昼の内にマズール王城を抜け出した三人。話し合う事が山ほどあった。
ベルマールがマズール紋章を服から外して地面に捨て、口を開く。
「さて、これからどうするのです、ユーリ」
ユーリはリリアーヌの手を取りながら歩いている。ベルマールの問いに思案気な表情で答えた。
「漠然としているね、ベルマールさん。…まぁ、そうだなぁ…とりあえずは大陸中にエスクード王国が未だ存在している事を知らせたい。でも、今知らせたところで…エスクードは他国の干渉を撥ね退けるだけの力を持っていないから戦争でも仕掛けられれば滅多打ちになる。マズールから領地を奪い返してもそれじゃぁ意味がない。まずは他国に対抗できるだけの…力を手に入れなければならないかな」
「どうやって?」
「大陸中をこの足で回るしかない」
「その間にエスクードの存在が悟られるかもしれませんよ? マズールは王が精神的に復活する事があれば、必ず動きを見せるでしょう。マズール王はああ見えて王としての才覚を確かに持っている人間ですから。マズールが大陸屈指の商業大国となったのも王の腕が良いからです。だからこそ、マズールはエスクードから全面的に手を引くでしょう。一度、全面的に」
ユーリはリリアーヌの手を放してベルマールの方を振り返った。
「だろうな。その様子を他国が見れば、マズールの異変、強いてはエスクード領地の異変に気付く。マズール王とて一度手に入れたと思った領地を失いたくはないから、エスクードの存在を易々と他国に知らせる事はしないだろうけど…それも時間の問題だ」
「策は?」
「漠然としたものでいいなら、在る」
そこでユーリは一度話を切って、深呼吸してからまた口を開いた。
「ベルマールさんに…復活したエスクード王国に帰って欲しい」
「確かに、その方法しかありませんかね」
予期していたように相槌をを打つベルマール。しかしそれだけでは曖昧すぎます、と付け加えた。その言葉を待っていたかのようにユーリが答える。姿勢を正し、語気を強めて。
「現エスクード王国最高権力者の力を以て命ずる。ベルマールは前任『王国宰相』を引き継ぎ、今の時刻よりエスクード王国王都に帰郷せよ。王が不在の間、王国再建の舵を取れ。一に、現エスクード領に散らばっているエスクードの民をセリオンまで誘導し、再建への意志を促せ。二に、ベルマール本人の判断において、民の中から有望な者を集め、国の防衛力となるべく、教育を施せ。その際、能力だけでなく、再建への意識の有無、その高さも判断基準に含める。最後に、ある程度再建への舵取りが安定したならば、ベルマール本人の判断において、エスクードの未来を背負う事が出来るような、有望な者を捜し出せ。その後、ベルマールは単独でエスクード最西端の深森へ向かい、其処に住まうエルフ王に謁見を試みよ。必要ならば我が名を使え。エルフ王との謁見が可能ならば、エスクード王の名を以て、エルフ王に王国再建の協力を進言せよ。以上だ」
「御意のままに」
「はぁー疲れた」
「なかなか様になってましたよ」
長い台詞を言いきった後、ユーリは即座に表情を崩して項垂れた。ベルマールも微笑を浮かべながらユーリを褒め称える。
「エルフの協力が得られればエスクードは一気に国力を増す。なんとしても協力の進言は通してもらいたいものだ。エルフ王とは何度か面会しているよね?」
「えぇ、私はハーフエルフですから。その種族的接点と、前エスクード王の宰相という立場的接点がありましたからね」
「後は己の判断に任せる」
「しかと、心得ました」
ユーリは踵を返して歩を進め始めた。ベルマールが後ろに続き、なんともなく話し始める。
「そういえば、切羽詰まっていて話をする暇がありませんでしたが、この街である情報を得ましてね…」
「どんな情報だい?」
「貴方の『親友』がキールにいるという情報です」
ユーリが驚愕の表情を浮かべる。大きく眼を見開いたまま、また振り返った。
「……なんだって?」
「ですから、貴方の親友であり、兄弟のような存在でもある御方がこの王都にいるらしいのです。それも丁度あの辺の宿に…」
ベルマールは徐に前方の小汚い宿を指さした。真っ先に走り出したのは、ユーリではなくリリアーヌだった。
「リリィ!待て!」
「うっふっふ、リリちゃんは我慢が苦手ですね。さ、追いかけましょう」
ベルマールが不敵に笑いながら、走り出す。ユーリもそれを追って走り出した。
◆◆◆
リリアーヌは息が上がるほどに全力で走った。ベルマールが指さした宿の扉を思いっきり開け、宿主になんの断りもなく片っ端から部屋を開け始める。無心だった。ベルマールの言葉に間違いがなければ、それは―――
いくつか部屋の扉を開けたが、意中の人物は見当たらない。代わりに、驚いた表情で振り向く見知らぬ他人ばかりが目に入った。でまかせなのか。幼心にそんな諦念を貼り付けながらも、リリアーヌは部屋を開け続けた。
