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5-記念写真
「きゃあ、何これぇ!?」
 放課後の教室で、志賀雅美しがまさみはすっ頓狂な声を上げた。
 京都への修学旅行で撮った写真を仲良しグループ三人で持ち寄って、焼き増しする枚数を書き出している時だった。 机を二つ寄せてめいめいに、『あの時はこうだったなぁ』などと思い出に浸りながら写真鑑賞をしていたのだ。
 他の生徒は帰ってしまっていて、教室にはこの三人だけしかいない。
 残りの二人が、雅美の声のボリュームに驚いて顔を見合わせた。

「雅美、どうしたの!?」
「なになにー?」
 顔面蒼白でぶるぶる震えている雅美のただならぬ様子に、リエと若菜が心配げに、その顔を覗き込んだ。
「そ、その写真見て、何だか変だよ!?」
 机の上に放り出した一枚のスナップ写真を雅美が指をさした。
 その指も、ぷるぷると小刻みに震えている。
「どれ? この三人で滝の前で撮った写真?」
 うんうんと、雅美が大きく首を振る。
 リエがその問題の写真を持ち上げて、若菜と二人まじまじと覗き込んだ。

 この日は薄曇りの、あまりはっきりしない天候だった。
 有名な観光スポットの大きな滝をバックに三人が思い思いのポーズを決めて頭を寄せて、笑顔全開で写っている。
 そこにはなんの暗さも感じられない。ごく普通のスナップ写真だ。
「えーどこ? 何も写ってないじゃん?」
 半信半疑と言った様子で、リエが眉をひそめながら写真に視線を這わせる。
 でも、何も変わった所は見付けられない。
「雅美ったら、私たちを驚かそうとしたんでしょ?」
 若菜も写真に落としていた視線を雅美に向けると、可笑しそうにクスクス笑いを漏らした。
「ち、違うよ。よく見てよ! 私たちの後ろ、私とリエの間!」
「えっー?」

 雅美の悲鳴のような声に、二人がもう一度写真に視線を戻した。
『雅美とリエの間』を注意して念入りに見詰める。
 一秒。
 二秒――。
 妙に長く感じる、静かな時間が過ぎていく。
 えっ……?
 じぃっとその一点を見つめていた二人の表情が同時に凍り付いた。
 ばっと二人が顔を上げてアイコンタクトを取る。
『見た!?』と、無言のうちに二人同時に心の中でそう叫んでいた。

「……ね? それって、変だよね?」
 ごくりと唾を飲み込み、雅美が続ける。
「あの時は自由行動で私たちは三人一緒だったし、写真も三人で交換で取り合うか、誰かに撮って貰うかしかしていないよね?」
 そのセリフに、リエと若菜が『うん』とゆっくりうなずいた。
 確かに雅美の言う通り、写真に写っているのは、通行人を省けばこの三人の中の組み合わせしかない。
 他の『誰か』を交えて撮った記憶は、三人には全く無かった。
「じゃあ、これ……。私たちの後ろに写っているこの女の子、誰……なの?」
 呟く雅美の声は恐怖で掠れ、震えていた。
 その恐怖が伝染してしまったのか、金縛り状態のぎこちない動作で、三人はゆっくりと写真に目を向けた。

 薄曇りだったので、確かに昼間なのにフラッシュがついたと思う。
 滝の細かい雫だろうか、無数の丸い光が画面一杯に散らばっている。
 左から背の高いショートヘアの雅美。
 真ん中が少しぽっちゃりで肩口までのストレートヘアのリエ。右端がセミロングの若菜。
 その雅美とリエの間に、もう一人いる。
 元気にピースサインを送る雅美が上げた腕に隠れるように、密かに佇む少女。
よく見ると、雅美たちとは違うデザインのセーラー服を着ている。

 長いストレートの黒髪。
 青白いような肌。
 血の気のない、引き結んだ口元。
 目元は雅美達の体に隠れて見えていない。
 はっきりとした顔かたちが判別出来る訳じゃない。
 でも、だれもこの少女を知らないと言うことだけは、紛れもない事実だった。

「こ、これってまさか……」
 ――心霊写真じゃないよね?
 雅美がその言葉を飲み込む。
 言葉にしてしまったら、それが現実になりそうで、この言いようのない恐怖心が暴走してしまいそうで、怖かった。
「きゃっ!」
 リエが小さく声を上げると、掴んでいた写真を机の上に放り投げた。
 そのまま持っていると、『何かが』乗り移ってきそうな気がしたのだ。
 乗り移る?
 リエはなんでそんなフレーズが浮かんだのか、ふと不思議に思った。
その時だ。
 がらり!
 勢いよく入り口の扉が開いて、三人は文字通り飛び上がった。
 
「何してるの? もうとっくに下校時間は過ぎたわよ」
「せ、先生ー!!」
 担任の山吹礼子のきびきびした声に、三人の悲鳴のような声が重なる。
 礼子は何事かと歩み寄って、机の上を覗き込んだ。
「あら、修学旅行の時の写真ね? 良く撮れてるじゃない」
 そう言いながら礼子が手に取ったのは、一番上に置いてあった『例の写真』だった。
 三人が固唾を飲んで見守る。
 そのただならぬ気配に、礼子が目をしばたかせた。
「え? 何、どうしたの?」
「せ、先生ー。その写真可笑しいんです!」
「えっ?」

