エンデの呟いた言葉に、ユーリは首を傾げた。
「まるでよく知っていると言わんばかりの物言いだな」
「エスクード王国。マズール王国とのレザール鉱山所有権を賭けた戦に第三次にて敗れ、没落した王国。第三次レザール戦争は苛烈を極めたが、マズール王国のヴァンガード協定連合加入に伴った圧倒的物量に敵わず。領地も奪われ、もはや存在するはその名のみ。僕が知っているのは此処までさ」
「…」
詳しいと言えばその通り。
だがルシウルというミロワール運河を隔てて存在する国にはそこまで関係はない。
詳しいという一言だけで済ますには、余りに不可解過ぎた。
「何故そんな事を知っているかって?…そうだな…」
エンデはそこで区切り、悩むような仕草を見せたが、すぐに柔和な笑みを浮かべてこう言った。
◆◆◆
「僕の国もエスクードと同じような末路を辿ったからだよ」
◆◆◆
「…というと?」
「僕たちは今敵同士だよ。こんな悠長に会話している時間はないんじゃない?」
「それもそうだな」
ユーリは不意に微笑を浮かべた。
エンデもそれに釣られて笑う。
「ははっ、出会う場所が違ければ君とは良い友人になれたろうに。特別に教えてあげよう。僕はルシウル王国左腕部の辺境に位置する元シーク公国の王子。シーク公国はシーク大公が統治する小国だった。この大陸の北部に多く生息する小人、『ドワーフ』と同盟を結んでいた数少ない希少国。故に彼らの得意技である鍛冶が発達していた国でもある。平和だったよ」
「過去形か」
エンデの含んだ言い方にため息を吐きながらユーリが反応する。
「そう。二年前、ルシウル王国に攻め入られて滅びた。領地共々ね。君は知らないかもしれないが、大陸北部では結構名の知れた戦さ。名を『クドワ聖戦』という」
「何故攻め入られた。…いや、予想はつくか」
ユーリは始め尋ねたが。
エンデの説明を反芻する内にその理由が解った。
「たぶん予想通りさ。『ドワーフ』。人間というのは存外愚かでね。傲慢だ。多種族とどうあっても争いたいらしい。シーク公国がドワーフと同盟を組んでいる事を知った途端、攻め入ってきた。戦に正しいも何もないのに。『聖戦』なんてこじつけて…ね」
エンデが語っている時、周りのルシウル兵の視線がえらく懐疑的だった事にユーリは気付いた。
当然と言えば当然か。
そして同時に―――
エンデの境遇が余りにも自分と似ている事にも気付いた。
戦における理由は違えど、エスクードも水面下ではエルフという多種族と同盟を組んでいたし、エンデが今此処に居る事がその戦を生き残った証明でもある。
「その位にしておけ。周りの兵が懐疑的な視線を向けているぞ」
「あぁ、そうだね。あっ、僕も一つ尋ねたいんだが」
「好きにすればいい」
ユーリは間髪いれずに答えた。
「君は何故、今ヴェール皇国に味方しているんだい?…マズールとの戦に敗れたのなら捕虜等にされているんだろう?…殺されていないのが不思議ではあるけど。ともかくヴェール皇国とマズール王国には外交的な関係はないし…」
ユーリは少し考えた。
どう答えるべきか。
安易にエスクードの存在を知らせれば国に早々に危険が及ぶかもしれない。
だが、エンデの言葉を聞いてしまった上で、嘘を語る事はしたくなかった。
どうしてか、そう思った。
だから言った。
真実を。
◆◆◆
「俺は今、エスクード国王として此処にいる。それが答えだ」
◆◆◆
エンデの身に電撃が走った。
エスクードの話を聞いてから、親近感は感じていた。
余りにも似ていたから。
さらに目の前に現れたのは奇しくもそのエスクードの末裔。
運命染みた何かを感じずにはいられない。
そして彼は言った。
自分が国を取り戻し、王座に就いている事を。
よくよく思えば彼の現存、存命はおかしい。
苛烈を極め、そしてエスクード王族が最もしつこく狙われたレザール戦争を経た上で、彼が捕虜として生き延びる訳がない。
彼は、ユーリはその力のみで戦った上で生き延びたのだ。
事実を知った時エンデは驚愕する事しか出来なかった。
「再建…したのか」
「全ては言えない。今の言葉も俺の我儘だ。エンデ、お前に嘘をつきたくはなかった」
「君は…馬鹿だね」
「よく言われる」
中央部の情勢は知らない。
知る由もないのだ。
それでもエスクード王国の復刻ともなれば一報くらいは伝わるはず。
だがそれがない。
つまり今再建しているか、水面下で復刻しているか。
