だったが

 自信を砕いたのは、むしろトンちゃんだったからだ

 

 王国最強の騎士が忠告した


どるふぃん「油断するなよ。よく聞け。覚えておいて損はあるまい……。いまから貴様らを葬る“技”の名だ」


 この状況下で言うなら、それは確実にはったりだ

 しかしそれは、きっと確かに実在する


 門の守護獣をけん制しながら

 トンちゃんが重々しく宣言した


どるふぃん「チェンジリング・ファイナル」


 ※ ひでぇ……

  ※ さ、最低のネーミングだな

   ※ もう少し何とかならんかったのか……


 ※ そう言ってやるなよ。トンちゃんだってつらいんだ


 だが、いい歳してファイナルとか言ってしまったトンちゃんに

 なんら恥じ入る様子はない

 ふだんからチェンジリング☆ハイパーとか言ってるから

 すっかり感覚が麻痺しているのだ

 

勇者「…………」


 心なし視線を逸らした勇者さんが印象的だった

 おもにパーティーメンバーからつつかれて

 徐々に羞恥心らしきものが芽生えつつあるらしい


妖精「…………」


 羽のひとも気まずそうだ


 しかし魔王軍きっての知将は笑った


 ※ ランクアップしました


知将「ふふ……」


 ……たとえば子狸は管理人としてまだまだ未熟だ

 人生経験が不足しているし

 どこか甘さを捨てきれない面がある


 しかしグランドさんは違う


知将「 ふ は は は は ! 」


 真に成熟した管理人は

 いっさいの甘えを持たない

 ちっぽけなプライドを捨て去ることが出来る


 ――つまり顔芸を習得するのだ


 焦点の合っていない目で

 あごが外れるのではないと心配になるほど大口を開けて笑う


 不意にぴたりと押し黙ったグランドさんが

 顔面崩壊する勢いで表情筋を駆使して

 ぎょろりと片目を見開く


 冥府の底から響くような声で囁いた


知将「逃がしゃしねぇよ」


 その声に感応したかのように

 お前らが一斉に地表を突き破って現れた


 跳ねるひとは打撃力に特化したタイプの魔物だ

 不意打ちで倒せそうだから

 多くの騎士の標的になる


 レベル3のひとたちの中で

 もっとも多忙なひとなのである

 

 だから、このうさぎさんには

 常に多数の魔物が付き従っていた


 地表を突き破った触手が

 竹林のように二人の獣人を囲っている


 むしろ直下からの攻撃を予測していたトンちゃんは

 戸惑いながらも部下に命じる


どるふぃん「撃て!」


 実働騎士たちが織りなす戦歌は

 迅速かつ淀みがない


 飛翔する圧縮弾

 その真っ只中を

 小さな人影が踊るように駆け抜けた


 こん棒が閃く


 圧縮弾を叩き落とした鬼のひとたちを

 地中から這い上がってきたお前らが見上げる


庭園「なんでおれたちは生き埋めがスタンダードなんだろうな……」


帝国「軍の方針だから仕方ない……」


 魔物に呼吸は必要ない

 人間の死角は足元と頭上に集中している

 お前らは空を飛べないのだから

 冬眠くまさんの陣がもっとも理に叶っていると思うのだが……

 どうか?


 ※ どうかと言われましても……

  ※ まず、くまさんと違う

   ※ くまさんは地面に埋まったりしない


 仕方ないだろ、そのへんは


 懇意にしていたくまさんが

 冬眠しているのを見て閃いたんだよ


 ※ ……まあ、ファイナルよりは

  ※ うん、まあ、ファイナルよりは


 ご理解頂けたようで何よりである


 魔軍元帥が帝国騎士団の手で生き埋めにされたように

 魔王軍は生き埋めにはじまり

 生き埋めに終わる


 生き埋めと水没は魔王軍の戦術を支える二つの柱と言っていい


 ※ 嫌な柱もあったもんだな……


 トンちゃんは考える

 わざわざ先手を譲ったのは何故だ?

