・・・・ごめん、終わらなかった。
門番編自体はプレイ時間30分〜1時間程度の内容なんだけど、困ったことに色々やりたくなってしまった結果、えらい文字数になったので二分割。
そんなわけで、小説版の真のラスボスは霧雨魔理沙になります。
追跡者……じゃなくて、レイ=ジハードさんには悪いことをしてしまった。いや、この人ホント好きなんですよ。なんかこう……殴りがいがあるというか。
それから、自分は心山拳師範はレイ一択でした。
なぜかというと、当時の自分はあまりにも馬鹿で馬鹿でついでにへたれていたため、レイ以外じゃオディワン・リーに勝てなかったからです。
だから……その、本当にすんません。セリフ的な意味でやっちまったぜ♪
あと、オリキャラ登場。背景のごとき彼女。
もう一人のオリキャラっぽいものはオリキャラではなかったりします。さて、誰でしょうか?
ヒントは、その人生で善行を行い、人生の最後に悪行を行った人物。
視線が違えばそういう観点も出てくるんじゃないかと思った。
そのせいで、地獄に落とされることもあるんじゃないか……とも。
門番編5:紅魔館門番 紅美鈴
赤く、紅く、朱く。
その在り方は龍のごとく。
それは、唐突に現れた。
真っ黒い傘を差した男。一目で吸血鬼と知れる容貌。
綺麗な顔立ちに流れるような銀の髪。発達した八重歯に黒のマント。
どこからどう見ても吸血鬼。瞳は赤く輝き、私を見つめていた。
「お初にお目にかかる、後任者どの」
慇懃無礼に挨拶をしたその男は、にやりと笑っていた。
「私の名は、レイ・ジハード。昔、レミリアお嬢様の執事を務めていた者だ」
「……残念ながら、私の生まれる前の話に興味はないの」
「ははは、それは残念。同じ主を敬愛する者同士、話が合うと思っていたのだがな」
まるで道化のように肩をすくめるその男は、やっぱり不敵に笑っていた。
今まで培ってきた経験が警鐘を鳴らす。目の前の男は危険だ。彼は間違いなくこの紅魔館に攻め入って来た者で、レミリアお嬢様に害成す存在だ。
敵ならば遠慮は要らない。なにかされる前に、全力で叩き潰すのみ。
銀時計に手を伸ばし、能力を発動するために意識を集中させ――――。
能力を使えないことに、気づいた。
「おや? どうしたのかな、後任者どの。なにかするつもりだったのかな?」
「あなた……一体なにを」
「なに、簡単なことだ。それこそが私の能力ということだよ、後任者どの」
にやりと笑いながら、レイ・ジハードは歩みを進める。
「能力が使えない君は手足をもがれた木偶も同然。見逃してやるから、さっさとそこを退くといい。……なに、私が用事があるのは、レミリアお嬢様だけだ」
絶対的な有利を確信しているのか、彼は余裕綽々で私に向かって歩いてくる。
さて……どうしたものか。
こいつをお嬢様に近づかせるわけにはいかない。
ただ、能力の使えない私は戦力としては勘定できない。
パチュリー様は不在。引きずられるように連れて行かれた小悪魔は、今頃パチュリー様に顎でこき使われていることだろう。……気の毒に。
もちろん、フランお嬢様は戦力として当てにはできない。私がそれを許さない。
魔理沙あたりが偶然やってくる可能性は考えない方がいいだろう。
ナイフを取り出しながら策を練っていると、自称吸血鬼は不敵に笑った。
「愚かな……能力も使えない人間が、吸血鬼に立ち向かうとおっ!?」
私が投げ放ったナイフを、吸血鬼は余裕たっぷりにかわす。
ただし、セリフを邪魔されたせいか、こめかみは引きつっていた。
「貴様……私を愚弄するか!?」
「愚弄しているのはそっちでしょうに」
新たなナイフを取り出しながら、私は歩を進める。
「こっちにはまだやることが腐るほどある。ベッドメイキングに庭の手入れ、キッチンの掃除に、美鈴がサボってた城壁の水洗いに細々とした物の買出し。……さっさと消えなさい。あなたに構ってる暇はないの」
「……なん、だと!」
「それに、能力を封じられた程度で、敵に背を向けるような教育は受けてないわ」
