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今回やっちまったこと

・コメディ担当のオリキャラどもが異様なまでにぬるぬる動く。背景のクセに生意気な。
・饅頭炎上。ゆっくりが好きで好きでたまらないという人には申し訳ないのですが、これは帰還編の伏線。行き過ぎた結末は人間も饅頭も変わらないということで。
・命紅。なんて読むかは作中参照。ロマサガ2で竜槍ゲイボルグが入手できなかったので腹が立ってやった。あと、過去描写の伏線回収みたいな感じで。
 イメージ優先で申し訳ないと思ったけど、美鈴には方天戟が似合うと思う。
・パチュリーさんゲスト出演は蓬莱編の伏線。なんにも分かっちゃいない小悪魔さんの出番はコメディ担当のおでん屋編で実装予定。
・罪と罰。少女の裁決を行ったのは、言うまでもなく幻想郷担当の某山田さんじゃありません。多分情状酌量とかそのあたりを全く知らないへたれ閻魔だったのでしょう。スピード裁決もいいのですが、こういう例もあるので要注意ってところです。

と、言うわけでようやく門番編完結♪
はじまり、はじまり〜。
門番編最終話:その笑顔のために
 勝てない敵に、勝つために。


 そこにいたのは、意外な人物だった。
 なにもかも終わったのでサバイバル生活の後片付けにやってきた私を待っていたのは、レイ=ジハードのことを教えてくれた、目つきの悪いおでん屋さんだった。
「お、あの時の赤髪のねーちゃんじゃん」
 徳利を片手に不敵に笑う彼女の顔は、どこかで見たような気がする。
 一緒にいるだろうと思っていたれいむはもういない。
 最後にお別れくらいは言っておきたい気分だったけど、いないならまぁいいか。
「餡子脳だからな、どうせ三日で忘れるよ」
「そうですね」
 頷きながら、彼女が進めてきたお猪口を受け取る。
 久しぶりに飲むお酒は、とても熱かった。
「ったく……アンタがさっさとどっかに行っちまうもんだから、危うく妖怪に食われかけたぜ。あれだけ肝が冷えたのは久しぶりだ」
「あー……そういえば、この辺にはルーミアがいましたね」
 お猪口の中身をちびちびやりながら、私は苦笑する。
「すみません。でも、あの時はそれどころじゃなかったんです」
「アンタの尋常じゃない様子を見れば分かるさ。……ま、これは愚痴だ。結果的に助かったんだからよしとするさ。元々、迷った俺が悪いんだし」
 快活に笑いながら、彼女もお酒を飲んでいる。
 その笑顔に陰があるように見えたのは、多分気のせいじゃないだろう。
「助かったのはいいんだが……さらに面倒なことになったのは、因果ってやつかな」
「さらに面倒なこと?」
「ああ、面倒さ。面倒なことばっかりだ」
 彼女は苦笑しながら頷いて、吐き捨てるように言った。
 そう言い捨てて、彼女は面倒なことを話し始めた。
 ルーミアに襲われて、とある女の子に助けられたこと。
 その女の子はとあるバケモノから逃げていて、その途中で自分たちを助けたこと。
 そのバケモノとは……大きなゆっくりだった。
 五メートルほどの大きなゆっくりとその群れが、女の子の全部を奪ったこと。
 畑を荒らし、柵を壊し、牛舎を破壊し、両親を殺した。
 当たり前のように語る彼女は、諦めたような表情を浮かべていた。
 諦めたように、語っていた。
 あまりの痛々しさに見ていられなくて、私は思わず口を挟んだ。
「でも、害獣に畑が荒らされるなんて、人里じゃよくあることです。熊や妖怪に襲われて、命を落とす人間だって少なくありません」
「んー……そうなんだよな。いつもだったら『君の両親は君に全てを託したんだ。だから、君は生きなきゃいけない』とかテキトーなこと言って誤魔化したんだけどさぁ」
 いやそれをテキトーとか言われると、私の立場がないんですが。
 そう突っ込もうとしたけど、彼女の次の言葉で口を閉ざすことになった。

「あいつ、夜中に泣くんだもん」

 それで、全部のようだった。
 私にも納得できる……シンプルな理由だった。
「そういうわけで、敵討ち……じゃなくて、こんなことになった原因であるところのゆっくりの群れに、この気持ちを暴力と共に叩きつけに来たってわけだ。あくまでも、俺の個人的かつ自分勝手な理由さ」
「……勝てるんですか?」
「ああ、そのための準備も一応してきた」
 そう言いながら、彼女は鞄を軽く叩く。
 自分の何倍も大きい相手と敵対するというのに、気負いもなにも感じられなかった。
「怖くないんですか?」
「怖いさ。怖いけど……ま、なんとでもならぁ」
 彼女はそう言い直して、にやりと不敵に笑う。
「ルール無用で手段を選ばなくていいなら、どんな相手でも楽勝だ」
 規則無用の手加減無用。勝てと言われりゃ楽勝してやる。
 彼女はきっぱりと言い切って、お酒を一口飲んだ。
「ま、手段を選ばずに上手く勝ったり負けたりするのは、難しいんだけどな」
 殺し合いなら相手を殺せばそれでいい。
 でも、殺し合いじゃなく派手な喧嘩で上手に勝つのは難しい。
 それは多分……相手を殺すことよりも、よっぽど難しい。
「あの……ちょっとだけ、いいですか?」
「ん?」
「実は………………」
 私は、見も知らぬ彼女に相談を持ちかけた。
 自分じゃ答えが出なかった悩み事を、見も知らぬおでん屋に打ち明けた。

