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王の帰還
K.record 8 「追想」
 第三次レザール戦争出陣。
 マズール軍第一魔術師隊所属マーク・ウェンハンスの手記、断章。
 一部血痕により解読不可。

 現保管地、マズール王城、マズール騎士団宿舎。
 故マーク・ウェンハンス自室。

◆◆◆

 運が良い。出陣にあたって叩き込まれたエスクード王族の特徴、つまり深紅の眼。そして現エスクード王と同じ銀髪。その両方に当てはまる子どもを見つけた。
 間違いない。王子だ。
 名は確かユーリ・ロード・エスクード。
 だが奇妙な事が一つ。深紅の眼、確かに左眼は深紅なのだが、その子どもは右眼が金色だった。
私は王子の姿を見た事がない。レザール戦争を予期していた現エスクード王が取り計らったため、公の場に姿を表す事はほとんどなかったというのがその理由だが…
 二つの要素を持ちえ、戦場に居ること自体、彼が王子である事を証明しているので些細な点ではあるか…。生まれるに当たって変異したか何かなのだろう。
 この際深く考えないようにするべきだ。

 ともかく、念には念をと言う事で、今日は尾行だけにしておいた。焦るな。ねぐらにしているのは王城から随分離れた場所。見るも無残な王都セリオンのはずれ。倒壊した建物の下に空洞を作って寝ているらしい。
 驚くべき事に、王子以外にも少女がいた。グラン聖戦の経験が、少女がエルフであると叫んでいた。
 どちらも仕留めれば昇進ものだ。
 とりあえず明日、少し手を出してみる事にしよう。

◆◆◆

 有り得ない。
 随分離れた位置で観察していたのに、勘付かれた。激戦地から離れていて、人影がないとは言っても距離が距離だ。
 人というより獣に近い。驚くべき勘の良さだ。手を出すにはもう少し時間が必要らしい。
 それと、気になった点が一つ。
 私は騎士、兼、中位魔術師としてマズール騎士団に所属している。だからこそ気になったのだが…
 昨日よりも距離を縮めて王子を観察していたら、ある事に気付いた。王子の顔、もっと綿密に言えばあの金色の右眼、その右眼から視覚で捉えられるほどの濃密な魔力が噴出していた。
魔術的な視覚で見るまでもない程の強烈な魔力が。揺ら揺らと漂う炎のようだった。眼と同様に金色に輝いていたあの魔力は、どこからどう見ても上位魔術師が持ちうるものだ。いや、上位魔術師をすら超えている。
 さらに、よくよく思えば、エスクード人には生まれつき魔の資質がない。
 彼は本当にエスクード人なのか。王子である事に間違いはないのだろうが…
 そしてもう一つの疑問。何故、常時あれほどの魔力を放出しているのか。どれだけ濃い魔力であっても、あの調子で魔力を放出していたら直ぐに底をつくだろうに。魔術的視覚を有する者なら遠くからでも発見されてしまうという危険性もある。
 …より合理的に考えれば、あれは自分で制御出来ていないのかもしれない。魔術を理解するにはまだ幼い。

 こちらも存在を勘付かれた。
 明日には何かしらの行動を起こさねば先手を取られるかもしれない。あの右眼については気がかりだが…
 どちらにしろ私は前に進むしかないのだ。

◆◆◆

 肋骨、五番と六番が壊れた。
 なんだ『アレ』は。子ども? 違う、そんな弱弱しい存在じゃない。
 自身の魔術で肉体、しいては細胞を活性化させてはいるものの、これも長くは持たない。齧った程度の治癒魔術の知識ではこれが限界か。痛みは和らいだが、魔力を消費し続けているので疲労は溜まる一方だ。再構築した訳ではないので、骨はまだ折れたままだろう。
 治癒系の魔術に関してこれ程学んでおけば良かったと思った事はない。