前者の方が圧倒的に信頼出来る。
ともなれば、彼が現状を他国の輩に悟られるような物言いをする事自体が自殺行為。
だがユーリはそれを言った。
エンデは苦笑しながら言うことしかできなかった。
そしてユーリと同様に―――
運命を呪った。
今、この現状を突き詰めればエンデとユーリは敵。
ヴェールを奪おうとするルシウル勢の一人と、ヴェールを奪わせまいとするヴェール勢の一人。
それ以外には何もない。
何もないのだ。
もっと違う出会いをしていれば、此処で殺し合う事もなかったろうに。
(願わくば―――)
◆◆◆
いや、今は言わないべきだ。
◆◆◆
エンデは脳裏に浮かんだ言葉を飲み込んだ。
代わりに別の言葉をユーリに投げかける。
「話は…此処までだね」
「そうだな」
ユーリもエンデの言葉の含む意味を理解する。
周りのルシウル兵達もそわそわしてきた。
もう―――
開戦だ。
二人は各々の信念を抱えて、剣を構えた。
◆◆◆
会話し始めた時には元に戻ったユーリの瞳孔も、即座にまた変化する。
右眼は金色に輝き、とめどなく溢れる金色の魔力が常人の眼にも映るほどだった。
その魔力を目にするだけで、周りのルシウル兵達はたじろぐ。
魔術を齧っているものならば理解できたのだ。
圧倒的魔力差と言う物が。
だがエンデは怯まない。
背中に携えた身の丈程の大剣を抜き去り、構える。
刀身の幅はユーリの持つ剣の二倍はある。
エンデの身の丈はユーリよりも幾分か低く、その剣の巨大さはえらく不相応に見えた。
が―――
初太刀。
エンデから仕掛けた横一線の一振りで、ユーリは認識を改める。
思いもよらぬ速度で迫った大剣を、かろうじて後退して避けた。
切っ先が腹部の服をえぐる。
不相応、否、その見てくれを補って余りある力量を、エンデは持ち合わせていた。
「見事なもんだ」
ユーリが思わず声を上げる。
エンデは剣の重さを利用した遠心力で大剣を大きく振り回し、反転しながら今度は縦一線に大剣を振り下ろした。
ユーリは半身になって寸前で避ける。
頬を刃が掠めた。
代わりに大剣は地面を抉る。
その隙に、ユーリが攻勢に転じた。
一歩で最高速に達し、勢いを保ったまま黒剣で突く。
その凄まじい速度にエンデは容易く対応した。
だがエンデはユーリの突きをかわすために大剣を置き去りにする。
大剣は地面に突き刺さったまま。
その状態のエンデは無防備過ぎた。
ユーリが即座に逆手の王剣でさらに突きを繰り出す。
(入る―――)
がきん、と。
鳴ったのは金属音だった。
「なっ―――」
地面に突き刺さっていた筈の大剣が、まるで生き物のように勝手に跳ね上がり、エスクード王剣を弾き飛ばした。
ユーリは唖然とした声を上げる。
大剣はそのまま宙に浮き、エンデの手元に戻った。
「魔術師か?」
エンデは大剣を握り直しながら答えた。
「違うよ、僕は魔術を一切使えない。シーク人は魔の才に恵まれていないからね」
「そんな所まで同じか…」
「君は魔力を持ち合わせているじゃないか。それも膨大な…僕でも認識出来るほどの」
「これは俺の魔力じゃないんでね。…なら何故大剣が独りでに動く」
ユーリの言葉を追求する事を諦めたのか、エンデは少し苦笑して答えた。
「僕の魔術じゃない。この剣自身の力さ。大剣エスパダ―――ドワーフが打った剣でね。材質は秘伝だから教えられないけど、打つ時に僕の血を飲ませてる。ドワーフは特殊な武具を作ることに長けていて、こんな風にちょっと変わった剣も作れるのさ。彼らの魔術と言ってもいい。ちなみにこのエスパダは二十三代目。シーク公国の長が生まれる毎に作られるんだ。そして血を吸わせることで使用者を限定する。エスパダが聞くのは僕の命のみ」
「ちょっと?…大分変わった剣だぞ」
「そうかな?僕は父上が二十二代目を使っているのを見ていたからあんまり実感がないなぁ」
ひと時の休戦。
「珍しい物があるものだ」
「世界は広いからね。さて、僕達も戦闘に戻ろうか」
「そうだな」
再び臨戦態勢。
二人を取り巻く緊張感が再び姿を現す。
先に仕掛けたのはまたもエンデ。
離れた状態から大剣エスパダを振る。
大剣はエンデの手元を離れ、勢いを保ったままユーリに向かっていった。
見た事もない奇襲に反応が遅れるユーリ。
咄嗟に王剣と黒剣を交差させて大剣を受け止める。
王剣がみしみしと軋む音を聴いた。
(受け止め切れないか…!)
