「奇跡の子」part4
五二、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
特装騎士の指先が、子狸のひたいに触れた
崩落は重力場を生成する魔法だ
振動を操る魔法と言ってもいい
びくりとふるえた子狸が、脱力して地面に転がる
しっぽがひび割れ、砕け散った
四散した力場の破片が粉雪のように舞い降る
五三、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
まともに入ったぁーっ!
絵づらは地味ですが、強ぉー烈な一撃です!
これは決まったか……?
ひよこ「大きな一撃はいらないんです。あの地味さ加減が特装騎士の本気を物語ってますね」
でっかいな! 実況席におさまりきってないですよ、あなた!
あ、ご紹介が遅れました
魔都から応援に駆けつけてくれた空のひとです
素敵な猫耳ですね。どういうつもりなんですか?
ひよこ「港町を襲撃した個体とは別人という設定で行くつもりです」
え? キャラが定まってなかったからですか?
ひよこ「キャラとかは関係ありません。兄者は弱かった……それだけです」
ああ、弟さんという……?
おっと、見えるひとが続行の有無を確認してくれるようです
挑戦者に駆け寄り、見事な後方伸身宙返りです、挑戦者の頬を引っ張る
伸びる伸びる
いまカウントを……とらない!
亡霊「……意識消失を確認っ」
やはり特装騎士の壁は厚かった……!
挑戦者・子狸、完膚なきまでに敗れました!
ひよこ「敗因は発電魔法でしょうね」
と申しますと?
ひよこ「いまの挑戦者なら魔☆力を使えるはずです。詠唱破棄は無理としても、効果は再現できる。対する特装騎士……チェンジリングは連発できないんですよ。そこを突くべきだった」
なるほど、発電魔法を使わなければ意表を突くことも可能だったと……
ありがとうございました
見えるひと、最後にひとことお願いします
亡霊「噴破ッ!」
ありがとうございました
以上をもちまして、狸なべデスマッチ第二陣を閉幕とさせて頂きます
会場の皆さま、ほどほどにして下さいね
ステルスしてるからって、ふつうに野球とかするのやめて下さい
お願いしますね、本当に
スクイズあるぞじゃねーよ。ガチじゃねーか……
五三、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
おれには何も見えない
特装騎士の前に敗れ去った子狸……
立ち上がったのはトトくんだ
師の無念を晴らそうというのか
無茶だ。勝てるわけがない
マヌさんも同じ意見のようだ
歩き出したトトくんを引きとめる
奇跡「だめ! 勝てるわけないよ」
トトくんは、階段を降りてくる特装騎士の様子をうかがいながら
マヌさんの肩に手を置いた
中トロ「……マヌ。マヌ、よく聞いて」
騎士に憧れる少年が、これから戦おうとしているのは未来の自分だ
それでも少年の目に陰りはなかった
中トロ「魔王軍には、都市級っていう魔物がいる。勇者さましか勝てないって言われてる……すごく強い魔物なんだ。騎士団は何度も負けてる。でも、戦うんだ」
無色透明の力場を感知できる人間は、力場が光って見えるのだという
子狸の貴重な証言によれば
おれたちの発言をリアルタイムで追っているときと同じ感じがするらしい
光って見えるというのは錯覚だろう
五感に該当しない感覚だから、錯誤が起きていると考えたほうが納得できる
小さなしっぽのかけらたちが、風もないのに揺れていた
ゆっくりと迫る特装騎士が、最後の一段を踏みしめた
トトくんが言う
中トロ「勝てないからっていうのは理由にならない。それが人間なんだよ」
マヌさんの手を振りきって、トトくんが駆け出した
祈るように合掌して、ぱっと両腕をひろげる
中トロ「こねるイメージ……!」
技術も何もない
魔法の一端に触れようとするなら、最低でも自分自身を騙しきる必要がある
嘘をつくことに慣れていない子供が、魔法の像を結びながら複雑な動きをとるのは無理だ
中トロ「アバドン!」
トトくんはポンポコ教室の生徒だ
子狸は才能がなかったから、あまりにも未熟な生徒に対しては優秀な先生でいられた
正直、パンをこねるイメージとか伝えられても反応に困るのだが
アバドンと言われては仕方ない
突き出された手のひらを、特装騎士は難なく避ける
