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王の帰還
Kingdom record 1 「境界」
  第三次レザール戦争。
 世界でも数国しか存在しない完全な独立国家エスクード王国と、大々的な物品流通の国際基盤を持つマズール王国との鉱山資源を賭けた争い。レザール鉱山は丁度二国間の国境線に頂を貫かせており、かねてから所有権の譲渡をかけて争ってはいたが、第三次レザール戦争はその中で最も熾烈を期した。事実、三度に及ぶ戦争はそこで終結し、多量の人命を犠牲にしてマズールが所有権を獲得、公に鉱山資源を搾取できる時代が訪れた。
 第一次、第二次には両者の軍力は拮抗していたものの、第三次に臨むにあたり、マズール王国は戦力の増築を目的に或る協定連合への加入に踏み切っていた。加入国の相互交流円滑化を理念とし、無条件国境踏破法案、相互関税廃止、その他にもおよそ国の相違をあやふやにする規定を暗黙の了解とする協定連合群―――《ヴァンガード》。
 貴重な鉱山の奪取とあらば連合国家は無条件に軍力を貸し、結果マズールは虐殺に近い形でエスクードを下した。
 一方のエスクードは完全独立国家である。
 他国との貿易はするものの、根本では他国を拒絶し、中立を維持、他国間の戦争にも一切の干渉をしないという名目で自立していた。しかし、独自に自衛力を育てていた為、一方的な武力介入にも動じず、退かず、その土地を守り抜いてきた。
 限界だったのかもしれない。
 エスクードの土地は鉱山や天然資源に溢れており、他国から見れば貴重な資源を独占しているように見える。交易でその資源を平等に取引してはいたが、世界から独立しているという確固たる真実が裏で他国を刺激していた。
 滅亡は目に見えていた。
 ヴァンガード協定連合を後ろ盾にエスクードへ侵攻したマズールは武力という点において驚異的なまでの成長を遂げ、もはやエスクードには立ち討つ術はなく、狭い土地に住む国民を逃がすことしかできなかった。
 そしてエスクード王国は滅びた。世界の地図から、エスクード王国は崩れ去り、消え失せた。
 現在に語られる所の亡国(ぼうこく)エスクードの誕生である。
 同種族間の戦争は哀しい物だ。

 人間は何処まで愚かなのだろうか。

『レザール戦争の軌跡』著:イース・マグナ 天暦3305年

◆◆◆

 神は信じない。
 信ずるは己の叫び。

◆◆◆

 旧エスクード領―――現マズール領・ヴァンガード協定連合法下。

◆◆◆

「エスクード王の敷いた善政も…あくまではエスクード国民にとっての善政であって他国には悪政にしか見えなかったのかもな――」

 マズール王国の檻が伸びていない田舎村の古びたレンガの家の中で、一人の青年が膝元に一冊の本を置きながら言葉を紡いだ。きめ細かな白い肌、日光を受けて煌めく長い銀髪は、彼の背元で無造作に黒い紐によって纏められている。目元に掛かる前髪の隙間からは、深い真紅に彩られた瞳が覗いていた。一目見れば、誰もが超俗的な印象を得ずには居られない特異な容姿。青年は、目元に掛かる前髪を少し指でどかしながら、台所で家事に勤しむ一人の少女に視線を送った。
 少女は彼の視線を小さく細い背中で受け、その視線に込められた言葉に気付いて振り向いた。

「私の意見を聞きたいの?」
「まぁ――そんな所だ」

 彼女は首元から掛けていたエプロンを解きながら、台所を離れて青年の居るリビングのテーブルへと歩を進める。青年以上に長く伸びた金糸の髪は、一片の汚れもなく、澄んだ輝きを放っていた。顎下まで伸びきった金髪を大きく揺らしながら、青年の隣へ椅子を運んできて、彼の手の中の本を覗きこむように椅子に座りこんだ。

「政治の本?」
「そうだよ。リリアーヌにはまだ早かったか?」
「馬鹿にしてる?」

 彼女は目元に少し力を入れて、ありったけの鋭い視線を上目遣いで彼に送った。

「はは、そう怒るなよ。それで、さっきの話だけど――」

 青年は端正な顔に微笑を浮かべ、彼女の視線に応えた。

「そんなの、誰も判断出来ないと思う。だって、人にはそれぞれ違う価値観があるから――」
 
 彼女の口から出たのは、答えを保留しているような、同時に、酷く世界を達観しているような言葉だった。

「正に。それでも、世界は、人は、単一の秩序を欲している。少なくとも。でなければ戦争なんて起きないさ」

 青年は幾許かの寂寥感を瞳に灯し、力無い微笑を湛えた。少女は青年を心配そうな視線で見つめるが、彼の瞳は彼女ではなく、自らの内側に向いているようだった。自分の内側に答えを模索しているような―――
 彼の手も足も、表情も止まり、ただ瞳だけが瑞々しげに時折閃いている。
 彼女は、不意に彼がそのまま何処かへ行ってしまうような気がして、咄嗟に彼の名を呼んだ。

