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しいていうならお前の横を歩いてるのが魔王  作者: たぴ岡
この戦いが終わったら、故郷で小さな店でも持とうと思ってるんだ……by山腹のひと
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「開戦」part1

一、山腹巣穴在住の現実を生きる不定形生物さん(出張中


 叩き上げの大隊長には七人の参謀がいる


 実働部隊の一個小隊

 すなわち騎士団を構成する最小単位が、隊長を含めた八人だからだ


 出撃回数三千回以上

 その長く険しい道のりを

 ともに歩いてきた七人の戦友たちである


 大将は、陣幕に入るなり七人の姿を認めて破顔した


大将「まだくたばってなかったのかよ、このくそジジイども!」


 一度の出撃で何百、何千の魔物を撃破しようとも

 カウントされる出撃回数は一回だ


 中隊長ならともかく

 若年の大隊長が生まれることは、まずないと言っていい


 長年に渡り大将に振り回されてきたご年配の方々が

 ようやく本陣に現れた遅刻魔へとブーイングの嵐をぶつけた


老騎士A「てめーもジジイだろうがよ!」


老騎士B「三週間も待たせといて第一声がそれか!?」


老騎士C「おっせーよ! いや、もう遅いとかそういう次元の問題ですらねー!」


 闇魔法で外部とは遮断されているものの

 内壁に沿ってずらりと居並ぶ護衛の騎士たちが照明を維持し続けているため

 内部はじゅうぶん明るい


 中央に設置されている円卓を

 参謀たちが囲んでいる格好だ


 大将は悪びれた様子もなく

 手近な椅子を引き寄せて、乱暴に腰掛ける

 身にまとっている鎧の重量で、木製の椅子がきしんだ


 これで八人が揃った


大将「うるせーな。道が混んでたんだよ」


 大隊長なら誰しもが口にする言い訳だ


 たしかに道は混んでいた

 おもにおれたちで


 事情は聞いていた筈だ

 エンカウント率をざっと計算して、参謀たちが嘆いた


老騎士D「信じらんねー! もうお前とは絶対に一緒に旅行いかねーからな、ジョン!」


老騎士E「なんでお前と出掛けると湯煙殺人事件になるんだよ? おれは温泉につかりてーんだよ!」


 彼らのお忍び旅行では、先回りしたおれたちが死んだふりをして待っているのが恒例である


 大将はなぜか誇らしげだ


大将「……燃えたろ?」


老騎士A~G「ふざけんな!」


 一斉に席を立ったおじいちゃんたちが、大将に掴みかかった

 鎧と鎧が激しくぶつかり合う


 彼らの鎧は、歴戦を物語るように傷だらけだ

 明確な理由でもない限り、騎士たちに新しい鎧が支給されることはない


 死地よりの生還も一度や二度ではないから

 その場の勢いで友情のあかしを刻んでしまって

 取り返しのつかないことになるのだ


 鎧の表面に刻み込まれた五目並べの痕跡が痛々しい


 勲章みたいなものだと彼らは言うけれど

 さすがに放送禁止用語はいかがなものか


大将「まとめてやってやんぞ! あ!?」


老騎士F「上等だよ!? おい、押すな! 狭いんだよ、どけ!」


老騎士G「耳元で喚くな! うざったいんだよ!」


 掴み合いの喧嘩をはじめたおじいちゃんたちを

 割って入った護衛の騎士たちが取り押さえた


 特装騎士は個人戦のエキスパートだ

 たちまち無力化された大騎士たちが

 力尽くで席に引き離されながらも悪態をつく


 ……以上、混沌とした本陣からお伝えしました



二、山腹巣穴在住の現実を生きる不定形生物さん(出張中


 一方その頃、森の中で山腹軍団の幹部たちも作戦会議をしていた


 集まった五人は、そうそうたる顔ぶれだ


 十億人の頂点に立つ将軍、おれ(オリジナル


 東方方面軍団長、おれ


 西方方面軍団長、おれ


 南方方面軍団長、おれ


 北方方面軍団長、おれ


 ぜんぶおれ


 集まった面々を見渡して、一人の軍団長がつぶやいた


軍団長A「大隊長が本陣に入ったようだな」


軍団長B「ああ。相変わらず壮健なようだ」


軍団長C「ふっ、大人しく縁側で猫を撫でてればいいものを……」


軍団長D「出てきてしまったものは仕方ない。では……将軍?」


 促されて、将軍が頷いた


将軍「使者を立てろ。はじめるぞ」


 役者は揃った。第十次討伐戦争の開戦だ


将軍「目指すはアリア領。鬼のひとたちの救出だ」



三、山腹巣穴在住の現実を生きる不定形生物さん(出張中


 アリア領は、王都の目と鼻の先にある


 大将の大隊は、本来なら王都を守護する予備戦力だ

 それが出てきたということは、おれたちの目的を王都だと勘違いしているのだろう


 街道から離れた平野部に騎士団は展開している

 大きな草原だ

 周辺の森に隠れ潜むおれたちと睨み合うこと三週間――


 騎士たちも遊んでいたわけではない

 山腹軍団の大まかな戦力を調査するほか

 物資の輸送ルートを確保するなど

 多岐に渡って忙しく立ち回っていた


 森に誘い込みたいおれたちと

 視界が開けた空間で決戦に持ち込みたい騎士団

 双方の利害は対立しており

 ただし、ある程度の猶予は双方が望むところだった


 しかしそれもここまでだ


 大将が到着したことで、無言の協定は破られたことになる


 いつだったか、とある小隊長はこう言った

 かつてない規模の大戦がはじまるのだと


 その見方は正しい

 魔王軍は、光の宝剣の行方をずっと追っていた


 もともと魔王が所有していたものを

 おれたちが取り戻そうとして何が悪い?


