第一章/四頁目
心音が音量を最大にして鼓動する。
物静かな夜道で急に着信音が鳴ったせいでもあるが、先輩との電話の時はいつもこうだ。
俺は、電話に出た。
「夜分遅くにごめんなさいね。武内君」
冷静な声が淡白に発せられる。それが先輩の声だ。
「いえ、何の用ですか?」
相手が先輩だからからか、いつもは口が悪い自分も今は敬語に変わっていた。
本当の事を言えば、きっと先輩とセックスしてから喋る機会が無くなったからだと思う。
受験を間近に控えた三年生に気軽に会いに行けるわけがない。
最後に話したのは、卒業式が終わってからのこと。
俺は携帯を持っていなかったけれど、先輩は俺に番号を教えてくれた。
そのやり取りが、先輩との最後のやり取りだった。今にしてみれば、随分と淡白なやり取りだったと思う。
「絵理香の告白、断ったのね」
先輩は少し間を空けてから、そう口にした。
「断ってないですけど、明日、断るつもりです」
正直に答えた。
この人に嘘は吐きたくない。
「断ってないなら、明日、良い返事を返してあげられないかしら」
その言葉の意味を理解するのに数十秒かかった。
先輩の声で言われたからこそ、数十秒もかかったのだと思う。
自分の中の先輩は、単なる理想に過ぎないのだろうか。
あの日、先輩とセックスした後もこんな気持ちになった。
自分の中で思っていたほど、セックスは気持ちよくなかった。
先輩の陰部も想像とは違った。想像では毛も生えていない綺麗なもの。実際は毛も生えていたし汚かった。
俺の中で、先輩は美化されていたのだと思う。好きだったから。
でも、現実は理想には程遠いものだった。
「武内君、どうしたの?」
そして、未だにその現実を受け入れられない自分は、まだ子供なのだと思う。
俺は顔を伏せた。眼鏡が曇った。電灯の灯りが虚しく背を当てている。
「いえ、あ、分かりました。なるべく良い返事を返します」
俺は嘘を吐き、電話を切った。
返事の結果は見ての通り。山本妹と付き合っている。
だけど、山本妹が抱く俺への理想は、現実とは程遠いものだ。
俺は、嘘を吐いた。
子供だから、嘘を吐いたんだ。
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