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(パイロット版)【フライング”S”パルキュリー】#1 First contact

作者: 小浦すてぃ

設定をとりあえず思いついて、とりあえずパイロット版ということで上げました。ゆくゆくは最後まで書くつもりですが何年後になることやら。

 かつて金曜の夜というのは、何もかもが自由に感じられる時間だった。やるべきことを終え、これから始まる週末に期待を膨らませるひと時。それは会社で働くサラリーマンも、学校で学ぶ学生も同じで、人々が“花の金曜日”と呼ぶのも頷けた。

 大人になった今、完全週休二日などという神話は、ごく一部の選ばれた人に与えられる特権だ。サービス残業に有給を消費しての出勤。土曜日も日曜日も会社に通う日々が続くと、何のために生きているんだろうと疑問がよぎることもある。

 しかしこのパスタレストラン・クアトロのような飲食店、サービス業こそ私が勤める業種よりキツい仕事だろう。土曜日曜が休みという概念から外れ、客が談笑している裏で自分達は料理を作る。真の従業員であればそこに誇りを見出したりするのだろうが、私にはそれをこなす自信はない。

 ウェイターがきびきびと動き回る今も、私は――私達は久しぶりの“花の金曜日”を楽しんでいる。テーブルの向かいでボンゴレをかき混ぜる彼女、大山儀リィリは、その名前の奇抜さを裏切るように至極まじめで大人しい、私の幼馴染だ。数年ぶりに再会した彼女の髪はおかっぱからボブカットに変わり、メガネはコンタクトに変わり、地元のどこに化粧を覚える場所があったのか、そばかすもうまく隠している。それでも気弱な彼女の面影はそのままだった。

「きょうはごめんねサエちゃん。急に呼び出したりなんかして……」

『今日はごめんね』リィリの会話はたいてい謝罪から始まる。何が悪いわけでもないのに、謝ってしまうその癖も昔のままだった。

「変わらないね。リィリは」

「そう……かな……」

「うん。だいぶオシャレになってるけど」

 リィリの服装はどこの結婚式に呼ばれたのかというくらいの、落ち着いた品のあるドレスを着ている。対する私はといえば、見栄を張って買った高めのスーツこそ着ているものの見劣りは避けられない。それでもこのレストランの内装、はともかく客層のなかではリィリの方が浮いている筈だ。

「ちょっと頑張ってみたんだ。久しぶりに会うから」

 照れくさそうに笑うリィリの髪がゆれ、そよ風が吹いたかのような錯覚を覚える。彼女の仕草に私はコンビニの一軒も無かったド田舎がなんだか懐かしく思えた。

 ウェイターが私の前にナポリタンを届け、伝票を置いて去っていくと、私達は改めてワインの入ったグラスを取る。

「それじゃ、リィリの上京デビューと、私たちの再会に」

 微笑みながら軽く持ち上げたグラスを傾け、ルビーを溶かしたような透き通る紅を一口、すうっと喉へ流す。リィリも同じ動作で琥珀色を口に含む。そして私達は同じタイミングで笑い出した。

「ワインって思ってたより苦いんだね。初めて飲んだけど、見栄張るんじゃなかったかも」

「すぐ慣れるよ。私も最初はそうだった。赤試してみる?」

 グラスを差し出し、紅の水面が大きく傾く。リィリの反応を見るに、やはり相性は悪そうだ。

「ごめんね、苦かったかな?」

「ううん、白よりマシ」

 リィリが上京したのは、転勤のためだった。もともと地元の隣町でカーディーラーの受付として働いていた彼女だが、この春から本社で事務仕事をすることになったらしい。他所の業界のことはよくわからないから、そういうこともあるのだなぁとしか受け止められない。

