22。 カエデとママを待つ少女
カエデ『…………。』
学園の帰り道、カエデの制服は泥水で汚れている。その傍らには今にも泣き出しそうな少女。そこにはまりあやシイナ、マヤマの姿は無かった。そう、1時間前に遡る。
まりあ『あー何か気持ち悪い。フラフラする。』
シイナ『大丈夫?風邪じゃない?』
カエデ『まりあ、1人暮らしでしょ?ちゃんと栄養あるもの食べてるの?』
シイナ『そう言えば何で1人暮らししてるの?』
カエデ『ね。両親はどうしたのよ?』
まりあ『……魔法の国にいるわよ。うるっさいわね。』
シイナ『とにかくまりあは家に帰って薬飲んで寝てなさい。母さんに頼んで後で何か持ってくから。』
カエデ(その役割はどっちかって言うと隣に住んでる女の私じゃなくて?ほんとにこいつらどういう関係なんだよ。シイナにも下心が?いや…まさかね…?)
そして話しているうちに3人はまりあたちの住んでいる(カエデの父親がオーナーの)ブリティッシュヒルズアヴィニティの前へと到着していた。
シイナ『じゃあカエデ、後はまりあの事よろしくな。』
カエデ『はいはい。分かってますよ。』
まりあ(やばい。今更“遅れてきた5月病だよーん”とは言えないわ。(←5月病を本当の病気だと勘違いしている。))
シイナと別れ2人がマンションのエントランスへと入った時だった。
カエデ『あーっ!!!』
まりあ『どうしたのよ?バカみたいに大声出して。』
カエデ『…学園にペンケース忘れた…。』
まりあ『えー?いいじゃない、明日で。明日も学校なんだから。』
カエデ『そうゆうワケにもいかないの。あのペンケースはマヤマさんとお揃いで(お揃いというか、カエデが新品を買ってマヤマの物とすり替えた。)、マヤマさんはペンケースをいつも持って帰るの。だから私も持って帰る事によって知らず知らずのうちに2人は赤い糸で繋がってるって訳よ。』
まりあ『赤い糸じゃなくてペンケースでしょ。』
カエデ『じゃあ私ちょっと学校もどるね。』
まりあ『着いてこっか?』
カエデ『ううん、大丈夫。まりあは寝てるふりでもしときなさい。』
まりあ『何だ。気づいてたのね。はーい。』
−−−−−
−−−
−
カエデが学園へペンケースを取りに戻ったその帰り道、ある1人の少女が目に付いた。道端で立ったりしゃがんだり、辺りをきょろきょろと見渡している。特別、焦っている様子はないので誰かを探している訳ではないのだろうが……。
カエデ(1人で何してるんだろう。何だか危ないな。)
そう思っていた時、ふと少女と目が合った。その瞬間、少女は大きく目を見開き驚愕の表情を見せ、一目散にカエデへと駆け寄ってくる。思いも寄らぬ言葉を発しながら。
「ママ!!」
少女がカエデに勢いよく抱きついてきた。その衝撃でカエデはよろめいてしまう。突然の事態に状況が全く飲み込めない。
カエデ『えっっ!ちょっ!な、何!?』
「ママ!!ママ!!」
少女は興奮していてカエデから離れようとしない。どうやらカエデを“ママ”と間違えているようだ。
カエデ『…………!?』
その時カエデは気がついた。少女はカエデの制服に顔を埋めさせていたので表情がうまく読み取れなかったが、この子は確実に泣いている。
ハッとするカエデは嫌な視線を感じ、周りに目を向けてみると、いかにも噂好きそうな主婦たちがひそひそ話をしながらこちらを見ていた。青ざめるカエデは少女を必死に引き剥がそうとする。
カエデ『ど、どうしたのー?お姉ちゃんの事迎えに来てくれたのー?ママももうすぐお仕事終わりだろうから一緒に駅までお迎え行こうかー?(必死に笑顔をつくるが目は笑っていない。)』
カエデの演技に姉妹だと騙された主婦たちはつまらなそうな顔でぶつぶつ文句を言いながら立ち去って行った。
「姉妹かよ!」
「産めよ!」
カエデは主婦たちがいなくなったのを確認すると一安心し大きく息を吐いた。しかし問題はこれからだ。カエデは目を落とした。未だ自分から離れようとしない、この子はいったい………。
−近所の大型公園、ゼントアクパーク−
ゼントアクパークとは敷地面積が東京ドーム3個分もあり、園内には普通の広場をはじめ、ちょっとしたイベントができるステージやドッグラン、大きい噴水などがある無駄にでっかい公園である。カエデのマンションの近所にあり、つまり学園からも近いため、平日はよく学生の溜まり場になっている。そしてその中の広場にあるブランコに2人は座っていた。
カエデ『お名前は?』
少女は俯いたまま答える。
「ユカ。」
カエデ『ユカちゃんはママを待ってたの?』