 初撃。
 様子見を兼ねて遠距離から魔術を行使した。
 気配は悟られていただろうが、正確な位置までは読まれないだろうと思い、魔術行使に踏み切った。
 早々に予想は裏切られた。
 超遠距離魔術行使の為に、描写式詠唱を唱えた始めた瞬間だった。
 瓦礫の上を器用に飛び跳ねてこちらに進んでくる人影が目に入った。何故居場所がばれたのかは解らない。しかし、王子は確かにこちらの居場所を掴んでいた。
 私は詠唱を中断し、剣を抜き放った。見ればあちらは丸腰だ。近距離戦でも圧倒的に有利。
 だがまたしても予想は裏切られた。
 後十数歩の距離まで王子が近づいた時、突然王子の左手から光の粒子が溢れ出て、次の瞬間には右手が左掌から剣を引き抜いていた。
 それでも相手は子ども。まずもって、体格差、筋力差がある。
 真っ直ぐ突っ込んできたので、剣戟は合わせやすかった。私が袈裟に斬りかかる。王子はそれを真っ向から受けるように、横一線に剣をなぎ払った。
 鍔迫り合いを確信した。腕力なら負けるはずがない。
 それが油断だったのかもしれない。
 王子は刃と刃がぶつかる瞬間、柄から手を離した。
 確かに、確かに刃同士はぶつかったものの、王子の剣は寸前で宙に浮いていた状態。もちろん私の剣が王子の剣を吹き飛ばした。が、鍔迫り合いを覚悟して剣をふるっていた私は、勢い余って態勢を崩してしまった。
 不意を突かれた。前屈みに体が傾いたところで、王子の右拳が異様な威圧感を纏って腹部に叩き込まれる。
 バキボキ、と血の気が引くような音が胸の辺りで鳴った。
 子どもの拳ではなかった。王子が『エスクード人』である事を失念していた。それもエスクードの頂点に君臨するシャル・デルニエ・エスクードの子息であるという事を。
 内臓を圧迫される嫌な感覚を感じながら、ようやく王子に対する認識を変えた。苦し紛れに簡易な炎弾を無詠唱で数個飛ばしつつ、私は後退した。至近距離からの複数炎弾。一つぐらいは当たるかと思ったが、王子は全ての炎弾を片手で受け止めた。防御系の魔術の発動はない。何故手が焼けないのかと思った。
 もう一度、数個の炎弾を飛ばしたが、同じように片手で受け止められた。王子の右眼とその手を見た瞬間に、私は直感的に理解した。防御の魔術などではない。あの手を覆っているのはただの『魔力』なのだと。あの右眼から常時漏れている魔力が、その手を覆っているのだと。魔術の理屈が根底から覆された気分だ。私が学者ならさぞ大きな悲鳴を上げていた事だろう。

 王子は魔力そのもので私の魔術を受け止めていた。

 受け止める、というよりも…そうだな、私の魔術が含有する魔力、それを圧倒的に上回る魔力で握り潰し、かき消したという感じか。
 常識が通用しない。私の眼前に現れたその膨大な魔力はどうあっても人間種が持ちうる魔力量ではなかった。常時右眼から魔力を放出して尚、底を尽きない魔力量。エルフでさえも持ちえないだろう。言うなれば、生態系の頂点に君臨する竜種のそれだ。そうだ、何故今まで気付かなかったのだ。気付くのが遅すぎた。
 
 竜種は皆一様に金色の眼をしている。

 どういう訳か、その片眼を眼の前の王子が持っていたのだ。そうとしか思えない。なんてことだ。『アレ』は人間ではない。

 撤退するべきか。
 …否、それでも戦闘経験は私の方が上。奇抜な戦法もそう長くは続かないだろう。今は体を休めて明日に備える事にする。

◆◆◆

 視線が恐ろしい。アレの眼が、常にこちらを見ているかのような錯覚に陥る。理性を失ってはいけない。落ちつくんだ。

 あれから二日。一睡もしていない。アレのねぐらからは十分に離れたはずなのだが、どうもアレの気配が消えない。攻めるにも攻めきれない。打開しなければ。
 昨日は再度アレに近づいてみたが、一瞥されて足がすくんだ。情けない。どうにも、アレの眼は能力的に恐ろしいだけではないようだ。
 目つき。
 血走った眼。
 常に開いている瞳孔。
 射殺(いころ)される。
 少なくとも、人の子がするような目つきではない。…していい目つきではない。
 体力的にも明日が山だ。

◆◆◆

 視線が近づいてくる。
 瓦礫の下に掘った穴倉から出れない。早く、一刻も早く此処を抜け出さなければ。

◆◆◆

 マズール騎士団の角笛の音色が聞こえた。終戦の合図だ。
 戦は終わった。
 此処を出よう。

◆◆◆

 視線が未だに体に突き刺さっている。まだ穴倉から出れていない。
 痛い。

◆◆◆

 瓦礫が軋んだ。
 何かが来る。駄目だ、出れな―――

―――以下、血痕により解読不可。


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