千夜を越えて(24/46)縦書き表示RDF


千夜を越えて
作:木村薫



 23 誘惑


 手にかかる圧迫は,そのままボクに対する期待のように感じた途端に,恐怖になる。
 そんな重みに,耐えられない。なにより,この頼みは受けられない。

「無理です!ボクには出来ません!」

 思いっきり身を引いて,手を引きずり出す。
 きょとんと,ボクを見てくる二人の顔を見るのが辛い。手を握り締め,視線は次第に下を向く。

「ボクのような演奏では…。ボクは流行りの曲を知りません。かなり辺境の田舎だったから,技術も曲も,大したものは知りませんし」
「なに言ってるの。演奏技術なんて,練習すれば大丈夫よ。曲も覚えちゃえばいいし」
「そうよ。私達が手取り足取り教えてあげるわ」
「それとも…あたし達と一緒は嫌?うん,個性強いみたいだし,こう言われるの多いしなぁ」
「そんな事!」

 思わず立ち上がった瞬間,椅子が倒れてしまった。罪悪感に,再び気が落ち込んでいく。そうじゃない。この人達を傷付けるつもりはないのに…。

「やぁね。そんな顔しないでちょうだいな。マダールも,そんな事言わないでよ。判るわよ」
 リリスが椅子を直して,ボクの肩を叩いた。
 大丈夫,大丈夫。
 まるで,幼子をなだめるように。

「なにか,訳があるんでしょう」
「え,そうなの?」
「当たり前でしょう。こんな子供がたった一人,旅をしてるのよ。しかも,国境を越えようとしてこの関所まで来たんでしょう?故郷は海辺って言うのに,こんな内陸の奥地まで旅をしてきたのよ。事情もちに決まってるじゃない。ただの巡礼じゃないでしょう」

 リリスの言葉に,驚いて顔を上げていた。この人は,どこまでお見通しなんだ。これ以上の事まで,気付いているのか。いや,まさか。
 頭の中で目まぐるしく考えが駆け巡る。このまま,黙り込むか。
 でも,この関所の宿町で不審者と思われるのは,まずい。かといって嘘はつきたくない。
 リリスは鋭いから,きっとばれてしまいそうだ。なにより,嘘を突き通す自信など,まったく無い。
 黙り込んだボクを見る二人の視線に,深く深く,溜息をしてしまう。

「なにか悩みがあるんなら,言ってよ」
「お金は貸さないけどね。困ってるならいいなさいな」

 妙に現実的な親切の申し出に,苦笑いして椅子に座りなおす。
 逃げた恋人も,二人の人の良さに甘えたんだろう。そう,二人は良い人だから。

 「演奏を褒めてくださって,嬉しいです。でも,ボクは,関所を越えれないんです」

 ポカンと,マダールが口を開ける。
 対照的に,リリスは金色の前髪をかきあげて眉をひそめた。まるで,月に雲がかかったように顔が翳る。

「手形が無いものは,関所を越えれないと,立て札がありました。巡礼者も例外じゃないそうで,一人ずつ手形を確認されていました」
「つまり,ハルンツは手形,ないわけ?」
「そうです。だから,一緒に旅は出来ません」
「なら,大丈夫。一緒に行こ」

 ニコッとマダールが笑う。月にかかった雲が,晴れていく。軽やかに,涼しげに,夜風が吹き去っていく。ボクの中の暗い裏切りの気持ちに,光が当てられる。
 罪の意識。ボクは,本当の事は言えないのに。

「…あのね,話聞いてたの?」

 唯一つ空気が澱んだままの場所から,声が低く低く響く。

「手形がないなら,関所を越えれないでしょ。そうか,ハルンツちゃん,だから巡礼者の格好して」
「だから!だから,一緒に行けばいいじゃん!私達みたいな生まれも育ちも旅の芸人は手形がないから,関所は通過できるのよ。だーいじょうぶ」

 リリスの言葉を遮り,マダールは勢いよく酒を注いでボクに差し出す。

「問題解決!さあ飲もう!」
「こら聞け馬鹿マダール!手形が無い者の越境を手助けした者は厳罰っ」

 マダールの胸倉を掴み怒鳴るリリスは,男になっていた。先の可憐な女言葉は消えている。
 その迫力に強張るっていると,マダールは胸倉を掴んだリリスの手を叩き落とした。

「厳罰?だから?このままじゃ,クマリに言っても大霊会(だいりょうえ)に挑戦も出来ない。こんなチャンス,もうないわ。大霊会(だいりょうえ)は新族長の決定の年のみにされるのよ。今度はいつ?たとえ生きている間にあったとしても,歌える状況かわからない。今しかないの!今,挑戦しなきゃ,いつすんのよ!」
「ばれたら歌どころじゃない。ハルンツちゃん。悪いけど,手形がないから…だけじゃないでしょう。他にも,理由あるんでしょ」

 やっぱり,この人に隠し事は出来ない。ボクは,まっすぐにリリスの紫の瞳を見て頷く。

「ボクは,共生者(きょうせいしゃ)です。共生者は,手形の有り無しに関わらず,通行が禁止されました」
「…ここ最近,どこもきな臭いのよ」

 ようやく女言葉でリリスが喋りだす。
 妙なもので,これまでの緊迫した空気が和らいでいく。話の内容は,一層緊迫しているのに。

「国境や関所に兵はウヨウヨいるの。こないだは海南道(かいなんどう)に,一万もの兵が行進したって言うし。共生者は招集されているらしいし。まるで戦でもするのかって,街道で何度も噂が流れてる。クマリは神苑(しんえん)付近にも妖星(ようせい)妖獣(ようじゅう)が出てきてるっていうし。ハルンツちゃん,何か…」

 関係があるのか?二人の瞳が,雄弁に疑問をぶつけてくる。
 なんて正直だろう。なんて強いんだろう。聞いて,それで見ぬフリが出来なければ,この人達はどうするんだろう。
 ボクは首を振った。苦笑いで口元が歪む。言えるわけ,ないだろう。
 知って罪を犯すのと,知らずに犯してしまうのでは,天と地のような違いがある。
 出来れば,巻き込みたくないのに,ボクの中には二人を利用しようという気持ちが燻っている。
 なんてズルいんだろう。

「やっぱり,無理です。この話は,聞かなかった事にしましょう…お互いの為に」

 これ以上,この二人の前にいたら話してしまいそうで。
 甘えてしまいそうで。
 人の好意に甘えるのが,癖になってしまいそうで。
 心の奥底に沈んでいる,どす黒い罪と邪まな気持ちを,久しぶりに見てしまった。
 



 












ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(0) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




BACK | TOP | NEXT


小説家になろう