 精霊が大切に隠し持っている以上、宝剣の奪取は難しい

 だから精霊の在り方を歪めることがいちばんの近道だった


 光の精霊は、同時に闇の精霊でもある

 

 聖☆剣の運び手たるバウマフ家と

 その終着点であるアリア家が出会った

 それが意味するところを、人間たちはまだ知らない


 森から沁み出てきた青の群れに

 周辺の警戒に当たっていた騎士たちが叫んだ


騎士A「敵襲! 敵襲!」


 特装騎士は一目でそれとわかる

 身軽さを身上としている彼らは、実働騎士よりも軽装であることが多いからだ


騎士B「多いぞ! いつもの小競り合いとは違う」


 特装騎士は、伝播魔法で自分の声を多数へと伝えることできる


 障害物が少ない平野部なら、騎馬の機動力を活かせる

 即応した騎馬隊が、見る間に戦列を整えていく

 彼らが騎士団の主戦力たる実働部隊だ


 かつて牛のひとが白アリの軍隊と評した

 王国のパーソナルカラー白銀をまとった騎士たちである

 統制のとれた、よく訓練された動きだった


 対する山腹軍団の足並みはばらばらだ

 これはコストの問題だ

 ある一定以上の規模を越えた軍隊に、規律は必要ない


 常日頃から騎士たちが訓練を受けているのは

 そうしなければ勝てないからだ


 魔王軍が擁する戦力は、文字通りケタが違う


 騎士たちが見ている前で、群青が平野部を埋め尽くしていく

 それらは日の光に透けて、水面みたいに輝いて見えた


 まるで河川の氾濫を思わせる光景だった


 この大河に、これから騎士たちは挑むのだ


 どれだけ綿密に調査しようと

 いざそのときになれば威容に打たれるのはわかりきっていた


 だから、騎士団の重鎮が登場するのはこのタイミングが相応しかった


大将「烏合の衆が……」


 参謀と特装騎士を従えた大将が、戦列の後方に現れる

 彼らの仕事は士気の鼓舞だから、落書きまみれの鎧は大きめの布で覆ってある 


 幾つもの死線を踏み越えてきた

 それでも、ただの人間が超人になることはない


 だが、異様な存在感は年を追うごとに増すかのようだった


 大将の登場に呼応したかのように

 一人の青が進み出る


大将「……使者か」


 開戦前に使者を出すのは、人間たちの習わしだ


 大部隊の運用は隠密行動が困難であるし

 一歩でも間違えれば甚大な被害を負う


 とくに王国と帝国は、何度も連合国に踊らされてきたから

 開戦には慎重であろうとする


 その習慣を逆手に取られたと察して、参謀の一人が大将に囁く


老騎士G「……応じるしかないぞ、これは」


 一万と十億の戦いだ

 まず勝ち目がないことなど彼らは把握している

 大隊長が出陣したのは、勝てると騎士たちに錯覚させるためと

 魔王軍が王都に到達するまでの時間稼ぎだ


 もしも正面衝突を回避できる可能性を提示されたなら

 差し伸べられた手を振り払うのは

 一万人の命を預かっている人間がしていいことではない


 大将は肯いた


大将「こちらも使者を出せ」



四、山腹巣穴在住の現実を生きる不定形生物さん(出張中

 