 ナポリタンを一口含むと、今度はリィリが私の仕事について尋ねてくる。だが真実をそのまま言うわけにもいかない。さてどうするか……

「MLGって聞いたことあるでしょ? ミリオンズ リーブス グループ。そこで……薬品の調査開発とかやってるの」

「ふーん、MLGって製薬会社だったんだ。昔から名前はよく聞くけど、何する会社なのかよくわかんなかったんだよねー」

 こういう人の話を素直に信じてくれるところはリィリの良い点だ。同時に悪い点でもあるが、今はそこに甘えさせてもらおう。

「でも薬品の開発なんてサエちゃんすごいよ。カッコいいというか自慢しちゃうというか」

「ところで、今日は相談したいことがあったんじゃないの?」

 嘘は言っていない。それでもボロが出る前に話を変えてしまった方が安全だ。それまで無邪気だったリィリはためらうように俯いたが、琥珀の残ったグラスを傾けると一つ息をついて話し始めた。

「うん。私ね、引っ越した先の大家さんに、水を買わないかって誘われてて……」

 なんとも典型的な悪徳商法だ。しかし親友がその毒牙にかかろうとしているところに直面するなど、考えてもみなかった。まだギリギリのところで知ることが出来たのはラッキーというべきか。

「よくあるよね。飲めば病気が治るとか若返るとか」

「えっと、若返りはしないんだけどね。飲めば、自分で納得するまで老いを知らずに生きられるんだって。あと、天寿を全うしたら苦しまずに逝けるらしいの。でも続けて飲まないと効果がないらしくて……続けて買うためにはある宗教に入らないといけないんだって。えっと――」

「もしかして“ホープ・フォー・オルクス”?」

「そうそれ!」

 いよいよ私は頭の中で頭を抱えた。Hope for Orcusホープ・フォー・オルクス――通称H4O。主に死の神オルクスがせめてもの慈悲として人々に与える水、オルクスの水を売りつけ資金を稼いでいるカルト宗教だ。その効果は今リィリが語ったとおり騙られている通りだが、仕事の一環で調査した結果はただの水道水だった。こんなくだらないもののために先週末は会社にこもりっぱなしで、まったく腹が立つったらありゃしない。

「まさか信じてないよね」

「うん。でも、あまりに熱心に勧めてくれるものだから、何度も断るのも悪くて……それでね、試しもせずに拒絶ばかりするのもなにかなと思って……それでね! よかったら、一緒にやってほしいの。一人じゃこわくて」

 人を疑うことを知らないリィリの方がこわいよ。とは流石に口には出せなかった。私はナポリタンを数口味わって、フォークを置き、ワイングラスに手を伸ばしかけてやめた。

「リィリ。もしこれが水や宗教じゃなくて危険ドラッグだったら、踏み留まれてた?」

「も、もちろんだよ!」

 ……いや、無理だ。もし仮にドラッグの勧誘だったとして、相手はそれがドラッグだと言う筈がない。ダイエットに効くとか美容効果があるとか、はたまた買ってくれないと家計が苦しくてなんて言われようものなら、押し切られるに違いない。押し売りセールスマンにとって、この子はカモでしかない。

「リィリ。私は神なんて信じてないし、宗教のこともよくわからないからイメージで話すけどね。宗教って、神様が教え導くものじゃない? じゃあいったい誰を導くの?」

 きょとんとしたリィリの眼差しは無垢そのものだ。

「えっ、それは私達人間……だよね?」

「そうだよね。でも正確に言うなら、きっと私達全体じゃなくて、私達一人一人に対して教えたり、導こうとしてる、って私は思うの」

 リィリは困ったような表情を浮かべながらも、私を見つめたまま小さく頷く。

「だったら、その神様を信仰する人間も、その神様に祈ったり、感謝したりするわけでしょ。つまり神様と信じる人、一対一の関係であるはずなの……だからね、リィリが本当にオルクスの水やH4Oを必要としているんじゃ無くて、誰かに勧められて断るのは悪いからなんて思ってるなら、考え直した方がいい」

「でも、大家さんは私のためを思って勧めてくれてるわけだし……」

 この子はほんとにお人よしというか変なところで頑固というか。

「教わったことを誰かのために使うのは悪いことじゃない。その大家さんも、リィリのことを思ってのことかもしれない。でも、誰かのために、必要だとも思ってない教えを請うのは、神様に失礼だと思わない?」

