日常のこと
最近知ったのだが、外では私のことを魔物研究の第一人者と思われているようだ。特別講師という肩書きでさえ身分不相応なのに。
古代のいろんな本から魔物を研究して、それを論文にしたり、研究の成果をプロンテラ王宮等に送ったり。そうした研究は、私の好奇心みたいなもの、まぁ、本に書いてあることが本当かどうかを確かめたかっただけなのだが――それを解明したいと思い、解明したことをみなに知らせたいなと思ったことから始めていた。
それで、私の研究が評価され、報酬とか頂くようになり、今までの生活が出来ていた。
自覚はまったく無いが、こんなことがあり、魔物研究の第一人者と謳われるようになったらしい。
魔物研究の第一人者様なら特別講師をぜひ、ということで、こうして、先生にと呼ばれたのだ。
まったく、これだけ聞いたらたいそうな人みたいだ。ここにいる私はこんなみすぼらしい人間なのに。
ただ、最近は研究を少し違う方向にしたくなって、今までのように世間に出すということやめてしまっていた。この研究は誰にも知られたくないと思う。
それは、簡単に結論が出る研究でもなく、一人だけで、生涯をかけて研究し続け――いつかその研究が実を結ぶ。ありていに言えば、夢みたいなもの、かな。
私にだって、そんなことの一つはあっても良いはずだ。
それに、倫理の道も半ば外れそうな研究でもあることだし。
だから、仕事を探していた。古代の文献が多数残っているこのゲフェンで、この研究を完成させるために。
『……このように、過去にも不老不死への研究は進められてきた。しかしその数だけ失敗は繰り返された。不老不死の生物はいないのだ。しかし私はここに一つの可能性を見出すことができた。願わくばこの可能性を人としての倫理の道から背くことのない人に利用されることを……』
特別講師とはいっても、休日はある。休日にはこうして古代の文献をあさって読みふけ、研究にあけくれるのが私の今までの日課だった。
書斎の机で本を読む。時間も忘れて、いろんな本が私に問いかけてくる。疑問に思ったことを研究して私の好奇心を埋めていく。そんなことが今までの私の幸せであり、日常だった。
ふと、何かの気配を感じ、本から視点をはずすと、その先に見知った顔を見つけた。
いつの間に入ってきたのだろう。
そこにいた女の子は思いつめたような顔をし、私に何かを訴えていた。
「どうしたんだ?」
本に栞をはさみ、彼女に目をやる。彼女は人懐っこい仔犬のようにちょこちょこと私に近寄り、机の上に手をちょこんと乗せ、うるうるとした瞳で私を見上げる。
「カトリ?」
こうして綺麗な緑色の瞳で私を見つめられると鼓動が早くなる。
本当、この娘は……。
「……おなかすいた」
言うことがもう少し違っていたら嬉しかったのだが。
時計を見ると、お昼前の時刻を指している。
「あ、そうか。もうお昼なんだな」
こくこく。
「よし、それじゃ何か作ってあげるから、そこで何か読んで待っててな」
「♪」
目をキラキラさせながら髪がはねる。よっぽどおなかがすいていたのだろう。
カトリが何かの本を開くのを肩越しに、私は台所へと向かった。
こんな毎日が続いていた。
講義が終わるとカトリは私の家にご飯を食べに来る。
学校が休みのときは、ご飯時になるとこうして時々家に来る。
生徒の一人と特別に仲が良くなるということはあまりよくないこととは思っていたが、このカトリは少々他の生徒とは違った環境にいるらしい。
カトリと話をするたび少しずつ彼女のことがわかってきた。無口なカトリから聞きだすのに私の食費はとんでもないことになっていたが。
物心ついたときにはもう親がいなかったこと。私の家の近くに彼女は一人で住んでいるらしい。いつもおなかがすいて仕方が無いから、冒険者として魔物を倒すことで食費などをまかなっていたら、いつしかウィザードになっていたとか。それで、本を読むなどの勉強ができなかったから私の講義に出て勉強してみることにしたとか……。