「《ユーリ》」

 青年はその言葉に反応して、一度瞬きをすると、自分の名を呼んだ彼女の顔に視線を向けた。丁度その頃、台所で炊きつけていた鍋がぐつぐつと大きな音を立て始めて、彼女は少し焦燥を含んだ声を上げて、台所へ駆けていく。

「焦げちゃう焦げちゃうー!」

 その様子を微笑ましげに後ろから眺めていた青年は、彼女が煮えたぎる鍋と格闘している間に膝もとの本を畳み、部屋の隅に置かれた大きめの本棚に戻した。そのままの足で、彼女の元まで歩み、細い指を彼女の金糸の髪に絡めて、一度彼女の頭を撫でた。

「少し外を歩いて来るよ、《リリアーヌ》」
「うん、気をつけてね」

 この平和な村で気をつける事なんかないよ、と青年は返して、レンガ作りの家を出て行った。

◆◆◆

 村から少し離れた場所にある丘を目指す。辺りはからは日中の仕事を終えた村人たちの声が度々聞こえ、ささやかな活気に満ちていた。すれ違う村人たちに笑顔で挨拶をしつつ、ユーリはただ歩き続ける。
 考え事があると、旧エスクード領がよく見えるこの丘に来るようになった。別段、特別な場所であるという訳でもなく、ただ単に静かで、景色がよく見えるから。考え事をするには適しているのかもしれない。

「どうせ――答えは出ないのに、何故こうも考え続ける」

 先の事なんて実際に出会ってみなければ解らないのに、と付け加え、自分に言い聞かせるように言葉を紡いだ。丘の最上部まで昇り切り、その場に腰を下ろす。沈み始めた日の光が、同じような赤みを漂うわせるユーリの瞳をそれ以上に赤く彩った。
 同じ輪廻を廻る思考が終着点に至る訳でもなく、しかし、その螺旋の思考を忘れられる程の別の思考が生まれる訳でもなく。
 日が半分以上地平線に隠れ、地に注ぐ光もまばらになってきた頃、ようやくユーリは丘から立ち上がり、リリアーヌの待つ家へ帰ろうと決心した。
 こんな一日を一体幾度重ね続けてきたのだろうか。纏まらない考えと、定まらない決意に振り回されながら、この身をその場で漂わせる。

 何時までもこの思索の日々が続く訳ではないと解っているのに―――

 ふと脳裏に過る文字の羅列。嗚呼、その通りだよ、と自分ではない誰かに語りかけるかのように、ユーリは帰り際に呟いた。

◆◆◆

 丘から村の中に戻ってきた頃には、辺りは暗く、村の中に点々と立ち並ぶ街灯の光だけが村の中を静かに照らしていた。思いのほか遅くなってしまった物だ、と思ったよりも時間を長く費やしてしまった自分を少し叱咤し、足早にリリアーヌの待つ自分の家へと歩んでいく。
 遂に家が見えた頃には、周辺から唾液をそそる様な良い香りがして、都合よく空腹を主張する胃袋を宥めつつ、家の扉を開けて声を上げた。

「ただ今、リリィ」
「あ、御帰り、ユーリ。あんまり遅いから私が全部食べちゃおうかと思ってた所だったよ…」
「悪かったって」

 リリアーヌは少し頬を蒸気させてユーリの非を主張する。大人しく彼女に謝罪の言葉を送り、そのままリビングの椅子に腰かけた。

 彼女の作る料理の数々は、商品として出しても遜色ないと思われる程に美味で、いつもながら、彼女のこういった手腕の良さに若干の驚嘆を抱きつつも、止まらない手でその料理の数々を口元に持っていく。
 対するリリアーヌは一向に止まる気配がない彼のナイフとフォークに若干の畏怖を抱きつつも、満足げに言葉を紡いだ。

