王国と帝国と
三六、山腹巣穴在住のとるにたらない不定形生物さん
完全復活を遂げた子狸さんが
特装騎士に挑戦状を叩きつけた頃……
第二チェックポイントを目前に控えたトンちゃん部隊with勇者一行は
宿敵の帝国騎士団と睨み合っていた
王国騎士団を白アリさんとするなら
帝国騎士団は黒アリさんだ
漆黒のプレートメイルは、各所にトゲが生えていて
全体的につるっとしている王国騎士団の制式装備よりも
幾らかお洒落である
そのぶん手入れは面倒なのだが
ださい鎧を着るよりはましであると
帝国の騎士たちは口を揃えて言う
一方、王国の騎士たちは内心で
帝国騎士団の鎧がお洒落であることを認めている
認めてはいるが……
決して口には出さない
王国騎士団と帝国騎士団は
致命的なまでに仲が悪かった
互いにないものを相手が持っているからである
特装騎士の一人が、たくみな手綱さばきでトンちゃんに近づく
もともと自分の馬を中隊に預けてあったのだろう
トンちゃんは立派な体格のお馬さんに乗っていた
となりの勇者さんは黒雲号に乗っている
ふたりとも小柄だったから、人馬ともに親子ほどの体格差がある
アリア家と縁があるトンちゃんは
黒雲号を見くびるような真似はしない
このお馬さんは、わりとマイペースなところがあるものの、非常に賢いのだ
トンちゃんの、黒雲号へと向ける信頼は厚い
勇者としての風格を心配して騎馬の交換を申し出る部下を
直々に諌めるほどだった
そのトンちゃんが、帝国の一個中隊を率いて立つ将へと向ける視線は厳しい
報告する部下を一顧だにしないのは
この睨み合いに負けたと思われるのが癪だったからだ
王国騎士「若、あの男……間違いありません。“不死身”のマイカルです」
どるふぃん「間違いないか?」
王国騎士「はい。私の部隊は、過去にやつと交戦したことがあります」
華々しい戦歴を持つ騎士は
称号名とはべつに恥ずかしいふたつ名で呼ばれることが多い
“不死身”のマイカル・エウロ・マクレンは
一見すると優しげな
しかし帝国きっての猛将として知られる男だった
三十代前半という年齢は、中隊長としてはじゅうぶん若い部類に入る
知名度で言えば、王国最強の騎士と謳われるトンちゃんに勝るとも劣らないだろう
帝国の若き将は、もちろんトンちゃんのことを知っている
遠目にもわかるほど恰幅の良い騎士など見紛う道理もない
――異様な騎士だ。しかし強い
一対一では、まず敵わないだろう
あれだけのぜい肉を維持しているということは
つまり他の騎士にとっては過酷な訓練が
彼にとってはぬるいということだ
参謀の一人が言った
不死身の男は、実働部隊の出身で
七人の参謀を持つ典型的な中隊長だ
帝国騎士「マイク。やつがアトン・エウロだ。王国最強の騎士……」
不死身「まあ、そうだろうな。王国はあとがない。出てくるとすれば、まずあいつだろうさ」
似たような理屈で、不死身の男はここにいる
帝国にとっても、王国の危機は他人事ではない
王国が滅んだなら、次は自分たちの番だと想像するのはたやすかった
ただし彼らには、敵国の滅亡を待ってから動くという選択肢もあり得た
そうしなかったのは、やはり勇者の存在が大きい
不死身「あの子がそうなのか。アリア家の……令嬢というのは。おれの娘にちょっと似てる」
帝国騎士「いや、似てねーよ。お前、実の娘に知らないおじさんだと思われてるし」
不死身「……お前、ひとのこと言えんのか? この前、ぜんぜん懐いてくれないって号泣してたじゃねーか」
帝国騎士「高給取りはいいよな」
不死身「あ? そんな変わんねーよ。びっくりしたわ。おれがびっくりしたわ。中隊長って世界に三百人しかいないんじゃねーの? お父さまは授業参観を遠慮して下さいとか学校側に言われて、その挙句が雀の涙だよ。遠慮したけどさっ。だって家を出たら青いのがふつうにいるんだよ。意味わかんねぇ……」
※ 日当たり良好でした
※ たまに娘さんと遊んであげてます
※ ついでに雪除けしておきました
※ ついでに雪だるまに魂を吹き込んでおきました
※ メノゥレゴみたいな
※ やがてメノッドレゴみたいな
※ あのときの不死身さんの勇姿が忘れられません
高度な戦略について参謀と話し合う不死身の男
その間も、トンちゃんからいっさい目を逸らさない
凄まじいまでの胆力だ
これが厳冬に鍛え上げられた帝国騎士団の底力なのか
帝国の明日について忌憚なき意見を交わす二人に、べつの参謀が声を掛ける
唇の動きを最小限に抑えた話術だった
帝国騎士「いつでも撃てる。いまなら、やれる」
狙撃班は、とうに配置についている
狙撃と同時に戦端は開かれるだろう
おそらく王国の狙撃班も、どこかから不死身さんをポイントしている筈だ
相打ちになる可能性もある
しかし、それを差し引いたとしても、王国最強の騎士は片付けておきたい存在だった
不死身「待て。撃つなら、より確実に仕留めたい。おれが出る」
開戦前の使者を、自分自身が買って出るということだ
国際的な位階が同じエウロなら、おそらく応じるのはトンちゃんだ
ひと呼吸で開放レベル3の防壁を張れる実働騎士から引き離したい
相手も同じことを考えている筈だ
互いに歩み寄るなら、騎馬で数歩の距離
その間に、狙撃班を抑えたほうが勝つ
分は悪いかもしれない
トンちゃんは特装騎士の出身だ
だが、それ以外に王国最強の騎士を“穏便に”仕留める手段が思いつかなかった
参謀が頷いた
帝国騎士「……わかった。マイク、用心しろよ。アトン・エウロは妙な力を使う」
不死身「念動力か……。厄介だな」
帝国騎士「厄介どころか、その力でメノッドロコと互角に渡り合ったらしいぞっ」
不死身「どこの神話だよ。戦隊級と一騎打ちとか、人間がやっていいことじゃないでしょ……」
トンちゃんのやんちゃぶりに
帝国きっての猛将はびびっている
一方、その無茶をやってのけたトンちゃんは
やる気に満ちあふれていた
どるふぃん「ふっ」
不敵な笑みから
一転、ぎらりと眼光を鋭くする
どるふぃん「不死身の人間などいない」
※ 不死身さん、逃げてぇー!
