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前世聖女は手を抜きたい よきよき  作者: 彩戸ゆめ
学園生活を満喫します
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66話 将来の夢

 出来上がったパン生地の載っている皿の上には、濡らして固く絞った布巾がかけてある。


 ポール先生が厨房に声をかけると、料理人の一人がやってきて、それぞれのパン生地の皿に火魔法をかけた。


「彼はこの学園の卒業生だよ。ほらサラマンダーが肩にいるでしょう? 学園で学んだものは色々な職業に就くことができるから、みんなも将来どんな仕事に就きたいのか、どんな仕事が自分に向いているのか、学園にいる間に考えておくのもいいかもしれないね」


 学園で料理人を務めるハンクは平民の出身で、魔力が高く騎士団に勧誘されるほど優秀な生徒だったが、魔物相手に戦うよりも魔物を料理するほうが向いているとあっさり料理人の道を選んだ。


 火魔法を使えるもので料理人を選ぶものはそう多くないから就職する際には引く手あまただったが、のんびり料理を作りたいということで魔法学園の食堂で働くようになったのだ。


 もっとも、学生時代の付き合いである年上の妻が、学園の教師として働いているのが一番の決め手だったかもしれない。


 ポール先生からハンクが学園の卒業生であると説明されたレナリアたちは、尊敬の目でハンクを見る。


 一介の料理人といえども、シェリダン家の娘であるレナリアが入学したという話は聞いている。


 専属の料理人がいるからこの食堂にくることはないだろうと思っていたが、まさか授業でやってきて、しかもこんな風に尊敬のまなざしで見られるとは思わなかった。


 タンザナイトの瞳に見つめられ、ハンクは照れくささとわずかな誇りを感じた。


 もしも騎士団に入っていたとしても、今のように王家の血を引く姫君に、こんな風に尊敬されることはなかっただろう。


「しばらくこのままお待ちください。粉をつけた指で押して、戻ってこなければ発酵が完了しています」


 ハンクは軽く頭を下げて厨房へと戻っていった。


 その後ろ姿を見てランスは自分に向いた職業とはなんだろうと考えた。


 ランスの家は名門の伯爵家で、魔力が多い事から騎士団の魔法部隊のエリートとして働いている者が多い。


 当然ランスも、将来は騎士団に入って人に害をなす魔物を倒し、困っている人々を助けるのだと思っていた。


 だが守護精霊がエアリアルでは騎士団には入れない。


 火魔法と水魔法は攻撃を、土魔法は防御を担当することが多い。木魔法の使い手は戦いではなく、争いで荒れた土地を癒す役目を担う。


 だが風魔法だけは、何の役にも立てないのだ。


 どれほどがんばったとしても、せいぜい魔石に魔法紋を刻む職人になる道しかない。


 ポール先生はそれも素晴らしい仕事だと言っていたが、小さな頃から当たり前のように騎士になるのだと信じて疑わなかったランスにとって、守護精霊がエアリアルだという現実を、未だに心の底から喜ぶことができないでいた。


「将来かぁ。あたしは凄腕の魔法紋職人になりたいなぁ」


 パンの発酵を待っている間はすることがない。

 両手で頬杖をついたエルマがそう言うと、なんとなく将来の夢の話になった。


「エルマんとこは魔石を扱ってる商会だもんな」


 エリックは椅子に背をもたれてだらしなく座っている。

 たまに椅子の足が浮くので、後ろに倒れてしまわないかと、レナリアはハラハラして見ていた。


 それに気がついたエリックは、ニヤッと笑って、椅子が倒れる寸前まで傾かせる。


 そしてまたレナリアがハラハラしている様子を見て、気取った姫君だと思っていたレナリアの意外な素顔を楽しんでいた。


「うん。魔石だけじゃ魔力を供給するくらいしか役に立たないのに、魔法紋を刻むと色んな魔法が発動するのって凄く不思議だと思わない? それこそ魔法を使うよりおもしろいと思う」

「地味すぎねぇ? 俺はやっぱり親父よりでっかい船に乗って、自由自在に海を駆けまわりてぇな」


 エリックの住む村は、元々は海賊たちの根城だった。


 肌が浅黒く南国の顔立ちを持つ彼らは、昔、エルトリア内乱の際に正当な王位継承者を助けて、国民として認められたのだと言われている。


 さすがに今は海賊稼業はやっていないが、漁師といっても海には魔物もいる。腕っぷしが強くなければ船長にはなれないが、強くて風魔法が使えれば最強だとエリックは思っている。


 いずれ伝説の船長と呼ばれるようになりたいというのが野望だ。


「うちは小麦粉の産地だから、風がなくても風車を回せるようになりたいわ」


 ローズ・マイヤーは子爵家の三姉妹の長女だ。


 マイヤー家ではエアリアルの守護が一番喜ばれていることから、エアリアルの守護を得たローズが婿を取って跡取りになるのが決まっている。


「マリーさんは?」


 将来の夢をまだ語っていないのはランスとレナリアとマリーの三人だ。となると、ローズが次に会話を促せるのはマリーしかいない。


「わ、私……? ええと……」


 じっとレナリアのこねたパンを見ていたマリーは、急に話を振られてびくっと飛び上がった。


 どうもレナリアは無意識にパン生地に魔力をこめてしまったらしく、パン生地がうっすら赤く光っているのだ。


 マリーは、レナリアがこねたパンをこのまま焼いたらどうなるのだろう、食べても大丈夫なのかと、そればかりが気になって、みんなの話を全く聞いていなかった。


「マリーさん、またボーっとして聞いてなかったんでしょう。あのね、将来の夢はなあに、って聞いてたんだよ」


 エルマが気安く教えると、マリーは黒い目を瞬かせた。


 夢と言われても、マリーの家は貴族だから、将来は親の決めた相手と結婚するものだと思っている。


 貴族の子女は必ず魔法学園に通っているからマリーも通っているだけで、父のように領地に役立つ魔法を使えるようになりたいと考えてはいるが、特に将来の夢など考えたことがない。


「私は……」


 何も夢がないなんて、私ったらなんてダメなんだろうと落ちこむマリーだったが、レナリアが鈴を転がすような美しい声で「私もまだ将来の夢なんて分からないわ」と言った。


「それをこれから探すために学園に通っているのだから、ゆっくり探しましょう」


 レナリア自身は、自分の杖につける複合の魔法紋に興味を持っていた。


 レナリア以外の人間にはできそうにないので表立っての研究はできないが、領地に引きこもって研究すれば大丈夫だと家族の了解も得ている。


 それならば領地の発展に貢献できるから、他家に嫁がなくても許してもらえるのではないだろうかとレナリアは考えている。


 しかし、もしもそんなレナリアの考えを家族が聞いたら、父と兄は絶対に「何もできなくても一生家にいればいいよ」と賛成するだろうし、母も苦笑しながら止めないだろう。


 そこでポール先生が優しい目で生徒たちを見回して言った。


「どんな魔法でもね、使う魔法はみんな同じだけど、それぞれがこめる気持ちによって、自分だけの魔法になるんだ。もしもこれと決めた夢があるのなら、その夢を諦めるのではなく、どうしたらその夢をかなえられるのか、その為にはどんな努力をすればいいのか、それをこの学園で学んで欲しい。僕たち教師はね、そのための手助けをしたいと思っているんだよ」


 その言葉は、他の誰よりも、ランスの心の中に響いた。




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