最悪のケースを想定しろと言われた。
最悪の状況で、最善を模索しろとも言われた。
最悪の最悪になろうとも、最善を捨てることになろうとも、いざという時は自分の心の赴くままに戦わなければならないことを、学んだ。
「来なさい、吸血鬼。お嬢様が出るまでもない。私が遊んであげるわ」
「ほざけ、人間風情がァ!」
牙をむき出しにして、男は叫びながらこちらに飛びかかってきた。
さすがに吸血鬼。その速度は尋常じゃない。能力が使えればなんとか対処できるくらいだけど、残念ながら能力は封じられている。
「さてと……あとは運頼みか」
まだ状況は最悪じゃない。最善を捨てるには早すぎる。
今は、こいつを相手にしながら生き残り、誰かに救援を求めるのが一番いい。
問題は誰に救援を求めるか……だけど。
「死ねええええええええええええええええええええぇぇぇぇぇ!」
それを考える前に、まずは自分が生き残ることを考えなければならないようだった。
もっきゅもっきゅと肉まんを齧りながら、私は歩いていた。
腹が減っては戦はできぬ。とはいえ、いい加減にサバイバルな食生活にも飽きていたのは事実なので、干し肉などの日持ちする食料を人里で売り払い、対価として人里の美味しいご飯を食べることにしたのだった。
射命丸文へのお礼参りは今しがた済ませてきたし、準備としてはこれで十分。
あとは力量を試すだけ。私の方が強くなっていれば咲夜さんにも勝てるだろう。
と、そんなことを思いながらねぐらに戻ると、そこには見知らぬ誰かがいた。
「ここはれいむとおねえさんのゆっくりぷれいすだよ! じゃまなじじいはぶげぇ!」
ナマモノが踏みつけられる音が響く。
ただし、力加減を絶妙に調節しているのか、れいむが死んだ気配はない。
れいむを踏みつけているのは、煙草をふかしている人間だった。
年齢は人間に換算して二十歳前後。……見た目は普通だけど、なんだかパチュリー様にも似た、私が苦手としている雰囲気を感じた。
「誰がジジイだ、クソ饅頭。俺は虐待も殺戮は嫌いだが怒りが有頂天になった際にはなにをするか分からんぞ? あと、俺は男じゃなくて女だ。勘違いするな」
どうやら、口は悪いらしい。よく見ると目つきも激烈に悪い。
女性では珍しいけど、賭博場とかを仕切っている人里のヤクザ屋さんだろうか?
「あの……貴方はどちら様ですか?」
「迷子のおでん屋さんだ」
きっぱりとそう言い放ち、彼女は背後にある屋台を指差した。
おでん屋台を引いているうちに森に迷い込んでしまったとかなんとか。
いや……普通に考えたら迷うはずないだろうと突っ込みたいところだったけど、ここ最近連続で迷子になりまくっている私が言えることじゃないのだった。
「しかし、ここはいい所だな。イギリスには及ばないが、メイドがいる時点でいい所だ。スカート丈が少し短いのが気になったが、あれはあれでいいものだ。戦うメイドでさらにグレードアップと言っても過言じゃないだろう。パーフェクトだ」
煙草をくゆらせながら、おでん屋さんは実に嬉しそうに、朗らかに笑う。
えげれすという所がどういう場所かは分からなかったけど、メイドというのは幻想郷広しといえども、咲夜さんくらいしか思い浮かばない。
私が微妙な表情を浮かべていると、おでん屋さんはさらに続けた。
「しかし、メイドと戦っていた優男は好かんな」
優男。
男? 紅魔館にはそもそも男はいない。この付近にも男性は一人もいない。
「なんかこう……銀色の長髪で、肌が白くて男前なむかつく感じの男でな、思い込みが激しそうでストーカー気質っぽい。あと、なんかマントとか羽織ってて目が赤かった」
個人的な私怨がかなり混ざっているような気がしたが、それはそれとして聞き逃してはいけない言葉を彼女は口にした。
銀色の髪。
肌が白くて顔が綺麗。
そして、目が赤い。
「っ!」
体を走る震えは、恐怖かあるいは戦慄か。
曖昧な特徴を伝えられただけなのに、私は確信していた。
間違いない……あいつだ。
師匠を殺したあいつだ!