そして遂に最後の部屋の扉に差し掛かる。丁度宿の入り口からユーリとベルマールが姿を現した時だった。なんの躊躇もなく、扉を押す。最後の部屋にいた二人の人物も、驚いたような表情で振り返ったが、リリアーヌはこれまでの表情とは一変、心底、それも中に居た人物よりも驚いたような表情を浮かべて、その場で固まった。
口が勝手に言葉を紡ぐ。
「《兄様》……!」
部屋の中にいた人物の片方。リリアーヌと同じ金糸のような髪の毛を肩で揃えている美青年が、その大きな水色の眼を見開く。そして、透き通るような美声上げた。
「……リリアーヌ?」
「兄様!!」
リリアーヌが勢いをつけて、その美青年に抱きついた。同時に、その部屋の扉からユーリとベルマールが姿を現す。ユーリもまた、リリアーヌと同じように扉の辺りで一度固まって、その後ゆっくりと歩を進めた。
「《イシュメル》……《イシュメル》なのか?」
リリアーヌに抱きつかれて困惑していた青年が、その声に反応してユーリを見る。
「ユーリ…? …ユーリじゃないか!」
青年がリリアーヌを抱えたままユーリに抱きついた。。ベルマールはその様子を満足げな笑みで見守っている。
すると、青年の隣にいた浅黒い肌の女が上ずった声で言った。
「これはどういうことなんだい? あたしの居場所がないんだが…―――」
幾許か三人は再会を喜び、リリアーヌは未だに青年に抱きついてはいるものの、ユーリが一歩、青年から離れて口を開く。悪戯気な笑みを顔に貼り付けて。
「エルフ王の実子たる《イシュメル第三王子殿下》がこんな所で何をしているんだ」
◆◆◆
宿主の文句を一通り聞いた後、青年―――イシュメルの部屋に皆が集まった。
率先して話し始めるのはイシュメル。
「―――生きていたんだね、二人とも、それにベルマールさんも。僕はレザール戦争中心配で心配で…」
「積もる話もあるが…お前の隣にいる女性がもどかしそうにしているぞ」
「失敬な、あたしゃもどかしくなんて―――」
「あぁ、紹介が遅れたね、この女性は僕の生涯の伴侶―――《アガサ》というんだ」
「……伴侶…?」
「イシュメール!何勝手に決めてくれてんだ!」
「痛っ!ごめん!ごめんよアガサ!」
一同が伴侶という言葉に驚いた。当の女性―――アガサは急に赤面して、イシュメルを殴る。傍から見ても、かなりの力が入っている拳だった。その拳をもろに頭部に受けたイシュメルは殴られた場所を大事そうにさすりながら言葉を続けた。
「あぁ、まだ決まったわけじゃなかったね、ごめんごめん。でも僕はそのつもりだよ!」
「イシュメル、解る様に話してくれ。というか何故お前がキールにいる」
未だに邪険な視線を送り続けているアガサを一瞥し、イシュメルは姿勢を正した。
「僕ってほら、王子とは言っても第三王子だろう? 政事はリオル兄さんとトリス兄さんがいるから…僕はあんまりする事がなくてね。いや、本当はあるんだけどやりたくないというか…面倒というか…ともかく、それで父上の机に『ちょっと旅に出ます』って置手紙を置いてエルフの森を抜けてきたわけさ!」
「阿呆め…」
「これはこれは、豪気なものですねぇ」
頭を抱えるユーリをよそめに、ベルマールは流麗な微笑を浮かべてイシュメルを褒め称えた。
「お前…頭は良いのに相変わらず阿呆だな」
「そうかい?」
「あぁ、まったくもって阿呆だ。エルフがマズール王国内に居ること自体、自殺行為なんだぞ」
「用はバレなければいいのさ。それに―――」
「それに?」
「君が生きていれば、きっとこの王都キールに来るだろうと思っていたから」
ユーリは言葉を返せなかった。
イシュメルは照れ隠しをしながら言葉を紡ぐ。
「リリアーヌを任された君が易々と死ぬわけはないと思ってたけど、やっぱり不安でね。理由を書き連ねても、父上に対しては言い訳にしかならないから、適当に森から抜け出してきたのさ。それにしても…君ならキールで大事件を起こすと思っていたのに…思いのほか静かなもんだね」
「大事件なら先ほど起こしてきましたよ、イシュメル王子」
「えっ!」
ユーリが答えるより早く、ベルマールが説明を始める。
「こちらも豪気でしてねぇ。マズール王相手に一芝居打ってきたところですよ。今はその帰りです」
「ユーリ!君も馬鹿だなぁ!」
「お前に言われたくはない」
「それで、この後どうするのさ?」
「とりあえず大陸を回るさ。戦力を集めにな」
そこでイシュメルが何かに気付いたように驚愕の表情を浮かべた。
「そうか、君はもう《エスクード王》になったんだね!」
「声がでかいぞ。それにまだだ。仮だよ、今は。戴冠もしていない」
「『戴剣』はしているじゃなかったっけ。エスクード王剣は既に君の所有物だろう? 元々エスクードにおいて冠なんてものは大して重要でもないじゃないか。エスクード王国においては、王の証は王剣だ。だから君はもう王なんだよ」
早口でまくしたて上げられて、ユーリはまた頭を抱えた。一方的に持論を語るイシュメルを、横からアガサが制した。