 三人の説明を聞き終わった礼子は、もう一度写真を注意深く見てみた。
 確かに三人の他に見知らぬ少女が写っている。
 だが、それだけの事だ。
 おそらくは、近くにいた茶目っ気のあるこの少女が、悪戯心で入り込んだのだろうと思った。
 まあ、それにしては、随分暗い表情ではあるが――。
「ほら、別に気にするような写真じゃないわ。怖い怖いと思って見ると、怖く感じてしまうものよ」
 ね? 
 と、まだ怯えた様子の三人に、礼子が笑いかける。
 だが、三人にしてみれば『絶対の確信』があるわけだから、一度芽生えた恐怖心をそう簡単に拭えるはずはなかった。

「そうね……」
 押し黙ってしまった三人を見詰めながら、礼子は心の中で軽く溜息を付くと、努めて明るく話し掛けた。
「分かったわ。先生の知り合いにこう言うのに詳しい人がいるから、見て貰ってあげるわ。この写真は、先生が預かる。だから、心配しないでもう帰りなさい」
 今時、人間の方がよっぽど怖いんだから。
 ね? 
 と、再び笑い掛ける。

「先生がそう言うなら……」
 雅美の呟きにリエと若菜がゆっくり頷く。
「はい、万事OK、心配なし! 遅くならないうちに帰りなさい!」
 礼子のげきに三人は不安気ではあったが、取り敢えず、その気味の悪い写真を持って帰らずに済むことに安堵した様子で、下校して行った。
 そして、その写真は礼子の手元に、残されたのだった。

「やれやれ……」
 三人を見送った後礼子は、既に人気のない職員室に戻り、自分の指定席に座ると、『ふう』と一つ長い溜息をついた。
 頬杖をついて、さっき預かった『例の写真とネガ』に実に嫌そうに視線を落とす。
 生徒達にはああは言ったが、実際『この手の話』は得意じゃない。いや、はっきり言えば、嫌いだ。
 特に霊感が有るわけではないが、『君子、危うきに近寄らず』が、モットーなのだ。
 こう言う胡散臭い話には、出来ればお近付きにならないに越したことはない。
「しゃーない。あいつに頼むか」 
 不本意丸出しでそう呟くと、他の職員がいないのを確認して、机の一番下の引き出しの化粧ポーチから、自分の携帯電話を取り出した。

 さて。
 いざ掛けようとしたその時、「山吹先生ー」と声を掛けられ、慌てて携帯電話を上着のポケットに突っ込む。
 職員室での私用電話は、一応禁止されているのだ。
 と言っても、みんな適当に上手く隠れて使っているのだが――。
「ねえ、今日コレ行かない?」
 視線を巡らせると、ドアの所で仲の良い英語教諭の市川香かおりが、カラオケマイクを握る真似をして笑顔を浮かべていた。
「え? う〜ん。今日は、どうしようかな……」

 いつもなら二つ返事でOKする。でも今日は例の写真の件があった。行きたいのはやまやまだが、どうしたものか。
 礼子は少し迷った。
「何? 彼氏とデートでもあるの?」
「ないない!」
 あいつに相談するのは、また今度にしよう。
 結局、誘惑には勝てず、礼子は写真を持ったままカラオケに行くことになった。

 午後八時。
 カラオケボックスの狭くて薄暗い室内は、ノンアルコールにも係わらず、雰囲気だけで盛り上がった若い女教師二人の賑やかな独壇場と化していた。
「でさ、教頭が言う訳よー。『市川先生、いくら英語の先生でも居住まいは大和撫子であって欲しいものですね』ウォッホン!」
 ウーロン茶を一口ぐびっと口に含んで、香が堅物教頭の声真似をして見せる。
「やだ、似てるー!」
 トンと、コップを戻した小さなテーブルの上には、所狭しとおつまみのとその残骸が並んでいた。

 英語教師の香は、いわゆる『トランジスター・グラマー』で、いつも体にぴったりしたミニ一歩手前のスカートをはいている。
 今日は、そのミニ度が大きかったらしく、教頭のイヤミの洗礼を受けたのだ。
「何それー? いい大人にスカートの丈が短いって? さすが、堅物教頭!」
 体育教師の礼子自身は、色気のないジャージ姿で過ごすことがほとんどなので、幸い個人的に何かを言われた事はなかったが、教頭が煙たい存在には変わりがない。
「で、山吹先生は今日、何かなかったのー?」
「え? うーん……」
 香の言葉に礼子は、『例の写真』の事を思い浮かべた。

 ――そう言えば、あの写真とネガ、持ってきてるのよね……。
 ソファの端に置いてある、自分のバックにチラリと視線を向ける。
「ん? どうしたの、突然黙り込んで」
「あ、実はね――」
 あまり楽しい話題ではない。
 でも。
『話したい』
 礼子は何故か無性に、あの写真の事を話したい衝動に駆られた。
 まるで、何かに急き立てられているような感覚。
 礼子は、今日の放課後の出来事を香に話し始めた。

