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夏休み。
樹たちは、涼の実家に呼び出される。
黄昏ゆく街で
作:光野ワタル



第十五話:虚飾


全てを吐き出したような涼の顔を思い出し、龍一はやり場のない気持ちに苛まれた。
同じ時を生きているのに。
全て、一人で抱えて生きているような涼のことが、龍一は許せなかった。





がたん。


地下鉄のドアが開き、四人はラッシュアワーの人ごみの中を、すり抜けるようにして進む。
暗い闇が待っている、地上へと向かって。

地上に出てから、誰ともなく、歩き出す。
如月涼がいない、朝陽ヶ丘高校へと。



「…お前、よくこんな抜け道を知っていたな…」
樹が呆れ顔で龍一を責める。
「ホントに。」
忍が同意する。
「ナンパより、こっちのほうが才能あるんじゃないの?」
忍の指が、鍵型に曲げられて龍一の眼前に突き出される。

「へへーん。」
龍一は、二人の厭味など気にしない風で、自慢げに胸を張る。
「この抜け道を『作る』のは苦労したぜぇ〜。」
完璧超人の眼を欺くのは容易じゃないぜ、と付け加えて。

一方、悠太は一人、『深夜の探検』に、心を躍らせていた。
「うわぁ〜すごぉ〜い。龍ちゃん天さ…」

ずりっ。


足を滑らせて転げ落ちそうになった悠太を、樹が抱きとめる。
「悠太。足元には気をつけるんだ。」
「うん…あ・な・たv にゃは☆」
「…頼むから…」
樹が後を継げようとしたとき。
「…やめてよね。」
忍がムッとした顔で、二人を見つめている。
「…ムッツリさ、悠太に対して過剰に反応するの、止めたら?」
冷たく樹に対して言い放つ。
樹が次の句を発する前に、忍は今度は悠太に向かって、
「…悠太も、あんまりキョロキョロしないで。危ないから。」
最後にじろりと龍一を見ながら。
「…尤も、一番責められるべきなのは、こんな危険な抜け道を作った張本人なんだけどね。」
先急ぐよ、と言って、忍は歩き出す。


ずりっ。


「ふー、あぶねーあぶねー…」
間一髪。
龍一は、忍を抱きとめた。

…が。

樹と悠太の目が点になっている。
「え…もしもし? …もしもーし?」
龍一が問いかけても、二人は反応しない。

「…ねぇ。」
沈黙を破るように、不機嫌な声が。
「助けてくれたのはいいけどさ。」
暗闇に相応しい、低い声。
「この体位かっこう、どうにかならない?」

「へ?」
きょとんとする龍一。
呆れたように樹が告げる。
「…龍一、お前、忍をどうしているか分かっているのか?」
「どうしてって…?」


「お姫様。」
「へ?」
「…僕を『お姫様抱っこ』して、どうするつもり?」
龍一はようやく気づいた。
自分が、忍を両腕で抱き上げていることに。


「龍ちゃん、忍きゅんを狙ってるの?」
悠太が蔑むような視線で、龍一を見つめる。
「悠太、だから何で…」
龍一が反論しようとしたそのとき。


ずりっ。
ずりっ。
ずりずりっ。

「う、うわ?」
「…駄目だ、せめて受身を取らないと…」
「にゃ? にゃ、にゃぁ〜!?」
「…馬鹿ばっか…。」


どさっ。


四人が着地したのは、プールの真裏だった。
物音に気づいて、人が駆け寄ってくる。














「…。」
真奈美の表情が険を帯びている。
幼い顔立ちに不釣り合いに浮かんだ眉間の皺が、ぴくぴくしているのが、遠目からでもよく分かる。
「…あなたたち。」
長く、永久に続くかのように思われた沈黙から。
解き放たれた真奈美の声は、深く、黒い闇を帯びていた。

「神無月君についてはもう諦めてるから。」

さらりと教師にあるまじき台詞を言ってのけたあと。
「…如月君に、報告しておくね。」
真奈美がそう告げた瞬間、四人の顔が凍りつく。

「や、いやぁ〜ま、真奈美ちゃん、俺たち、ほんの可愛い出来心で…」
「…とりあえず、作った張本人と、管理人の責任ということで、僕は…」
「みゃぁ〜…いやぁ〜。お説教とれぽぅと嫌だよう〜…」