「おーい、赤髪のねーちゃん? なんだか顔色が……って、どこ行くんだよ!?」
「教えてくれてありがとうございます! お礼はそのゆっくりで!」
「おべえざん!?」
「いや、こんなのいらねーから! それよりここを出るための道案内とか……」
おでん屋さんには悪いケド、今は一刻を争う。
私は後ろを振り返ることなく、真っ直ぐに紅魔館へと向かって走り出した。
少しだけ、昔のことを振り返る。
矮小な小娘だった頃、一人の女と出会った。
彼女は可愛い吸血鬼の従僕で、魔法使いの目の上のたんこぶのような女で、なによりも強かったような気がする。
それはまぁ、多分気のせいだったのだろう。
あいつは弱い。本当に……今までちゃんと生きてこれたのが不思議なくらいだ。
お人好しで、ぐうたらで、弱っちくて、いつもにこにこ笑っていて。
今思えば……いつもいつでも、手加減されていたような気がする。
「……さん。咲夜さん!」
門番のくせに甘くて、門番のくせに心配性で。
ったく……めーりんのくせに、やかましいってのに。
「咲夜さん!」
「そんなに怒鳴らなくても聞こえてるわよ……美鈴」
イタイイタイすごく痛いものすごく痛い。殺す気か馬鹿美鈴。
満身創痍の人間を揺さぶるのは、どうかと思う。
右腕は見事にぽっきりと折れているし、左足は捻って使い物にならない。幸いなことにあっちが見逃してくれたから逃げることはできたけど……それは、私に取っては恥だ。
「咲夜さん。……なにがあったんですか?」
「……レイ・ジハード」
「え?」
「レイ・ジハードと名乗る吸血鬼が、お嬢様を狙ってる……」
呼吸も苦しかったけど、なんとか言葉を吐き出す。
「私に構わずに……早く……ッ!」
それは、『逃げろ』という意味だった。
能力の使えない私よりも、美鈴の方が強いだろう。でも、美鈴じゃ吸血鬼には勝てない。
早く逃げて、吸血鬼に対抗できる誰かを連れてきてくれればいい。魔理沙でも、霊夢でも、八雲紫でもいい。吸血鬼に対抗できる誰かを……。
「……やっぱり、あいつか」
背筋がゾクリと震え上がる。
乾いた目。鋭い目つき。まるで一振りの剣のように、彼女はそこに存在していた。
彼女は私の頭をポンと叩いて、口元を不敵に緩めた。
「咲夜さんはここにいてください。あいつは私が倒します」
「倒すって……」
「レイ・ジハードって吸血鬼には個人的に恨みがあるんですよ。……それを置いておくとしても、今回の所業は絶対に許さないけどね」
蓮っ葉な口調で、きっぱりと言い放たれ、私は思わず息を呑む。
修行をしただけで……体を鍛え直したくらいで、簡単に強くなれるはずがない。
それでも、今の美鈴は以前とは別物だった。
「咲夜に傷をつけた報いは……その命で払ってもらうことにするわ」
「め……美鈴?」
「じゃ、行ってくる。咲夜のくせによく頑張ったわ。あとは……任せなさい」
最後に、にっこりと美鈴らしい笑顔を浮かべて、彼女は歩き出す。
その背中は……いつか見た時のように、大きくて広い。
(……めい、りん)
それと同時に緊張の糸が切れたのか、私の意識も闇に落ちていった。
自業自得。
たったの四文字で、あらゆる罪業、あらゆる罰則を洗い出したかのような言葉。
今の状況がそれにぴったり……そんな風に、思った。
「何故……あなたがここに?」
聞いても無意味なことは分かっていた。
私の目の前にいる吸血鬼は、私にとっては見知った顔。見知り過ぎた顔。
「ククククッ…………! 忘れたとは言わさんぞ!」
暗い笑いを浮かべながら、その男、レイ・ジハードは私に向かって近づいてくる。
血痕が少ないことから考えて、咲夜は恐らくやられてはいない。私を見捨てて逃げる恥を忍んで、うまく立ち回ってくれたのだろう。
この男の能力は咲夜にとっては天敵のようなものだ。……いや、あるいは人間にとっての天敵と言い換えてもいいかもしれない。
