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王の帰還
K.record 16 「偶然」
深夜だった。
ユーリ達がいる一室にカージュが駆けこんできたのは。

「ユーリ様!ルシウルの軍隊が見えたと斥候から報告がありました!」

その知らせを聞いてユーリはゆっくりと立ちあがる。

「…来たか」
「行くの?」
「あぁ、リリィには悪い事をするな。また待たせることになって―――」

「駄目だよ、ユーリ。リリアーヌも連れて行くんだ」

皆が振り向く。
イシュメルが、カージュの後ろから声を上げていた。

「イシュメル!何処に行っていたんだ!」

アガサが真っ先にイシュメルに飛びついた。
ユーリは一瞬安心したような顔をしたが、すぐに無表情に戻す。

「…どういう意味だ?イシュメル」
「リリアーヌは君に必要なんだよ。リリアーヌに君が必要なんじゃない。君にはリリアーヌが必要なんだ。『歯止め』としてのリリアーヌが」

薄々は気付いていた。
幾度狂気に飲まれても、いつもリリアーヌの声で覚醒することに。
一種の病気かもしれない。
戦の狂気に巻き込まれることで、一時自我を失う。
常人には測り知れぬユーリの狂気。
解っている。

「…だが戦場は危険だ」
「…『僕が守る』。ルシウル兵を殺してでも」
「…穏やかじゃないな」
「でも、その通りだろう?」
「お前はそれでいいのか」

「僕は大丈夫。守る為なら…少しは耐えられるから」

沈黙。
イシュメルの決意は、確かにユーリに伝わった。

「解った。なら…行こう」
「ちょっと待ちな。あたしも行くよ」

皆が目を丸める。アガサの言葉。
イシュメルは一瞬彼女をなだめようとしたが、言葉に籠った並々ならぬ決意を感じ取って口を噤んだ。
アガサもこの空気を予め予想していたので、口は滑らかに動いた。
決意に劣らぬ実力を示さなければならない。
臨むのは戦だ。
そしてアガサは切り出す。
持って生まれた力の秘密を。

「利点もあるぞ。私は『ラ・シーク』だからな」

ラ・シーク。
『完全なる馬との交信者』。
ある古代遊牧民の一族に稀に現れると言う異端者。
一族では英雄と讃えられるその能力者は、つまり、馬と話す事が出来た。
種族の垣根を越えた能力。
故に讃えられもすれば、虐げられもする。

「黙っていて悪かった。気持ち悪がられると思って―――」
「そんなことない!凄い力だよ!まさか実在するなんて!」
「心底驚いた」
「え!馬さんと話せる人!?」

アガサの懸念は、早々に霧散した。
気持ち悪がる―――
少なくとも、この仲間たちはそんな事微塵も思っていなかった。

「お、おう。だから私がリリアーヌと一緒に馬に乗れば少しは安全なんじゃないか!?」
「リリィを守り切る自信はあるか?」
「舐めるんじゃないよ、あたしを捕まえられるのは同じラ・シークくらいさ」

ユーリはふと笑ってアガサの肩をぽんと叩いた。

「なら、『頼む』」

その言葉の重みが、アガサにも理解できた。

◆◆◆

「城を出る前に武具を調達しなければな」
「それもそうだね」

ユーリの持つ武器はエスクード王剣とヴェール兵士に支給されている剣一本。
イシュメルは使い慣れた弓と弓矢を持っているが、弓矢は補給しなければすぐなくなりそうだし、アガサは使い慣れない剣を一本持っているだけだったので、ルシウルの軍隊に喧嘩を売る為に武装を整えなければならなかった。

「カージュにでも聞いてみようか」

ユーリとイシュメルは城内の通路を行った。
カージュを探すべくして。

結果として、思いのほか簡単にカージュは見つかった。
兵士の訓練場で指示を出している所だった。

「これあお二方、いかがしました?」
「武具を調達したいんだが…何かあるか?」
「あぁ、それならヨキに聞くと良いでしょう。彼は武具商人の息子でもありますから。武具に関してなら人一倍詳しいのです。ヨキ!」

カージュは兵士の群衆に声をかけると、その中から一人の見慣れた青年が姿を現した。

「はっ!お呼びでしょうかカージュ様!」
「ユーリ様達が武具を調達したいと言っている。手伝ってくれないかな?」
「お安いご用です!」
「城の宝物庫の物を見立ててもいい。宜しく頼んだよ」
「畏まりました!」

