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カトリーヌ=ケイロン

「魔物にたやすく打ち勝つには、その魔物のことを知ることが大切だ。つまり、弱点を狙うわけだ。魔物には属性と種族があって、それぞれに弱点があって……」

 きーんこーんかーんこーん。

「ん、もう終わりか。今日はここまでだな」
「先生ありがとうございました!」
「それじゃ、また明日な」
「はーい」

 今日の講義もこれで終わりだ。だいぶ私も先生らしくなってきたのかな。
 皆が先生、先生と言ってくれることがなんだか嬉しい。自覚ってこういうところから出てくるのだろうか。名前負けしないようにもっとがんばらないとな。

「……先生」

 廊下を歩いていたら後ろから声をかけられた気がした。その声は小さくて一瞬空耳かと疑った。
 振り向くと、そこには、ウィザードのカトリーヌがいた。
「カトリーヌじゃないか。どうしたんだ?」
 問いかけたが、カトリーヌは次の言葉を言わず、じっと私を見つめている。見あげる緑色の瞳の中に、私の姿が映っていた。
 近くで見るとこの子の肩に届くくらいの亜麻色の髪は結構ぼさぼさで、着ているウィザードの服もマントも少し綻びがあって汚れていた。
 そういえばこの子は、他の皆と仲良くしている姿を見たことがない。いつも一人でぽつんと席に座って。いつの間にか居て、いつの間にか居なくなっている。声を聞いたのも初めてかもしれない。何も言わず、私の講義もじーっと私を見つめているだけ。一番後ろの席なのに、いつも視線は彼女とぶつかっていた。目立つことはまったく無いのだけれど、なぜかすごく存在感がある。そんな女の子だ。
 そんなカトリーヌのことを気にはしていたけれど、彼女のほうから声をかけてくるなんて。この機にこの女の子と、色々話をしてみたい。
「カトリーヌ?」
 しかし、しばらく経っても彼女のほうから次の言葉が出てこなかった。何かを言い出しそうな表情で、手をじっと胸に抱いて、私を見つめていた。
 なんだか仔犬みたいな女の子だな。
 不思議がって綺麗な緑色の瞳を見ていると、小さな唇が動いた。

「……お昼」

 かすかに聞こえるような小さい声で、そう言ったような気がした。
「お昼?」
 視線はそのままで頭が縦に何度か動く。頷いているようだ。
 お昼? ……ご飯のことかな。
 確かにこれから昼食ではあるが、どうしたいのだろう。私とご飯を一緒に食べたい、ということなのだろうか。
「そうか、お昼ご飯か。一緒に食べるか?」
「♪」
 こくこくと頷いた。あっていたようだ。
「でも、私は自宅に帰ってお昼を作って食べるのだが……それでもいいか?」
 私の問いにこくこくと頷く。
「それじゃ、うちに来るか? たいしたものないけど、何か作ってあげるか?」
 目をキラキラさせて、嬉しそうな表情になってこくこくと頷いた。しっぽがあったらふりふりさせているに違いない。
 よかった。これでカトリーヌと何か話ができるかもしれない。

 私の住んでいる家にカトリーヌを案内する。
 魔法学校からそんなに遠くないゲフェンの北の隅にある私の家。ゲフェンに移ってから1年くらいになるかな。
 研究に使ったり、自分で楽しんだりする為の本が所狭しと置かれたりしている物置のような小さな家だ。
 それにしても、自分の家に女の子を連れてくることがあるなんて思いもしなかった。
 まぁ、カトリーヌは生徒だから変な気は起こさないと思うけど。