「うひゃー、何それ。本当なの?」
 香はテーブルの方に身を乗り出すと、気味悪そうに眉根を寄せた。
 その顔には『半信半疑』と言う文字が張り付いている。
「見てみる?」
 礼子が上目使いに、誘いの言葉を掛ける。
「う、う〜ん。どうしようかな……」
「何、怖いの? 市川先生って、幽霊とか信じる人なんだ?」
「う〜ん……」
 興味はあるようなのに、煮え切らない態度の香に、礼子は少し揶揄やゆするような言葉を投げ付けた。

 この時礼子は何故か無性に、あの写真を香に見せたかった。
 なのに当の本人は見たがらない。
 何でよ!?
 見せてやるって言ってるんだから、見れば良いんだよ!
 イラッ! っと、礼子の中に、今までに感じたことが無い感情が湧き上がった。

「いいから、見てよ!」
 礼子が声を荒げる。
 それは、怒声そのものだ。
 礼子の急激な変化に香は、あっけにとられて顔色を無くしている。
 そんな香の様子も気に止めず、礼子はがさがさと乱暴な動作でバックからあの写真を取り出すと、テーブルに叩きつけた。
「ほら、ここ! ここに女の子が写っているのよ!」
「あ……、うん」
 礼子の勢いに気圧されながら、香は渋々と礼子の指さす写真に視線を落とした。
 瞬間、香の口から「ひっ!?」っと、息を飲む声が漏れる。

「な、何、この、写……真……」
 香が、震える細い声を絞り出した。
 両手で自分の体をギュッと掻き抱いて、顔面蒼白になっている。
 一方、写真を香に見せたことで、さっきの妙なイライラが嘘のように消えてしまった礼子は、香の様子に首を傾げた。
「何って、知らない女の子が写っているだけでしょ? 生徒達は、心霊写真じゃないかと疑ってたみたいだけどね」
 礼子はそう言って軽く肩をすくめた。
「……山吹先生」
 今まで見たことが無いほど真剣な香の表情に、ただならぬ物を感じて、礼子は息を飲んだ。

「な、何? どうしたの? まさか市川先生まであの子達と同じ――」
 そこで、礼子の言葉は止まった。
 香が、テーブルの上の写真を礼子に見えるように、差し出したのだ。
 写真が目に入った瞬間、礼子の顔から表情が消えた。

 見覚えのある女生徒三人の、楽しげなスナップ写真。
 肩を寄せてピースサインをする二人の間に、
 何かが居る。
 逆立ち、まるで蛇が群がるようにウネウネと画面一杯に広がる長い髪。
 細面の、青いような白い顔。
 異様に大きな赤い唇は、色彩の少ない画面の中で、妙に鮮やかで、禍々しい。
 その口が、『ニタリ』と笑っていた。
 そして――。

 画面一杯に広がった黒髪に中に
 無数の滝の飛沫。
 いや、違う。

 顔だ。

 大小様々な、顔。顔。顔。顔――。

 恨み。
 妬み。
 嫉み。
 憎悪。
 憤怒。

 その一粒一粒に、強烈な念が込められていた。

 違う。
 これは、あの時見た写真じゃない!!

 バチバチッ。
 不意に上がった怪奇音に、礼子と香はギョッと互いの顔を見合わせた。
 部屋の中には、予約を入れておいた曲が、この場の雰囲気とは不釣り合に明るくポップなメロディラインを刻んで流れていく。
 二人は耳をそばだてた。
 我知らず、『ゴクリ』と唾を飲み下す。
 その刹那。
 プツンと、部屋の明かりが落ちた。
「え!?」
「何!?」
 二人が、ぎょっと腰を浮かしかけたその時、はっきりと声が聞こえた。
 妙にトーンの高い、少女の声――。

『シ……ネ……』

 その後すぐさま、学校で写真の相談の電話を掛けようとしていた、お寺の跡取り息子の従兄に電話を掛けて、カラオケボックスまで来て貰った。
 礼子も香も、腰が立たなくなってしまったのだ。
「全く、こう言う物をむやみやたら持ち歩くからこうなるんだよ」
 ムッとしてそう言う従兄に「あははは……」と乾いた笑いを返しながら礼子は、一番気になった事を聞いてみた。
「その写真って、やっぱり心霊写真なの?」
「……まあな。人間じゃない物が写って居ることは確かだろうな。それにしても……」
 言い淀む従兄の顔に、一瞬、礼子が今まで見たことが無い表情が浮かんだ。
 それは確かに『恐怖』の表情――。
「俺も坊主なんて職業柄こう言う写真を何度か見たけど」
「見たけど?」
「こんなに禍々しい写真は初めてだよ」
 そして、次に従兄の口から発せられた言葉に、礼子は震撼した。

「お前、取り殺されなくて、良かったよ」

 触らぬ神に祟りなし――。

 もう二度と、この手のことには首を突っ込むまいと、礼子は固く心に誓ったのだった。


 ―おわり―

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