相変わらずの威勢を保ちつつ、ヨキがユーリ達に歩み寄った。

「では、行きましょう!ユーリ様!」
「あぁ」
「元気な人だね」
「全くだ」

イシュメルが笑顔で言う。
ユーリもやれやれと両手を広げながらそれに答えた。

◆◆◆

二人はヨキの案内で真っ先に城の宝物庫に連れて行かれた。

「いいのか?俺たちはあくまで部外者だぞ。宝物庫の物を貰う程の事は―――」
「いいえ、ユーリ様達はヴェールの為に最前線に立つおつもりでしょう。宝物庫の物を貰っていただく理由としては十分です」
「そういうもんかね」
「そういうもんですよ」

幾数にも掛けられた鍵をヨキが順に開けて行き、遂に宝物庫の扉を開けた。
瞬間、中からただならぬ雰囲気が伝わる。
明らかに普通の部屋ではないという確信。

「イシュメル」

ユーリが勘付いたようにイシュメルを呼ぶ。
イシュメルも同じように何かに勘付いたように答えた。

「…『何かいる』ね」

ヨキは訳がわからないと言わんばかりに顔をしかめる。
ユーリが一歩、宝物庫に足を踏み入れた。
その瞬間―――

「同族か」

一言、そう呟いた。

「え?何かありましたか?」

ヨキが宝物庫に足を踏み入れようとする。
それをイシュメルが制した。

「今は入らない方がいい」
「どうしてですか?」
「ユーリがそう言っているからさ。正確にはユーリの右眼が―――」

そう言われて、ヨキはユーリの顔を見た。

右眼が金色に輝いていた。

ユーリはきょろきょろと辺りを見回すと、ある一点をじっと見つめるようになり、遂に足を動かした。
近寄り、宝物庫に置かれている宝達を次々とどかし、遂に目的の物を見つけ、それを持ってヨキに尋ねる。
ユーリが持っていた物は、容器に入れられた金色の眼球だった。

「これはいつから此処にある」
「えーと…」

ヨキが考える仕草をするが、一向に答えが浮かぶ様子もなく、ただ時間だけが過ぎていった。
ユーリの方もどうしてもその眼について知りたいらしく、宝物庫から出ようとしない。
いくらか経つと、宝物庫に近づく足音が三人の耳に入ってきた。
そして現れたのは―――

「エンピオネ様!」
「うむ、ちゃんと仕事はしているか、ヨキ」
「いえ、ユーリ様の問いに答える事ができなくて…」
「お前は宝物庫には詳しくないからな。ま、詳しいのは皇族くらいじゃ。よいぞ、下がれ」
「はい、失礼いたします」

ヨキが一礼をしてその場を去る。
ユーリはエンピオネに対してまた尋ねた。
尋常でない何かを表情に写して。
怒りでもなく、哀しみでもない。
喜びでもなければ、楽しいわけでもない。
ただ、妙な威圧感だけを宿して。

「これはいつから此処にある」
「妾が答えられるだけなら答えよう」

エンピオネは宝物庫には入らず、扉の前で立ったまま言葉を紡いだ。

「それは十代前のヴェール皇帝が何処かから持ってきた生物の眼球じゃ。生身で触れる事が出来たのは十代前のヴェール皇帝のみで、そのほかの者が触れようとすればたちまち廃人と化した。以来、最も人が寄り付かない宝物庫に保管された。これくらいじゃ。お主にはそれがどんなものだか解るかの?」

そして一歩、ユーリに歩み寄ろうとする。

「駄目だ、入って来るな」
「何故じゃ?」
「その伝承通り、廃人になるぞ」
「どういう意味じゃ」

エンピオネが足を止める。
今度はユーリが言葉を紡いだ。

「これは竜族の片眼だ」
「…何故それが解るのじゃ」

◆◆◆

 俺の右眼は竜族の片眼だからだ。

◆◆◆

「なんじゃと…?」
「右眼が訴えてくる。これは同族の眼であると。十代前のヴェール皇帝は竜族を侮ったな。眼球一つですら竜は生きる。むしろ竜族の力の大半はその眼に宿る。今、この眼は自分の支配できる領域を広げ、そこに入る生物の肉体を得ようとしている。だから近づくな」
「なら何故、ユーリは大丈夫なのじゃ?」