 そこには何かしらの意図がある筈だ

 狙撃か? 伏兵か?


 その浅慮が透けて見えたのだろう

 鬼謀の将があざ笑う


知将「お前さんたちには、何も出来やせんよ。黙って見ておれ……」


 その絶対の自信に、王国騎士団は気圧される


勇者&妖精「…………」


 先ほどから、勇者さんと羽のひとはひとことも発していない

 おそるべき知略に絡めとられまいと必死なのだろう


 はっきり言って奇策というのは

 歴史上で大した役割を果たしていない


 人間たちは知略を重んじるが

 勝者は勝つべくして勝つし

 敗者は負けるべくして負けてきた


 だが、バウマフ家の人間は違う

 もしも彼らが一国の将として戦場に立っていたなら

 この世界の歴史はまるで異なる経緯を辿っただろうという確信がある


 騎士たちの動揺を見透かしたかのように

 あるいは管理人でなければ戦史に名を残しただろう大将軍が

 さっと前足を上げる


 ※ どんどん昇格してる……

  ※ 同時に物凄い勢いでハードルが下がってる……

   ※ ……いや、そうではないかもしれんぞ


 ※ どういうことだ?

  ※ 子狸は巫女に勝った。おれは子狸に賭けたが……正直、本当に勝つとは思っていなかった

   ※ ……同じことが起ころうとしている、と言うのか?


 ※ その可能性は捨てきれないということだ


 お前らの予想を裏付けるように

 大将軍が前足を振りおろした


大将軍「ミュージックスタートじゃ!」


 ※ …………


 トンちゃんが目を見開いた


どるふぃん「なにっ……!?」


勇者「…………」


 瞠目した狐一族の唯一の良心を

 勇者さんが無言で見つめる


 この日のために練習を重ねてきたのだろう

 どこからともなく流れてきた楽曲に

 お前らが息の揃ったダンスを披露する


 跳ねるひとだけが呆然としていた


 信じられないという眼差しで

 肩の老人を見る


 ※ き、きさま……いつの間に仕込みを……


 謎の魔法使いは鷹揚に頷いた


 お前らは驚くかもしれない

 あるときは魔王軍きっての知将

 またあるときは歴史に名を残したかもしれない大将軍……


 その正体は……!

 バウマフ家のご隠居さまだったのです……


古狸「わかっておるよ。シマ。わしは、わかっておる」


 その眼差しは優しい


古狸「お前が、伸び悩んでいることはのぅ……」


 鱗のひとが、照れ臭そうに鼻をこすった


トカゲ「へへっ、ちょっとしたサプライズさ」


 とつぜんはじまった小芝居に、王国騎士団は唖然としている

 いったい何が起きているのか

 それすら理解できないだろう……


 少しはおれたちの気持ちをわかってくれたと思う


 ――これがバウマフの血だ

 