 ここまで言ってもまだ納得がいかないのか、リィリは無言のまま迷子の子猫ちゃんのような迷った様子でボンゴレをつつく。

「わかった。じゃあリィリのためを思って勧めておくわ。H4Oには入らない方がいい。わかった? それじゃほら飲みましょ。頭使って疲れちゃった」

 なんて言ったって今日は“花の金曜日”。小さな悩みも水に流してしまえる夢のようなひと時なんだし。

 リィリを強引に説き伏せ、まだ半分以上残ったグラスを持ち上げた、まさにそのときだった。入り口の扉が爆音と共に飛び散ったかと思うと、顔を隠した複数の影がどたどたと押し入ってきた。片手には様々な銃器が握られている。恐怖のあまり悲鳴をあげる婦人も、たった一発天井へ向かった銃声によって声が出なくなってしまったようだ。

「テメェら! 騒ぐんじゃねぇ!」

 すぐさまパトカーのサイレンが響き、表で無数のパトランプが回りだす。これは流石に水に流せそうにない。

 押し入ってきた強盗の内二人が厨房へ向かい、客席には六人が居座る。皆皮膚を隠す黒い服の上に物々しいプロテクターをつけている。さらに覆面や紙袋等で顔を隠しているがそのどれもが黒い。個性を出しつつカラーを統一するとはチームっぽくて楽しげだ。しかも黒となると夜の闇に紛れて逃げやすい。それを狙ってやったのか偶然かは判別しかねる。

「そこの二人を人質にしろ」

 いかにも強盗と言わんばかりの覆面を被った男が私達を指差す。頭の先まで全身タイツの強盗は覗き穴の開いた目元を擦り、もごもご言いながら私の額に銃を突きつけた。声からして男だろう。リィリに付いたのはフルフェイスのマスクを被った背の高い相手だ。こっちは性別の区別はつかない。まさかスカートで強盗をする奴もおるまい。

「ワインのおかわりならまだ必要ないわ」

 タイツの男がもごもご言いながら撃鉄を起こす。こちらサービスの鉛玉ですとでも言っていれば上出来だが、いかんせんタイツがきつ過ぎて言葉になっていない。隠すものが他になかったのだろうか。

「それにしてもその腕、すごい筋肉ね。ねぇ、触ってみてもいい?」

「えっ」

 今のはわかった。思わぬ問いに驚いて少し顔を仰け反らせている。その隙は持っていた赤ワインを男の顔にぶちまけるには十分だった。驚いた彼は数歩下がり目をこすりながら、もう片方の手で口元の布を引っ張っている。

 まったくの無防備になった彼の股間を脚で勢いよく“触る”。きゅっと股を締め、私に倒れ掛かる彼から銃だけを受け取って臨戦態勢へ。私だって伊達にMLGで毎朝訓練を受けていない。さぁここから反撃よ。

 そして、私の後頭部に重い痛みが走った。倒れ際にフルフェイスのマスクを被ったメンバーの腕がこっちに伸びていたのがわかったが、次第に視界は暗くなった。



 気がつくと私は暗闇の中にいた。押入れの中に似た黒に濃紺の靄がかかり、粒ほどの光が無数に散らばっている。ここは宇宙だ。映画やドキュメント番組でよく見る宇宙そのものだ。その中に放り出された私の身体が浮いている。息苦しさは無く、身体の感覚もぼんやりとしている。非現実的だけど、私の意識だけが宇宙をさまよっているらしかった。もしかすると私はあの世に来てしまったのかもしれない。

 少し進むと、いくつかの石ころが流れてきて私の身体をすり抜けていく。どんどん進むにつれ流れてくる石も大きくなる。しばらくすると私は自動車ほどの石の流れに逆らっていた。私の身体を立体映像のように通り抜けていく無機質な石。ここは小惑星帯の端っこなのかもしれない。うわの空になってそんなことを考えていると、目の前に一軒家ほどの岩が迫っていた。

 思わず目を閉じた私が恐る恐る目を開くと、なんとも気味の悪い場所にいた。こげ茶色の肉壁が周囲を覆い、目の端には薄黄味を帯びた様々な太さの触手が無数に蠢いている。その一部は私の四肢と身体を受け止めるように後ろから掴んでいて気持ちが悪い。


“気前のいい客もいたもんだ。何かわからんが面白そうなものをよこしてくれるとは。いったい誰からのサービスだい?”


