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燃える峡谷

 その日のうちに勇者一行は街を発った


 ここから先の道のりは

 これまでのようには行かないだろう


 まず街がない


 ラストダンジョンのある大きな森を中心に

 レベル3が守護する三つの拠点を直線で結んだ地帯は

 魔の三角地帯と呼ばれる


 三大国家のいずれにも属さない

 魔王軍の法が支配する地域だ


 この三角地帯に

 ついに一行は足を踏み入れたのだ


 宿屋を出る直前に見送りに来てくれたトトくんは

 とつぜん増えていた新メンバーについて

 とくに何も言わなかった

 賢明な少年である。将来が楽しみだ


 トトくんは微妙に落ち込んでいた


子狸「トト、マヌを頼んだぞ」


中トロ「でも、おれは……」


 マヌさんが大貴族の一員になった以上

 トトくんが彼女にしてやれることはない


 しかし子狸が思いを馳せていたのは

 もっとずっと先のことだった


子狸「いつか、あいつが苦しんでいたらお前が力になってやるんだ」


中トロ「! うん、わかった」


 思い描く未来に自分の姿がなかったから託すしかなかった


 子狸は、領主の館で爆破術のさわりの部分を奇跡の子に見せた

 巫女さんと二人で編み上げた技術が

 未来を切りひらくためのものだったらいいと思った


 街門へ向かう


 騎士たちが検問しているわきに

 大きな箱が安置されていた

 人間ひとりがすっぽりとおさまりそうな箱である


 異様な存在感を放つそれに

 勇者さんは小さく手を振っていた


 街を出て、しばらく歩いてから羽のひとが切り出した


妖精「……どうしてついて来るんですか?」


 遠回しに帰れと言われてもトンちゃんは動じなかった

 黒雲号に子狸と一緒にまたがっている

 三人乗りは無理なので、勇者さんは豆芝さんにシフト


子狸「…………」


商人「商売で成功するコツは、新しいことに挑戦し続けることですからね」


 商品を抱えて国境を越えることが多い行商人たちにとって

 三角地帯の地勢を知ることは大きなメリットがある

 大多数の人間が足を踏み入れないということは

 つまり成功のチャンスが転がっているかもしれないということだ


商人「足手まといにはなりません。こう見えて場数は踏んでます」


 お前ほど場数を踏んでる人間も珍しいよ


 道中、他の河からの刺客が待ち伏せしていたが……


火口「…………」


かまくら「ちっ……」


 彼らは空気を読んで襲撃を自重した


 負けるとわかっている戦いを挑むのは子狸のやることである


庭園「……なるほどね」


 ここで一計をめぐらしたのは庭園アナザーである


 彼がよく出入りする空中回廊は

 内部に高度な結界が幾重にも張られていて

 ありとあらゆる環境を再現している


 適性が幅広く、勝てる環境で勝負できる庭園のんは

 おれたちの中で最強の魔物と目されている


 その庭園のんが一計を案じた


庭園「お待ちかねの料理対決だぜぇ……!」


 思えば、この瞬間

 太っちょ擁する勇者一行に対するスタンスが決したのだ


子狸「どうして……! どうしてお前たちは人間と仲良くできないんだ!?」


 子狸の悲痛な鳴き声が峡谷に響いた

 黒雲号から飛び降りたポンポコと庭園アナザーが対峙する


庭園「きさまは、バウマフ家の……? そうか、見違えたぞ。あのときとは別人のようだな」


子狸「あのときとは違う! お前じゃ、もうおれを止めることは出来ない……お願いだ。おれは、もう戦いたくない」


庭園「もう遅い。どちらかが滅ぶまで、決着はない。お前たちは失敗したんだ」


子狸「ちがう! 失敗したから、話し合うんだ。問題があるなら、みんなで探すんだ。ずっとそうやって生きていくんだよ。逃げるな!」


 よみがえった狸なべセットは

 豆芝さんの背中に取り付けられている


 オプションを展開した子狸が

 専用アタッチメントをしっぽで掴んだ


子狸「エリア! 来い!」



挿絵(By みてみん)