能力を封じる程度の能力。それが、レイ・ジハードの力。
この男の能力は、『能力』と呼ばれる超常の存在を封じる。
例えば、私は『運命を操る程度の能力』を持っているが、なぜ運命が操れるのかはさっぱり分かっていない。意識的にしろ無意識にしろ、操れてしまうのだ。
パチュなら因果律がどーとか、屈折認識がなんたらとか、よく分からない専門用語で説明してくれるのだろうけど、私にはよく分からない。
とにかく、よく分からないが操れてしまうのだ。
咲夜も恐らくは同じ。よく分からないが、時間を操作できてしまうのだろう。
私は当たり前のように運命に干渉し、咲夜は当たり前のように時間に干渉する。
パチュが分かりやすく説明してくれたが、能力の発動は心臓やなんかと同じように頭のどこかで勝手にやってくれるものらしい。
つまり、レイ・ジハードの能力は『頭のどこかで勝手にやってくれる』という行為を妨害するものらしい。
だから、頭に頼らない純粋な技術や確立された術式……剣使いの半霊の童女とか、キノコから熱と光を作り出す霧雨魔理沙とか、組み上げられた術式で人形を操るアリス……えっと、メガトロン? の辺りには効果が薄い。
パチュの魔法は、それこそ超常の代表格にして基本である七曜に依ってるから封じられてしまうかもしれないけど……パチュなら間違いなく大丈夫だろう。
能力が封じられるなら、能力を使わなきゃいいじゃないとか言い出して、銀の散弾を詰めた銃を乱射するに決まってる。
で……そんな魔女さんは現在紅魔館を留守にしているし、肝心のメイドは敗走。
チェスで言えば、キングが単身で戦場に出るようなもんだ。
まぁ、いい。私の立ち位置はキングっていうよりクイーンだし、能力が封じられるんだったら腕っ節で圧倒してやれば関係ない。
ただの吸血鬼が、このレミリア・スカーレットに歯向かおうなんて、片腹痛い。
が……立ち上がろうとした私の体は、ぴくりとも動かなかった。
「か、体が……な、なによこれ!?」
「ククククッ、動けまい」
足元を見ると、小さな針のようなものが突き刺さっている。
目を焼かれるような光を放つその針が、私の動きを完全に封じていた。
「ククク……ハハハ、アーッハッハッハ! 愉快、実に愉快だな、元主よ! 貴方の元を追放されてどれほど経ったか分からないが、ようやく私の努力が実を結ぶ時が来た!」
ゾクリ、と背筋を寒気が走る。
真っ赤な目。吸血鬼の目。真紅に染まった瞳に見据えられ、私は息を呑んだ。
その時、私は久方ぶりの『恐怖』を感じた。
目の前の男が理解できない。同じ言葉を喋っているのに、まるで分からない。
なにを考えているのか分からない。こちらを見つめる瞳が怖い。
ああ……そうだ。吸血鬼としての力は私の方が上なのに、私はいつもこの男に言い知れぬ恐怖を感じていた。
なにを考えているのか分からない笑顔が怖かった。
私のためと言い放ち、禍々しい武器を作り続けているのが怖かった。
フランを見る目が嫌悪に満ちているのが怖かった。フランも彼を嫌っていた。
『くそ……ケダモノめ。レミリアお嬢様の妹とは思えん!』
そう言いながら、妖精メイド八つ当たりしている彼を見るのは、本当に怖かった。
曖昧な恐怖が長く続いた。年月としては大したことがないのかもしれないし、思った以上に長かったのかもしれないけど、私はほんの少しだけ大きくなって、賢くなった。
賢しくなってしまったせいで、知ってはいけないことを知った。
自分が口にしているモノの存在を知った時、本当の恐怖を知った。
『ええ……そうですね、あえて言うなら《農場》というところでしょうか。いつでも新鮮で最高の血液が手に入る。そして、なにより安全です』
人間を殺すのは仕方がない。だって私は吸血鬼だから。
でも……違う。これは違う。こんな……こんなことを私は望んでいない!