 彼女の答えは、簡単で分かりやすかった。


 目を覚ますと、赤い髪の美少女メイドが私の看病をしていた。
 手には痛々しいほどに包帯が巻かれ、頬にはシップが貼られているが、その子はそんな手でもシュルシュルと器用にリンゴを剥いていた。
 赤い髪にカチューシャ。ロングスカートとエプロンドレスがやたら似合う。
 個人的にはもうちょっと年下の方が好みなんだけど、こういうのも悪くない。
 手に巻かれた包帯は、リンゴを剥くのを失敗したためかもしれないと妄想を掻きたてられるもの評価できる。
 弱ったお嬢様をこんな風にお世話できたらどんなに幸せだろうか……っておい。
「……あなた、美鈴?」
「あ、咲夜さん。起きましいだだだだだだだだだだ!」
 即座に体を起こして、思い切り頬をつねる。
 痛がる美鈴は完全に無視して、私は口を開いた。
「美鈴……あなた、なにをしているの?」
「なにって、紅魔館で動ける人がいないから、咲夜さんの真似事ですけど」
「あんたねぇ……私以上に重傷なのに、なにを言ってるのよ!」
「大丈夫ですよ。傷の方は気功で治る範囲でしたし、毒の方はお嬢様に抜いてもらいましたから。あとは肋骨の骨折と内臓の損傷が少々ってところです」
 首筋についた生々しい噛み傷を見せながら、美鈴は笑う。
 美鈴の体に入った神経毒を、美鈴の血液ごとお嬢様の体に取り込んで血清を作り、美鈴の体に戻すという荒業な治療法だったけど、美鈴はそれに耐え切った。
 しかし……仮にも紅魔館で働いている身分なんだから、笑いながら首筋を見せるもんじゃないだろう。はしたないというより、美鈴の場合は無防備でやたら色っぽい。
 首筋からうなじのラインもなかなか捨てたもんじゃない。
「あ、あの、咲夜さん? なんだか目が怖いんですけど……」
「大丈夫よ、美鈴。えっと……親指は口に加えて、足はもうちょっと開いて」
「咲夜さんっ!? 怪我は本当に大丈夫ですか? 頭に挫傷とはひゅん!?」
 あまりに失礼だったので、中国の頭にサクッとナイフを投げておいた。
 うーん……美鈴が紅魔館を留守にしてからどうも調子が悪いと思ってたケド、もしかしたらストレスが溜まっていたからかもしれない。
 右腕は折れているので、左手で投擲するしかないのが残念なところだ。
「あのー……咲夜さん。私もまだ傷口とか塞がってないんでナイフとかは勘弁してください。今も血が水鉄砲みたいな勢いで出てますし」
「そうね、部屋が汚れちゃうから今度からは首を絞めることにするわ」
「……咲夜さんが『咲夜様』に変わっても、遜色ないくらいの発言ですねェ」
 意味深なことを言いながら、美鈴はリンゴを皿に盛り付けた。
 リンゴはうさぎの形に切り分けられていた。
 シャクシャクと、二人でリンゴを齧る。
 美鈴は外を見つめて、私は美鈴を見つめながら、二人でリンゴを齧った。
「……ねぇ、美鈴」
「なんですか?」
「前々から思ってたんだけど、美鈴は……その、魔理沙に対して手加減してない?」
「手加減はしてませんし、手抜きもありません。霧雨魔理沙が強いだけですよ」
 否定も誤魔化しもせず、美鈴はきっぱりと断言した。
 ゆっくりと溜息を吐いて、それから苦笑しながら口を開く。
「ただ……あいつの相手って面倒なんですよね」
「面倒?」
「どんな時でもマスパピカーで一撃で終わらそうとするし、罠を仕込んで追い返そうとするとパチュリー様がものすごく怒るし、かといってこっちから仕返しに行くのも大人気ないし、ぶっちゃけ……ものすごくやりづらいです」
「………………」
 なんとなく、三十五連敗の理由が分かった気がした。
 ただでさえ美鈴の苦手な魔法使い相手の上に、下手に怪我をさせると後が怖い。
 パチュリー様が霧雨魔理沙を嫌っていないのは、もう周知のことだ。
 結局倒していいのか悪いのか、迷い続けて三十五連敗。美鈴らしいといえばらしい。
 ホント……甘いというか、なんというか。
「で……今度、魔理沙が来たらどうするつもり?」
「いつも通りってわけじゃありませんけど……レミリアお嬢様の命令ですからね。気は進みませんけど、今回ばっかりは勝ちますよ」
 微妙に引きつった笑顔のまま、それでも若干嬉しそうに美鈴は言った。
 恨み半分後ろめたさ半分といったところか。なんとも微妙な感じだ。
 というか、もうこの時点で腰が引けている。
 ったく……これだから美鈴は。
「めーりん、あなたの仕事は一体なんだったかしら?」
「………………」
 美鈴は少し驚いたような表情を浮かべて……それから、不敵に笑った。

「もちろん、この紅魔館の門を守ることです」

 美鈴はスカートを翻し、立ち上がる。
 ホント……言葉一つでコロコロ気分が変わるヤツなんだから。
 まぁ、それが面白いんだけど。
「ふっふっふ、危うく弱気になるところでしたよ。そう……修行してパワーアップした今の私なら、あの魔法使いを撃退することなんて容易です。たぶん!」
「……微妙に弱気ね」
「や、さすがに三十五連敗してる相手に強気にはなれませんよ」
 てへへ、と照れ隠しをして笑う美鈴。
 んー……おかしいな。思った以上に可愛い。服装のせいだろうか。
「咲夜さん? なんか顔が赤いんですけど、やっぱり怪我のせいで熱が……」
「大丈夫だから。あなたこそ、本来の職務に戻りなさい。それか、各部屋のベッドメイキングと庭の紅茶の世話と、お嬢様のお気に入りのティーカップの復元を」
「じゃ、そういうことで失礼しました〜」
 ひらひらと手を振って、美鈴は脱兎のごとく逃げ出した。
 やれやれ……本当に単純というか扱いやすいというか。可愛い奴である。
「それにしても……大丈夫かしらね」
 その言葉は、美鈴に向けたものだったのか。
 それとも友人である魔法使いに向けたものだったのか、私にも分からなかった。