 前足にフライパンと包丁を装着した子狸が吠えた


子狸「いいだろう。受けて立ってやる。証明してみせる……!」


庭園「ふっ、見せてもらおう」


子狸&庭園「勝負だ!」


 合意に達したところで

 庭園アナザーは子狸を手招きした


 肩を落とした庭園アナザーを

 のこのこと歩み寄った子狸が心配する


子狸「どうしたの? 元気がないね」


庭園「……聞いてくれよ、ポンポコさん」


 聞くところによると……

 庭園のんは、老舗の定食屋の跡継ぎであるらしい

 良心的な値段とお袋の味で顧客を掴んできた


 ところがさいきん、ばったりと客足が途絶えたのだとか

 原因ははっきりしている

 向かいにオープンした別の定食屋にお客さんが持って行かれているのだ

 最初は物珍しさに惹かれているだけだろうと楽観視していたのだが……


庭園「親父にとっては、美味しいと言ってくれるお客さんの笑顔が生き甲斐だったんだ……」


子狸「わかった。おれが何とかしてやる」


庭園「早いな。聞けよ。それじゃ、おれがマーケットに敗れた単なる敗者だろ」


 庭園のんは続けた


 価格と味で負けているというなら仕方ない。納得もできる

 敵情視察に出向いた庭園のんは、しかし我が目を疑った……!


 なんと、自分のうちとメニューがまったく一緒だったのである

 そして価格はどれも少しずつ安かった……

 完全に潰しに来ている

 やってはいけないことだった


子狸「なんてことを……」


庭園「おれ、許せなくてっ……!」


 涙ながらに語る庭園のんに

 子狸が義憤を燃やした


子狸「わかった。おれが何とかしてやる」


庭園「そう。そのタイミングよ。ここで欲しかった」


 と、そのときである

 物陰で待機していた骨のひとが

 ゆらりゆらりと歩み寄ってきた


骸骨「おや、誰かと思えばお向かいの……」


庭園「あ、あんたは……!」


子狸「絶対に許さん! 勝負だァーッ!」


骸骨「早いよ。早い。もう少し待て」


子狸「うむ……」


庭園「あんたのせいで、ウチは……!」


骸骨「言いがかりはやめてほしいね。消費者のニーズに、より近いほうが生き残る……それは当然のことですよね?」


庭園「だからって、やっていいことと悪いことがあるんだよ!」


骸骨「それを決めるのはわれわれじゃないね。お客さんだ」


庭園「くっ……!」


 歯噛みする庭園のんの肩に

 子狸がぽんと前足を置いた


 骨のひとにびしっと前足を突きつける


子狸「料理対決だ!」


庭園「ポンポコさん……!」


骸骨「……よござんす! 正面から叩きつぶしてあげましょう」


 かくして、料理対決の火ぶたが切って落とされたのである


勇者「…………」


 ちょうど昼時ということもあり

 審査委員は子狸以外のメンバーがつとめることになった


骸骨「……(にやり)」


 骨のひとには勝算があった

 長年、牛のひとの機嫌を損ねないよう料理の腕を磨いてきたのだ

 技の骨のひと。じつに多芸なひとである


 当然ながら、軍配は骨のひとに上がった

 勇者一行としては戦わずして突破できれば恩の字だったのだが

 どうなれば勝ちなのかがわからなかった


 そして奇跡は起きたのである


骸骨「口ほどにもないですね。どれどれ……」


 ためしにポンポコランチを味見してみた骨のひとに衝撃が走ったのだ


骸骨「こ、この味は……!」


子狸「そう。気付いたみたいだな」


庭園「ポンポコさん……?」


 完全敗北を喫しながらも前足を組んで泰然としている子狸シェフに

 庭園のんが疑問符を浮かべる


 ポンポコランチをきれいに平らげた骨のひとが

 がくりと両ひざを屈した

 地面に突っ伏して言う


骸骨「おれの、ふ、ふるさとの味……。おれの……負けだ」


 自らの敗北を認めた骨のひとに

 子狸がふかく頷いた


子狸「食べるひとあってはじめての料理だ。お前はやっちゃいけないことをした。でも料理人のプライドまで捨てたわけじゃないみたいだな」


 初心を取り戻した骨のひとは

 まっとうに食の道を歩んでいくと約束し

 庭園のんと和解した


庭園「ポンポコさん、もう行くのか……?」


子狸「ああ。お嬢にはおれが必要だからな。目を離したら何をしでかすか」


妖精「お前がな」


子狸「行くよ。達者でな。あ、耳を引っ張らないで」


庭園「また立ち寄ってくれよな……!」


骸骨「次は、あっと言わせてみせるぜ」


子狸「ふっ……楽しみにしてる」


 さすらいの料理人ポンポコの旅は続く……



 この記事は「王都在住のとるにたらない不定形生物さん」が書きました


 参考になりましたか?



一二一、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん


 とんだ茶番だったな



一二二、迷宮在住の平穏に暮らしたい牛さん


 どう考えても骨の勝ちだろ



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