ポンポコ騎士団
四一、山腹巣穴在住のとるにたらない不定形生物さん
勇者一行の行く手を遮る第二の獣人……
その肩に乗っているのは、ひとりの人間だった
人間が魔王軍に属するというのか……?
騎士たちは動揺を隠しきれない
騎士団の歴史をひも解けば
王族の身辺警護をする武装集団にまで遡る
単なる兵士ではなく
雇われの傭兵でもなく
友情に報いるためという
言ってみれば個人的な事情を
組織へと昇格したものである
その在り方は、既存の社会にはないものだった
国に剣を捧げ
忠節を尽くす
武芸に秀で
能く馬を遣い
魔法を駆使する
古き盟約のもと
力なき民の矢面に立つ英雄たちを
いつしか、ひとは騎士と呼んだ
時代と共に形骸化した騎士の誓いに反して
騎士団の戦力は膨張を重ね続けている
一個大隊もあれば
小国を陥とせるだろう
ふと足を止めてまわりを見れば
黒煙と戦火が濃い影を落としている
幾千もの板金鎧が整列し
軍靴を規則的に踏み鳴らす
荷馬車が轍を刻んでいく……
※ イメージ画像です
掲げる戦旗を彩るものが
いったい何であったかも思い出せない
なんのために戦うのか
だれのために剣をとるのか
いま、王国騎士団はその大義を問われている
王国最強の騎士
その双肩にしがみつく歴史は古く重い
トンちゃんは説得を試みた
どるふぃん「ばかな」
乾きを覚えた喉が
飲み下そうとしたつばに抗うかのようだった
どるふぃん「ばかな! いますぐ離れろ! 魔物が人間に従うなど……。あなたは騙されているんだ!」
大仰に片腕を振るう
それは狙撃の合図だった
勇者「アトン」
勇者さんがトンちゃんを止めようとした
多少の危険には目をつぶってでも捕虜にするべきだと考えたのかもしれない
しかし、それは戦術指揮官ではなく
戦場を知らない政治家の判断だ
死地への突入を命じられたトンちゃんが
有力な情報の奪取を命じられている筈がない
標的の指定はとうに終えている
……トンちゃんがそうであるように
彼の妹たちは全員が適応者だ
一族で唯一の受信系を軸に
共振した送信系が一斉に連絡網を形成する
まるで、こきゅーとすのような……
アリア家の狐には、そういうことが出来る
魔物の味方をする人間など
いてはならなかった
それは致命に至る毒だ
毒は排除するしかない
トンちゃんが下した決断は非情だった
一筋の閃光が虚空を焼く
第二射は、別方向から絶妙な間を挟んで行われた
跳ねるひとには、鱗のひとほどの頑健さがない
だから狙撃で仕留めるというのは
これまで多くの騎士団が試みたことだった
それらが失敗に終わったのは
跳ねるひとの俊敏性によるものだ
だが、王国最強の騎士には
対象の動作を一時的に限定し縛りつける異能がある
必殺の狙撃が放たれた
それらは老人を
心なし遅れて巨人を
貫いたかのように見えた
どるふぃん「!?」
ミスはなかった
申し分のない一撃だった
二方向から解き放たれた光槍は
たしかに二人の急所を射抜いた
――画像が砕け散った
史上最高峰の異能は
虚像に対してすら有効だった
無傷の兎人が
眼前を過ぎった光線に
肝を冷やしたかのように
長い耳を張りつめている
特装騎士は個人戦のスペシャリストだ
しかし、それは完全にマニュアル化された教練によるものだ
少数の指導役が、多数の騎士候補生を
一定の水準まで引き上げることを主眼に置いている
一人前の管理人は
魔法使いとしての力量だけなら
特装騎士を上回るということだ
トンちゃんは、豊穣の巫女と面識がない
自分と同じ領域に住む魔法使いと
彼は、はじめて出会った
ぞくりと背筋を駆けるものがあった
魔物たちが気にも留めないような
しかし人間にとっては致命的な“ずれ”を
あの老人は意識して作り出せる
賢者が歓喜した
??「これはいい! “ネウシス”かよ!」
彼の言っていることが、人間たちには理解できなかった
トンちゃんの異能は連発できない
相手がわざわざ時間稼ぎに付き合ってくれるというなら
それに越したことはなかった
どるふぃん「私はエウロだ。ネウシスではない。弟子ではあるが……」
巨人の肩で、いにしえの系譜を継ぐ魔法使いが
無邪気な子供のように手を叩いて喜んでいる
おちつきのない様子で、視線を左右に振る
興奮した口調で言う
??「メトラに、テレパス……なんと! クレアまでおるのか。よりどりみどりじゃのぅ!」
情熱的な視線だった
勇者さんが目を丸くする
勇者「クレア……?」
大半の人間は、異能を五感の延長上にあるものだと認識している
しかし、そうではない
適応者を起点として引き起こされる現象は、はっきりと異なるものだ
そして、おれたちの長年の研究によれば
異能は、物体干渉と、三つの精神干渉に大別される
アリア家の感情制御は、精神干渉の制御系にあたる
これは希少さで言えば、物体干渉に次ぐ
勇者さんのつぶやきを、ポンポコ(偉大)は無視した
??「なるほどのぅ、ロコが敗れるわけじゃ。これは、わしらの手には負えんわい」
うさぎ「そうなのか」
??「うむ、お前の挙動はすべて観察されて……めっし! すべて観察おる」
おい。誰だ
ボケを要求したのは
妙に会話が成立していると思ったら
お前ら、さてはステルスしてカンペを出してるな?