即座に限界を悟ったユーリは横に転げて大剣をいなす。
大剣は後方に飛んでいったが、不意に嫌な予感がして後ろを振り向いた。
大剣が宙で向きを変えて、再び向かってきていた。
「出鱈目だッ!」
またも横に転げて避ける。
打開策が見当たらなかった。
そんな状態で数回大剣を避けていると、背後に気配を感じた。
「大剣に気を取られ過ぎだよ」
エンデが右の拳を打ちこむ寸前だった。
(間に合わないッ)
横っ腹に強烈な一撃が入る。
その衝撃で脳にまで揺れが達したかのような錯覚に陥るほどの拳だった。
ユーリは軽く吹き飛びながらも苦し紛れに反撃をする。
なりふり構わず剣を振った。
エンデの服を王剣が切り裂く。
だが、態勢の整っていない状態で剣を振ったとて碌な斬撃にはならない。
服を切るだけで、その体にまでは達していなかった。
ユーリはエンデの打撃の衝撃で地面を転げる。
「くっ…重い…な」
「魔術は使えない。でもその分体術には時間を裂ける。散々父上に体術を叩き込まれたさ」
「そんな…ところまで…一緒か」
ユーリは必死に態勢を起こす。
不意に肋骨辺りに違和感を感じて、冷や汗が噴き出た。
(一、二本は壊されたな…)
そして吐血。
地面に血が華を描いた。
「骨が内臓にでも刺さったかね」
「そのようだね」
余裕がなくなる。
存外、その方が良かったのかもしれないと、ユーリは思った。
エンデに対する親近感はやがて友情に近い何かを生み出していた。
おそらくエンデも同じだろう。
だからこそ会話が多くなった。
戦場でそんな状況に陥る事は滅多になく、『希少』だ。
少しの間の会話で、これ程までに相手に興味が湧くなど。
だから運命を呪ったのだ。
故に現状。
怪我を負った。
だが…
(これでいい)
ユーリは目を閉じる。
エンデは大剣を手元に戻して再び構えた。
(切り替えろ…)
エンデが一歩、前に出た。
(切り替えるんだ)
向かってくる。
(今必要なのは―――)
大剣を中段で構え、突きが繰り出され―――
ユーリの体がぶれた。
少なくとも、エンデにはそう見えた。
だが、ユーリに突き刺したと思われた大剣には手ごたえがない。
ふと背後で足音が聞こえて、振り返った。
その瞬間には、黒剣ゼムナールの刀身がエンデの腹部間近の所に迫っていた。
(不味いッ!)
エンデの体が警報を鳴らす。
不意、故に体が硬直した。
考えるよりも早く、手に握る大剣に意志を投げかけていた。
大剣エスパダは主の命令を受けて凄まじい速度で反応し、黒剣とエンデとの間に勝手に体を滑り込ませる。
甲高い音が鳴って、黒剣の風圧がエンデの体を打った。
エンデの額から噴き出る冷や汗。
気付く。
ユーリの纏った雰囲気の違いに。
ぴりぴりと体をうつ嫌な感覚。
自分に向けられている強烈な殺意の波動。
別人のようなユーリの醸し出す空気に、エンデは一瞬たじろいだ。
そして知識に確信を得る。
彼がレザール戦争を生き抜いた修羅であることに。
これから相見えるだろう鬼神の姿を、その時目に刻んだ。
◆◆◆
あぁ、なるほど。
おそらく、その点に置いて、僕と彼は違う道筋を辿ったのだろう。
◆◆◆
+注意+
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