 霧雨魔理沙は、魔法の森に住む魔法使いである。
 白と黒を基調とした服。手に持った箒。そして、各種の魔法を扱う彼女は、世間一般でイメージされている魔法使いとは少し違っていたが、それでも立派な魔法使いだった。
 そんな彼女は今、思い切り口元を引きつらせていた。
「おー……なんつーか、まさに地獄絵図って感じだな」
 箒に乗って山を一つ越えただけだった。
 たったそれだけの距離を飛んだだけなのに、そこはまるで別の世界のようだった。
 草が全てむしられ、地肌は丸見え。
 木々はなぎ倒され無残な姿を晒し、木の実や葉は全て食い千切られている。
 木が倒されて水を保っておくことができなくなったせいか、川は氾濫し、川から溢れ出た魚が食い荒らされていた。
 当然のことながら動物は一匹もいない。鳥の鳴き声すら聞こえない。
 ザクザクと地肌の丸見えになった地面を歩きながら、魔理沙は顔をしかめる。
「こりゃひどいな……霊夢の奴、『ゆっくりのやることでしょ? 異変でもなんでもないじゃない』とか言ってたけど、それどころじゃなさそうだ」
 荒れ果てた荒野を歩きながら、魔理沙は溜息を吐いた。
 幻想郷に不意に現れたゆっくりという生き物は、基本的に無害である。
 繁殖力と一部のゆっくりに見られる少々の知恵で生き延びているところがあり、人間の畑を荒らしたりもするが、人間に直接害を及ぼすことはまずない。
 はず……なのだ。
「酷いなこりゃ……一体、なにがあったんだ?」
 歩みを進めていくと、不意に甘い匂いが鼻腔をくすぐった。
 餡子やらカスタードやらその他色々の甘味が混ざったような……そんな匂い。
 魔理沙は箒に飛び乗ると、匂いの発生源に向かって飛んだ。

 空から見たその光景は、まるで地面に饅頭を落としたかのようだった。

 大きな丸い穴に、大きなゆっくりがすっぽりとはまっている。
 ただの穴なら飛び出せばいいだろうが、どうやらぎっちりとはまっているらしく、大きなゆっくりは抜け出すこともできずに涙を流していた。
 穴から響いてくる悲鳴や絶叫は……恐らく、群れのゆっくりのものだろう。
 傷ついた大きなゆっくりの前に、小さな人間が立っていた。
「ど……どぼじで、ごんなごどずるの? まりざだち……なにもじでないよ?」
「そうだな……あえて言うなら、なんにもしてなかったからだな。お前らの流儀で言うなら、ゆっくりした結果がこれなんだよ」
「わがらないよ……」
「今更こんなこと言うのもなんだけど……お前さ、こんな場所で本当にゆっくりできてたか? 心の底から、ゆっくりできてたって言えるか?」
「…………ゆっ、ゆっ」
 大きなゆっくりは体を揺らし、そして涙を流した。

「ゆっぐりできながっだよ……」

 むき出しになった地面。倒れた木々。溢れた川。いなくなった動物。
 荒らした畑。潰した牛舎。子供を庇って死んだ人間。
 餌を持って来いと喚く仲間。味方なんていない。養われるのが当然と思っていた仲間たちは大きなゆっくりを利用するだけ利用した。
 ゆっくりぷれいすでゆっくりしていたはずだったのに――――。
 いつの間にか、ゆっくりできなくなった。
「食い過ぎ、増え過ぎ、ついでに見境がない。……ま、全部今更のことだし、説教や語りに意味はない。だから、お前らは俺を恨みながら死ね。俺も、お前らを恨みながら――永遠にゆっくりさせるよ」
 ゆっくりと紫煙を吐き出して、彼は火の点いた煙草を穴に放り込んだ。
 一瞬で、炎が燃え上がる。
 炎は大きなゆっくりを包み込み、あっという間に燃やし尽くした。
 炎は大きなゆっくりの下にいた群れを飲み込んで、あっという間に燃やし尽くした。
 穴の中でくすぶっていた炎は、燃やすものがなくなって、あっけなく消えた。
 炎がゆっくりを燃やし尽くすのに十分ほどしかかからなかった。
 その間、断末魔や絶叫が響いていたが、彼は眉一つ動かさずにそれを見届けた。
 ゆっくりが燃えたのを見届けた後、男はきびすを返した。
 そして……魔理沙を見て、軽く手を上げた。
「よ、あんたは魔法使いの人か?」
「……え? あ、ああ。そうだ。私は霧雨魔理沙。魔法使いだ。人間を襲ったでかいゆっくりが出たって聞いてここまで来たんだけど……遅かったみたいだな」
 しどろもどろに答えながら、魔理沙はあさっての方向を向く。
 なんとなく、この場にいるのが気まずかった。
「あー……えっと、とりあえず支障がなけりゃこの惨状を説明して欲しい、かな?」
「ゆっくりが増えた。増え過ぎて全部食い尽くした。食い尽くした結果人の畑を襲うことになった。その結果人が死んだ。その人たちの娘は俺の友達。その子は両親の死を悼んで毎日夜泣きする。俺はそれに耐え切れなくなって原因であるゆっくりの群れに八つ当たりに来た。後悔はしてないが、甘ったるい匂いのせいか胸焼けで死にそうだ」
「なるほど、分かりやすい」
 娘のためだとか、悪いゆっくりを始末するためとか、そういう言い訳がないところも好感が持てた。
 しかし、自分よりも五倍は大きなゆっくりをいとも簡単に始末した手並みといい、子供が泣きそうな鋭い目つきといい、大きなゆっくりに向けていた激烈な殺意といい、目の前にいる男が人間だとはとても思えなかった。
「なぁ、アンタ……本当に人間か?」
「当たり前だろ。妖怪や魔法使いだったら、もっと楽に片付けてる」
「……そりゃそうか。しかし……ひどいもんだな。神社にいるゆっくりどもを見てると、とてもこんなコトをするようにゃ見えないけど」
 それなりの距離を飛んだつもりだったが、ここも似たような惨状だった。
 魔理沙が荒涼とした大地を見つめていると、彼は新しい煙草に火を点けて、ゆっくりと紫煙を吐き出した。
「ド饅頭に限ったことじゃない」
「え?」
「人間だって、妖怪だって、元々あるものを食い散らかせば結末は一緒だ」
 酷く乾いた目で、彼はゆっくりの燃えカスを見つめる。
 ゆっくりが食い散らかした大地と同じような……感情の伴わない、荒んだ横顔。