血なんて、その辺の人間を吸えばいい! なるべくなら栄養満点の、処女か童貞の血液がいいなんて贅沢は言わない! 血なんて誰のものだって構わない!
だからやめて! こんなのはやめて! こんな酷いことはやめて! これは違う……たかが《食事》のためにここまでやる必要があるわけない!
『貴女の身を案じればこそです……どうか、お察しください』
彼は、私に、そんなことを、言った。
結局……私は彼を力づくで追い出し、今こうして命を狙われることになった。
彼、レイ・ジハードは狂気に満ちた笑みを浮かべながら懐からなにかを取り出した。
その剣はまるで太陽そのもの。
目を焼く光に、思わず目を閉じた。
「こいつは《太陽の矢》という。太陽の光を魔法で物質化しあらゆる精錬技術で剣に加工したものでな……対吸血鬼用の暗殺用具だ」
言われるまでもなく、太陽の光は吸血鬼にとっては天敵だ。
私に限っては致命的でもなんでもないけど、レイの作ったあの剣を体に受ければ、間違いなく致命的だろう。
「最後に一つ聞いておこう……なぜ執事として仕えていた私を追放したのだ?」
「………………」
最後の意地で沈黙を保つ。
紅魔館の主である私が……『怖いから』なんて、言ってたまるものか。
「言えぬ理由でもあるのか? ……フン、まぁいい」
私が沈黙を保っていると、レイは諦めたように溜息を吐いた。
「話は終わりだ。……さぁ、死ぬがいい。レミリア・スカーレット!」
レイ・ジハードが輝く剣を振り上げる。
反射的に目を閉ざして、私はきつく口元を引き締める。
悲鳴なんて上げてたまるか。最後の最後、灰になる直前まで、私は屈したりしない。
この馬鹿な男を……嘲笑いながら、死んでやる。
と、私が死ぬ覚悟を決めた、その時。
扉が、轟音を立てて爆散した。
パチュに頼んで魔法で補強してもらった頑丈な扉が、一瞬にしてゴミになった。
真っ赤な髪を翻し、扉を破壊した誰かは謁見の間に飛び込んできた。
「お嬢様ッ!」
見覚えのある顔。見慣れた顔。パチェでも咲夜でもない誰か。
その手はいつもボロボロで。その体はいつも傷だらけ。
それでも、彼女はいつも笑っていた。笑いながら日々を過ごしていた。
いつも笑っていた彼女は――今は笑っていなかった。
「私が相手です、侵入者」
彼女は私を一瞬だけ見つめて――そして、真っ直ぐに敵を見据える。
瞳に炎。体に闘志。そしてその魂は龍そのもの。
「かかって……こいやあああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
