第十二回
「何をなさるんですか、オオサクラさまっ!」
オオサクラに向かって、サワネはほとんど泣くように叫んだ。
「おらになんか頭を下げねぇでください!」
オオサクラは動かない。
「お顔を上げてください、オオサクラさま! ね、上げてくれねぇなら、おら、もう話を聞きませんよっ!」
驚きの表情を浮かべ、オオサクラは顔を上げた。切れ長の瞳は潤んで、今にも泣き崩れそうだった。
「すみません、オオサクラさま。ちゃんとお話は伺わせていただきます。でも、お願いですから、どうぞそのままお話ください」
うなずくとオオサクラは語り始めた。太古の言葉と、神々に深いつながりがあること。言葉が力を失いつつあること。その結果として、神々が語らなくなり、姿を失いつつあることを。
「……私も弱り、小さくなってしまいました。ハザマの地でしか、このような姿をとることができません。地上との繋がりもわずかになっています。このままだとじきに、私もただの物言わぬサワザクラになってしまうでしょう」
「それで、おら、どうすればいいんでしょうか」
「私にも分からないのです。でも、何かが動いているのは間違いありません。注意深くあれば、手掛かりに気付くことができるでしょう。どんなささいな事でも構いません。気づいたことがあれば私に知らせてください」
「どうやってお伝えすればいいんでしょうか?」
「私とあなたには繋がりがあります。心のうちで語りかけてください。きっと私に届くはずです。……このこと、お願いできますか」
「謹んで承らせていただきます」
サワネがそう答えると、オオサクラが再び深く頭を下げようとした。あわててサワネはとめた。
「おら、人の子ですよ。オオサクラさまは神様じゃないですか。オオサクラさまも、ほかの神様も、森の神様はおらたちにいろいろな恵みを下さいます。それだけでありがたいです。だから、いつでもなんでも命じてください。おら、一生懸命働かせていただきます」
サワネがほほ笑むとオオサクラは目許を袖で抑え、うつむいた。
「……私、どうも命じるということが苦手なの。姉からも、もっと毅然とするようにとしばしばお叱りを受けていたのですが、どうして、なかなか難しくて。こんな泣き虫な神様では、幻滅してしまいますよね。何もできない、泣き虫な神では。ごめんなさい」
サワネは首を横に振った。
「ゲンメツって難しくてよく分かんないですけど……。おら、オオサクラさまのこと、大好きですよ」
びっくりしたように、オオサクラが顔を上げた。
「無理にそのようなこと、言わなくてもいいのですよ」
「いいえ、本当に大好きです。……とくに、泣き虫なところが」
オオサクラは目を押さえて笑い泣きした。
「ありがとう。……人の子に励まされるなんて、これでは神様失格ですね」
「何をおっしゃいます。あのいやらしい天狗から、おらのことを助けてくれたでないですか。おら、オオサクラさまのためなら、なんでもどんとこい、です」
サワネは胸をこぶしで叩くと、白い歯をみせて笑う。
「ありがとう。……それではお願いします」
こぼれる涙の滴を拭きながら、オオサクラはサワネにほほ笑み返した。
「そういえば、あのいたずら天狗は野放しにしておくと、また悪さをしそうですね。……ああ、いいことを思いつきました。姉が戻るまで、あの天狗はあなたの配下としてしまいましょう」
「えっ?」
「あの天狗、あれでなかなかの剣の使い手ですから、身辺の警護にもなりましょう。あなたに仕えさせておけば、他で悪さをする暇もなくなりますし。とてもよい考えではないかしら?」
「畏れながら、それはいかがかと……」
サワネが苦笑いを浮かべているのにも気づかないのか、オオサクラは満面の笑みを浮かべている。
「ただ、あの天狗には気合いで負けてはだめですよ」
「え、ええっ!?」
「それでは、これよりあなたを戻しますね」
そういうとオオサクラはサワネの額に触れた。あたりがどんどん白い光に包まれていく。
「私も見守ってます……お願いしますね」
「あっ、……はい」
サワネが答え終えないうちに、何もかもが再び白一色になった。