ユーリは少し笑った。

「いや、大丈夫じゃなかったさ。こいつは俺の肉体を得ようとした。だが、俺の精神に触る寸前に手を止めた。もう既にそこには別の竜族が棲み付いていたから。そしてその竜族に怖気づいたから。生物としての本能、弱肉強食。しかし生態系の頂点に位置する竜族は常に喰らう側に居る。なのに、その竜族が怖気づいた。つまるところ、竜族にも竜族なりの同族における位置づけのようなものがあって、その序列が俺の片眼の方が上だった。…らしい」
「らしい?」
「もちろん推測でしかないから」
「もう、なんというか、妾には理解できぬ世界じゃな。イシュメル、お主はさほど驚いていないように見えるが…」

イシュメルは微笑を浮かべてエンピオネの問いに答えた。

「えぇ、僕は幼少の頃、竜族とよく会話をしましたから。ユーリの言葉は僕にとっては周知の事実ですよ」
「詳しく聞きたいが…今はそれどころではないしのう」
「無事、ヴェールに戻ってきたら思う存分話して差し上げますよ。それで、ユーリ、その竜はもうちょっかいを出して来ないのかい?」
「いや、少し時間が欲しい。聞きわけが悪くてな。どうしてもその十代前のヴェール皇帝と『再戦』したいらしい」
「それは真か?」
「あぁ、エンピ姉、十代前のヴェール皇帝の名前はハルキュリア・ヴェール、だな?」

ユーリが言った言葉に、エンピオネは目を見開いて頷くことしかできなかった。

◆◆◆

ユーリが口を開いたのはそれから十数分後。

「やっと理解したか。疲れた…」
「お疲れ様」
「理解、とな。言い聞かせる事など出来る物なのか」

ユーリがこりをほぐす様に肩を大きく回しながら二人に歩み寄る。

「言い聞かせるって言うよりも、こっちも怨念混じりに力づくで押し返しただけだよ。これであの竜は当分おとなしくしてるはず」
「うむ、だがあのままにしておくと言うのもなんだか悪いな」
「なんとかなるさ、そのうちな」
「そうか、ならその言葉を信じよう。それで、武具を探しに来たのじゃったな」
「あぁ、俺には剣を。イシュメルには弓矢を」
「解った。なら良い物がある」

エンピオネはユーリの了解を得て宝物庫の中に足を踏み入れた。
数分何かを探しまわり、目的の物を持ってくる。
刀身が黒い剣と、矢じり部分が青い弓矢だった。

「この剣はメルツェム鉱石を長い時間を掛けて研磨した業物じゃ。弓矢は矢じりにルガール鉱石を使った物。特性は鉱石のままじゃな」
「メルツェム鉱石とルガール鉱石か。随分な代物だな。金貨十枚にはなる」
「当然じゃ。ヴェール皇国の宝物庫に入れられる程の物じゃからな」

メルツェム鉱石。
大陸の遥か北方、雪原地域に位置するメルツェム鉱山から唯一取れる貴重な鉱石。
メルツェム鉱山は現在北方王国『リッヒハイゼン』の所有物となっている。
収穫量の少なさと、リッヒハイゼンの独占状態が相まって既に高値で取引されている代物だった。
その特性は頑強にして柔軟、そして重い。
類まれな柔軟性により、加工のし易さは一級品であるのに、その頑強さは数ある鉱石の中でも上位に食い込む。
吸い込まれるような深い黒色が人気でもあった。
ユーリが与えられた剣は、刀身の腹に文字が刻まれていた。

「古代文字か?」
「剣の名じゃ。『黒剣ゼムナール』」
「いかにもって感じの名前じゃないか」

ユーリは受け取った黒剣をぶんぶんと振りまわして見せた。

「よくもまぁそんな重い剣を振りまわすものじゃな」
「言う程重くはないと思うけどね」
「城の騎士達に聞かせてやりたいわ……ともかく、イシュメルにはルガール鉱石で造られた弓矢を」

ルガール鉱石。
南国パランティーヌ公国の所有物であるルガール鉱山から取れる鉱石。
大陸でも最も異質な特性を持つ鉱石の一つだった。
その特性とは『魔力吸収率』。
初期にて魔力含有量は微量であるものの、術師が魔力を注ぎ込めれば即座に驚異的な物質となる。
一言で言えば変幻自在。
上位魔術師たるイシュメルにはもってこいの鉱石であり、弓矢であった。

「有り難う御座います。話には聞いていましたが僕もお目に掛かる事はなかなかなくて。また知識が増えましたよ」

イシュメルは濃青色の矢じりを撫でた。

「さて、これで準備は整った。決着をつけに行くか」

ユーリ達は各々の心持で、歩を進めた。


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