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ドライブ

三七、王都在住のとるにたらない不定形生物さん


 帝国騎士団が決死の戦場に身を投じた頃……


 ついに憧れの毛皮を獲得した子狸さんが

 因縁の特装騎士と対峙していた


 ※ 待ってました

  ※ 子狸さん、すっかり立派になって……

   ※ あきらかに子狸の処理能力を越えてる。本当になんなんだよ、この魔法は……


 全身を包む霊気の外殻は

 断続的に青い粒子を放出している

 

騎士A「ポンポコ……」


 ポンポコ騎士団のメンバーが

 戦いに臨む団長を、はらはらしながら見守っていた


騎士B「無茶だ。過度魔法は万能じゃない……!」


騎士C「だが、あんな作用ははじめて見る……まるで」


 魔物だ、というひとことを騎士Cは呑み込んだ

 しかし、その第一印象は正鵠を射ている


 この世界の魔法の在り方を決めたのは開祖だ

 あのひとは、魔法と言葉を交わすことを望んだ


 意思、心、魂、呼びかたはどうでもいいが……

 そうしたものを取り込んだ魔法から

 おれたちは生まれた


 連結魔法というものを極限まで突き詰めたなら

 その正体は、魔物を生み出す魔法に他ならない


 ※ あのひとには、あなたたちを利用しようという気がなかったんだよ。だからうまく行った

  ※ 悔やまれるよな。もう少し……なんとかならなかったのか

   ※ ママンは、あんな男のどこが良かったのだろうか……?


 ※ ママン……

  ※ ママン……

   ※ ママン……


 ポンポコ騎士団の団員は、子狸を止めようとした


 子狸は開放レベル3を使えない

 もともと王都勤務にあたっていた特装騎士たちは

 それを知っている

 勝ち目があるとは思えなかった


 だが、おれたちの子狸さんには秘策があったのである……


 ひっくり返した前足に力を込めた


子狸「むんっ……!」


 飛び出した霊気の塊を、特装Aが警戒した

 楕円形のボールを肉球でホールドした子狸が

 前足を突きつける


子狸「一本勝負だ。お前には決定的な弱点がある……それを教えてやる」


騎士A「待て待て」


 進み出た騎士Aが、子狸の肩に腕を回して自陣に戻る

 顔を寄せて小声で囁いた


騎士A「そういう雰囲気じゃないだろ? ここは王都じゃねぇんだ、な?」


子狸「しかし」


 不服そうな子狸に、他のメンバーも声を掛ける


騎士D「全国編に突入するとか、そういう場面じゃないから。な?」


騎士E「ここは、ほら、お前のその……もこもこしたのが未知の力を発揮する流れだろ?」


 諌めながら、彼らは子狸の耳をつまんで「おお」とか感嘆の声を上げている

 お前らも子狸さんの毛皮としっぽを無遠慮に撫でていた


しかばね「おお……」


亡霊「おお……」


 少しは遠慮しろよ


 ※ 超光速で全身を撫で回しておいて、言うことがそれか

  ※ 王都のんの本気を久しぶりに見た……


 撫でましたけど?


 ※ あ、開き直った

  ※ 最低だよ。最低だ……



三八、管理人だよ


 や、やめろよ。小さい子供じゃないんだから……



三九、王都在住のとるにたらない不定形生物さん


 ! わ、悪かったよ……


 ※ なにその素直……

  ※ 砕け散ればいいのに……

   ※ というか、自分で歩けよ


 ※ この青いの、ここ二週間近くずっと子狸におんぶされてるからね

  ※ なんかホームポジションみたいな顔してっけど、そんなの通らねーから

   ※ おれのアナザーが、緑の島で王都さんに睨まれて怖かったと苦情を……


 ※ 職権濫用どころか、濫用が職権っつう話ですよ

  ※ んで都合が悪くなると、さっさと話を進めるんだろ?

   ※ もう誤魔化されねーぞ!


 ※ お前ら、おちつけ! 逆流!

  ※ !~わう

   ※ !~わう


 こきゅーとすに新機能が追加された頃


 大人気の子狸。惜しまれつつも送り出されたが……


子狸「…………」


 不安そうにポンポコ騎士団のメンバーを見ている


騎士F「……おい。凄い見てる」


騎士G「信じよう。あれだけ言って聞かせたんだ。……ああ、これはだめなパターンだな」


騎士H「……もう、おれはあいつにどうなって欲しいのかが自分でもよくわからない」


 迷いを振りきった子狸が、しっぽを揺らしながら前足を突きつける


特装A「…………」


 律儀に待ってくれていた特装騎士が

 やってみろ、と言うように腕を組んだ

 冷たい目だ

 どうせボケるんだろ? と言わんばかりの眼差しである……


 ※ 子狸さん、目にものを見せてやれ!