「みんな死ねば……こういうことは起こらないんだろうけどな」

 ゾクリと寒気が背筋を舐める。
 妖怪でもない普通の人間。恐らく魔理沙よりもはるかに弱い相手に対し、恐怖にも似た怖気を感じ、早々にこの場から離れることを決めた。
「……わ、私はこれで失礼させてもらう。にーちゃんのおかげで仕事をせずに済んだし、礼だけは言っておくぜ! ありがとな!」
 引きつった笑顔を浮かべながら、この場から離れるために急いで箒に跨る。
 その肩を、ガシッと掴まれた。

「お前、今なんつった?」

 底冷えするような声が魔理沙の耳を打つ。
 振り返ると、目は全く笑っていない少女が魔理沙の肩を掴んでいた。
「確かに、胸はないし目つき鋭いし背は中途半端。おまけに煙草も吸うし化粧ッ気のカケラもないし女の服装なんぞに縁はないが……一応、俺は女だ」
「嘘だろっ!?」
「そこまで驚かれるとえらい傷つくんだが……」
 近くに寄ってよく見ると、確かに女に見えないこともない。
 しかし、外見が良く胸に詰め物をした男に見えなくもない。
「怪しいな……この胸とか偽物なんじゃないか? なんか固そうだし」
「人の胸を指差してPADとか言うな! 自分で言うのもなんだが、俺ァ着痩せするタイプなんだよ! お前こそ、あるんだかないんだかかなり微妙じゃねーか!」
「び……微妙とか言うな! あんたの偽物と違って一応ちゃんとある!」
「偽物じゃねぇ! なんなら触って確かめてみやがれ!」
「ハ、後悔するなよ!」
 喧嘩腰の売り言葉に買い言葉。
 魔理沙は『自称女』の胸に手を伸ばし、少しだけ力を入れる。
 そして――ありきたりで、ある意味ではどうしようもない、絶望を知った。


 その日、七曜の魔法使いことパチュリー=ノーレッジは空を飛んでいた。
「全く……小悪魔にも困ったものね」
 空を飛びながら、ブツブツと相方の仕事ぶりについて文句を言っていた。
 図書館の管理には目を見張る手腕を発揮する相方だが、今の仕事にはまるで向いていない。空気圧で相手を吹き飛ばすとか、竹の槍を降らせてみましょうとか、もう訳が分からない。なんにも分かっちゃいないと言われても仕方がない発想ばかり並べ立てる。
 人型兵器に搭載する武装が、そんな貧相なモノでどうする。
 そんなわけで、全く分かっていない相方のために資料を取りに来たのだった。
 人里から紅魔館まではそれなりに離れているが、空を飛んでいるため何事もなく到着した。
「あら?」
 久しぶりの我が家は、剣呑な空気に包まれていた。
 手足に包帯を巻いた門番が、白と黒の衣装に身を包んだ魔法使いを見据えている。
 その魔法使い……霧雨魔理沙は、なぜか帽子を目深に被り、顔を伏せている。
 剣呑な空気を放つ二人を、日傘を差したレミリア=スカーレットがニヤニヤと笑いながら見つめていた。
 と、こちらに気づいたのか、レミリアはパチュリーの方を向いて笑った。
「あら、パチェじゃない。いい所に帰って来たわね」
「資料を取りに戻って来ただけなんだけど……いい所って、どういうこと?」
「ま、見てなさい。これから面白いものが見られるから」
 いつになく上機嫌で、レミリアは笑う。
 そんな親友の楽しそうな様子とは裏腹に、パチュリーは冷めていた。
「面白いものって、魔理沙と美鈴のこと? いつも通りに、美鈴が焦げて終わりじゃないかしら。……って、また本が減っちゃうじゃないの!」
「ま、確かにちょっと心配だけどね、私の従僕は伊達じゃないのよ。なんなら、今日の食後のデザートを全部賭けたっていいわ」
「私としては、門番よりレミィの方が心配よ。門番の怪我といい、咲夜の不在といい……私の留守中になにかあったでしょ?」
「…………えっと。まぁ、その話はまた次の機会に」
 親友に弱みを見せたくない吸血鬼は、思わず顔を逸らした。
 パチュリーはそんな親友の横顔を見ながら、向かい合う二人を見つめて溜息を吐く。
 航空機に人間が素手で立ち向かうようなものだ。
 戦力差は明白。いくら接近戦で美鈴に分があろうとも、相手はスペルカードの達人。百戦錬磨の妖怪たちと渡り合ってきた、霧雨魔理沙だ。
(門番が魔理沙に勝てるわけないじゃないの……)
 そんな風に思いながらも、パチュリーは二人を見つめる。
 結果がどうなろうとも……彼女のやることは、いつも通りだった。