「お黙り。」

威厳のある一言に、三人は口をつぐむ。
真奈美は無言で携帯を取り出し。

プルルルルルルルル…

『はい、如月です。』
「あ、如月君。寝ているところごめんね。ちょっと…」


『…ちょっと、当事者に変わっていただけますか?』
真奈美が無言で携帯電話を差し出す。
龍一が恐る恐る『も、もしもし』といいかけた刹那。

『こらぁ〜!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』

涼の声は、何時になく殺気と怒気を帯びていた。



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夏休み。
お盆間近。
県庁が近いこの街は、誰もいなくなる。

公務員が夏季休暇に入ると。

そこには、灯火のように、蜻蛉のようにして、命を永らえてきた。
生き物たちが、野生に還る時間。

ひっそりと佇む人口建造物。
通いなれた高校ですら、違和感を感じる。

樹は、詩情は龍一の役割だと、現実に帰る。



「で、ムッツリ。」
「…ムッツリと言うな」
「樹きゅん、やっと反応した〜v」
「…」

もう一人。
現実に還れないでいるのだろうか。
真っ先に叫びそうな龍一が、沈黙を保っていた。
「龍一。」
「ん…あ、ああ…どした?」
「いや…邪魔をしたなら悪い。」
「や…。覚悟はできてるさ。」
「覚悟?」
「…これ、覚悟だろ。」
「…何故だ。」
「知りたくないものを知らされるんだから。」



『みんなを僕の「本当の」実家に招待するよ。』

テストが終わった後。
病院に帰る直前。
涼に呼び出された四人は、唐突にそう告げられた。

『悪いけど、お盆までの3,4日、空けといてくれないかな?』
見たこともない。
寂しげな微笑で。

涼は何かを、伝えたがっているようだった。














黒塗りの。

最高級のリムジンが、四人を迎えに来る。
「お迎えにあがりました。」
中から現れたのは、瑞樹だった。

「…まぁーた、胡散臭いオッサンと一緒かよ。」
龍一がぼそっと毒づく。

瑞樹は苦笑するしかなかった。
見かけよりは相当若いつもりだが。
リアルのティーンエイジャーには負ける。

「ご足労いただき、誠にありがとうございます。」
瑞樹はもっともらしく頭を下げる。

四人を乗せたリムジンは、富士の裾野へと消えていった。







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ゆっくりと、リムジンが進む。
あたりを見渡せば、木、木、また、木。
単調な風景。

黄泉の国に魂を引かれた者たちがたどり着く、一つの場所。

さっと、両脇のカーテンが開く。


「ご到着です。」


何故緊張しているかは分からなかったが。
瑞樹の顔から、先程までの余裕が消えていた。
口調も心なしか、固い。

四人がいそいそと車を降りると。

映画のセットか、何かの特集番組か。

白亜の『宮殿』が、そこに広がっていた。

四人があまりの事に呆然としていると。
瑞樹の表情が厳しくなる。

樹は、瑞樹の視線の先を見やった。

重い。

この扉を潜ることが。
何故だろう。
龍一は言いようもない不安に、逃げ出したい気持ちでいっぱいになった。

玄関とおぼわしき扉が開かれる。
玄関から。
忍がよく知っている顔が、近づいてくる。
顔だけは、よく知っている。

悠太の瞳は、初老の老人を従えて歩いてくる『たいせつなともだち』の服に、釘付けになる。
外国の貴族とか王様とか。
淡い紫に、薄い銀を中心に縁取られた服。
左肩から下げたマント。

この宮殿の所有者、如月涼の姿があった。



「みんな、お疲れ様。」
寂しさも幾分和らいだ顔で、涼が微笑む。
顔色も普通である。

「それじゃ、先に荷物だけ運んでもらおうか。」
涼が右手を軽く上げる。

涼の合図に、奥から数人のメイドが現れ、四人の荷物を運び入れる。

呆然としている四人を見た涼は、悪戯っぽく。
「…驚いた?」
と、告げる。

真っ先に口を開いたのは龍一だった。
「ちょ!」
「涼、あのメイドさんたち可愛いじゃないか。…俺も此処に住んでいい?」
車に乗り込むまでの陰鬱な気分など、すっかり忘れた顔で涼に直訴する。
「良いけど、犯罪行為はだめだよ?」
「う…。」

「それから…一人、1メイド。何かあったら僕じゃなくて、メイドに言いつけて。」
僕は屋敷のことで忙しいから、と、涼は付け加える。
「それじゃ、二時間後に、みんなを『迎えに行く』から、待っててね。」




−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−



「…何、この部屋…。」

案内されたドアをくぐると、そこには信じられない光景が広がっていた。
真っ先に目に入ったのは、天蓋つきのベッド。
これだけでも数千万円はくだらないだろう。
見事な彫刻を施したサイドボード。
最新型の、76インチワイドテレビ。