背後に回りこんで片腕をひねり上げると、重力場はあっけなく散った
外部からほんの少し刺激を与えるだけで、未熟な魔法使いのイメージは妨害できる
みょ「十年早い」
そのまま人質にとっても良かったはずだ
しかし男は、言って聞かせるように続けた
みょ「……優秀な戦士だった。あの年頃にしては驚異的とさえ言える。だが、惜しいな。完成されすぎている」
子狸のことだろう
じっさいに戦ってみて、常軌を逸した訓練量が透けて見えたのだろう
完成されすぎている。つまり成長の見込みがないということだ
男が言った。トトくんにしか聞こえないような小さな声だった
みょ「強くなれ。守ってやってくれ」
中トロ「え……?」
意外な言葉に、トトくんが痛みを忘れたのは一瞬のことだ
足をはらわれて組み伏せられる
??「……待て」
その声は、階段のほうから聞こえてきた
段差を踏む後ろ足が危なっかしい
前足でバランスをとるのがやっとだ
子狸「お前の相手は、おれだ」
子狸さんが再起動しました
五四、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん
子狸さん復活! 子狸さん復活!
五五、火口付近在住のとるにたらない不定形生物さん
ポンポコ! ポンポコいいよ! 輝いてる!
五六、空中庭園在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
え? 早すぎない? だれか何かした?
五七、住所不定の特筆すべき点もないてふてふさん
その手、待った
五八、空中庭園在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
待たないよ。なに言ってるの?
五九、古代遺跡在住のごく平凡な巨人兵さん
なんで将棋やってるんだよ
六0、空中庭園在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
おれが訊きたいよ
空中回廊で将棋とかありえんだろ……
子狸か!
六一、住所不定の特筆すべき点もないてふてふさん
子狸に将棋は無理だろ。複雑すぎて
ルールを覚えるだけでしんじゃう
六二、火山在住のごく平凡な火トカゲさん
子狸さんをばかにしてんのか!?
ああ見えて将棋崩しとか得意なんだぞ!
おれといい勝負したこともあるんだ
六三、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
おい。やめろ。将棋崩しって言うな
ただでさえ、お前らが将棋を差してるのを見て
不思議そうにおれを見るんだ
おれの苦労を無駄にするな
お願いします
さて、復活した子狸さん
肩からひょっこりと顔を出したのは、羽のひとだ
妖精さんたちは対象指定の治癒魔法を使える
回復量の振れ幅が大きく……
つまり効果のほどは気分しだいということだ
妖精「ノロくん、無茶しちゃだめですっ」
ふらつく子狸を健気に支えているが
ゆがんだ愛情がちらついて見えるのは気のせいだろうか?
そして勇者さんと一緒にいた彼女がこの場にいるということは
そういうことだ
振り返った特装騎士が目にしたのは、階段を蹴って跳躍した勇者さんだった
影使いと睨み合っていたタマさんが口笛を吹いた
空中で聖☆剣を起動した勇者さんに
トトくんを解放した特装騎士が照準を合わせる
ためらうことなく光弾を打ちつけた
この男は、すでに自らの命を捨てている
羽のひとの念動力があるから、勇者さんは高所から飛び降りることも厭わない
空中で大きく身体をひねり、片腕を振る
指先が軽く触れただけで、あれだけ子狸を苦しめた光弾は八つ裂きにされた
男は驚かなかった
これが剣士だ
開放レベル3の殲滅魔法ですら、彼らに致命傷を与えるのは難しい
しかし、だからと言って魔法使いが剣術使いに劣るとは限らないのだ
みょ「パル」
発火魔法は料理に欠かせない
冷凍魔法は保存に便利だ
発光魔法は――
男が三人に分裂した
光を操作して自らの画像を生み出したのだ
発光の魔法は……
おそろしく戦闘に適している
着地と同時に聖☆剣を一閃した勇者さんから、男は素早く距離をとる
最初の一撃は、けん制だったのだろう。勇者さんも聖☆剣を振りながら後ろに跳んでいた
トトくんをかばうような立ち位置になったのは偶然か?