 さてさて、そんなわけで最後の戦い。
 白黒の泥棒は気まぐれなので、あんまり来ないようだったら果たし状でも出そうかと思ってたケド、それは杞憂に終わった。
「や、待たせてすみません。ちょっと色々と準備があったもので」
「……別に」
「?」
 いつもよりも言葉少なな魔理沙は、ゆっくりと溜息を吐いた。
「いつもよりボロボロじゃないか、中国。そんなんで私を止められると思うのか?」
「止められますよ。……今の私はいつも以上にベストコンディションです」
「……そうか」
 魔理沙は懐から八卦炉を取り出し、私に向けた。
 準備はできている。上から来ようが横から来ようが、今ならマスパも怖くない。
 ……多分。
 いや、大丈夫だとは思う。思っているけど、信頼もしてるけど……問題は私の運動能力がついていけるかちょっと心配なだけ――――。

「魔符・スターダストレヴァリエ 」

 ………………え?
 私の計算など一切お構いなしに放たれたスペルカードは、マスタースパークのような弾幕ごと打ち消すようなスペルカードではなく、複数の星屑が高速で飛来するという、弾幕ごっこにふさわしいものだった。
「にゃわああああああああああああああああああああああああああっ!?」
 奇声を上げながら、迫り来る星屑をなんとか回避。
 しかし、私の目は箒を自在に操りながら、星屑の中で次のスペルカードを放つ魔理沙を捉えていた。
「天儀・オーレリーズユニバース」
 先ほどのスペルカードは牽制の意味が強いが、こちらは高速回転する玉を複数打ち出すもので、威力、範囲共に申し分ないっていうか普通にピチュる。
 っていうか……なんで今日に限って攻撃パターンを変えちゃうんだろう! いつもみたいにマスパピカーでいいのに!
 マスパ以外の対抗手段もないことはないんだけども!
「ふっ!」
 木の陰に隠しておいた《武器》を掴み、振るう。
 高速回転していた玉は弾かれ、あらぬ方向に飛んで行った。
「なんだ、中国。……スペルカードで勝てないからって、今度は武器頼みか?」
「ええ、その通りです」
 挑発をあっさり認めて、私は手にした武器を構える。
 堅牢な造りの紅槍。槍に小降りの斧がついているので、正確には槍じゃない。
 その武器は、方天戟と呼ばれている。
「拳以外は使うつもりがありませんでしたが、それじゃあ勝てそうにないんで」
「……ハ、意地を曲げてまで私に勝ちたいのか、中国」
「ええ。お嬢様の命令に比べれば、私個人の意地なんて……瑣末なことです」
 現状で勝てないなら、工夫すればいい。
 拳一つで勝てないなら、なんでも使えばいい。
 接近戦に付き合ってくれないなら、近づける状況を作ればいい。
 ただそれだけのことだ。難しいことじゃない。
 おでん屋さんのアドバイスは簡単で、分かりやすく……私に覚悟を決めさせた。
「霧雨魔理沙。……三十五連敗のツケ、今ここで払わせてもらいます」
 いつもみたいな仲のいい喧嘩じゃない。
 この戦いは、お嬢様の望みを叶えるための戦い。
 無粋だろうとなんだろうと、どんな手を使っても勝つ。
 それが私の答えだった。
「なるほどな。いいぜ……付き合ってやるよ、中国」
 そう言いながら、魔理沙は私から距離を取った。
 さっきの一閃で小技は通用しないと判断したのか……行動は早かった。
「私も今日は機嫌が悪いんだかいいんだか微妙なところだからな。小技でちくちくいびってやろうかと思ってたが……お前がそのつもりなら、全力で吹き飛ばしてやるよ」
「……あの、魔理沙? なんだか今日は変ですよ?」
「変なことは一切ないんだぜ。思った以上に大きかったとか、想像以上に柔らかかったとか、涙目がちょっと可愛かったとか、違う意味で背筋がゾクゾクしたとか、なんかちょっと危ない気分になりかけたとかそんなことは一切ないんだZE」
「………………?」
「とにかく、なんでもないんだ。燃え上がれ私の憎悪。巨乳は敵だ」
 なんだか自分に言い聞かせるように呟いて、魔理沙は八卦炉を構える。
 ちょっと心配になるくらいに魔理沙の様子はおかしかったが……本人が問題ないと言い張っているなら、私としても言うことはない。
 今は勝つ。ただそれだけだ。
 方天戟を持ったまま、一足飛びで紅魔館の城壁の上に跳ぶ。
「さて…………と」
 大きく息を吸う。前を見据える。足に力を込めて気を高める。
 そして、私は大きく跳躍した。


 それは、それなりに昔の出来事だった。
 故に思い出すのに時間がかかった。思い出した時には、もう手遅れだった。
 まだ美鈴が門番ではなかった頃。レミリアが何者かに襲われていた頃。
 友達を助けるためにパチュリーが作ったのが、今、美鈴が手にしている紅槍だった。
 パチュリーはゆっくりと溜息を吐いて、目の前に防御結界を張った。
「パチェ……これはちょっと、大げさすぎない?」
「大げさでもなんでもないわよ」
 目を細めて親友を睨みつけながら、パチュリーは語る。
「ねぇ、レミィ。……昔、あなたが襲われた時のこと、覚えてる?」
「いいえ、全く。紅魔館の主である私が、美鈴に頼り切りだった時期があったなんて、まさかそんなことを覚えてるわけないじゃない」
「その時の敵を殲滅したのが……私の作ったあの槍よ」
 パチュリー=ノーレッジは基本的に人の話を聞かない魔法使いである。
 というか、最近はそうでもないが、基本的に引きこもりなので人と話をするのがそんなに得意ではないのだった。
 言い訳をガン無視されたことに若干の寂しさを感じながら、レミリアは口を開く。
「へぇ。ってことは、なんかすごい魔法でもかかってるってわけ?」
「魔法効果はあるけど大したことはない。そもそも……あれは失敗作だから」
「へ?」
「重過ぎて、並の妖怪や人間には扱えないのよ」
 敵を倒すことしか考えていなかったから、失敗した。
 友達を助けることしか考えていなかったから、失敗した。
 失敗したはずだったのに……美鈴はその槍を用いて敵を叩き潰した。