「ホントよく食べるよね…ユーリって。作りがいはあるけど――」
「ん?」
「――食材費の事も少しは考えて欲しいな?」
「まだ蓄えはあるじゃないか」
「食べながら喋らないの」
「ふぁい」

 喋りかけたのはリリィの方じゃないか、と心の中で言うが、ユーリは彼女の言葉に大人しく従って一度適当に返事をしてからとりあえず口の中の物を飲みこんだ。

「ユーリって品行さえ整えれば高貴な人に見えなくもないのに…」
「品行方正なリリアーヌ様に言われると弁解のしようも御座いませんよ」

 リリアーヌの小言を適当にいなしつつ、ユーリは再び口に料理を運び始める。しかし、鶏肉のソテーを口元にフォークで持ってきた所で、リリアーヌの些細な挙動の変化に気付いた。
 リリアーヌの耳が、ピクリと一度だけ脈打った。常人よりも幾許か長く、少しだけ尖がった細い耳が。
 口元まで持ってきた鶏肉を一度料理皿に戻し、真剣な顔で彼女に問う。

「どうした?」
「音…聞き慣れない音がする――」

 ユーリも耳を(そばだ)てるが、特に変わった音は聞こえない。しかし、ユーリはリリアーヌの言葉を全面的に肯定していた。彼女が言うのだから、何か異変が起きている、と。ユーリはナイフとフォークを静かにテーブルに置き、椅子から立ち上がる。

「リリィは此処に居ろ。俺が見てくる」

 リリアーヌは未だに眼を瞑って意識を聴覚に集中させている。彼女が聞いた音を、より明確に聞き取るために。
 しかし、次の瞬間――ユーリでさえも聞きとれる程の『怒号』が村の中で響いた。ユーリの顔から穏やかさが消え失せる。確実な異変。確信――
 ユーリが家から飛び出そうとした所で、リリアーヌが咄嗟に声を上げた。

「待って!私も連れて行って!」

 初めは断ろうと思った。しかし、彼女の怯えるような瞳を見て、彼女を此処に置いて行くべきではないと判断したユーリが直ぐに答えた。

「解った――手を離すなよ」

 ユーリはリリアーヌの手を取り、家の扉を開け、彼女の歩幅に合わせつつも、出来るだけ急いで怒号の出所へ走って行く。
 走っている最中、不意にユーリの脳裏にまた文字の羅列が浮かんだ。

 決意の刻が来た―――と。

 怒号の発信地に近づけ近づく程に、怒号は確かな言葉の繋がりとなってその意味を報せていく。村人の声、聞き慣れた声だった。
 
「近いな」
 
 そして―――『現場』に着いた時、ユーリは愕然とした。

◆◆◆

「てめぇ!よくも!」

 豪勢な髭を蓄えた村大工の一人が怒りの籠った声を上げている。何度か世話になった事もあるその村大工にはユーリも当然見覚えがあった。しかし―――もう一方。その村大工の男が怒声を投げかけている相手。
 見慣れぬ鎧姿の騎士である。
 一、二、三、……多すぎる。これでは騎士団だ。そうユーリは心の中で冷静に呟いた。騎士達の鎧甲冑には《マズール王国》の紋章――鷲の翼と上半身に、獅子の下半身を持つ《グリフォン》の肖像――が彫られている。
 ユーリの頭はその紋章を見て即座に、彼らが何者であるかを弾き出した。

 何故マズール騎士団がこんな田舎の村に――

 そう考えている最中――ユーリの体は咄嗟に動いていた。
 怒声を放っていた村大工が、不意に剣を抜き去った騎士の斬撃をまともに受けたからだった。
 不味い、致命傷だ、と眼の前の光景を見て村大工の傷の深さを的確に判断する。

「―――!」
「喋るな!」

 内臓の損傷によって、口元から鮮血の泡を垂らしながらも、村大工は何かを言おうとしている。ユーリはそれを止めようとするが、怒りに支配されている村大工の方は一向に大人しくなる気配がない。しかし、傷の深さも相当で、徐々に声を出す事も辛くなってきたのか、その村大工は遂に喋る事を止めて、一挙手で全てをユーリに伝えた。彼の指さす先。

 血に伏す老婆。

 ユーリがその姿を見つけた時、ユーリの前に村大工を斬り捨てた騎士が歩み寄ってきて口を開いた。

「我らは《マズール王国》よりこの村の『管理』を任された。此処からでは少し遠いが、十数キロ先に新たな鉱山が発掘され、その労働資源としてこの村の住人を使う予定だ。村にいるのはマズール領において納税すらしていない村民達だ―――マズール王国に仕える事が出来るだけ有り難く思え。年老いた者は労働資源として使い物にならない故、切り捨てることになっている。これは報いだ。《エスクード王国》などという幻想に囚われつづけ、新国家への忠誠を忘れた者達よ。せめて幾許かでも…マズールを想うがいい」

