子狸、出陣
王国のマーリン・ネウシス・ケイディ
帝国のリンドール・テイマア
連合のリュシル・トリネル
冥府に下った三人の英雄が、ふたたび現世の土を踏んだ頃……
※ 客観的に見て、魔術師さんの戦果は飛び抜けてるよね
※ 歴史を作ったという意味では、宿縁さんがいちばんじゃないかな
※ よせよ、鬼のひとじゃあるまいし。おれは百謀将軍が最強だと思うけど……
※ さっそく匿名性を利用しはじめたぞ、このつの付きども……
※ 困ったもんだよね。ちなみに羽のひとは誰が最強だと思う?
※ この薄汚れたドリル……! さてはユニィだな!? 騙されちゃだめだよ、てっふぃー。あ、ジャスミンです
※ きさまっ、おれの名を騙るとは……! 薄汚れているのはお前のドリルだ、レジィ!
※ 実家ごと滅べばいいのに……
匿名性を利用できるのは羨ましい限りだ
王者の風格というものは自然と醸し出されるものなのだからな……
ぽよよん
※ おい
※ おい
※ おい
草木が朝日に洗われるかのようだ
日の光を浴びて目覚めた木々の息吹が
よどんだ空気を吹き飛ばしてくれる
朝っぱらから湯立った雰囲気を撒き散らす人間たちを
動物たちが白けた目で見つめていた
お前らも一緒になって後ろ指を指している
火口「いやね、奥さま。朝から、いい近所迷惑ですわ……」
かまくら「今日も蒸し暑い一日になりそうですわね。ほほほ……」
ポンポコ騎士団は、踏み出した一歩目から、その是非を問われている
彼らとて、まったくの無策ではいられなかった
実働部隊がもっとも力を発揮できるのは、実働小隊と呼ばれる決戦隊形だ
そうでなくとも、小さな新興勢力が他を出し抜くためには
その存在を悟られることなく、自由に動けることが絶対条件だった
ここで特装騎士たちを説得できなければ、ポンポコ騎士団に未来はない
子狸を魔都に連れて行くのだと聞いて
特装騎士たちが疑ったのは、彼らの正気だった
特装C「本気で言ってるのか?」
特装D「……なぜ職務を遂行しようとしないんだ。二代目の期待を裏切るつもりか」
トンちゃんの部下は、自分たちの中隊長を二代目ないし若と呼ぶ
歩くひとの下した判断は正しい
魔物たちが開放されたゲートを取り戻そうとするのは自然な成り行きだ
そして、しんがりを務める騎士たちがあらがった時間は
そのまま突入部隊の猶予と直結する
魔王軍は、三つのゲートを抑えておけば
本拠地の魔都に幾らでも増援を送りこめるからだ
第八次討伐戦争では
ときの大隊長マーリン・ネウシス・ケイディが
その性質を逆手に取って、魔都に魔王軍の大部分を閉じ込めるという奇策を用いた
双壁の攻防戦と呼ばれる、おそらく人類史上最大級の情報戦だ
当時、まんまと魔都からあぶり出された都市級の連中に
同じ手は通用しないだろう
それ以前に単騎で突入して謁見の間に辿り着けるほど勇者さんは強くない
ポンポコ騎士団の決断は、全人類を敵に回してもおかしくない暴挙だ
突入部隊に窮地をしいるだろう悪手でもある
だから彼らは言った
騎士B「千年だ。魔物たちと戦い続けて千年になる。……いつまで続ければいいんだ?」
騎士C「魔王を討てば解決するのか? そんな筈がない。むしろ逆なんじゃないか。魔王を殺した瞬間から、新しい戦がはじまるんだ。それは、きっと救いのない戦争だ。徹底的な破壊だ」
騎士D「話し合って決めたんだ。このままじゃ魔王軍との戦いは終わらない。どこかで賭けに出るしかないんだ」
最悪の事態を避けるために戦うのは戦士の本能だ
しかし、その本能に背を向けて
はじめて見えるものがあると彼らは言う
騎士E「第九次の戦後、おれたちは魔物たちと歩み寄るチャンスを手に入れた。それは何故だ? 勇者が魔王と話し合おうとしたからだ」
騎士F「失敗したのは当たり前なんだ。たったの一度で、うまく行くわけがない。もう一度やり直そう。また失敗してもいいじゃないか。何度でもやり直すんだよ。そうやって少しずつ歩み寄って行くんだ」
騎士G「人間は弱い。だから諦めきれないんだ。なにを捨てればいいのか、捨てるべきなのか、それともしがみつくのか、選べないこともある……。それが、おれたちの“力”なんじゃないか」
