24。 2人の幸運
タカシとユカの住むマンション
「すみません…。妻の写真は自宅にしか置いていないもので…。」
カエデ『いえ…。私の方こそ急に…。』
「…あれ?制服がきれいになっている…。」
カエデ『…え?ほんとだ。小説って便利。まさか汚れた制服のままお邪魔する訳にもいきませんからね。』
「……ま、まあ…散らかっていますが…どうぞ。」
カエデ『失礼します。』
室内へ足を踏み入れてみるとまさにタカシの言葉通りだった。足の踏み場も無いという状態はこの事をいうのだろう。しかしカエデはすぐにこの散らかりには理由がある事に気づく。いくつかのダンボールが目についてしまったからだ。
カエデ『……引っ越されるんですか?』
「……ええ。いつまでもナナコの思い出が染み付いたこの部屋に、しがみついている訳にもいかないので…。私、実家が北海道なんですが、環境の事なども含めて、その方がユカのためにもいいと思いまして…。」
カエデは戸惑い、言葉を詰まらせながらも、たった一言『そうなんですか』とだけ呟いた。
タカシがユカにそっちで遊んでなさいと促し、奥へと消える。
カエデはまだ荷造りが途中の室内を失礼とは思いつつも見渡してみる。
ふと、チェストの上に置かれたフォトスタンドが目に止まった。ちょうどそこにタカシがキッチンからお茶の入ったグラスを手に現れ、それをテーブルに置き、カエデにソファーに座るよう促す。カエデは頭を下げソファーに腰を降ろすとタカシが今のフォトスタンドを差し出してきた。受け取り無言のまま眺めるカエデ。
息をのんだ。
そこにはまさに自分と瓜二つの女性が、生まれたばかりのユカであろう泣いている赤ん坊を抱っこし、幸せそうに微笑んでいる姿があった。タカシがカエデの隣へと腰を下ろす。
カエデ『驚きました……。ここまでそっくりだとは…。というか…私…?』
タカシは何も答えず、下を向いたままそっと微笑んだ。
カエデ『ナナコさんとは…どんな出会いだったんですか…?』
タカシがカエデへと目を向ける。
カエデ『あっ、…すいません。ご迷惑ですよね…。』
「いえ…あれは…そう…。僕が大学生で彼女がまだ高校生の頃でした…。」
−−−−−
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いつも通る駅の帰り道に小さいダンボールに入れられた小さい子猫が、捨てられていたんです…。
「おい。おまえ名前何ていうんだ?」
「ミャー。」
頭を撫でると子猫は嬉しそうに鳴いた。胸が痛む。この子猫はこんなひどい仕打ちを受けながらもまだ人間を信じているのか。
「ごめんな…。ほんとごめん。」
そう言ってオレは近くのコンビニで買った牛乳を、一緒に買った紙皿へと注いだ。それをダンボールの中へ置いてやると子猫はぴちゃぴちゃ音を立てて飲み始める。
「……………。」
オレは悩んでいた。自分にできる事はこれぐらいしか…。いや、やっぱりほっとけない。ほっとく訳にはいかない。こいつはまだ人間を信じている。オレを信じてくれている。でも………。
タカシの脳裏にあの事が浮かぶ。
あの事というのはタカシの部屋の隣に住んでいた住人が内緒で猫を飼っていた所、その事が大家にばれてしまい、有無を言わさず追い出されてしまったという事実。
いったいどうしたものか…。
さんざん悩んだあげく、覚悟を決め『それが何だ』と自分に言い聞かせる。どんなに悩んだとしても結局オレは“ここでこいつを見殺しにする”という選択肢は選べない。最初から分かっていた。いざとなればアパートを追い出されても何とかなるだろう。
いいか?猫。出会いというものは偶然なんかじゃないんだ。物事すべてには理由がある。すべてが必然なんだ。だからお前が幸せになるのも偶然なんかじゃなく“必然”なんだよ。
「おいで。」
タカシが子猫を抱き上げる。
「ミャー」
「オレはおまえと出会えて幸せだよ。…だから…そうだなあ…名前は…ラック(LUCK)だな。」
その時、オレの元に誰かが近づいてくるのに気が付いた。
「何だ……。拾われちゃったの?せっかく…お母さん説得して、やっと飼っていいって事になったのに…。」
制服を着た女子高生は子猫のために急いで走ってきたのだろう。深呼吸をし、息を整えてから子猫の頭をそっと撫でる。
「でも、この人なら安心だね。ラック。」
“出会いというものは偶然なんかじゃないんだ。”
立ち去ろうとする彼女にオレはとっさに声をかけていた。
「あの…。」
彼女が足を止め振り返る。
「…はい。」
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カエデ『それがナナコさんだったんですね。』
「…ええ。」
照れくさそうな表情を見せるタカシ。
カエデ『結局、ラックはタカシさんが?』
「いえ…。結局は理由を聞いた彼女の家で飼うことになりました。名前は好きにしていいというのに気に入ったと言って私の付けた『ラック』をそのまま。」
カエデ『でもラックは正真正銘、2人の“幸運”だったんですね…。』
タカシがナナコの写真へと目を向ける。
「でも最近…少し…後悔しているんです……。」
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