 ユーリはその言葉を聞いて、状況を掴む。掴まざるを得ない。その行動の結果を、目の前に提示されているのだから。だが、納得など出来ない。騎士の発した言葉はユーリにとって余りに理解に容易い言葉だった。エスクード王国とマズール王国。相容れない二つの国。その辿ってきた軌跡を、ユーリは理解し過ぎていた。
 騒ぎに駆け付けた村人たちは、唖然として立ちつくしていた。
 その騎士が、駆けつけた村人たちをぐるりと見回していく。そしてその視線はある一点で止まった。騎士はリリアーヌを見ていた。長い金髪だ、目立たない訳がない。
 ユーリが村大工を優しく村人たちの側へ寝かせ、凝視に晒されるリリアーヌの元へ戻ろうと思った時だった。血の匂いで思考が緩んでいる隙―――ユーリが不味いと勘付くより早く、騎士は驚愕の声を並べていた。

「エルフ―――何故こんな所に《エルフ》がいる!」

 騎士が物騒な目つきで腰の鞘から剣を再び抜き去る。ずかずかと周りの村人たちを剣で追い払い、リリアーヌの眼の前まで歩んでいく。殺意の籠った視線に晒され、リリアーヌは一歩も動く事が出来なかった。きっと彼は私を殺すのだろうという確信。それ程までの殺意の視線。そんな確信を抱きつつも、彼女は言う事を聞かない手足に諦観を抱く事しか出来なかった。

「貴様達は何を考えているのだ!エルフは人間の敵だぞ!一体何人がエルフに殺されたと思っている!何故殺さない!《グラン聖戦》の記憶を忘れ去ったか!」

 騎士は歩を緩めることなくリリアーヌに近づき、彼女の眼の前で止まると周りの村人たちにそう告げた。村人たちは反応できない。彼らにとって、グラン聖戦という言葉は違う意味を持っていたから。

「エスクード人め…やはりエルフと繋がっていたか!マズール領に於いて仇敵であるエルフを匿う事は重罪である。貴様らの処遇は後々伝えるにしても、今この場でエルフが生き永らえる事は許されない――」

 騎士は剣を振り上げていた。月光を反射する剣を、ただ茫然と見つめるリリアーヌ。そして――騎士の振り下ろした剣がリリアーヌの脳天に迫っていった。
 が―――剣がリリアーヌを切り裂くより早く、ユーリがリリアーヌの前に出て彼女を庇った。倒れこむようにリリアーヌを抱きかかえ、一振りの斬撃から彼女の体を守る。
 自分の剣が空を切った事に気付いた騎士は、リリアーヌを庇ったユーリに対して怒りの籠った声を上げた。

「貴様…何故エルフを庇う。忌まわしい『戦乱の記憶』を忘れたか! そのエルフを生かしておけばまた人間が殺される! どれ程の同胞が死んだと思っている! 今すぐ殺せ!そのエルフを! 殺さぬならばそこをどけ!」
「断る!」
「ならば貴様ごと―――!」

 ユーリは真っ向から騎士に反抗の意を示した。騎士はその言葉を受け、ユーリもろとも切り捨てようと剣を大きく上段に構えた。
 リリアーヌは怯え、ユーリの服の裾を握りしめたまま凍った。
 騎士が剣を振り下ろさんと柄を握る両手に力を込め―――

 体は無意識の内に反応した。

 身に刻まれた『戦乱の記憶』が呼び覚まされる。
 不意に、ユーリの真紅の両眼の片方―――右眼が金色に輝きを変え、同時に、ユーリの左掌から光が洩れる。
 そして―――右手が左掌から『何かを引き抜いた』。それは剣。儀礼用と思えるまでの美しい装飾が施された―――剣。

