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子狸と騎士

 ゴングと同時に子狸はマットを蹴った


 速い

 あきらかに人間の限界を越えている

 ハイパー魔法が過度属性と呼ばれるゆえんだ


 しかし特装騎士にとっては予測の範疇だった

 歩くひとと同程度のスピードなら

 彼らは対応できる


 手足を駆使して、力場で自分自身を弾く……

 初速を補うための技術だ


 その場に残された斥力場を

 子狸の前足がやすやすと引き裂いた

 全身を包んでいる霊気の外殻は

 低く見積もっても上位性質に匹敵するということだ


特装A「パル」


子狸「チク・タク!」


 ある一定以上の魔法使いは

 運動と詠唱、そしてイメージを切り離して

 べつべつに進行させることが出来る

 これは連結魔法の特徴のひとつだ


 子狸が圧縮弾を撃つよりも

 特装騎士の分身が早かった


子狸「えっ」


 飛び退いた子狸がぎょっとする

 刹那の好機を、特装騎士が掴み損ねた

 彼もまた

 子狸の異変に瞠目したからだ


特装A「なんだ、それは……?」


 異様な発達を遂げた前足の外殻が

 いびつな砲身を形成していた


 ※ やはり……はじまったか

  ※ これが、そうなのか。ステージ3……

   ※ 過ぎた力は身を滅ぼすということなのか……?


 深刻ぶるお前ら


 分類上、ハイパー魔法には三つの段階がある

 一つ目は、言わずと知れた霊気の開放だ

 二つ目は、性質の開放。治癒魔法と似たような効果を発揮することもある

 そして三つ目が、意思の開放である


 魔法には原始的な意思がある

 ステージ3に達したハイパーさんは

 術者のイメージをねじ曲げてしまうのだ


 ゆっくりと検証しているひまはなかった

 迫ってくる分身に、砲口を向ける


子狸「ディグ!」


 砲身の内部で、無数の圧縮弾が霊気を凝縮する

 放たれた砲弾が、特装騎士の分身をまとめて粉砕した

 なおもとどまることなく、木々をなぎ倒して飛び去っていく


 ※ あとで魔物たちが治癒を施しました


 なんという威力だ

 魔軍元帥の圧縮弾にも引けを取らないだろう

 その代償として連発は出来ないらしい

 元に戻った前足を

 子狸が唖然として見つめる

 分身に紛れて肉薄していた特装騎士が手刀を繰り出した


特装A「バリエ」


 崩落魔法をはじめとする上位性質は

 拒絶の喚声を崩し溶かすほどの強固な意思を秘めている


 融解さんは、そんなイケメンのひとりだ

 だが、その一撃は外殻に阻まれた


 子狸さんの彼女いない暦がそうさせるのか?