ポンポコ騎士団のメンバーは口々に訴える
トンちゃんは百人余の命を預かる部隊長だ
だから、きっと下したくても下せない命令もある
子狸を置いて行くことに
中隊長としての判断以外の
期待がなかったと言いきれるか
騎士H「おれたちは、どこかで間違えたんだ。子供を撃つ戦争なんて、もうまっぴらだ」
騎士Hが吐き捨てた
けっきょくのところ、それが彼らの本音だったのかもしれない
騎士Aが、子狸の肩に手を置いた
騎士A「おれは、こいつに賭けてみたい。その根拠は、おれたち自身だ」
吐露し終えた騎士たちが、子狸と豆芝さんの周囲を固める
受け入れられなければ、押し通ってでも先に進もうと言うのか
それは敗北が確定した行軍だ
彼らの動きが露呈した時点で、トンちゃんが放置するとは考えにくい
実働騎士たちの弱点を、じっさいに指揮する人間は知り尽くしている
だから実働部隊には、その半数にも及ぶ特装騎士がつく
子狸「……!」
おずおずと伸ばされた子狸の前足が
豆芝さんに触れた
何やら一人だけ別の物語が進行していそうな気配であるが……
ちいさなポンポコが絶叫した
米
最後のパスが通った。
ゴールキーパーとの一対一。決定的なチャンスだ。
緊張はなかった。フィールドと一体になったかのような、……なったかのような……。
いや、フィールドと一体になれるわけがない。自分が間違っていた。
とにかく調子はいい。まわりもよく見えている。
審判の羽のひとが、ちらりと時計を見た。ロスタイムは残り少ない。これが最後のプレイになるだろう。
ディフェンスを振りきった鬼のひとが、空いたスペースに走り込む。
トリッキーな動きと、たくみなボールコントロールは定評がある。心強い味方だ。
……しかし裏切られないという保証はない。
魔物たちの国技、デスボールは過酷なゲームだ。
裏で大きなポイントが動くため、最後に頼れるのは自分しかいない。
飛び出した鬼のひとにつられて、キーパーがわずかに守備位置を下げた。シュートコースが大きく開く。
でも、これはおとりだ。キーパーは青いひと。シュートを撃てば、触手で刺し貫かれるだろう。
こうなったら、奥義を解禁するしかない。
厳しい特訓のすえに編み出した、おれターンだ。
優しいタッチで足を振り抜いた。
「ループ!」
味方の筈の鬼のひとが叫んだ。
なんてことだ。やはり買収されていた。
意表を突かれた青いひとが、ぎょっとしてから触手を構える。――だが、遅い。
「おれターン!」
くるりと回る。
しかしボールは、あっさりと触手で刺し貫かれた。
ホイッスルが鳴る。
夢は断たれた。
おれたちの夏は終わったのである……。
~fin~
米
反論しようとした特装騎士が口をつぐんだ
騎士を押しのけた前足は、青い霊気で包まれている。夜の青だ
三日前よりも、さらに洗練されたオーラは
すでに人の形をとどめていない
もこもこした前足には肉球らしきものが見てとれる
先太りのしっぽが揺れていた
ずんぐりとした輪郭
飛び出した口吻の上に、ちょこんと鼻が乗っている
頭の上に張り出した丸い耳……
※ ポンポコスーツ
※ ポンポコスーツ……
※ お前らが狸、狸と連呼するから……
霊気の外殻が青くきらめいた
真紅のマフラーがたなびく
完全復活した子狸さんが
行く手を遮る特装騎士に言った
子狸「通してもらうぞ」
警戒するなと言うほうが無理だ
この子狸は……
まるで魔物だ
霊気に気圧されながらも
特装騎士はひるまない
特装A「嫌だと言ったら?」
子狸「押し通る」
子狸は即座に答えた
子狸「いまのおれは、トンちゃんにだって負ける気がしない」
※ 男前の子狸さん
※ 久しぶりの男前モード
※ 嫌な予感しかしねぇ……
自分たちの上司を軽んじる発言に
特装騎士たちが色めき立った
特装B「きさま……調子に乗るなよ」
王国最強の座は安くない
踏み出そうとした特装Bを、Aが制止した
特装A「おれがやる」
狸なべデスマッチ第三陣の開幕である
はたしておれたちの子狸さんは
特装騎士を越えることが出来るのか……