命紅(イノチクレナイ)

 それが、槍の名前だった。
 パチュリーが失敗作と判断した槍に、美鈴が名づけた。
「運動エネルギーを熱に変換するだけの槍だけど、美鈴はアレを使って、レミィの天敵を完全に叩き潰した」
「天敵って言っても、たかが銀の剣じゃ私は死なないわよ」
「……かもね。それでも、レミィにはなにもできなかったと思うケド」
「む、それは聞き捨てならないわね。どういうことよ?」
「どうもしないし、知らない方がいいわ」
 親友の抗議を完全に無視して、パチュリーは目を細める。
(馬鹿美鈴……もしも、魔理沙に怪我させたら、承知しないんだから)
 それでも、もしも無事に負かすことができたら本を返してもらおうと打算しながら、
 パチュリーは二人の勝負を見届けることにした。


 魔法使いの予想よりも銀の剣は醜悪な魔法で構成されていた。
 街の中心にささった、巨木のごとき銀の剣。
 街の人間は全員もれなく洗脳され、ただただ『子』を作り続ける贄と化していた。
 自分で増えることができないなら他人に増やしてもらえばいい。
 他人に増やしてもらいながら、それは独自の進化を遂げる。吸血鬼用の武器としてさらに効率的に。さらに効果的に。
 この世界から吸血鬼を抹殺するまで、それは己を増やし続ける。
 私は……吸血鬼を助けるために、剣をへし折り汚染された人たちを殺した。
 後悔がないと言えば、嘘になる。
 それでも、私は胸を張ろう。この手が血に汚れていたとしても、胸を張ろう。
 体も心も傷だらけで汚れていて、それでも真っ直ぐに歩いていこう。
 大切な人を、守るために。
 真下には八卦炉を私に向ける霧雨魔理沙。
 魔理沙に向かって、私は右腕を振り下ろした。

「逆鱗・下り緋竜!」

「恋符・マスタースパーク!」

 真っ白い光の中に、紅の方天戟を投げ放つ。
 赤い流星と化した方天戟が、真っ白い光を押し返していく。
「な……なにっ!?」
 運動エネルギーを熱に変える。パチュリー様にとってはしょぼい魔法らしいけど、私にとってはそれで十分。
 全力でぶん投げれば最強威力が出るこの方天戟は、私向きの武器だった。
 今回の場合は威力を引き上げるために、真下の魔理沙に向かって投げ下ろす形で使った。必然的にマスタースパークの射線上から逃げられなくなってしまうけど、元々あんなぶっとい光線をかわす方法なんて私は知らないので、その辺は無視した。
 方天戟を普通に振り回すこともできるけど、無闇に熱が散って滅茶苦茶熱い。
 パチュリー様が失敗作としたのも、その辺に理由があったりするが、投げて使うぶんにはそんなことは一切関係ない。
 重力の力と投げ下ろす際の加速度を利用すればマスタースパークすら凌駕すると思っていたが……なんとか、上手くいったらしい。
 しかし、頼みの大砲が押し返されてなお、魔理沙は笑っていた。
「中国、お前にしちゃよくやったと褒めておいてやるぜ!」
「負け押しみはそれだけですか?」
「ハッ……誰が負けるかよ!」
 マスタースパークを放ったまま、魔理沙は次のスペルカードを発動させる。

「恋心・ダブルスパーク!」

 それは、時間差で放たれた二発目のマスタースパーク。
 純白の光を飲み込みかけた赤い光は、さらなる光に飲み込まれる。
 純白の閃光が走り抜けた後には、なにも残されていなかった。
 唯一、『龍』と刺繍のしてある緑色の帽子が主不在のままヒラヒラと落ちてきた。
 最悪の事態に、魔理沙の頬を一筋の汗が伝う。
「…………て」
『て?』
「てへっ♪ やっちゃった♪」
『………………』
 あまりにも気まずい沈黙が、居たたまれない空気が、場を支配した。


 門番、暁に死す!


 と……まぁ、魔理沙はそんな風に思っていただろう。
 私もちょっとだけ死んだと思った。
 消し炭になってもおかしくない熱量と衝撃。それを防ぐことができたのは……熱と衝撃に押されてこちらに返って来た、パチュリー様手製の方天戟だった。
 ったく……最初に出会った時から思ってたけど、つくづくあの人は本物だ。
 そんなわけで、多少焦げながらも光の中でなんとか方天戟を投げ返し……完全に相殺することまではできなかったものの、なんとかこうして無事生還したというわけだ。
「ったく……二発目とは恐れ入りましたよ。あなた本当に人間ですか?」
「……お前こそ不死身かよ」
 地面に叩きつけられて動けなくなった魔理沙は、やけっぱちに言った。
 ま、当然といえば当然のことで、近づいてしまえばいくら霧雨魔理沙といっても私に勝てるわけもない。
 せっかくなのでスペルカード戦ではあまり味わえないだろう一本背負いで決着を着けたのだが、あまりお気に召さなかったらしい。
 関節技とか、絞め技の方がよかっただろうか?
「いや、よくない。お前の力でそれをやられると確実に死ぬ」
「あなたのマスタースパークも十分死ねると思うんですが?」
「私のは手加減してるからいいんだよ」
「私も手加減しますよ」
「……うるさいなぁ、中国のくせに」
 どうやら、負けて拗ねているらしかった。
 ま、たまにはこんなこともあることをちゃんと知ってもらおう。
 人間である霧雨魔理沙は、まだまだ強くなる。あとどれくらいこのヤンチャが続くかは分からないけど、終わるまでは付き合ってやろう。
「で、今日はなんの用事で来たんですか?」
「あー……そうだった。咲夜の奴が怪我したって聞いてな、見舞いに来た」
「……いや、ちょっと待てコラ。それだと私に挑む意味がまるでないでしょうが! 普通に堂々と客人として来なさいよ!」
「いつものクセだ。気にするなよ、中国」
 子供のように拗ねた魔理沙を横目で見て、私は肩をすくめる。
 ホント……私の周囲にいる人たちは、どいつもこいつも手がかかる。
 私が呆れていると、魔理沙はゆっくりと体を起こし、溜息を吐いてから言った。
「中国」
「なんですか?」
「次は絶対に負けないからな」
「ええ、いつでもいらっしゃい。私も腕を磨いて待ってます」
 ポンポンと頭を叩いて、私はにっこりと笑った。
 その笑顔から悪意がにじみ出ていないかどうかが、心配だった。
「それじゃあ、お風呂に入りましょう」
「…………へ?」
「怪我人の部屋に埃まみれで入るつもりですか? あと、その服もなんか埃っぽいから洗っちゃいましょうね」
 米俵のように魔理沙を担いで、紅魔館へと移送する。
「ちょ、馬鹿やめろ中国! なんか笑顔が怖すぎるぞ!」
「くっくっく、三十五回も辛酸を舐め続けましたからね、軽い復讐という名のメイド服とか、そんな感じでお願いします」
「馬鹿言うな! 咲夜ならともかくあんな恥ずかしい服着られるか!」
「はいはい。それ以上暴れるとこの場でひん剥きますよ?」
「勘弁してくれええええええええええええええええええええええええぇぇぇぇぇぇ!」
 魔理沙の絶叫が響き渡ったが、この場には彼女を助けてくれる存在はいない。
 レミリアお嬢様はお腹を抱えて大爆笑していたし、パチュリー様は『お風呂』の時点でなにを想像したのか、鼻血を吹いて倒れた。
 私は暴れる魔理沙を押さえつけながら、爽快に笑ったのだった。