力の限り、あらん限り、彼女は……紅美鈴は、私の敵に向かって吼えた。
予感はあった。確信もあった。
「ハ、まだ戦える者が残っていたとはな」
銀色の髪。真っ赤な瞳。翻した外套は禍々しく、あの時見た姿そのままだった。
「……ん? 貴様はどこで見た顔だな」
「やっぱり……あなたはあの時の吸血鬼!」
師匠を殺した吸血鬼。そして、レミリアお嬢様を狙う男。
その顔を、忘れられるはずもない。
「クッ、誰かと思えば、あの時の妖怪か。師の仇でも討ちに来たのか? それとも……こいつを助けに来たのか?」
レイ・ジハードの視線の先には、悔しそうに唇を噛み締めるレミリアお嬢様がいた。
どんな方法かは分からないが、どうやら身動きが取れないらしい。
「まぁ、どちらでも良かろう。お前が今更駆けつけたところで、私に敵うはずもない」
「………………」
そうかもしれないと、直感する。
私はただの華人小娘で、彼は吸血鬼だ。今が昼でもスペックの差は明らか。
射命丸文と速さで競うようなもんである。
「ごほっ!?」
ただ、敵わないからって調子ぶっこいてる奴に、手加減する道理はない。
余裕綽々で笑っていた吸血鬼の胸に掌底を叩き込んで、私は溜息を吐いた。
吸血鬼といえど生き物だ。鳩尾に衝撃を受けて無事ではいられない。
「がふッ……グッ、貴様ァ!」
呼吸困難で悶え苦しむ吸血鬼を見つめながら、私は口を開いた。
「で、敵わないからなんですか?」
「なん……だと?」
「私はあなたに勝てない。ええ、そうかもしれません。私はただの華人小娘で、あなたは吸血鬼。普通に戦ったら勝てるはずもない。能力を封印されてさらに勝ち目は薄い。……で、それがなんですか?」
真っ直ぐに一歩を踏み出す。
覚悟と決意だけを胸に秘め、私は真っ直ぐに歩き出す。
「あなたは、私の師匠を殺し、私の主を……レミリアお嬢様を傷つけた。復讐や敵討ちってのは柄じゃないんですが、そんな相手に尻尾を向けて逃げるほど、私は妖怪ができちゃいないんですよ」
「クッ……ハハッ! 師に似て愚かだな、小娘!」
「あんたみたいになるくらいなら、私は一生愚かでいい!」
レミリアお嬢様のような可愛い女の子をあそこまで怯えさせるような妖怪になるくらいだったら、私は腹掻っ捌いてこの場で果てる。
咲夜さんでもきっと同じことをするに違いない。
「ならばこの場で果てるがいい、小娘! お前に私の悲願は邪魔させぬ!」
「努力の意味を履き違えてる吸血鬼に、負けるもんですか!」
怒声を叩きつけながら、吸血鬼に向かって走る。
が、不意に生じた嫌な予感に、思わず足を止めて横に飛んだ。
ボゥ!
