「俺はイシュメル達が守るエスクード本国が落ちるとは考えていない。が、クレアの言う事も一理ある。イシュメル達がユッグ共和国の攻勢を退ければ、このまま後方に退却してもなんら問題はないだろう。だが問題が一つ…」
リネン王国とエレオノーラ公国も同様であるとは限らない。ユーリとしても、今二カ国に落ちてもらっては困る。経済円滑はエスクードの貿易だけでは不十分だ。隣国の協力があって、初めて庶民単位の経済流通に繋がる。なにより、二カ国に脱落されると、エスクードは周りをヴァンガードとユッグ共和国に完全に包囲される形になる。それはつまり、エスクードの戦略的大敗につながる。
「そうだな、ここはリネン王国かエレオノーラ公国、どちらかに『加勢』に行くべきか」
また思案気に手に顎を乗せて、ユーリは考え始めた。ユッグは待ってくれない。出来るだけ早々に決断してしまわねば。
しかし、ユーリは決断し損ねていた。どちらかに加勢に行く。この点は決定事項。どちらへ加勢にいくか。ハームフルとラウラにはこの事を伝えていない。どちらも譲れないだろうから。
少し経って、ユーリは諦めたように手を大きく広げ、息を吸い込んだ。
「仕方ない、本意ではないが……いずれ経済同盟を結ぶんだ。最悪ゼクシオンの存在が公になっても良い。納得しよう」
呟く。
「ベルマールさん」
直ぐにベルマールを呼んで、決断した戦術を伝える。
「これからリネン王国に向かう。おそらくエスクードの次に多く兵が送り込まれるのがリネンだろう。その兵達を早々に刈り取り、要人たちをリネン王国内の安全な場所まで護衛する」
「エレオノーラ公国に対しては如何なさるのです?」
「その後、リネンの防御支度が整い次第―――いざという時はエンピ姉に頼んでも良い―――俺はゼクシオンに乗ってエレオノーラ公国に向かい、そこに送り込まれたユッグの兵力を刈り取る。その後の事は万事どうとでも出来るだろう」
「成る程。しかし、ゼクシオンさんの存在を知らしめてしまってもよろしいのですか?」
「構わないよ。どちらにせよ、いずれバレるものはバレる。少し時期が早くなったという事で納得しよう。この事をハームフル陛下とラウラ大公殿下に伝えてくれ」
「御意のままに」
ベルマールが即座に伝令を伝えに行く。
「また戦か。何かにとり憑かれているんじゃあるまいな」
ユーリは一人自嘲気味に呟いた。
「聞こえていたな? ゼクシオン」
さらに一言、虚空に呟くユーリ。すると、間もなくして頭の中に声が響いてきた。
『まるで便利な乗り物の如くこき使ってくれるものだな』
「頼むよ」
『全く…』
遠くからため息交じりの声が聞こえてきて、ユーリも同じようにため息をつきながら苦笑した。
◆◆◆
ユーリの戦術説明を受けた各国元首、そしてその配下の騎士達は疑惑の声を上げた。
「どうやってリンネからエレオノーラへ?」
真っ先に疑惑を声に出したのはラウラだった。それは当然の事、自国を後回しにされる心境を考えれば穏やかではいられないだろう。ユーリもラウラが真っ先につっかかってくるだろう事は解っていた。が、だからといってその移動手段を口で説明するにしても証拠に欠ける。また、証拠を見せる以外にラウラを納得させる方法をユーリはまだ思いついていなかった。頭をぽりぽりとかきながら、ユーリは少しの間を取った。
「そりゃそうだ、証拠も無しに納得しろって方が無理か」
「せっかく考えてくれた戦術、しかし申し訳ないが私は納得できない」
いくらエレオノーラが一番後回しにされるとは言え、危機が迫る事に違いはない。それも予想でしかなかったが、ユーリが戦術を編み出した後に新たに報告を付け加えに来たハイゼルが、その予想を確証づけた。