 少女は真っ二つに割れた岩を見つめていた。
 両親が死んでから、ずっとずっと見つめていた。
 両親は怪物饅頭に潰されて死んだ。悪くはなかったけど、決して善良ではなく、ごくごく当たり前で……だからこそ大切な両親だった。
 精一杯の愛情を注いでくれたのだと、今なら思える。
「で、いつまでここにいるつもりだ?」
「あたしが飽きるまで……かな」
「さよか」
 呆れたように溜息を吐きながらも、自称おでん屋は去ろうとはしない。
 先日死にそうな目に遭ったにも関わらず、命知らずなことだった。
 それでも……一緒にいてくれることはありがたかった。
「……少しだけ、語ってもいいかな?」
「好きにしろ。どーせ野生のナマモノと俺しか聞いちゃいない」
 おでん屋の態度は素っ気無かった。
 素っ気無かったが、優しさに溢れていることは知っていた。
 そういう感情表現しかできない人間がいることを、長く生きていたから知っていた。
「おでん屋は信じちゃくれないだろうけど……あたしは元々男だったんだよ」
「は?」
「正確には……生まれ変わる前は、男だったのさ」
 苦々しい表情を浮かべながら、自称男の少女は語る。
「いや、もっと正確に言えばじいさんだった。拳法の達人でね、悪を倒して仁義を通すって感じで生きていたジジイだったけど、弟子がいなかった」
「そんなジジイにも弟子ができた。しかも3人も。それぞれに個性溢れる可愛い弟子どもでね、実に鍛えがいがあった」
「でも、因果は回るもんだね。私が悪党だと断じて倒し続けた連中が、ある日復讐にやってきて……弟子の二人が殺された」
「関係ないのにさ、私の弟子ってだけで殺されちまったんだ」
「私の家族を殺したことだけは、どうしても許せなかった」
「私は残った弟子と共に悪党を成敗して……私は老体のせいで力尽きた」
「力尽きて三途の川を渡って、閻魔に言い渡された罰は『転生』だった」
「人を殺し過ぎたあたしは地獄に落ちる価値もない。前の記憶を持ったまま、もう一度人生をやり直せっていう……そういう罰だった」
「冗談じゃないと思ったよ。私はもうやることを終えて、きっちりと死んだんだ。今更やりたいことなんて何一つないのに、またやり直しになっちまった」
「それでも……子供の自分は悪くないと思えたさ。もう一度人生やり直してもいいって思ってた。前世の私は穏和だったけど、それは穏和でいたかっただけで……本当は人なんて殴りたくなかったし殺したくもなかった」
 弟子には伝えたくない本音を殺しながら生き続けた。
 拳に生き、義に生き、仁に生き……死んだ。
 悔いなどあろうはずもない。あるとすれば、それは弟子を死なせてしまったこと。
 それなのにもう一度人生をやり直せと言われて……膝を屈した。
 暖かい寝床。暖かい両親。不自由しない生活。優しい人たち。暴力なんて振るわなくても、誰かと一緒に生きていける世界がそこにあったのだから。

「今更……どうやって生きろってんだろうね、ホント」

 積み上げてきたものは全部時間と饅頭に壊された。
 弟子はもうどこにもいない。両親は殺された。大切な場所も失ってしまった。
 長く生きたせいか……生き方も分からなくなった。
 おでん屋はそんな彼女を見つめて、頭を掻きながら溜息を吐いた。
「そりゃ、運が悪かったんだな」
「……『不運だった』で、納得しろってのかい?」
「ああ、それしかないわな。お嬢ちゃんの弟子は生き返らない。お嬢ちゃんの生きていた時間はとっくの昔に過ぎ去った。腐れ閻魔に裁定をされたことは覆らないし、両親も生き返らない。それが……この世の掟だ。過ぎたことはどうしようもない」
「………………」
 そんなことは、分かり切っていた。
 分かっていたから絶望していた。もう戻らないことを知っていたから絶望した。
 おでん屋は煙草をふかしながら、彼女の顔を覗き込む。
 そして、知ったようなことを言った。