ついさっきまで、私のいた空間が紫色に輝き燃え上がる。
発火能力……あるいは魔術に属するものだろうか。
「遅いぞ、小娘!」
「ぐあっ!」
無数の手刀が、私のカードを崩し体中に叩き込まれる。
一撃一撃がそれなりに重い。しかも、数が多く範囲が広いためカウンターを取ることもできない。
亀のようにガードを固める私を、レイ=ジハードは容赦なく追い詰める。
「どうした、小娘? 私を倒すんじゃなかったのか? ん?」
「………………っ」
「ほらほら、早くなんとかしないとこのまま削られる一方だ……」
間隙を縫って放った足刀が、手刀を弾き飛ばす。
ポキリと軽い音が響いて、レイ=ジハードの手首が折れた。
「…………な」
「強いってのも考え物ですね。……たかが手首が折れた程度で、この様です」
傷つくのに慣れていない。強いから傷つかず、強いから傷つけられたこともない。
傷に慣れることはないけど、心も体も使えば傷つく。
ただ、傷つかなければ成長することもない。楽しい事だってないに決まってる。
超絶無敵のレミリアお嬢様だって紅霧異変の時は楽しそうに傷つきながら、巫女と弾幕ごっこをしていたらしい。
咲夜さん曰く……とてもとても、楽しそうだったそうな。
「ぐぶっ!?」
レイ=ジハードの顎を蹴り飛ばす。顎が砕けて歯が飛び散った。
続けて、裏拳を喉に叩きつける。喉は完全に潰れ使い物にならないだろう。
最後に上から叩きつけるような回し蹴りを叩き込んだ。
地面にめり込んだレイ=ジハードはもうぴくりとも動かない。生物の急所である、顎と喉、そして頭を的確に壊したから、当然と言えば当然だけど。
とはいえ、油断はしない。こいつはまがりなりにも師匠を殺した男だ。こうやって倒れているのも油断を誘うためかもしれない。
この吸血鬼だけは……注意を払って払いすぎることはな。
ドズッという鈍い音が、響いた。
背中に衝撃が走った。
次の瞬間に襲い掛かってきたのは、熱と痛みと吐き気。
この症状には覚えがあった。マムシなんかに噛まれた時と同じ……毒だ。
動けないはずの吸血鬼は、まるで当たり前のように身を起こした。
「ハハハ……いや、驚いたぞ小娘。まさか私に《武器》を使わせるとは」
レイ=ジハードは私に近づき、背中からなにかを引き抜く。
その指には奇妙な文様が施された、紫色に輝く程度の鉄針が握られていた。
「…………ぐ」
体を起こそうとするが、まるで言うコトを聞かない。
神経毒。しかも徐々に効果が発揮されるタイプのものだ。効果時間がどの程度なのか、あとどの位生きていられるかは、目の前の吸血鬼だけが知っている。
「吸血鬼は蝙蝠を使役する。……そう、蝙蝠を支配して使用する吸血鬼もいれば、己の血液を蝙蝠の形にしている者もいる。私の場合は後者だったということだ」
血液で作った蝙蝠を私の死角に配置。その蝙蝠の中に毒針を隠して放った。
レイ=ジハード本人に注意を払いすぎていた私に避けられるはずもない。
「そして、惜しかったな小娘。これを持っていなかったら、私もまずかったよ」
レイ=ジハードが首に下げているネックレスが、綺麗に輝いていた。
「これは《月の涙》という道具でな、月の光を結晶化し特殊なカッティングを施したものだ。もちろん満月の頃より効果は薄れるが、再生能力を高めるだけならこれで十分」
吸血鬼の再生能力。
もちろんそれを計算に入れていないわけじゃなかったけど、その再生能力そのものを強化してくるとは……計算外だった。
「さて、それでは私を舐めてくれた礼をたっぷりしなければなぁ!」
「…………くっ」
毒で動くことすらままならない私に向かって、レイ=ジハードは襲い掛かってきた。
体が……熱い。
頭がぼんやりして、意識を保つのも精一杯。
戦わなきゃいけないのに拳を振るう力すらもない。
「どうした、この程度で終わりか? お前の師の方がまだ歯ごたえがあったぞ」
「………………うあ」
散々痛めつけられて、体はもうボロボロ。
毒が回ってきたせいか指先一本動かすことができそうにない。
いや……それでも、死力を尽くせばなんとか逃げ延びるくらいはできるだろう。逃げることができれば、気功で体内を活性化させて毒を治療することもできるはず。
でも……駄目だ。
それだけは――絶対に駄目だ。
私はそう思っていて……私の主は、そう思っていなかった。
「もういいわ、美鈴」
「……お、じょうさま?」
「あなたじゃこの男には敵わない。私のことはいいから……早く逃げなさい」
なにかを我慢しながら、レミリアお嬢様はそう言った。
敵わない。確かにその通りだ。私は、この吸血鬼には敵わない。
速さが違う。肉体的な強度が違う。そもそも、ただの華人小娘の私と吸血鬼では、ポテンシャルがまるで違う。
敵うはずがない。修行をサボって怠けていた私に……勝てる道理がない。
「笑わせないで、お嬢ちゃん」
ゆっくりを息を吸う。毒の痛みで死にそうになったけど、なんとか堪えた。
基本を思い出せ。練磨した力はどこから来るか、私は分かっている。
力を丹田に溜める。練り上げる。一気に解き放つ!