  ※ トクソウめ。いまにぎゃふんと言わせてやる……!

   ※ 以前の子狸とはわけが違うんだよ……!


子狸「むんっ……!」


特装A「!」


 特装Aが目を見張った

 他の騎士たちも息をのむ


 速い……!

 なんてキレだ……!


特装B「あそこから切り返すだと……!?」


 しかし特装Aの反応もまた常人の比ではない

 どっしりと腰を落として子狸に張りつく


子狸「くっ……!」


 ドリブル突破は無理だと悟った子狸が

 シュート体勢に入る

 その一瞬の隙を、特装Aは見逃さなかった


 鋭く伸ばされた手がボールを掠める

 いいディフェンスだ……

 危ういところで弾き飛ばされそうになったボールを

 子狸が慌てて確保する


特装C「ポンポコ!」


 ヘルプに入った特装Cに子狸がパスをした


子狸「頼む!」


 最後に決めるのは子狸だ――

 瞬時に判断した特装Aが、子狸のマークにつく

 しかしそれよりも早く、特装Dが進路をふさいだ


特装A「スクリーンアウトだと!?」


特装D「決めろ!」


子狸「ヘイ!」


 フリーになった子狸がパスを要求する

 特装Cが、いぶし銀のノールックパスを放る

 ボールを受け取った子狸がひざをたわめる

 執念の特装Aが追いすがる


子狸「……!」


 特装Aが目を見開いた

 ここでフェイクだと――!?


 ボールを前足でホールドした子狸が跳ぶ

 完璧なフォームだ

 決まる――!


騎士A「待て待て待て!」


 割って入った騎士Aが、子狸と特装騎士たちの頭を順番に叩いた


騎士A「お前らも乗るなよ! 諦めるなよ!」


特装A「……諦めもするわ」


 実働騎士と特装騎士は仲が悪い


騎士A「あ?」


特装A「……ちっ」


 いまにも殴り合いをはじめそうな険悪な雰囲気である


子狸「!」


 不意に子狸が上空を仰ぐ


??「なってないわね」


 降ってきた声には

 見守るような寛容さがある


 子狸は他者の気配に敏感だ

 そのことを、騎士たちは長い付き合いから知っている


 一斉に身構えた騎士たちが

 訓練で血肉に刻まれた動きをとる


 あるものは一歩下がり

 あるものは左右にずれる

 無意識に陣形を整える部下たちを騎士Aが制止した


騎士A「待て! 撃つな」


 青空に光の粒子が溶け込んでいくようだ

 薄い羽が日差しに透ける

 白い雲を背景に黒衣が際立って見えた


子狸「お前は……」


 お腹を抱えてころころと笑っている花の精霊は

 露出を抑えた控えめな衣装に身を包んでいる


 子狸の肩に舞い降りた黒妖精が

 あでやかに笑った

 ちいさな唇を指先でなぞる


コアラ「勇者に捨てられちゃったの?」


 羽のひとの分身は

 その役柄ゆえにか

 かつての性格を色濃く引きずっている


 人間たちを睥睨し

 たしなめるように言った


コアラ「あなたたちには、もったいないおもちゃね」


子狸「ふっ、過ぎた玩具ということだ」


コアラ「あなたのことよ」


子狸「このおれがな!」


 びしっと自分に前足を突きつける子狸さん

 自信にみなぎっている

 

コアラ「……少し黙っていなさい」


子狸「はい」


 素直だ。妖精さんには逆らわないよう心身に刻み込まれている


 細く吐息をついた小さな少女が

 おちついた所作で髪をはらった


 彼女を見る騎士Aの目付きは険しい

 部下たちに撃つなとは言ったものの

 それが正しい判断だったのかどうか

 自信はなかった


騎士A「ユーリカ・ベルだな。つの付きはどうした?」


 港町で起こった本当の出来事を

 突入部隊のメンバーは事前に聞いていたのだろう

 声音に警戒心がにじんでいる


 彼女は魔軍元帥のパートナーだ


コアラ「さあ? ここにはいないわね」


 そんなことは見ればわかる

 教えるつもりはないらしい


コアラ「そんなことより……」


 闇の妖精が片手を差し伸べた


 精霊の使者を迎合するように

 光が、大気が、草木が

 急速に色づいていく


 妖精の姫が勅命を下した


コアラ「戦いなさい。喜びなさい。生まれ持ったすべて、鍛え上げたすべてをここに。それ以上に公平なルールなど、ありはしないのだから」


騎士A「ちぃっ……!」


 極論を述べる妖精属に、舌打ちした騎士Aが駆け出した

 

