第一章/六頁目
会話が止まった。
終始無言のまま、俺は黙々と箸を進めた。
山本妹はゴミを袋にまとめ、立ち上がる。
昼飯を終えた山本妹の背を、俺は見ているだけしかできなかった。
山本妹の足音が遠ざかっていき、やがて、それは重く軋んだ音と共に消えた。
俺は、山本妹の何なのだろうか。
空っぽになった弁当箱を地面に置き、呆然と空を見上げた。
グランドの馬鹿みたいに騒がしい声がやけに寂しく聞こえる。
気づけば、無意識の内に携帯を取り出していた。
山本妹に直接訊けばいいのに、いつも先輩を頼ろうとする。
俺にとって、先輩は何なのだろうか。
一度は躊躇いもしたが、結局、俺は先輩に電話を掛けていた。
着信履歴からそれを選び、掛ける。
二、三回コールが続いた後、先輩が出た。
「どうしたの? 武内君」
先輩は相変わらずの冷静な口調だ。
「妹さんに聞きました。先輩、何で俺達のこと付き合わせようとしたんですか?」
ほんの少し間が空いた後、先輩の吐息が聞こえた。そして、言葉が聞こえた。
「武内君。まだ小説書き続けてるの?」
俺の言ったことを聞いてなかったのか。先輩は全く別の話題を持ちかけてきた。
「……いえ、もう書いてないです。それよりさっき言ったことを」
答えてください。そう言おうとした時には、
「何で書かないの?」
既に先輩が喋っていた。
俺はその場から立ち上がり、グランドを見下ろした。素人のサッカーの試合を観戦する。
「俺は、先輩みたいな才能があるわけじゃないですから」
グランドを行き来する掛け声。目でボールを追っていたら、何か吐き気がしてきた。
「誰かにそう言われたの? 武内君は才能がないって」
振り返り、手摺を背を預ける。
「いや、誰かに言われなくても、そんなの自分で分かることですよ」
「才能の有無なんて、自分で分かるものじゃないよ」
気のせいか、先輩の声がいつもと違った。風前の灯火のように小さな火が冷静沈着な先輩の心に灯った。そんな気がする。
「才能なんて言葉で作家になることを断念するなんて、武内君、本気で作家を目指してたの?」
その言葉が心に鋭く突き刺さった。
なれればいいや、という軽い気持ちでいた俺は、先輩の言うように本気で作家を目指したことはない。
先輩が文藝部を抜けた後、俺は二度と小説を執筆しなくなった。
俺は、先輩に良いように思われたくて小説を書いていたから。
先輩とセックスした後は、もう執筆意欲なんてなくなっていた。
先輩にも小説にも、魅力がなくなっていたんだ。
だけど、そんなこと本人を前にして言えない。
俺が答えに煮詰まっていると、先輩からこう告げられた。
「武内君。私が武内君と絵理香を付き合わせたのは、あなた達に“書くことの楽しさ“を知ってもらいたかったからなの」
あなた達に……?
その言葉が気にかかった。
「妹さんも小説家目指してるんですか?」
「いいえ、絵理香は小説家ではなく漫画家志望よ。ただ、絵は書けても話が書けないの」
そう言えば、山本妹が授業中に絵を書いてたのを見たことがある。本人は見られてないと思ってそうだけど。
「妹さんは漫画で俺は小説だから、書くことの楽しさも何も、書く物が違いますよ?」
「そう、だから、あなた達には“合作“を作ってもらいたかったの」
俺は話しか書けない。山本妹は絵しか書けない。
先輩の言う合作の意味が分かった。
俺が原作を担当し、山本妹が作画を担当する。
「無理ですよ。妹さんは俺のこと嫌いみたいですし」
「嫌いだから良い作品が生まれるのよ。――ごめんなさい。また後でかけなおします」
先輩から電話を切った。
気づけば、充電したばっかの携帯の電池が一つ減っていた。
山本理香。先輩は今、プロの場で小説を書いている。
|