※ 謎の魔法使いさんに勝利を捧げるぜ
※ ああ、そういう立ち位置なんだ……?
※ おれたちは、トンちゃんに教えられなかったことが、たった一つある
※ それは、敗北だ……
四二、管理人なのじゃ
あ、言い忘れるところだった
海底のひと、南国の王さまをありがとう
おいしかったです
※ え? なんで言っちゃうの?
※ 海底の……お前……
※ 言うなって言ったじゃん! しっかりと頷いたじゃん! なんで言ったの!?
おれは約束を守る男だ
だから嫁の言葉を伝えた
それだけの話だぜ
※ ちっとも趣旨を理解してくれてない! もう嫌、このひと! うわぁぁぁん!
※ 泣くなよ……なかったことにしてやるから
※ おれたちは、なにも聞かなかった。それでいいんだろ?
※ おうち帰る! 長生きしろ、ばか!
海底の~!
※ 海底の~!
※ 海底の~!
※ ……まあ、おちつけよ
古狸の嫁さんも嬉しかったんだろう
お前にどうしても伝えたかったのさ……
跳ねるひと……
お前、やっぱりおれの嫁のこと……
※ 狙ってねーよ! 種族はおろか体内の法則すら異なるっ
……でも、おれは知ってる
海のひとが、おれの孫をたぶらかしたことを
※ たぶらかしてねーよ!
※ いや、たぶらかした。海のひとはたぶらかした
※ 自分から会いに行けないからって、おめかししていたのをおれは知っている
※ そっ、そんなことねーよ!
※ ふむ……海底くん、くわしく証言してみたまえ
※ はっ。彼女は、ふだんはだるだるのファッションでありますっ
自宅ではごろごろすること牛のごとしっ
※ おい! お前、でっかいのだろ!
※ 往生際の悪い……。仮におれが子供たちのヒーローだったとして
それが君の生活態度と何の関わりがあるのかね?
事実は事実。認めるんだな……
※ まあ、誰に見られてるわけでもないのに
玉座で偉そうにしてるのも痛い話ではある。ぽよよん
※ ぽよよんフォローありがとうございます!
やれやれ……騒がしいことだな
※ 火種を撒いておいて他人事か、きさま!
四三、王都在住のとるにたらない不定形生物さん
深遠なる叡智に触れたとき、人は何を思うのか……
歓喜か? 畏怖か? それとも……?
