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怪談竒譚

責任

作者: 鵜狩三善

 これは、私の友達の話なんですけど。

 あるところに男性──そうですね、仮にYさんとしておきましょう──が住んでいました。なんていうと、なんだか昔話みたいな語り出しですね。でも舞台は昔々ではありません。



 (くだん)のYさんは会社勤めをしていらっしゃいました。お仕事はとても忙しくて、日付が変わってからの帰宅が当然のような毎日でした。

 そんなある日の帰り道、近所のコインパーキングの脇を通った時に、Yさんはあれ、と不審を感じたのです。

 車が一台、とまっていました。

 深夜は上限額が決まっている駐車場なので、この時分に車が停められたたままになっていても、まあおかしくはありません。

 でもYさんが見た乗用車はアイドリングしたままで。しかもマフラーから運転席まで延びた、筒のようなものまでも見えていたのす。

 疲れた頭にも、すぐ排ガス自殺という単語が閃きました。

 駆け寄ると、車内にはうら若い女がひとりだけ。幾ら叩いて呼びかけても反応がありません。

 Yさんは駐車場の入り口にあった、金属製の段差プレートを抱えあげて、それを車の窓に叩きつました。そうしてどうにか、車中の女性を引っ張り出したのです。

 まだ息があったのですぐに救急車を呼び、Yさんのお陰で彼女は事なきを得ました。



 それから、しばらくして。

 夜更けにYさんの家のチャイムがなりました。

 こんな時間に誰だろうとドアスコープを覗くと、どこかで見たような女性が立っています。Yさんは扉越しに、「どなたですか」と誰何(すいか)しました。

 すると女は「先日、お世話になった者です」と答えます。そうです、彼女はあの日車の中に居た女性でした。


「命のお礼としては些少ですけど」


 と、彼女は果物籠をYさんに渡し、何度も頭を下げて帰りました。妙齢の女性に感謝されて、Yさんも悪い気はしませんでした。


 けれど女は、それから毎晩来たのです。

 やはり深夜、Yさんがやっと帰宅して床に就くのを見計らったかのような頃合に訪れて、応答するまでチャイムを鳴らし続けます。

 ただでさえ疲労していたYさんですから、たちまち寝不足になりました。仕事でのミスも多くなり、更には隣近所から迷惑がらるようにもなりました。

 警察へ相談もしましたが、「分かりました、見回りを強化します」程度の返事しかもらえません。実害が出ないと動いてはくれないのです。

 とうとう腹に()えかねて、ある夜Yさんはやってきた彼女に包丁を突きつけました。


「二度と来るな! これ以上は何があっても知らないぞ!」


 そう怒鳴りつけたのです。

 すると女は心底嬉しそうに微笑んで、


「またきますまたきますまたきますまたきますまたきます」


 Yさんは目の前が真っ暗になる思いでした。

 我に返った時、手には血まみれの包丁が握り締められていました。女は滅多刺しになっていました。

 虫の息の彼女は、最後にぽつりと言ったそうです。


「やっと、殺してくれた」


 ええ、助けて欲しくなんかなかったんです、あの子。

 思い悩んで、でもどうしようもなくて、その果てに踏み切っての自殺だったんです。なのにそれを邪魔をされて、とても恨んでいたんです。とてもとても恨んでいたんです。

 勝手な事をした責任を絶対に取らせてやるって、そう言っていました。



 ……なんでこんな話をしたか、もう、お分かりですよね?

 それじゃ、あなたも。


「──責任、取ってください」

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― 新着の感想 ―
[良い点]  責任、拝見致しました鵜狩先生。書く事が難しいとされる二人称視点にして、落ちまでの流れに無駄がなく、綺麗に纏めてしまえる実力は流石としか言いようがありません。楽しませて頂きました。  恐怖…
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