 使者の人選は迅速に行われた


 下っ端に任せていい仕事ではないから

 おそらく優秀な特装騎士なのだろう


 両陣営が見守る中

 一人の騎士と一人の魔物が相まみえる


 戦力比はどうあれ

 最初に使者を投じたこちらから話しかけるのが礼儀というものだろう


 魔物側の使者が口火を切る


おれ使者「ご趣味は?」


 お見合いか


騎士使者「家庭菜園だ。彼らには反抗期がないからな」


 寂しい人間である


おれ使者「そうか。そうか……」


 山腹軍団の使者は何度も頷いた

 どんどん生意気になる管理人さんのことを思い出したのかもしれない


 それから、二人は幾つかのやりとりをした


 互いに交戦の意思があること

 どちらかが退くまで、その意思はまっとうされること

 目的は言わない……

 確認したのはその程度で

 わかったのは、交渉の余地がないらしいことだ


 これでは使者を立てた意味がない


 だが、それでいい


おれ使者「……使者を襲うのはルール違反だったな」


騎士使者「……そうだ」


 山腹軍団が使者を出したのは

 おそらく応じて出向いてくる優秀な特装騎士を一人

 開戦前につぶしておくためだ


 地中に潜んでいた二名の襲撃者が

 地表を突き破って触手を撃つ


騎士使者「ちっ」


 襲撃があることは予期していたのだろう

 騎士使者は後ろに下がってかわした


 やはり優秀だ

 かすかに残した重心が、反撃の意思があることを示している


 しかし人間の動きには限界がある

 それは特装騎士だろうと同じことだ


 詠唱を終える前に、時間差で撃ち込まれたレクイエム毒針に沈んだ


 ひざから崩れ落ちようとする騎士を

 しとめた本人である山腹よりの使者が触手で吊り上げる


 騎士の首に触手を巻きつけて、その脱力した身体を

 まざまざと見せつけるように、高々と掲げた


 心の底から愉快だというように、魔物は笑った


おれ使者「だめだよ~! 敵を信用しちゃあ! なにしてんの、お前ら! ばかじゃねーの!?」


 かかる蛮行に、騎士たちの怒りが大気を震わすかのようだ


 使者などではない

 正体を現したレクイエム部隊の隊長が、気絶した騎士を放り捨てて狂気をあらわにする


隊長「滅ぼしてやるよ、人間どもぉ……。レクイエム部隊、出るぞ!」


 地中に潜んでいた襲撃者は二人だけではなかった


 ところ狭しと現れた山腹軍団のエースたちが

 地を這って行進をはじめる


 まんまと先行したレクイエム部隊に遅れを取るまいと

 後方で待機していた全軍が進軍を開始する


 対する騎士団の怒号は凄まじかった

 感情のままに陣形を崩してくれれば儲けものだったが

 さすがにそこまでは甘くないようだ


 小隊ごとにまとまって散開する

 騎馬の機動力と戦歌の突破力で包囲殲滅するつもりだ


 大将が命じるまでもなく、作戦は全部隊に伝えられている筈だ

 一定の打撃を与えてから、いったん後退、ふたたび突撃といったところか?



五、山腹巣穴在住の現実を生きる不定形生物さん(出張中


 もちろんそれだけじゃない


 本隊をおとりに大将を無事に合流させるというのも作戦の一環だろうが

 騎士団が本当に必要としていたのは、大将が合流するまでの三週間だ


 勝ち目がないなら作ればいい


 憶測か、あるいは情報をリークした輩がいるのか

 オリジナルの存在を嗅ぎつけた勢力がいるらしい


 この三週間で、特装騎士たちは将軍の特定に成功していた


 山腹軍団の勢力下にない、遠く離れた森の中

 投射魔法の射程から、さらに離れた樹上だ


 一人の特装騎士が、将軍が待機している森の方角へと指を突き付けていた

 まだ弓矢が普及していた時代の、狩人を彷彿とさせる構えだ


 傍らには、枝の上で器用にしゃがみ込んでいる観測担当の騎士がいる

 騎士たちの狙撃は、最低でも二人一組で行われる

 

 ……ここから狙撃するつもりか?


 狙撃の最大射程は退魔性と反比例する

 正確には、観測している人物の退魔性で決まる


 魔法の実現性は、退魔力という抵抗を通して成否が判断されるから

 たとえばバウマフ家の人間が近くにいるとき

 おれたち魔物が最大の力を発揮できるように


 望遠効果を得ている人間が傍らにいれば

 狙撃手はその恩恵に預かることができる


 とはいえ、幾らなんでも遠すぎる


 観測担当が見ている画像は粗く

 限界まで拡大したものだから再現性に疑問があった


 これでは、ほとんど勘に任せた狙撃になる

 間違いなく射程超過の制限に絡めとられるだろう


 たしかに申し分ない狙撃地点ではあるが……

 これ以上の接近は、おれたちが黙っていないからだ


 そんなことは言われずともわかっているのだろう

 狙撃担当の騎士が、いったん腕を下ろした


 懐から何かを取り出して、ふたたび構える


 ……なんだ? 鉛の玉か?

 円錐状に加工した小さな金属物だ

 

 それを人差し指と中指で挟んで、親指を立てる

 もう片方の手を顔の近くに置き、距離と射角を調整しているようだ


 かろうじて青い何かが判別できる程度の拡大映像を注視していた騎士が、小さく「いま」とつぶやいた

 かすかに将軍が身じろぎしたことで、射線が通ったのだろう

 狙撃手の集中力が極限まで引きしぼられるのが見てとれた


狙撃手「ゴル」


 ぽっと点火した小さな炎が

 ゆるゆると宙を滑る


狙撃手「タク・ロッド……」


 円錐状の鉛の尻に着火する直前に

 彼は詠唱を完成させた


狙撃手「アバドン」


 固く凝縮された炎弾がはじけた――



六、山腹巣穴在住の現実を生きる不定形生物さん(出張中


 発砲音は遅れて聞こえた


 爆発的な加速力を与えられた弾丸は

 一瞬で魔法の処理速度を突破した


 魔法の恩恵を失った物体は

 同時に魔法の束縛からも解放される


 おれたちが反応してもいい速度ではなかった


将軍「ッ……」


 小さな風穴を空けた将軍の身体が、大きく傾いだ――



七、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん


 さっ、山腹の~!



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