「ユーリ王の部下の者が先程報告した通り、三国には同様にユッグの魔の手が差し掛かっている」
「そうだ。少し離れた場所にある森の中で、大量の馬の蹄の跡が見つかった。その蹄は違うことなく各国へ、東北南へ向かっている。俺達の予想が当たったという事で間違いないだろう」
「だから、ユーリ王が『リネンからエレオノーラまで即座に到達する事が出来る移動手段』を証明付られないのなら、申し訳ないが私はこのままエレオノーラへ戻る。我儘ばかりですまないが―――」
「……いや、その必要はない。協力しようというのに手の内を隠したままというのも礼を失する。悪かった、ラウラ殿下、その手段を貴方方にお見せしよう。そしてハームフル陛下にも同様に―――」
ユーリは観念したようにラウラにそう伝え、同時にハームフルにも同様の言葉を紡いだ。そして、ユーリは神殿の広間に集まる者たちによく見えるように、皆の前に出で、演技掛かった仕草で片手を上げ、天に人差し指を向けた。
「よく見ておくんだな。そしてゆめゆめ忘れるな……エスクード紋章の証明にして我が―――第六十六代エスクード王の―――分身である《竜族》の姿を」
ゆっくりと紡いだ言葉を、誰もが頭の中で反芻した。《竜族》。エスクード王は確かに竜とのたまわった。彼らがその言葉を完全に理解する前に、彼らの眼前に理屈抜きで理解―――正確には感覚的な理解―――を促す強大な何かが姿を現していた。大気が弾ける音、翼で大気を叩きつける音と共に現れた存在。
白竜。誰もが体を震わせ、エスクード王と真逆のオッドアイを見、畏怖を抱いた。白竜の眼をずっと見つめられる者はいない。その顔へすら、彼らは視線を運ぶ事を拒否した。皆が下を向く。それはさながら、白竜に対して一斉に頭を垂れているかのようだった。
『我こそは第六十六代エスクード王の分身にしてその力の権化。怯えずとも良い。我が分身に牙を向けない限りは、その身は安息であろう』
ゼクシオンの声だけが響く。ユーリもゼクシオンもお互いに演技掛かった話しぶりであったが、この際それはエスクードの力を見せつけるにあたり、大きな効果を生んだ。
「竜族……」
ラウラは一言、自分に言い聞かせるように言葉を吐いた。そして理解する。ユーリの戦術の裏付けと、エスクード王国の強靭さを。改めて。
「……ということだ。これで納得して頂ければ幸いだ」
「納得できない者がこの場にいるとは思えないな…色々と手数を掛けた。私もユーリ陛下の戦術に賛成しよう。貴方と貴方の分身がエレオノーラ公国の安全を保障してくださるのなら」
「もちろん。誓って、貴方の国をお守りします」
ラウラも未だにゼクシオンの顔を見れてはいない。だが、それでも自分の国の命運を託すという事を考えれば、ユーリと、そしてゼクシオンと言葉を交わさない訳には行かなかった。
「白竜様にも、同様の願いを」
『無論だ。私も誓って見せよう』
意を決してラウラは顔を上げ、ゼクシオンの顔を正面から見据えた。ゼクシオンも少し嬉しそうにラウラに対し言葉を紡ぐ。
そうして行動が始まる。それぞれの思惑を胸に。
◆◆◆
行軍はどちらかと言えば大胆さを伴った。以前『あちら側』に先制されている感は否めない。この状況を打開するに、慎重さだけではどうしようもなかったのだ。ユッグ共和国の刺客がリネン王国に辿りつき、攻勢を掛ける前に、ユーリ達は刺客を見つけなければならなかった。リネンにももちろん防衛力はある。が、それを見越したうえでユッグが刺客を送っている以上、ユッグが何かを間違えない限り、リネンが防衛に成功する事はない。つまるところ、刺客の後を追うユーリ達合同軍が、刺客の背後を取り、その息の根を止める事が第一目標である。これは追走戦なのだ。