我に返るまで、忍は呆然と、『数日過ごす』部屋を見ていた。

こんこん。
「失礼します。」
かなり若い女性の声だ。
ああ、そういえば、涼が一人1メイドって言ってたっけ、と思い出した忍は、「どうぞ」と、部屋の中にメイドと思われる人物を招き入れる。
「本日より、皐月忍様の身の回りのお世話をさせていただく、水樹杏奈と申します。」
よろしくお願いします、と頭を下げた杏奈の服に、忍は見とれる。

いつか自分が来たメイド服が、貧相に思えるほどに。
豪華なフリル。
高いだろう生地。
純銀の眼鏡。
自分はこんな豪華な生活、したことないのに…。
忍は、いつになく空想にふけっていた。

『…さま。 忍様。』

杏奈の声に、忍は我に返る。
「お呼びしても、お返事がなかったものですから…」
心配そうに忍の顔を見つめながら。
「私、何か粗相をいたしたでしょうか…」
ややうつむき加減な顔で、忍に訊く。

「…や。別に何もないです。」
こういうのに慣れていないものですから、と言って、忍は自分の荷物を片付けにかかる。
「忍様、それは私の仕事です。」
慌てて杏奈が忍の傍へと駆け寄る。
「…そんな服で走ると…」



どさっ。



「…。」
自分の予想は何故こうも当たるのだろう。
特に悪い方向で。
忍は溜め息をつきながら。
自分ともつれ合って倒れた杏奈を起こす。
「大丈夫?」
今度は杏奈がぼーっとしている。
「…どこか、痛い、の…?」
自分を見つめる皐月忍の眼が、不安げに自分を見つめている。
そうだ。
私は由緒ある如月家の使用人。
粗相はできない。
皐月様は、当主であり、主人である、涼様の親友だ。
気を取り直した杏奈は、忍に「大丈夫です」と告げる。

「…全然、大丈夫じゃないじゃん。」
ぶっきらぼうに忍が言い放つ。
豪華なメイド服に、ほんの微かだが、紅い染みがついている。
「あ…」
自分の失態に、言葉を失う杏奈。
「…きっと、これで切ったんだね。」
忍が指で示した方向に、忍のボストンバッグのファスナーが、少し赤の色を帯びていた。

「待っててよ。」
涼の口ぶりと。
こういう部屋には。
忍の頭脳が高速で計算を開始する。
「やっぱり、あった。」
忍の手には、消毒薬が握られている。
「…沁みるから、我慢しててね。」
「は、はい…。」
手早く忍は消毒ガーゼに薬を染み込ませ、杏奈の傷口を拭う。
「これで大丈夫だから。」

やれやれ、といった顔で、微笑を作った忍を見て。
杏奈は胸が詰まる想いになった。
自分の失態。
如月涼以外で、初めて触れる、「大人になりかけ」の異性。
ぶっきらぼうで。
不器用そうで。
でも、いっぱいの優しさがある…。

「もう、片付けは終わったよ。」
忍はそう告げる。
杏奈がボーっとしている間に、忍は荷物を片付けてしまった。
「…申し訳ありません。」
杏奈は純粋にそう思った。
自分の役目を果たせず、客人に仕事をさせてしまったという罪悪感から、杏奈は深く俯いてしまった。
「そんな顔しないでよ。」
また、忍がぶっきらぼうに告げる。
ほんの微かに、朱が挿した顔で。
「あ…あの、私…。」
どうしてだろう。
忍に見つめられると、動悸が止まらない。
何故だろう。

「…ちょっと、手伝ってよ。」
コンタクトを取りたいから、と言う忍を、杏奈は洗面台へと導く。
「こちらでございます。」
杏奈がどうにかこうにかして気を取り戻して。
いそいそと忍は洗面台でコンタクトを外す。
コンタクトを外した忍は、銀の彫刻が施された眼鏡をかける。
「杏奈さんと僕、眼鏡仲間だね。」

悪魔を虜にする微笑が、杏奈に向けられる。
どうしよう。
こんなにドキドキするのは、初めて…。
杏奈の顔は、太陽よりも紅く染まっている。
「…杏奈さん。」
忍が杏奈に顔を近づける。
「あ…」