 鳴り響いている明るい曲調に合わせて

 テンポ良く飛び上がった鱗のひとが

 力場を踏んで空高く舞い上がる


 空中で静止して、長い尾を水平に突き出した


トカゲ「跳ぼうぜ!」


 お前らも唱和する


火口「跳べる!」


かまくら「跳べるぞ!」


庭園「お前が陰で努力してたこと、知ってるんだぜ」


王国「……へっ、こういう雰囲気はどうも苦手なんだがな」


帝国「ふっ、世話の焼けるやつらだ」


連合「まったく。いつまで経っても子供だな。まあ、たまにはいいか……」


 跳ねるひとの長い耳が、感動に打ちふるえる


うさぎ「お、お前ら……」


 しずかに離れたグランドさんが

 そっと跳ねるひとの背中を押した


古狸「わしに出来るのはここまでじゃ。あとは……」


 こくこくと頷くうさぎさん


古狸「ふっ、言うまでもないようじゃな」


 空中で待機している鱗のひとを見据えた跳ねるひとの目に

 すでに迷いはなかった


 一歩、二歩と後ずさって

 屈伸運動をはじめる


 ゆっくりと深呼吸してから

 気合いを入れるために自分の両頬を張った


 ふたたび顔を上げる


 宣誓するように片腕を伸ばして

 長めの助走に入る


ひよこ「跳ねるひと……」


 空のひとが祈るように手羽先を組む


 いつしか曲は止まっていた

 仮に――耳元でお前らが歌っていたとしても

 跳ねるひとの集中の妨げにはならなかっただろう

 理想的なコンディションだ


 一歩目で足元の感触を確かめる

 二歩目で全身のバランスを調整する

 三歩目で加速に入る

 四歩目で再調整

 五歩目でトップスピードに乗った跳ねるひとが

 身体をねじりながら片足で踏みきる


 高々と宙を舞った跳ねるひとが

 ぐんぐんと鱗のひとに迫る


 文句の付けようがない

 美しいまでの調和を保った

 それは見事な背面飛びだった

 

 固唾をのんで見守るおれたちは

 確かに見た

 このとき、跳ねるひとは

 まさしくおれたちのお月さまだった……



 ――そして勇者さんの死霊魔哭斬の餌食になった



うさぎ「ぐあ~!」


トカゲ「跳ねるの~!」


古狸「跳ねるの~!」


お前ら「跳ねるの~!」



 登場人物紹介


・古狸


 子狸の祖父。連合国在住の前々管理人。

 魔物たちからは「グランド狸」と呼ばれているようだ。

 本名は「ミナ・バウマフ」という。バウマフ家の人間は、総じて偽名を用いた調査には適さないため、伝統的に中性的な名前を付けられることが多い。

 仮に「太郎」と名乗る女の子がいたら、まわりの人間は「ん?」と思うであろうということである。

 ちなみに青いひとたちの本名は「イド(王都)」「トワ(山腹)」「アリス(庭園)」「ウノ(火口)」「ジ(かまくら)」「ドライ(海底)」と言うのだが、これは数字をひねったもので、「太郎」とか「次郎」といった意味合いの言葉である。

 古代言語は現在の王国語と帝国語、連合国語の祖になった言語と言われている。それは単語や文法に共通点があるためなのだが、正確には世界中の言語を参考にして作られたのが古代言語なので当然と言える。

 古代言語は魔物たちがねつ造した言語で、正しくは魔界言語と言うべきものだからだ。

 正直に「魔物の造語です」と言ったところで人間たちに普及する筈がないので、「古代言語」としたというのが真相である。

 ただし時代とともに変遷していった三ヵ国語に対して、日常では使われない古代言語は古い音を残していたりもするので、あながち古代言語と言えなくもない今日この頃。


 じつはバウマフ家の人間は極めて優秀な魔法使いであることが多い。連結魔法は個々の才能に左右されにくく、とくべつな才能でもなければ教育環境がものを言うからである。

 多分に漏れず、古狸はこと魔法を扱う技量に関しては特装騎士を上回っている。

 優秀だが、ほいほいと言うことを聞いてくれるので、若かりし頃は便利屋として重宝されていた。その結果、自分はモテると勘違いしていた暗黒時代がある。

(そして、その暗黒時代は現在まで継続している)

 本人は「そんなに頼まれちゃ嫌とは言えねぇな」とか気取っていたのだが、まわりの女性にまったくその気はなかった。女性に対してことさら甘い管理人を、魔物たちは深く嘆いていたようである。

 いかんせん女性側にまったくその気がなかったため、数多くの失恋を経て大きく成長した古狸は、やがて村の幼なじみと結婚。伝説を生むことになる。


 子狸と違い、完成した管理人であるため、魔物たちを巻き込んでストーリーを破綻させる程度のことは鼻歌混じりにこなす。顔芸が得意。

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