「まぁまぁ、イシュメル、こいつも頭を抱えているじゃないか。少し休み休み言いなよ」
「アガサ、こいつ、なんて言ってはいけないよ。ユーリはもう一国の王なんだから」
「…やっぱり話が見えてこないねぇ。そこのいやらしい顔の奴、説明してくれないか?」
皆が一斉にベルマールを見た。
「私の顔、そんなにいやらしいですか?」
「あぁ、いやらしいね」
弱気なため息を吐いて、ベルマールはしぶしぶアガサに説明し始めた。
◆◆◆
「……え、今の話は本当か?」
「現にその当事者が此処にいますからね」
「あたしがそんな事聞いちまって良かったのかな」
「もちろん!道連れですけどね!」
「おい!!」
そのサバサバとした気質もあってか、アガサはすぐに三人と仲良くなった。
一通りベルマールを殴りつけた後、アガサは襟を正して言葉を並べた。
「あたしだけ自己紹介がないってのもなんだし…あたしは《アガサ・ユークリッド》。出身はここから大分遠い、大陸東の《レムナント皇国》。とはいっても、この体に流れているのは《南国ノイール》の血。両親共にノイール人でね、行商でヴェールを回っていた時にあたしが生まれたらしい。つまるところ出身なんてものはどっちつかずだけども、ま、よろしくな」
「改めて…ユーリ・ロード・エスクードだ。宜しく」
「なるほど、その健康的な肌色は南国譲りの物でしたか。私はベルマール・リ・シュトラスです。以後お見知りおきを」
「僕はイシュメル・カレヌ・リィンミューレ―――」
「あんたは知ってるから言わんでいい」
「えー」
アガサにつっこまれてイシュメルは嘆いたが、すぐに隣の少女を見つめて言った。
「リリアーヌ。リリアーヌ・シーヌ・リィンミューレ。ちゃんと覚えているかい?」
「もちろんだよ!」
「良い子だね、リリアーヌ」
イシュメルは愛しげにリリアーヌを抱く。どたばたしていたものの、数年ぶりの兄妹の再会は色あせる事などなかった。リリアーヌも嬉しそうな笑顔でイシュメルに応える。
「…このまま此処に居たいって気持ちもあるが…俺はもう行く」
その様子を少し寂しげな目で見ていたユーリが声を上げる。徐に立ち上がって服を整えた。
「リリィ、お前はもう俺についてこなくてもいいんだぞ。いや、イシュメルについていけ。イシュメルがお前をエルフの森に連れて行けば…お前に課せられた『宿命』は肩から降りる。そうしたらもう自由だ」
ユーリはそれだけ言うと、皆に背を向けて部屋の扉に手をかけた。次の瞬間、背中から訪れた衝撃に驚いて、後ろを振り向く。
リリアーヌが涙を浮かべながら抱きついていた。
「なに言ってるの!?」
ユーリはその目に優しげな光を灯して、言った。
「お前は…父がエルフと和平を結ぶに当たって…『契約』としてエスクードに引き渡された『王女』だ。お前の父に、『護れ』と言われて。…俺はレザール戦争でお前を護った。それだけで契約としては十分だ。いいか、リリィ…お前がエルフの森に無事帰れれば、エスクードは何の気兼ねもなく…再建できる。だから―――」
そう言いかけて、その先の言葉をリリアーヌが遮った。
「だったら一緒に帰ればいい!」
ついて来るなと、言い返せない自分に腹が立った。
それでも―――
「お前をこれ以上危険な目に―――」
「ユーリ、君はレザール戦時下、その子を護り抜いたじゃないか。あの戦争を生き抜いた君が、これから先この子を守れない様な事は滅多にないと思うよ」
「イシュメル…」
口を挟んだのはイシュメルだった。
「それに!僕も君に同行するんだから!」
目を丸めるユーリに微笑みかけながら、イシュメルは続けた。
「なんだい、その顔は。僕はそのために、兄弟のために此処にいたんだよ?…言ったじゃないか…待っていたって」
「解っているのか…これから俺がやろうとしていることを…」
「もちろん。解っているつもりだよ」
一層真剣な目つきでそう答えるイシュメルに、またもユーリは反論する事が出来なかった。
「あー、なんだ、あたしも道連れにされちまったからな。この馬鹿が行くって言うし…あたしも行こう」
アガサが頭を書きながら面倒くさそうに言う。ユーリは彼らを直視することすらできなかった。
「あらあら、これは賑やかな旅になりそうですねぇ。『陛下』、これで私も安心してエスクードに帰る事ができそうです」
とどめにベルマールがにこやかに言い放って、場は一つの答えに収束した。扉の取っ手を無言で回すユーリ。リリアーヌは抱きつく手に、一層力を込めた。
「解った。…好きにしろ」
イシュメルが悪戯気な笑みを浮かべてリリアーヌの上からユーリに抱きつく。アガサはしょうがない、とぼやきながら荷物をまとめ始めた。
◆◆◆
建国への道が、大きく手を広げてユーリの眼前に佇んでいた。
◆◆◆
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