「ちょっと片付いていないし、狭いかもだが、くつろいでくれ」
「……本、たくさん」
 部屋の一室は壁の周りがほぼ全部本棚で、そこに入りきれない本は机の上やら床やらに無造作に置かれている。それをカトリーヌは珍しそうに見ていた。
「ああ、お昼作るまで好きな本を読んでいて良いぞ。お気に召すものがあったらだけど」
「わたしも、本、好き……」
 そうつぶやいていろんな本を手にとっていた。
 喜んでくれているようだ。
「それじゃ、まっててな」
 こくこく。
 カトリーヌは私がいつも読んでいる机に向かって、一冊の本を読み始めた。
 本、好きなのか。近頃の女の子としては珍しいな。古書や専門書の他に面白い小説とかも色々あるから、楽しんでくれれば良いが。
 そんなカトリーヌを横目に、私は台所に向かい、食材を探し始めた。
 今日は何を作ろう。
 昼食だから簡単なところで『クリームサンドイッチ』と『ハーブ蜂蜜茶』にしておくか。
 女の子はどんな料理が喜ぶのだろう。手馴れていない私の作る料理でいいのだろうか。
 カトリーヌはおいしいと言ってくれれば良いが。
 それにしても、女の子を私の家に連れてきて、私の料理を振舞うことになろうとは。
 部屋汚くて幻滅してないだろうか。変な本とか見つけ出されたりしないだろうか。ああ、掃除とかももっとちゃんとしておくんだった。
 生徒とはいえ、女の子が家にいるってことで、やっぱり緊張しているな。変なことばっかり考えてドキドキしている。
 いけないな。学校の先生なのに。生徒にこんなことを思っていては。
 そんなことを思いながらも、料理は無事出来た。
 女の子が食べられる量もわからなかったので、私の食べる量を二つ分。綺麗に出来たほうをカトリーヌに、と。

「カトリ。できたぞ」
「!」
 本を置き、嬉しそうに駆け寄ってくる。
 ほんと、仔犬みたいな女の子だな。
「……おいしそう」
「好きなだけ、食べて良いぞ」
「♪」
 私の前の椅子に座り、両手でパンを持って勢いよくはぐはぐと小さな口で咥えた。
 幸せそうににこにこして。
 なんだか、暖かい気持ちに包まれた。
 そういえば、今カトリーヌのことをカトリと呼んでしまったな。気づいていないのだろうか。
「カトリーヌ」
「?」
 瞳だけ、私に向ける。
「今度から、カトリって呼んで良いか?」
 変わらない表情で頭だけが縦に動く。
 ニックネームで言えると生徒に近づける気がして、嬉しかった。
「そんなに勢いよく食べたらだめだぞ。よく噛んで」
 こくこくと咥えたパンをそのままに頭だけ縦に動く。よっぽどおなかがすいていたのだろう。小さな口で一生懸命パンをかじっている。私の作った料理、お気に召してもらえたようでよかった。

 そんな、おいしそうに食べているカトリを見ていて、私は、この娘は普段どんな生活をしているのだろうかと疑問に思った。
 服は少し汚れていて、髪がぼざぼさで。正直同じくらいの年齢の女の子とは違う感じを受ける。他の学校の女の子は化粧をしている娘もいるくらいで、見た目を結構気にしているものだが。この娘はそんなお洒落とかに興味がないのだろうか。
 カトリは、瞳が大きくて睫毛が長く、鼻筋もすらっとしている。口が小さくて、色白で、顔が小さくて。丸顔のとても端整な顔立ちだ。ちょっとだけ幼さを残したようなあどけない美人で……。簡単に言うと、かわいい。それも、ものすごく。とびきり。そんな女の子なのに。
 うっ。でも、変な気は起こさないぞ! 私は、先生だ。
 そういえば、色々な経験をつんで転職できる上級職は、私の講義に出ている生徒の中ではこのウィザードのカトリだけだ。
 私の講義は上級職になるための講義であることがほとんどだ。ウィザードなら私のしている講義の知識は持っていないとなれないはず。何故私の講義に来ているのだろう。カトリにとって私の講義は退屈にならないのだろうか。
 この女の子のことに、興味が出てきた。不思議なことに興味を持つのは研究者としての悪い癖なのだろうか。

「……おかわり」
「えっ?」
 気がつくとテーブルの上には白いお皿だけ綺麗に並べられていた。私の料理もすっかりなくなっていた。
「全部、食べたのか?」
 こくこく。
 いつの間に、食べたんだろう。カトリを見つめていたけど気がつかなかった。
「私の分もあったから、結構量があったと思うのだが、まだ食べたいのか?」
 こくこく。
 よく食べる女の子なんだな。
「ちょっと時間がかかるがいいか?」
 こくこく。
 私は苦笑いして再び台所に向かっていった。
 しかし、この日、私の家の備蓄していた食料が全て無くなってしまうことになろうとは、夢にも思わなかった。



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