それは人類にとって、早すぎる邂逅だった
大自然から学ぶことは、まだ多い……
騎士G「そっちへ行ったぞ!」
騎士H「追い込め!」
特装D「くっ、速ぇ……!」
王国騎士の手をすり抜けた子狸さんが跳躍した
飛びついた木の幹を、わさわさと這いのぼる
力場を踏んで迫ってくる騎士を、肩越しに振り返って一瞥するや
さらに加速して一気に樹上へと登りつめた
毛皮をまとった後ろ足は強靭だ
木から木へと飛び移り、騎士たちを振りきる
真紅のマフラーが鮮烈な印象を残した
騎士A「何をしている! 首(不適切な表現がありました)を掴め!」
騎士B「無理だ! 速すぎる……! これが、こんな末路が……?」
騎士C「迷うな! ちっ、やるしかない。通れよ……ハイパー!」
霊気を開放した騎士Cが、爆発的な加速力を発揮する
子狸「…………」
ぴくりと耳をふるわせたポンポコ卿が
真横に並んだ外道さんに前足を突き出した
騎士Cも負けじと片腕を突き出した
霊気と霊気が触れた
騎士C「ここは自分に」
頷いた外道が、着地してあさっての方向を指差した
騎士C「あっちへ行ったぞ!」
騎士D「無理があるだろ!」
ステージ3に達したポンポコ卿は
あまねく外法騎士の頂点に位置する存在だ
勇者さんの目が届かない範囲なら
彼らを支配下に置くことが出来た
激しくツッコまれた騎士Cが、正気に返ってつぶやく
騎士C「はっ……おれは何を」
四散した霊気を
すでに彼方へと走り去ったポンポコ卿が徴収した
子狸「めっじゅ~……」
めきめきと毛皮が膨れ上がっていく
さらに加速する
限界などないかのようだった
特装C「! 過属には頼るな! さっぱり理屈はわからんが、支配される!」
遠巻きに全体の動きを観察していた特装騎士が
伝播魔法を用いて情報の共有につとめる
鉄壁の包囲網だ
以前の子狸なら、とうに捕獲されていただろう
だが、いまのポンポコさんなら
騎士たちの布陣を食い破れる……!
騎士C「くっ……!」
霊気を剥ぎ取られた実働騎士が苦しげに片ひざを屈した
騎士B「! どうした?」
騎士C「体力も幾らか持って行かれたようだ……」
※ 本当に……本当になんなの、この魔法……
しかし幾ら強化されようとも
ベースになっているのは貧弱な子狸である
妖精さんの飛翔速度は人間が及ぶ領域にはない
一瞬で追いついた妖精属の姫君が
警戒して唸り声を上げる子狸を
優しげに手招きした
コアラ「怖がらないで。……そう。これが第八の属性なのね」
肩にとまった小さな少女を
子狸さんは咎めなかった
本能的に逆らってはならない相手だと悟ったのかもしれない
黒妖精さんは、オリジナルよりも自由気ままだ
抽出したデータを表にまとめて
宙に添付していく
コアラ「バウマフ家の人間以外が分類3に達することはあるのかしら……?」
わりと研究熱心な個体であるらしい
ふんふんと上機嫌に頷きながら
手元の仮想メモに留意事項を書きとめていく
闇の魔法で作り上げた、手のひらほどの黒板だった
追いついてきた騎士たちに
子狸が敏感な反応を示す
肩にとまっている黒妖精さんに気を遣ってか
ゆるやかな加速だ
コアラ「そう。ゆっくりね。振りきる必要はない。持久戦なら、あなたに分がある」
彼女は、子狸の勝利を願っていた
その先に、きっと望むものがあるからだ
後方へと流れていく風景は
彼女からしてみると物足りないものだったが
ふだんとは異なる視点が新鮮だ
コアラ「その先はだめ。罠よ」
かすかに頷いた子狸が
四肢に力をこめて直進する
黒妖精さんが子狸の頬をつねった
コアラ「なんで頷いたの? 理性が飛ぶのかしら……そんな筈はないんだけど」
不思議そうに首を傾げて
仮想メモを指先でなぞる
コアラ「……まあいいわ。精一杯やりなさい」
ぽんぽんと毛皮を叩いて
肩から飛び降りた
滑空する黒妖精さんの表情は生き生きとしている
ぱっと羽をひろげて舞い上がる
コアラ「あはははは!」
ころころと笑いながら
くるくると空中で踊る
第二のゲートがある方角で
天高く……まるで大きな柱のように
離れがたく交錯した光と影が屹立していた
彼女にはわかった
あれは間違いなく魔軍元帥の魔力だ
他の都市級には、まず見られない
ほつれた糸が絡み合うような魔力……
その根源にあるものを
本人が自覚していないことが
可笑しくて仕方なかった
コアラ「騎士団と遊んでいるのね、あのひと」
断末魔のような凄まじいまでの魔力の放出は