 羽振りの良い初老の男性。そんな印象を受ける声が背後から響く。

「あの、あなたは?」


“私か? ちょうどいい! さっきいい名前が浮かんだんだ。ハワード・メインベルト・アザーティ、いい名だろう?”


「あー、ええ、そうね。とっても」


“こないだそこの水の星で会った奴は私を『空飛ぶミュータントスパゲティのモンスター』なんて呼んだが、寛大な私は奴の頭を押さえつけて飛びきり背を低くしてやるに留めたんだ”


 よくわからないがとんでもない力を持っているようだ。得意げに話す“彼”の機嫌を損ねないよう、ここで何をしているのかを尋ねると彼はフランクに答えてくれた。


“この銀河を作って以来ずっーと一人で酒を飲んでいるんだ。暇で暇でおかしくなりそうだからね。ほら、君も一杯飲むといい。特別な酒だ。まだ温かい”


 左手に徳利のようなビンを渡され、左手首に絡んでいた触手が解ける。容器の中に入っているのは真っ赤で、どろっとした、固形の混じる、酒というよりミートソースに近い代物だ。正直飲みたくはないが、ここで彼の機嫌を損ねては何をされるかわからない。私は意を決してそれを飲み干した。やはりミートソースの味がする。


“はっはっは! 大した飲みっぷりだ! まさか本当に飲んでしまうとは! 気に入ったぞ!”


 あなたねぇ! 抗議すべく首を回そうとしたところで、無数の触手が私の顔を壁へと向けた。


“おっと、私を見るのはやめてくれ。せっかく飲み友達になれそうなんだ。発狂されては困る”


 どうやら顔に極度のコンプレックスがあるらしい。あるいは見つめあうと素直におしゃべりできない性質なのだろうか。ともかく発狂などと物騒な言葉を出されてはひとまず従わざるを得ないが、飲み友達という言葉も聞き捨てならない。

「私にここでずっとお酌をしろっていうの?」


“そうは言わない。たまに付き合ってくれればそれで良い。その分の礼は尽くすさ”


 一本の触手が私の顔に近づき、鼻先に触れる。ゆだったスパゲッティの匂いが鼻をくすぐり、私の意識はそこで潰えた。




 どれほど時間が経ったのか。ずいぶんと長かった気がする。視界が低くて傾いているのは私が倒れているからだろう。レストランの外ではまだパトランプが回っていて、リィリも近くで捉えられている。きっとそれほど経っていない。身体を起こそうとするが、どうやら変な夢を見ているうちに縄で縛られてしまったらしい。

 身じろぎしていると、全身タイツの男が顔を覗き込んできた。彼は厨房から持ってきたであろうワインボトルを開けると、さっきのお返しといわんばかりに私の頭に注ぎ始める。何たる屈辱。むせる私をあざ笑いながら、タイツの男はどこかへ去った。

 離れたところではリーダー格の男が外へ向けて何か怒鳴っている。他のメンバーが何やら次々と中の詰まったボストンバッグを中央にまとめているところをみると、どうやら逃走用の乗り物の手配の最中のようだ。

 それにしても、なんだか身体が熱い。今体温は何度くらいあるのだろう。幼い頃、インフルエンザにかかってうなされていたが、そのときとは比べ物にならない。とにかく水分が欲しい。私は体を倒すと、床に零れた赤ワインを啜った。なんとも惨めで、惨めで、惨めな気持ちでいっぱいだったが、背に腹はかえられない。しかし不思議なことに、啜れば啜るほど私の身体は火照り続けていった。

 そのときだ。私の身体はかすかに光を発しながら宙に浮き、手足はいつの間にか自由になっていた。レストラン中の全員が唖然となる中、私も窓ガラスに映る自分を見て驚愕した。スーツの上にチャンピオンベルトのようなものを巻き、その左右から夢で見た“彼”の触手が三本ずつ伸びている。髪の色も黒からブロンドに変わっている。これじゃあまるで――