 凄まじいまでの怨念を感じる


 そして、騎士団に所属する人間は既婚率が高い

 社会的な信用度が高いということもあるし

 たいていの国は、自国の兵隊さんに結婚を推奨しているからだ


 上位性質が通用しないことも想定内だったのだろう

 飛び退いた特装騎士(妻子あり)を

 彼女いない暦と年齢が奇しくも一致している子狸が執拗に追う


子狸「滅びよ……」


特装A「くっ……!」


 猛追する子狸

 その動きは歩くひとに迫るほどだ

 技量の差を補って余りある


 ロープ際に追いつめられた特装騎士が

 やむなく切り札をさらした

 鍛え上げられたツッコミ癖が、彼に叫びを強要した


特装A「エラルド!」


 光の壁がリングを覆った

 先のやりとりで、分身に隠れてひそかに罠を設置していたのだ

 子狸の距離感を狂わそうとしていたのだろう


 既存の光景を写しとるのは、もっとも理に叶った魔法の使い方の一つだ

 魔法がないように見せかけることもできる


 噛み付こうとした子狸が、慌てて首を引っ込めた

 どれほど性質に恵まれていようとも、開放レベル1の魔法ではレベル2を突破できない

 それはハイパーだろうと同じことだ


 俊敏な動きで後退した子狸が、マットの上を小刻みに跳ねてコーナーのトップに着地する

 光の壁を突き抜けた特装騎士が、子狸を追って前進する

 二人の詠唱が完成したのは、ほぼ同時だった


 特装騎士の周囲を、二つの光弾が飛び回る

 連合国では“オプション”と呼ばれる、この技術を

 王国では“妖精”と言う


特装A「一つだけ教えてやる」


子狸「……言ってみろ」


 子狸の背中から伸びたのは、二本の触手だった

 いや、もっとまがまがしい何かだ

 サソリの尾に似た何か……

 まるで朽ちた翼のようだ


 勇者さんに置いて行かれたことで

 捨て狸の魔性が完全に目を覚ましてしまったというのか


 蠢く……


 特装騎士が忠告した


特装A「百年の恋も冷める光景だ」


子狸「ぽよよん」


 真実の愛は色褪せないのだと子狸は言う

 飛び上がった愛の戦士が、背中の翼骨を振るう


 ※ 放っておくと、どんどんまがまがしくなるなぁ……

  ※ 低学年の子が見たら泣くね

   ※ 即、通報されるレベル


コアラ「うわぁ……」


 黒妖精さんが感嘆の声を上げた

 マットに突き刺さった翼骨が

 咀嚼でもするように脈動していた


 特装騎士は光弾で受けることを避けた

 力場を踏んで空中戦に移行する

 跳ね上がった翼骨をかわしながら

 リング上の子狸に向けて片腕を突き出した

 解き放たれた光槍には、圧縮弾ほどの柔軟性はない


 子狸は発電魔法で応じる


子狸「イズ・ロッド・ブラウド!」


 外殻の口が大きく開いた

 鋭い牙を隠し持っている

 まさかとは思ったが

 発電魔法は口から撃つらしい


 ※ ひどい絵づらだな……


 子狸の魔法がひどいのは

 いまにはじまった話ではない


 だが、予想以上にひどかった

 ポンポコ騎士団は言葉を失っている


 最初に悲壮な決意を固めたのは騎士Bだ


騎士B「……おれはポンポコを応援するぞ」


騎士C「あ、ああ。そうだな」


 我に返った騎士Cが続く


騎士B&C「ポンポコ卿~!」


 子狸をポンポコ卿と呼ぶのは

 外法騎士だけである


 王都にいた頃から推進していた

 地下での活動が実を結んだのだ


 負けじと他の騎士たちも声を張り上げる


騎士A「ポンポコ、がんばれ!」


騎士D「がんばれ、ポンポコ!」


 ポンポコ砲が光槍を打ち砕いた

 上空へと駆け上っていく紫電を

 特装騎士は冷静に観察している


 子狸が跳んだ


子狸「ラルド!」


 力場を踏み砕いてしまうのではないかという懸念があったから

 禁断の外殻カスタマイズに走る


 緑の島で巫女さんが編み上げた巨人への憧れがあったのだろう

 巨大化した自分の勇姿を脳裏に描いたものの

 その夢が叶うことはない


 前足につめが生えた

 にょきっと


コアラ「え、地味……」

 

 黒妖精さんの心ないコメントにも

 おれたちの子狸さんは動じない


 伸ばした翼骨を後ろ足で蹴って特装騎士に迫る

 便利なオプションだ


 特装騎士は光弾で迎え撃つ

 指揮下の光弾は二つ

 一つは翼骨に打たれて焼失した

 本命はもう一つの光弾だった


特装A「ラルド!」


 たいていの騎士は

 ここぞというときのために拡大魔法を温存する

 開放レベル3の魔法を維持するのは人間にとって負担が大きく

 いつでも昇格できるから、けん制にもなる

 

 位階を上げた光弾が飛翔する

 なすすべなく切り裂かれた翼骨を目にして

 特装騎士は確信を得た

 子狸に開放レベル3の手札はない


 観戦している他の騎士たちも気付いた

 

騎士E「攻めろ! ここしかない!」


 子狸の前足がうなる

 特装騎士の鎧が弾け飛んだ

 

 一瞬の早業だった

 留め金を外した特装騎士が

 マントで子狸の視界を覆う


 構わず突き込まれた前足を

 かろうじて回避する

 無理に身体をひねったので

 大きく体勢が崩れた

 

 勝機――!

 翼骨を踏んだ子狸が踊る

 無防備な特装騎士にしっぽが迫る

 

 過度属性は強力な魔法だ


 だから足場を奪われたら

 即座に取り戻すことはできない


 光の羽を生やした光弾が

 子狸を猛追する


 なんだか見慣れた光景である


 前足と後ろ足をばたばたさせて宙を泳ごうとするが

 狸は空を飛べない生きものだ

 

 だが、この小さなポンポコのしぶとさは瞠目に値する

 全身を駆使して回避を続ける


 マットに着地するなり、ごろりと前転して

 ぴょんぴょんとリングを跳ね回る


特装A「凄まじいまでの生命力だな……」


 特装騎士は楽観視している

 王都でずっと子狸を見守っていたから、甘さが出た


 その油断を、おれたちの子狸さんは見逃さない

 ロープを飛び越して、林のほうに遁走する

 完全に野生化したらしい

 四脚走行だった


 そういえば場外への罰則はとくに決めていなかった


特装A「……?」


 リングに降りた特装Aが首をひねる

 光弾を撒いたところで、戻ってきたところを狙い撃ちすれば終わりだ

 殲滅魔法の詠唱をはじめるが……


 はっとした特装Bが叫んだ


特装B「! 爆破術か?」


 ※ ! その手があったか

  ※ そうか、爆破術なら……

   ※ トクソウの射程外から一方的に攻撃できる!


 ※ この勝負……子狸さんの勝ちだ!

  ※ おれは信じてたよ!

   ※ ああ、子狸さんの勝利は揺るがないな!


 しかし、子狸がリングに戻ってくることはなかった

 林の奥から、野生の雄叫びが響く



子狸「めっじゅ~!」



 おれたちの子狸さんは

 野へ帰ったのである……


騎士A「…………」


特装A「…………」


 顔を見合わせた騎士たちが

 無言で装備を点検する


 慣れ親しんだ時間が戻ってきたと

 彼らは実感した


 ――狩りの時間だ



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