「何ッ!?」

 驚愕の声。それが騎士の最期の言葉だった。
 振り下ろされる騎士の剣を凄まじい剣速の横一閃で弾き飛ばし、即座に上段刺突の構え。顔の横で刃が閃いた。その状態から、一寸も待たずして繰り出された猛烈な速度の刺突。剣を弾き飛ばされ、状態を崩した騎士に為す術はなく―――
 騎士の心臓を貫く剣は流れ出る赤に染まり、尚も閃く。
 ユーリの手には『馴染み深い感触』が伝わって来ていた。
 死の感触。
 生気が枯渇していく、否、生気を吸い取って行くかのような。嫌な感慨に更ける。剣を騎士の体から引き抜いて一度振り、その刀身から血を払うユーリ。倒れた騎士を一瞥し、不気味な金と紅の三白眼を後列の騎士たちに向ける。突然の出来事に、他の騎士達は一瞬怯んだが、直ぐに状況を理解したようで隊列を組んでユーリと相対した。

「リリィ、下がっていろ」

 怯えきったリリアーヌを手で促す。彼女はようやく掴んでいたユーリの服を放して少し後ろへ下がった。

「貴様、自分が何をしたか解っているのか?」

 若干震えている声で、ユーリに問う後列の騎士が一人。それは怒りによる震えなのか、怯えによる震えなのか。ユーリはそれに対して何かを言おうと口を少し開いたが、直ぐにそれを閉じた。言葉を発している騎士のさらに後ろから、剣を振りかざして走ってくる人影が三つ。ユーリは即座に剣を構え直し、迎撃態勢に移る。
 まず一人、突っ込んできた騎士が剣を振り下ろすより速く、瞬間的な加速で真正面から懐に潜り込み、袈裟に切り払う。刀身を切り返し、二人目を横になぎ払った。そのまま三人目に斬りかかろうとしたところで、ユーリの視界の端で奇妙な光が点滅する。後列で待機していた騎士の仕業だった。騎士と言えども剣は持ち合わせていないその男が両手で包み込むように抱えていた物は―――人の頭大の『炎の塊』だった。ちかちかと明滅し、燃え盛る炎の塊。その騎士の足元には光り輝く幾何学模様と文字列―――《魔術式》が描かれていた。

「魔術師か――」

 魔術師に視線を一瞬移し変えている内に、眼前に迫っていた三人目の騎士の斬撃を、ユーリは軽業師のような軽快な後宙返りで避け、着地と同時に加速、斬り抜ける。背中で纏められた銀髪の一房が宙を舞った。そこで、遂に後列の魔術師が動く。両手に包んでいた炎の塊は一気に巨大化し、魔術師が炎の塊を前方に打ち出した。ユーリ向かって飛翔してくる炎弾は、その射程内の大気をちりちりと燃やしながら、ユーリの視界を遮る。
 ユーリに慌てる様子はなかった。
 剣を片手で握り、もう片方の掌を炎に向けて伸ばし、開く。

 ただ、その掌で受け止めるように。

 すると炎に向けた掌から巨大な魔法陣が瞬時に広がり、飛んできた炎弾を受け止めた。弾けるような音を放ちながら、ユーリの掌から広がる魔法陣と炎弾がぶつかり合う。鍔迫り合いのような衝突が少しの間続くが、ついに炎弾の方が急激に推進力と火力を失い、分散する。消えそうになりながらそれぞれが進路をずらし、宙で掻き消えて行った。
 炎弾を飛ばした魔術師が驚愕の表情を浮かべた。

「無詠唱魔術で私の魔術を受け止めるなど―――」

 ユーリは炎を受け止め終えると即座に走り出し、無防備な後列の魔術師に飛びかかる。他の騎士が剣を抜き、魔術師を守る様に進路を変えるが、凄まじい速力を誇るユーリに追いつく事が出来ない。そしてユーリの剣が魔術師の首を切り飛ばした。
 たった数十秒の戦闘だった。
 一対多数の戦闘は、当初虐殺に近い物になるであろうと思われた。だが、あろうことか圧倒的な力量差を見せつけたのは一人の方。
 驚愕の表情のまま宙を舞った魔術師の首が無残にも鈍い音を立てて地面に堕ちる。
 それ以上ユーリに向かってくる者はいなかった。
 生き残った数人の騎士が、その光景を見て畏怖によって硬直した手足を必死に動かして撤退を始める。その時、離れていく騎士に聞こえるように大声でユーリは叫んでいた。

「刻め!そして王に伝えろ!我が名は―――」

 旧エスクード王国第一王位継承権所持者ユーリ・ロード・エスクード。マズール王国に滅ぼされたエスクード王国の末裔である、と。

 ユーリの胸には決意が浮かんでいた。
 崩国の亡霊は叫ぶ。
 その存在を世界に報せるように。

 必死に、力強く―――


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