今まで、頼れる人、両親や兄弟、親類などの肉親、友人などがいなかったらしいのだ。ずっと一人で何でもやってきたらしい。
そんな話を訊いた事で、私はこの女の子をほうっておくことができないでいた。
別な淡い暖かな感情も抱きながら。
台所に立ち、食材をあさる。料理は自分だけで食べるのなら面倒ではあったし、上手くも無かったが、カトリが食べにきてくれるようになって料理を作ることが楽しくなってきた。おいしく作りたいと思うし、カトリにいろんな料理を作ってみたいとも思う。
はぐはぐとおいしそうに私の作った料理を食べているカトリ。
今、私は研究をしていない。それは、新しく幸せだと思えることが出来たからだ。
この女の子、『カトリーヌ=ケイロン』のこと。
こうしているカトリを見ていることが、たまらない幸せに思えてならなかった。
食器を片付けて、本を読みながらくつろいでいるカトリを見ていたら、ふと思い立つことができた。
「おなか一杯になったことだし、どうだカトリ。ちょっとお洒落してみないか?」
こんなに綺麗でかわいい女の子が、自分を輝かせないのはもったいなさ過ぎる。
「……おしゃれ?」
本から目を離し、私の方を見つめる。やっぱり、カトリはかわいいと思う。
「かわいい女の子なんだし、髪くらい梳かしたりしてな。どうだ?」
頬を赤らめて俯いた。恥ずかしいけど、してみたいなって感じか。カトリの思案していること、少しづつだけど読めるようになった。
「それじゃ、ちょっと失礼して」
座っているカトリの後ろに回り、櫛で亜麻色の髪を少し梳かす。
お風呂とかはちゃんと入っているようで、梳かすたび彼女の髪からいい香りがした。なんか、女の子の香りって、ドキドキしてくるな。甘くて、優しくて。包み込まれるようで、とろんとしてきてしまう。それも、こんなにかわいい女の子の香り……。
っと、そんなことを思っていたらだめだ。
「ちょっと髪が痛んでいるな。髪、そろえるくらいに少し切ったりして良いか?」
こくこく。
頭を上下させながら後ろにいる私に視線を動かす。
良いようだ。
少し癖のある髪ではあるが、ぼさぼさに見えるのはこうした痛んだ毛がはねているからだろう。
丁寧に鋏を入れてあげた。
ほどなく、少しの癖髪である為か、耳の横辺りの髪が少しはねて、耳みたいになってしまった。そこだけどうしてもまっすぐにならなくて、ふんわりはねている。
なんか、本当に仔犬みたいになっちゃったな。でも、カトリに似合ってかわいい。
「ほら、こんなにかわいくなった。カトリは元が良いんだから、他の女の子みたいにお洒落しても良いんだぞ」
カトリは渡した鏡をじっとみて前髪をいじっていた。気に入ってくれたのだろうか。
あとは、服、かな。
「カトリ、服ってそんなにもっていないのか?」
こくこく。
食費で服まで賄えたりは出来なかったのだろう。
「あーでも、私は女の子の服を持っていないしな……、そうだ、今度街に出て買いに行かないか? いろんな服、たくさんの服、カトリが着るともっとかわいくなると思うぞ。そうだ、髪飾りとかもかわいいかもしれない。ここにリボンとかつけたりしてな。お洒落しよう、カトリ」
いろんな姿のカトリを想像する。どれも似合いそうで。とても輝くだろう。そんなカトリも見てみたい。
カトリは私をじっと見つめていた。何かを言いたいような表情で。
「どうしたんだ?」
「……先生」
「ん?」
「ありがとう」
顔を赤らめて、少し俯いて。私に言った。
私も、カトリに高鳴る鼓動を感じていた。
やっぱり、私は、この女の子に……。
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