「私がスーパーヒーローみたいじゃない……」

 などと驚嘆に暮れているのも束の間、私に向けられた銃が吼え、反射的に身を縮こませる。しかしそれよりも早く。私の腰骨の辺りを根元とする触手の一本が銃弾を捕まえていた。店内がどよめきに包まれる。リーダー格の男が一際大きな声で怒鳴る。

「なんなんだあんたいったい!?」

「……今日はただの通りすがりだけど、MLGの者って言えばわかるかしら。」

 MLGという言葉で彼らの目に恐怖の色が浮かんだ。ということは彼らはMLGが特殊部隊を持っていることを知っている。つまり、昔部隊の誰かが世話したということだろう。あるいはそいつの部下か。

 私に向けて放たれる銃弾を触手で弾きながら、まずは全身タイツの男に近づき足首を掴む。そのまま宙吊りにしてリーダー格の男の方へほおり投げると、見事に命中し窓を突き破った。あとはきっと警察が何とかしてくれるだろう。続いてテーブルのナポリタンの皿を一人へ投げつつ、別のメンバーを二本の触手で拘束する。投げた皿がクリーンヒットしたのを確認し、捉えたメンバーを窓ガラスへ叩き付け気絶させた。残るは四人。

 ダメージの激しい店内では震える客たちに見られながら、私と、それぞれ黒いお面、紙袋、ビニール袋を被った強盗達とで睨み合っていた。三人はお互いに目配せをすると、突然紙袋の男が私に向けて引き金を引いた。しかし同時にお面の男がボストンバッグを持って逃げ出そうとしたのを私は見逃さなかった。私の気を引くつもりだったのだろう銃弾を弾いてお面の男のくるぶしに当てて躓かせると、バッグの中から無数のワインボトルがこぼれた。かわいそうにお面の男は足を押さえて子供のように泣き喚いている。

 チャックの開いたボストンバッグに近づき、転がったワインボトルを拾い上げる。なるほど年代ものだ。良い商材になるだろう。そう思いながら背後に忍び寄っていたビニール袋を触手に掴んだボトル同士で挟み撃ちにする。残るは二人。

「おい! こいつがどうなっても良いのか!」

 紙袋の男がリィリに銃口をつき付け威嚇する。リィリは蒼ざめた顔で小刻みに震えながら、ちいさく「助けて」とないた。後で店内の防犯カメラのデータをもらっておこう。美味く映っていると良いが……

 弾丸よりも早く触手を伸ばして手から拳銃を弾く。なかなか集中力を要したが、うまくいってよかった。腰に巻かれたベルトの左右二本ずつで男の四肢を取って持ち上げ、残りの二つでパンチの連打をくらわせる。プロテクターがあるのだから多少力が入りすぎても死にはしないはずだ。私は容赦なく打ちのめすと紙袋の男を窓の外へ放り投げた。

 私を気絶させたフルフェイスはどこだろうか。店内にうずくまる強盗犯を彼らが用意した縄で縛りながら探すが見当たらない。とりあえず安全を確認して客を外へ逃がし、厨房へと向かう。そこには酷く荒らされた跡と、脱ぎ捨てられた黒服、プロテクター、そしてフルフェイスのマスクがあった。

 客席に戻ると、私と縄で縛られたリィリの二人しかいなかった。どうやら客に紛れて逃げられてしまったらしい。仕返しが出来ず悔しいところだが、今は親友の身を自由にすることが先だ。私は怯えた顔の張り付いたリィリに駆け寄り、縛る縄を解く。

「ほら、もう大丈夫。心配ないよ」

「サエちゃん、わたし……」

 ――恐かった。抱きついてくる彼女を抱きしめ、頭を撫でる。気が付くと腰に巻いていたチャンピオンベルトのようなものが消え、髪も黒に戻っていた。店内を見回して溜息をつき、“とんでもないことになってしまった。上には何て報告しようか……ていうか間違いなく今回の件で明日あさっての出勤は免れなくなった。まったく、とんだ花の金曜日だ。”などと頭の隅で考えながら、リィリの身体の柔らかさをこの手に刻み込みこむのだった。


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