騎士A「レゴ!」


 突き出した人差し指が冷気の渦をまとう

 他の騎士たちも追随した


 魔法の行使は詠唱とイメージを要する

 しかし術者が“本人”でなければならないという原則はない

 多細胞生物の最低単位を定義するのは不毛だからだ


 詠唱とイメージの規格を統一した群体は

 ひとりの術者として扱われる


 なんのことはない

 体内で起きていることを、体外で再現しているだけだ


 開放レベル3に、レベル2、レベル1の魔法は太刀打ち出来ない

 同格ではないから、性質の衝突が発生することすらない

 一方的に食い破られる


 ただし、それは縄張りの重複が発生した場合の話だ

 ひらりと舞った黒妖精が

 あやとりでもするかのように世界を結ぶ

 

 取り残された殲滅魔法さんは

 目標を見失って所在なさげに佇むばかりだ


 超空間に取り込まれた騎士たちが歯噛みする

 子狸に近すぎた――

 魔法の実現性と退魔性はリンクしている

 

 だから、より子狸に近い位置を占めた黒妖精の結界が優先されたのだと

 百戦錬磨の戦士たちは理解していた


 彼らは林の中にいた

 とくべつな意図でもなければ、既存の光景を写し取るのは理に叶っている


 ただ、目の前にこぶしの殿堂が鎮座していた

 6メートル四方のリングを

 逃げ場はないと言わんばかりにロープが囲んでいる


 早くも適応した子狸さんが

 リングの下でフックの角度を調整していた


 リング上空を陣取った黒妖精が

 おなじみの紙コップを片手に叫ぶ


コアラ「お待たせしました、会場のみなさん! 狸なべデスマッチ第三陣、選手入場です!」


 特装騎士たちは、おちついたものだ

 単独任務に当たることも多い彼らは

 お前らの無茶ぶりに慣れている


 セコンドの特装騎士たちが

 ゆっくりと柔軟体操をしている特装Aへと

 口々にアドバイスをしていた


特装B「ポンポコは上級魔法を使えない。だが、それは過去の話かもしれん。思い込みは捨てろ。あとツッコミ自重」


特装C「いつも通りでいい。奇をてらう必要はない。じっくり行け。ツッコミ自重な」


特装D「まずは様子見だ。おそらくゴングと同時に仕掛けてくるだろう。しのぎきれば、お前の勝ちだ。ツッコミ自重」


 特装Aには王者の風格がある

 王都で幾度となく子狸を捕獲してきた歴戦の勇士だ


 ロープをくぐってリングに立つ

 派手さはない、余裕を感じさせる振る舞いだった


黒妖精「赤~コーナ~! 無敗のチャンピオン、特装騎士A~!」


 特装騎士A


 パワー:B

 スピード:B+

 スタミナ:B

 テクニック:B+


 特記事項:レベル3開放、テレパス無効



 一方、ポンポコ騎士団のメンバーは

 子狸にどうアドバイスをしていいものか判じかねていた

 まず着ぐるみみたいになっている事情もよくわからなかった


騎士A「……とにかく、がんばれ」


騎士B「がんばれ」


騎士C「がんばれ」


 子狸のしっぽがぴんと立った


子狸「こんなところで、つまずいてらんないよな。行ってくる。勝ってくるよ。そのときは……最っ高のハイタッチで迎えてくれよな」


 にっこりと満面の笑顔で言った

 長年の軋轢を乗り越えて、子狸と騎士たちは和解をはたしたのだ


 迫ってくるものがあったのだろう

 目頭を押さえた騎士たちが道を開けた

 名前を呼ばれた子狸さんが

 騎士団のメンバーとハイタッチを交わしながら花道を駆けていく


コアラ「青~コーナ~! 不屈の挑戦者、ポンポコ~!」


 子狸さん


 パワー:C

 スピード:B+

 スタミナ:B+

 テクニック:C+


 特記事項:魔属性開放、豊穣属性開放、ハイパー属性開放(分類3)



 ※ あらためて比較すると、予想以上にひどいな……

  ※ まったく勝てる気がしない……

   ※ でも、よくここまで育ったよな……


 華麗にロープを飛び越した子狸さんが

 ついに決戦の舞台に立った


 待ち受けるは特装騎士

 対子狸戦で無敗を誇る王者が、不敵に言い放った


特装A「三分だ。1ラウンドでケリをつける」


 挑戦者が応えた

 その表情、あくまで大胆不敵


子狸「料理が冷めちまうぜ」


 ……?


 ※ ……?

  ※ ……?

   ※ 言わんとしていることはわかるような……?


 ※ わからないような……

  ※ いつも通りだな

   ※ ああ、いつも通りの子狸さんだ


 そして

 いま、運命のゴングが

 高らかに鳴り響いたのである――



(作者より)

バニラ様より素敵なイラストを頂きました。

とある青いひとには内緒で……こっそりと祝福しておきます。

詳細は「勇者さんの“漢”を見たい」part1にて。

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