ユカは黙ったまま何も答えようとはしなかった。
カエデ『こんなかわいい女の子が1人で歩いてちゃ危ないんだよ?世の中には変な人いっぱいいるんだから。』
泣きながら母親を待っていた女の子。カエデはこの子の事情は知らない。ただ“ママ”を見つけて“終わり”にはならない。そんな気がしていた。
少し考えた後、カエデがゆっくりと口を開いた。
カエデ『…ねえユカちゃん…』
「…………。」
カエデ『どうしてお姉ちゃんを“ママ”と間違えたの?』
その瞬間ユカは泣いた。歯を食いしばり声を押し殺して。しかしその想いとは裏腹に涙はとめどなくこぼれ落ちる。そんなユカを目にし、カエデは拳を握り締め決心をした。
ブランコから立ち上がるとユカの手を取り颯爽と歩き出す。驚いたユカは目を丸くし、ただただカエデを見ていた。
カエデ『ここで座っててもしょうがないね。行こっか。』
微笑みかけるカエデ。カエデの優しさを感じたのかユカも涙を拭って初めての笑顔を見せた。
街へ出たカエデは考えていた。ユカはママを探していたのではない。
“待っていたのだ。”
自分の意思であの場所にいた。こんな小さな子が、涙目になりながらたった1人で母親を待つというシチュエーションがカエデには想像がつかなかった。いや、ついたとしてもそれはどれも、“幸せな光景”ではない事は確かだった。
カエデ『ユカちゃん。』
ユカは無言のままカエデへと顔を向ける。
カエデ『少し歩こっか。』
微笑むカエデに対し、ユカは先ほどの笑顔は消え、こくりと頷くだけだった。
カエデ『…………。』
正直カエデは自分自身にも驚いていた。
以前はあんなにも面倒な事にはかかわらないように生きてきたのに。
人の心なんて形が無いから手に取る事も、目にする事もできない、その上とても脆く、ほんの些細な事で壊れてしまう。全く以て無意味だ。中学の時の私はドライだった。自分が得をするなら平然と他人を騙した。人格者のふりをして内心はあざ笑っていた。捨て猫や捨て犬をかわいそうだと思った事が無かった。
心のスキマをお金で埋めた。でもマヤマさんと出会ってスキマはお金ではない何かであっというまに満たされて行った。
私は我慢をした事がなかった。でもまりあと出会って“色んな意味で”我慢する事を覚えた。
私は他人との間に見えない壁を作り誰も中へは入れなかった。でもシイナと仲良くなって私は自ら壁を壊した。
こうした3人との出会いで私は少しずつ変化している。全て1つ1つが導いているもの。それが何なのか、私は分かりかけている気がする。
そんな事を考えながら歩いていると、前方からスピードを出したトラックが近づいてくるのに気づいた。昨日は雨が降っていたため道路にはあちこち水たまりができている。
嫌な予感がする。
どんどん近づいてくるトラックはスピードをゆるめる気配すら見せない。車道側を歩いているのは少女。このままでは……。
すれ違いざま、トラックが水しぶきをあげる直前にカエデは少女を引き寄せ、車を背にし覆い被さるようにして彼女を守った。
それは全くの無意識に取った行動だった。
バッシャャッッッー!!!
泥水は容赦なくカエデを直撃したが、カエデはユカの衣服が汚れていない事を確認するとひるむ事なく通過したトラックを目で追う。カエデは視力も弱く普段もコンタクトなどは付けたりしないが、ピンチに働く楓家特有の力なのだろう。千里眼のごとく走り去るトラックのナンバーを読み取る事ができた。そしてすぐさまどこかへ電話をかける。
カエデ『横浜ナンバー、“さ”のXXXXの車を衛星で探して。』
「1秒ほどお待ちを。」
カエデ『早くしなさい!!』
「見つかりました。紺のトラックですね。」
カエデ『ビンゴよ!』
「藍お嬢様もお近くにいらっしゃるようですね。」
カエデ『大破ァ!!!』
「かしこまりました。安全圏内に入りましたら大破いたします。」
数秒後、少し離れた場所でとてつもない爆発音が晴れた空にこだまし、凄まじい煙が立ち昇っていくのが見えた。
カエデ『……………。』
カエデが我に返りユカに目を向けると、今の出来事にびっくりしてしまったのだろう、今にも泣き出しそうだったが、ユカはやはり必死にこらえていた。涙をいっぱいに溜めた瞳でカエデを見る。
“泣いてない、泣いてないから、お姉ちゃん、どこにも行かないで。”
少女の瞳がそう言っていた。
「ユカ!!!」
突然聞こえてきた男の声にカエデは立ち上がり顔を向けた。
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