「ガキが知ったような顔して絶望してんじゃねぇよ」

 老師と呼ばれていた少女は顔を上げる。
 おでん屋と呼ばれていた彼女は、真っ直ぐに少女を見据えていた。
「絶望なんて苦い味は、ガキには十年早い。前がどうだか知らないが、今のアンタは自分一人じゃなんにもできない、五歳の小娘だ」
「………………」
「もっと素直でいいんだよ。さっきも言ったが……ここには俺しかいない」
 言葉は、それだけだった。
 それだけで十分過ぎた。
 少女は顔を伏せて……己が吐き出したい思いを探す。
 拳が震える。感情の制御ができずに、涙が溢れる。

「あたしが強ければ……もっと強ければ、あの人たちを守れた」
「子供じゃなければ、せめて技さえ残っていれば、父さんと母さんを守れたのに!」
「鍛錬だって毎日してた! でも、心山拳の技は妖怪は倒せても饅頭一つ潰せない!」
「前も今も、あたしは一番守りたい人たちを守れなかった!」
「強くなりたい! 強くなりたい! もう嫌だ、こんな思いはたくさんだ!」
「あたしは……誰かを守れるくらいに強く在りたい!」

 絶望なんてとっくに吹き飛んでいた。
 怒りのままに叫んだ。喉が枯れるほど叫び続けた。
 なんのことはない。いつだって彼女は怒り続けていた。叫び続けていた。
 もう……誰かが傷つくのを見たくないと、叫び続けていた。
 苦笑しながら、おでん屋は少女の頭に手を置いてくしゃくしゃと乱暴に撫でた。
「ほら、どうやって生きればいいかなんてとっくの昔に分かってる」
「………………え?」
「アンタの弟子にも、両親にも、その思いは伝わってる。アンタがそれだけ一生懸命になって伝えた思いは……きっと、今も途切れていない」
「………………」
「己の業は消えないかもしれない。それでも、人は人の思いのぶんだけ生きなきゃいけないと思う。もう終わったとか前のことは関係ない。今を見据えて、両親のぶんまで……あるいは弟子から受け取った思いのぶんまで、生きるんだ」
 いつか自分がそうして欲しかったように、慈しむように、頭を撫でながら語る。
 分不相応なのは分かっていたが、今だけは本音で語った。

「それでも、今は泣いていいし、怒っていい。それが、子供の仕事だ」

 森に悲痛な叫び声が響く。声にならない慟哭が響く。
 少女は火が点いたように泣き叫んでいた。子供らしく、泣いていた。
 おでん屋はそんな彼女の背をさすっていた。大人らしく、嘘と慰めを繰り返した。


 翌朝、少女は兎のように目を真っ赤に腫らして、大岩を撫でていた。
 一見自然に割れたように見える大岩だが……見る者が見れば、技術を持って割られた岩だというのが分かる。
 ちゃんと心を研ぎ澄まして、怒りを消して、よく見れば分かったのだ。
 少女は少しだけ驚いて、それから涙を流した。
「……ユン。お前は……ちゃんと生きて、心を託したんだな」
 打突の一撃で破壊された岩。
 技は荒く、ある程度は力で破壊されてはいるが、それでも少女には分かった。
 自分の弟子が生きた証を、この目に焼き付けた。
「見ててくれ。……あたしもこれから、なんとか生きてみるよ」
 必要なものを背負い、きびすを返す。
 もう後ろは振り返らない。真っ直ぐに、自分の道を歩き出す。
「もういいのか?」
「ああ、もういい。泣くだけ泣いたし怒るだけ怒った。後は進むだけだ」
「うっわ……なんて男前だ。結婚してくれ」
「十年後に考えてやる」
 朗らかに、少女らしく笑いながら、二人は森を出る。
 森を出た先には湖があり、湖を越えた先には、真っ赤な屋敷がある。
 紅魔館。吸血鬼の住む真っ赤な館。その門を守るのは、中国と呼ばれる拳法の達人だという。
 その館を見つめて、少女は呟いた。

「あたしの名前はサン=ジョウゲン。いつか追いつくから待っていろ、弟子の弟子」

 後ろを振り返ることなく、少女は歩き出す。
 その歩みに迷いはなく……いつかのように、前に歩き続けていた。


 一方、その頃。
「くちゅん!」
 真っ赤な髪を洗われながら、美鈴は可愛いくしゃみをした。
「魔理沙、もういいですって。そんなに念入りに洗わなくても」
「やまかしい。ったく、綺麗な髪質してるくせにテキトーにしてるからボサボサじゃないか。私なんて毎朝整えるのが大変だってのに……」
「髪なんてまた生えてきますよぅ」
「……ああ、腹立つ。巨乳は敵だ。次こそ消し炭にしてやる」
「魔理沙、なんかさっきから妙に胸にこだわってる気がするんですけど?」
「ベツニソンナコトハないんだZE。声が色っぽかったり、病み付きになりそうなんてことは一切ないんだZE」
「?」
 顔を真っ赤にしながら頭をワシャワシャ洗う魔理沙を見て、美鈴は不思議そうに首を傾げていた。


 かくて、物語は幕を閉じる。
 門番、紅美鈴。
 拳に生き、誰かのために生き続ける真っ赤な女。
 少女、燦奘玄。
 拳に死に、今なお誰かのために生き続けようとする白き少女。
 互いの道が交わるまで、少女たちは己の道を歩み続ける。

 劇終。
オリキャラの役割は背景程度でいいのに、なんか知らないけどぬるぬる動いてくれた。
まぁ、連中の出番は帰還編には存在しない。
舞台が宇宙空間で存在させてたまるか。

と、いうわけで次回は帰還編開始。ようやく早苗さんとかリグルとか書けるよ!
あと、東方LALに出番のない方々に酒を飲みつつ泣いてもらうためにフリーダムな新連載開始。

お楽しみに♪


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