魔軍元帥が追い詰められたことの証拠だ
火の宝剣を所持している黒騎士が
人間に遅れをとることなどありえない
きっと使わなかったのだ
そのとき、彼は自分自身に対してどのように言い訳したのか
そのことを想像して、黒衣の妖精は愉悦に身をよじらせた
世界は快楽に満ちている
次に彼女が見下ろしたのは
ひょっとしたら魔王かもしれない存在だ
やぶを抜けた子狸を待ち受けていたのは
因縁の特装騎士だった
特装A「大きくなったなぁ」
口を衝いて出た感想は、場違いなものだった
あるいは、この上なく相応しいものだった
人間の口は一つしかないから
本格的に戦闘へと移行する前に
騎士が最後に選ぶ言葉は吟味されたものになる
だから、決着をつける頃合いだった
特装A「ディレイ!」
幾つもの小さな力場をばら撒きながら
突進してくる
特装騎士には幾つかの切り札がある
これは、その一つだ
構わず前進する子狸を
盾魔法では止められない
急制止した特装騎士が
スペルを連結しながら
効果的に後退する
特装A「エリア・ロッド……」
進路を誘導された子狸は
気付けば力場に取り囲まれていた
だが、すでに前足の届く距離だ
いまから開放レベル3まで引き上げている時間はない
上位性質ですら子狸の外殻を打ち破ることは出来ない
それは、先ほどの戦いで実証されたことだ
子狸は勝利を確信した
――だが、詠唱はすでに完成していた
盾魔法の力場が細く
大気に溶け込んでいく
絹糸のような魔法の繊維が
子狸の四肢を拘束した
子狸「!?」
子狸が暴れれば暴れるほど
前足と後ろ足に“糸”が食い込む
噛み切ろうとしても歯が立たない
とうとう子狸は
まゆみたいになってしまった
過度属性には上位性質ですら及ばない
だが、人間が扱える魔法の中で
たった一つ、確実に通る魔法がある
そして騎士たちは、その魔法の喚声を
あらかじめ、そうと知られずに唱えることが出来る
歯車が噛み合うように
がちりと連結した治癒魔法が
子狸を浄化していく……
まゆから孵った小さなポンポコが
大の字に寝転がったまま
ぽつりとつぶやいた
子狸「空が……青ぇな」
ここからどうあがいても逆転の目はないだろう
あまつさえ、倒されるどころか
救われたようですらある
完全敗北を喫した、おれたちの子狸さん
しかし子狸を心身ともに打ち負かした特装騎士は
追いついてきた実働騎士たちに言ったのである
特装A「お前たち、本気で魔都に行くのか?」
ともに子狸を追跡することで
連帯感のようなものを感じていたのだろう
ポンポコ騎士団のメンバーは気まずそうに頷く
騎士A「……ああ。お前たちには悪いが……」
特装A「そうか。ならば、おれたちも同行しよう」
実働騎士たちが目を見張った
思わず笑顔になった実働に
特装騎士は釘を刺した
特装A「ただし、勘違いはするな」
足元に転がる負け狸を指差すと
早口に言う
特装A「こいつから目を離したら何をしでかすかわからん。分不相応な力まで手にしているようだ。それが二代目の邪魔になる可能性は高いと判断した。それだけのことだ」
気持ちは同じということか
他の特装騎士たちも一斉に頷いた
特装B「そうだな、監視体制を強化する必要はあるだろう」
特装C「そのためには、いったん泳がせてみるのも手ということだ」
特装D「最悪の場合、お前たちには魔都に集結する魔物どもの足止めをしてもらう。その程度の覚悟はあるんだろうな?」
覚悟のほどを問われて、実働騎士たちは小刻みに頷いた
どちらからともなく歩み寄った実働騎士と特装騎士が
互いの具足を打ちつけ合っていく
ここに十二人の騎士が揃った
子狸の身体が淡く発光しはじめたのは、そのときだ
その光に誘われるように
天と地を結んだ光芒から
色彩も装飾もばらばらな
四つの剣が姿を現した
子狸「……なんぞ?」
むくりと上体を起こした子狸が
なんとなく前足を伸ばすと……
それが当然であるかのように
四振りの宝剣は在るべき姿をとった
それは“鍵”だった
大きな鍵だ
四つの鍵を、両の前足に二本ずつ装着した子狸が
せつなそうに鳴いた
子狸「イベントアイテムっぽいなぁ。これ、持ち歩くのかよ。憂鬱になるぜ……」
じつに罰当たりなポンポコである……
(作者より)
バニラ様より素敵なイラストを頂きました!
インスピレーションがわいたので、ちょっとした小話も添えて。
第五十部の「幼なじみっていいよな」にて。山腹のひとが走り出す。