杏奈の声は、忍の唇の中で、微かに響いた。






−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

こんこん。

「どうぞ。」
樹は、飲み終わったばかりのカップをソーサーに置きながら、答えた。

がちゃ。

「樹。」
宝石が縫いこまれた白のカッターシャツを着た、如月涼が部屋に入ってくる。
「慣れたものだね。」
涼は言いながら、樹の向かいに座る。
「そうか?」
これでも緊張しているぞ、と樹は告げる。
「またまた。」
いつもの涼の微笑みだ。
樹は、ほっとした気持ちになった。
玄関で涼を見たときは、威厳たっぷりで、近寄り難い空気を醸し出していたが。
こうしていると、着ている服が違うだけで、いつもの「ほんわか」した空気だ。

「俺の部屋に来たということは、そろそろ時間なのか?」
樹がそう尋ねる。
「うん。そうだよ。」
「俺で最後か?」
「いや、まだ忍を迎えに行ってないよ。」
「そうか。」
「早速、龍一がうちのメイドにこってり絞られたけどね。」
「そうか。」
「悠太は逆に、メイドさんからお菓子を貰ったって喜んでたよ。」
「そうか。」
「樹。」
珍しく、涼が頬をぷくっと膨らませながら。
「樹は『そうか』しか言葉知らないの?」
「『そうか』以外の言葉も知っている。」
「じゃぁ言ってみてよ。」
「そうだな…」

「何故、お前の身体が大変なときに、実家ここへ呼び出したりしたんだ?」

弾けるような視線を、樹は感じる。
ややあって。
涼が閉ざされた重い口を、ゆっくりと開き始めた。

「…みんなに。」

「樹、龍一、忍、悠太。」
「僕は君たちより多くを見てきたけど…。」
そこまで言うと、涼は悲しそうに、瞳を伏せる。


「信じられるみんなには、嘘はついていたくはないから。」


悲しそうに瞳を開けた涼は、樹を見据えてそう言った。

「そういうことか。」
樹は嘆息する。

「…大方、俺たちと一緒に過ごしたかったんだろう。」
「…うん。」
「でも、僕が夏を一緒に過ごすということは、ここへ来てもらわないといけないということだから…」
「…瑞樹さんの様子を見れば、俺たちにとって些細なことも、只事じゃないというのはよくわかる。」
「樹…。」
「俺は、お前のような不思議な能力があるわけでもない。龍一のように、素直に自分の感情を表現も出来ない。忍のように冷静な分析も出来ない。悠太のように強くも明るくもない。」
「そんな俺を、お前たちは友としてみてくれている。」
「俺のほうこそ、お前たちには感謝している。」
「樹…。」
「だから、俺は、お前が真実を打ち明けてくれたことに感謝しているし、その信頼に応えたいと思う。」
そう言った樹の顔が、ほんのりと紅いことを、涼は認めた。

「樹も、そんな顔をするんだね。」
「涼…!」
「ごめん、茶化してないよ。」
「ただ、樹って、損な性格してるなって。」
「何時か言ったけど…肩の力を抜くというか…」

「樹は、もっと、怖がらずに信じて話をするように、心がけたほうがいいよ。」

そう言って、涼はまた悲しそうな顔をする。
涼が言葉を告げようとしたとき。


こんこん。


「失礼します。」
年配の女性の声がした。

「あ、はい。」

女性のほうに振り返った涼の顔は、いつもと同じ顔だ。
きっと、この宮殿では気も休まるまい…。

樹は、そう断じた。

女性の顔が、険を帯びている。
「涼様、宜しいでしょうか?」
「ここでもいいですか?」

女性がちらりと樹のほうを見て、『構いません』と告げた後。
「涼様、お耳を…」
「どうやら…」
女性から話を聞いている涼の顔が、段々険を帯びてくる。

何事もなければ良いと思いは、どうやら叶わないと、樹は思った。






−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

「みんな、改めて長旅お疲れ様。」
四人を自室に案内した涼は、水色の上着を椅子にかけながら言った。
「ここが僕の部屋だよ。」
最新型のパソコン、テレビ。
豪華な天蓋つきのベッド。
宝石で装飾が施されたクローゼット。
淡い紫の地に、手縫いの模様が施された絨毯。

四人の目に入るすべてが、普段の質素な如月涼とはかけ離れていた。

そして。

真っ先に目に入ったのは。

大きな金の額縁に入った、髪の長い少女の肖像画だった。


樹と龍一はこの少女に見覚えがある。
涼の病室で見た。
形亡き姿の美少女。

「さて…晩餐会が始まる前に、一つ昔話を聞いてほしくて。」
涼が。
いつもの微笑で。
強い決意を。胸に抱いて話し始める。

「忍と悠太は見たことなかったよね。」
そう言った涼は瞑目し、やおら右手を掲げる。
淡い光が、室内に充満する。
光が収まると。
肖像画と何一つ変わりのない、少女の姿がそこにあった。