合同軍の行軍速度は少数精鋭なだけあってかなりの速さを保っていた。いくら合同軍とは言え、行軍するだけならたいしたぼろも見せずにこなす事が出来る。
ラムルスを離れ、リネンへの道の半ば程に達した時には夕日が沈んでいた。
「どうするべきか……」
「先手を取られている状態を挽回したいなら、やはりこのまま行軍を続けるべきでしょうね」
ユーリの横に馬をつけていたハームフルが、ユーリの言葉に一つの答えを示す。
「しかし、逆にこちらの行動が勘付かれていると待ち伏せを食らうかもしれない」
別の答えをラウラが加える。
「いや、待ち伏せはないと思ってもいい。あちらが足を止めてくれればこちらに優勢の影が見え始める。もとより、本国を落とさない限りあちらの作戦は成立しない。特にリネンは真っ先に落としておきたいと思うだろう」
「エスクード王国の同盟国であるヴェール皇国が近いから…でしょうか」
「そうだ。リネンを放っておけば北部からヴェールの兵団がリネンを経由し、巨を為して攻め込んでくる事もある、と考えるだろう。その上、東部にはエスクード本国がある。そうなればあちらの作戦もおよそ意味をなさなくなる。結局の所、そうなってしまえば総力戦になるからな」
「ならば、あちらはなんとしてでも本国を落としに来ると。それならば確かに待ち伏せの危険性はかなり低くなるな」
「よし、ここは足を止めるべきではないな。このまま行軍しよう」
そうしてユーリ達は日が沈んでも歩を緩めなかった。
そして夜が明ける。
◆◆◆
皆が皆、長距離行軍の疲れに必死で耐えている最中、朝日が昇るにつれて否応なく緊張感が増していった。
何故なら、そこかしこに馬の蹄の跡と、『獣の足跡』が見え始めていたからだった。
「……これは…」
ハームフルが真剣な目つきでその足跡を観察する。
「人の足跡ではありませんね…」
「…嫌な感じだ。ゼクシオンッ」
ユーリがハームフルの言葉に頷き、一度空を仰いでからその名を呼んだ。
すると、上空から轟音が降りてきて、皆の耳に入る。その真っ白な体表が、空を覆った。
「近いかもしれない。先に行って様子を窺ってきてくれ」
『解った。何かあればすぐ知らせよう』
「頼む」
ゼクシオンが一度大きく翼を動かす。ゼクシオンは飛躍的に飛行速度を上げ、前方へ飛び去って行った。
「獣の足跡……だよな…」
ユーリがぼそりと呟いた。同時に、その脳裏には王城の蔵書で見たミレシア大陸に住むという半人半獣の絵が過っていた。悪寒を感じつつ、ユーリは意識を高めていく。過ぎゆく景色から、何も見逃すまいと。
◆◆◆
しばらくすると、前方に低速飛行するゼクシオンの姿が見えて、ユーリは一層馬の脚を速めた。ゼクシオンの真下にまで追いつくと、すぐさま言葉を紡ぐ。
「何かあったか?」
『いるな。どうやら追いついたようだが……』
「どうした?」
『嗅ぎ慣れない動物の匂いだ。人のようでもある。少なくとも、私の知らない生き物が近くにいるぞ』
「……嫌な予感が見事に的中したかもな」
『というと?』
「奴ら、早速ミレシア大陸の『使者』を実戦に投入してきた可能性がある」
『成る程な。ユーリ、油断は禁物だぞ。私は奴らに見つからぬよう空へ昇る』
「あぁ、そうしてくれ。お前がいると奴らも穏やかではいられないだろうからな。まずは様子見だ」
会話を終えると、ゼクシオンは空へ急上昇した。
太陽が、完全にその姿を現した所だった。
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