※ 逃げて! 不死身さん、地の果てまで!
好敵手の存在に胸がおどった
トンちゃんと対等に戦える騎士は国内にはいない
鱗のひととの、命を削るような舞踏に
まったく心が弾まなかったと言えば嘘になる
だから半分は本心だった
帝国騎士団が王国の騎士に恭順を示すことはない
対立関係は維持しておくべきだった
いま、この場には勇者がいるからだ
トンちゃんの意図を察した勇者さんが
手綱を握る手に力をこめた
黒雲号が進み出る
ざわめく騎士たちが見守る中
勇者さんが片手を掲げた
彼女の肩から舞い上がった羽のひとが
祝福をするように
少女の頭上を旋回する
ちいさな羽がふるえるたびに
光の鱗粉がまたたいた
その光が、まっすぐ伸びた勇者さんの手を中心に渦を巻く
風に遊ぶ光たちが歌い、踊るかのようだ
紡がれた輪が、宝剣の輪郭を成していく
それは勇者のあかしだ
二つの世界をつなぐ希望のしるしだ
……子狸と別れてからの彼女は
表面上、さして気に病んでいる様子が見られなかった
アリア家の人間は、感情制御と呼ばれる異能を代々受け継いでいる
心の働きを自らの意思で規定する力だ
それなのに、担い手の感情に呼応する筈の聖剣が
日増しに本来の力を取り戻していくかのようだった
ふたたび肩にとまった羽のひとに
常に明るく振る舞ってくれている小さな旅の仲間に
勇者さんがつぶやいた
勇者「ありがとう」
その言葉は、駆け上がる光の音に紛れた
声は聞こえなくとも、届くものがあったから
羽のひとはにっこりと笑って頷いた
妖精「ご一緒します。どこまでも」
頭上に掲げた手を、勇者さんが握りしめた
初雪を踏むような淡い手応えがある
一回りほど大きくなった精霊の秘宝が
あるじと認めた少女を、光の波形で彩った
※ 勇者さん、すっかり立派になって……
※ エフェクトにも気合が入ってるぜ
※ さすが王都さんですよね。ぽよよん
※ きさまっ、自画自賛か!
※ いやっ、待て……わざとらしすぎる……王都のんらしくない……
※ 計算尽くだよ。お兄ちゃん、腹黒いから。ね☆
※ お前ほどじゃないな、妹よ
※ あははっ。しんじゃえ
※ はっはっは。お前がしね
仲良くしなさい
まったくもう……続けるよ?
後世に語り継がれるであろう英雄譚の一幕に
自分たちは立ち会っているのだと気付いた騎士たちが
打たれたかのように魅入られていた
光の宝剣を水平におろした勇者さんが、彼らに言った
勇者「喧嘩するなら、あとでやりなさい」
※ おふっ
※ おふっ
※ なんたるシンクロ……
騎士たちは一斉にこうべを垂れた
ふだんはいがみ合っている王国騎士団と帝国騎士団も
勇者の威光の前では、仲が良いふりをする程度のことは出来る
彼らは戦士だからだ
どちらが音頭を取ってもしこりを残すから
両国の騎士団を率いて立つのは勇者の役目だった
ここまでは想定通りだ
しかし事態は、思いもよらない方向から破綻する
二人の中隊長に、特装騎士が報告を上げたのは、ほぼ同時だった
行軍の際、後詰めの特装部隊を一定間隔に配置するのは
騎士団の常套手段だ
騎士団の“尾”と呼ばれる戦法である
貴重な戦力でもあるから、第二のゲートが近づくたびに、騎士団の尾は短くなる
開戦前には本隊と合流できるよう、最低限の距離を保つためだ
不測の事態に備えるあまり、避けようのない戦いで負けてしまっては意味がない
それほどまでに突入部隊の人員はひっ迫していた
王国と帝国、三大国家の二席を占める大国に所属する騎士の
悲鳴にも似た声が
若き中隊長たちの鼓膜を打った
特装「……を確認しましたっ! 特装より本隊へ、聞こえますか!? “魔軍元帥”です! つの付きが現れました!」
魔軍元帥、つの付きの出陣である