『…無理して。』
声ではない。
少女の意思が、直接樹たちの脳裏に響く。
少女が、慈しむように涼を抱きしめる。
「無理してないよ。」
そう言った涼の声は、無理をしているように感じられた。

「彼女は。」
「三年前、僕を庇って肉体を失った魂だ。」
「…彼女と、僕は、恋人同士だった。」

涼の言葉に、少女の魂も頷く。

「彼女の名前は、桂木麗奈。」
「僕たちと同い年。…生きていたら。」

『でも、私は後悔していない』

樹たちの脳裏に、また少女の意思が伝わった。

「彼女は…」
『私は…』

「僕のために…」
『涼を守るために…』

「僕の能力ちからで、彼女は僕と共に生きている」
『無理をしてほしくない…けど、一緒にいたいのも、真実ほんとう。』

涼の言葉と、麗奈の意思が、四人の脳裏を駆け巡る。







「…解る、気、する。」
白衣に眼鏡をかけた忍が、頭を抑えながら言う。

「ついさっき、逢ったばかりの人だけど。」
「彼女がいなくなったら…僕も、どうなるか、わからない。」
初めてのキスを交わした杏奈の顔を思い浮かべながら、忍は言った。

『わだかまり、ね。』

また。
麗奈の意思が四人の脳裏に響く。

「僕は、彼女と生きていたいから…好きな子は、僕にとって、世界で彼女一人だから…。」
『私にとって、涼は光だから。世界を照らす光だから…。』

「…抱えきれないんだろ。」
龍一が言う。
「だから、俺達にも話したんだろ。」
龍一の本気。
涼も本気で応じる。
「うん。」
「龍一との約束もあるし。」
「約束?」
「…いつか、僕の口から語れって、約束。」
言われた龍一は思い返す。

『早く治して、お前の口から語れや』
自分にとっては些細な言葉なのに。
涼はそれを覚えていた。
そして、その約束を守ってくれている。

そのとき。
四人の意識が、急速に戻る。

麗奈の意思は、もう頭に響いてこなかった。




−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

「…♪」
楽しそうに、悠太が手にした蟹を平らげた。
悠太の皿には、綺麗に剥かれた蟹の殻が片付けられている。
「…どこで覚えたの、それ。」
そう尋ねた忍の皿は、台風と地震が一度にきたような惨状を示している。
蟹とおぼわしき破片が、辛うじて皿の上に乗っている。
見かねた龍一が『俺が剥こうか』と言ったのだが。
忍は、別に食べれればいい、と断ったのだった。
そんなやり取りを、涼は微笑みながら見ている。
時折、茶々を入れながら。

「でもよ。」
龍一が食事の手を休めて、涼に訊く。
「『晩餐会』って言うのに、俺たちしかいないんじゃ、ただの『豪華な夕飯』だろ?」
一瞬。
ほんの一瞬だが。
涼の顔が、憂いを帯びた。

「ふふ。」
涼も食事の手を止め、テーブルから立つ。
「ここは、ホールの真上にあるんだよ。」
そう言って、絨毯を自動で巻き取らせる。
そこには、マジックミラー張りの床面が現れた。
「よく、下のレセプションにいる人間の顔を見てごらん。」
言われた樹たちは、床を覗く。
下のホールには、この国だけでなく、世界各国の首脳、有名人が集まっていた。
四人が息を飲んで、涼を見つめる。

「もう、大体わかっていそうだけど。」
涼は執事が持ってきた礼装用の服に着替えながら、言葉を繋ぐ。
「本当の僕…『如月涼』は、如月財閥のトップなんだ。」
「如月財閥は、各国の政治、経済の管理を目的にしているんだ。」
「だから。」
汚いものを見るような目で、着替え終わった涼が下を見つめる。
「僕のような子供のご機嫌を取りにくるんだよ。わざわざ。しかも税金を使って。」
冷ややかに言い終えた涼。
執事が、時刻を告げると、涼は無言で退室した。
やがて、下のホールから歓声が上がる。
首脳や社長、貴族が瞬く間に涼の周りに集まる。

龍一たちは、見ていて胸が悪くなった。


お読みいただいてありがとうございました。

今回、非常に長い上に、前回からかなり間が空いてしまいまして申し訳なく思っています。

これからも、光野ワタルと、『黄昏ゆく街で』をよろしくお願いします。











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