肩越しにタマさんを一瞥して言う
勇者「止めろと言ったはずだけど?」
口調がきつい。怒っている
タマさんはひょうひょうとしたものだ
タマ「現場の判断を優先しました。許可は頂けていたかと存じますが……?」
勇者「不測の事態が起きたなら報告なさい。……こんな当たり前のこと言わせないで頂戴。わざとね」
すると、タマさんは大仰に肩をすくめた
タマ「アレイシアンさまは、あの男を手打ちにしろと仰るでしょう? それが、いちばんすっきりとおさまる。しかしね、おれの勘は外れたためしがないんだ……ご存知でしょう?」
そう言って、虚空に「おい」と声を掛ける
影使いがタマさんとの決闘に踏みきらなかったのは
組織の幹部が単独行動をとるとは考えにくいからだ
とりわけ異能持ちは貴重な人材である
タマさんがどうこうではなく、まず組織が許さないだろう
迷彩を破棄して姿を現したのは、苦悩する側近だった
タマさんと同じ上着を羽織っている
騎士崩れと思しき長身の
……過去にいろいろとあったのだろう
治癒魔法ではなく盾魔法をチェンジリングする人間だ
側近「叔父貴……」
側近は二の句を告げないといった様子だった
無理もない。わざわざ伏兵の存在を敵に教えてどうするのか
タマ「なんだよ。おれが間違ったこと言ったことあるか?」
側近「……ええ。数えきれないほど」
タマ「そりゃあ、ちがう。まわりの連中が余計なことをしたせいだ」
タマさんは責任転嫁した
六四、山腹巣穴在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
騎士団が人類最強の戦闘集団たりえているのは
戦力の平均化を徹底しているからだ
分業の実働騎士と、万端の特装騎士
優秀な兵士よりも、及第点をとれる兵士の育成に熱心だ
たとえ部隊ごとの勝率が下がったとしても
あらかじめ勝敗を計算できれば事前に手を打つことができる
長所を伸ばすよりも短所を補うことに腐心してきたから
特装騎士につけ入る隙はない
おれたちの子狸さんを下した特装騎士……
勇者さんなら勝てるのか?
六五、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん
無理だろ
おれたちの子狸さんをあっさりと退けるような相手に
どうして勇者さんが勝てるんだよ
六六、火口付近在住のとるにたらない不定形生物さん
お前、まだそんなことを言ってるのか……
どう考えても、勇者さんは子狸よりも格上だろ
相性の問題はあるだろうが、盾魔法で聖☆剣を防ぎきるのは無理なんだから
最後は勇者さんが勝つに決まってる
六七、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん
は? いや、それはねーだろ
剣士だって生身なんだから、石とかぶつけられたら終わりじゃん
地面に魔法を撃つとか、いくらでもやりようはある
六八、火口付近在住のとるにたらない不定形生物さん
いや、だからぁ……
そのためには何が必要? 詠唱だろ
勇者さんには死霊魔哭斬がある
距離なんて関係ないんだぞ
六九、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん
お前は特装騎士を甘く見てる
七0、火口付近在住のとるにたらない不定形生物さん
お前は勇者さんを甘く見てる
七一、管理人だよ
おれは、まだ負けてない
七二、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん
いやいや……
七三、火口付近在住のとるにたらない不定形生物さん
いやいや……
七四、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん
子狸、お前……
前足すりむいてるじゃねーか
倒れたときか?
青いのは何やってたんだよ
緑の島でも似たようなことあったけど
なんで、そのへんきちっとしてくれないの?
おれは、ずっとそれが引っかかってる
七五、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
過保護は本人のためにならんよ
心配しなくとも消毒はきちんとしてる
なでなでしといた
七六、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん
ふうん
七七、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
……妖精さん?
七八、空中庭園在住のとるにたらない不定形生物さん
妖精さん、どうしたの? 返事して?
妖精さん?
七九、魔都在住の特筆すべき点もないライオンさん(出張中
みょっつさん逃げてぇぇぇっ!