「ぐあっ!?」
レイ=ジハードの右腕を握り潰して、なんとか逃れることに成功した。
体はフラフラで口元から血が流れ、立つこともままならないけど、私は笑っていた。
口元を引きつらせて笑う。笑いながらゆっくりと立ち上がる。
ホント……この馬鹿娘はいつもこうだ。寂しいくせにえらそうで、辛いくせに他人想いで、反吐が出るほど甘ったるい。
ここまで私を怒らせることができるのは、このお嬢ちゃんくらいなもんだろう。
「レミリアお嬢ちゃんは、玉座にふんぞり返って、咲夜さんや私に偉そうに命令して、最後には幻想郷の巫女にコテンパンにぶちのめされるのがお似合いの吸血鬼でしょうが? それが『逃げろ』だの『敵わない』だの……少しは空気を読んだらどう?」
「美鈴! こんな時にふざけてる場合じゃ……」
「ふざけてるのはどっちだ、レミリア・スカーレット!」
体は動く。多少痛めつけられてはいるけど、死ぬほどじゃない。
毒は順調に回っている。あの吸血鬼から離れて気功治療を行えば助かるだろう。
でも、レミリアお嬢様をを見捨てるくらいなら、死んだ方がましだ。
「命令を寄越しなさい、レミリアお嬢ちゃん」
ただ敵だけを見据える。
うざったい銀の長髪と、兎みたいに真っ赤な目と、力を誇示したい奴しか身につけないような外套を見据え、私は真っ直ぐに立ち上がる。
「紅魔館の主にふさわしい命令を寄越しなさい、レミリア=スカーレット」
「……美鈴」
「命令をくれれば、思い出させてあげる。……あなたが気遣っている私が、こういう時にこそ強くなれる女だということを、ね」
真っ直ぐに、私の主を見つめる。
レミリアお嬢様は、なにかを決意したように、真っ直ぐに私を見つめた。
「そいつをぶちのめしなさい、門番」
「了解しました、レミリアお嬢様」
それでいい。そんなあなただからこそ、私の主にふさわしい。
あなたに命をあげる。この命を思う存分食い尽くせ。
そう言ったはずだったのに……思う存分甘やかしてくれた。
恩義に報いるために、口元の血を拭って前を見据えた。
「小娘、主とのお別れは済んだか?」
「いいえ。少なくとも……ここにいる悪質な変態をぶちのめすまでは、死ねません」
「ほざけ、死にぞこないが!」
先ほどと同じように吼えながら、吸血鬼は私に襲い掛かってくる。
その速度は相変わらず速い……が、もう私には通じない。
技術も無く、ただ種族的なパワーに任せて攻め続ける彼には、分からないだろう。
緩急をつけなければ、いくら速くとも無意味だというのに。
一歩踏み込みながら間合いをずらし、手刀をかわす。
互いに技の出しようがないほぼゼロ距離の間合いで、私は吸血鬼に密着するように体を寄せ、その胸に拳を添える。
パァン! と足の裏が地面を叩く音が響く。
「がッ!?」
吸血鬼は衝撃に吹き飛ばされ、地面に倒れた。
今のは寸勁という技術。全身で発生させた力を拳面に集約させる技術。
心山拳においては技の一つですらない、ただの技術だ。
もちろん、そんな技で吸血鬼を倒せるようなら……とっくの昔に倒せている。
こいつは……レイ・ジハードは師匠と咲夜さんを倒すほどの強者。
倒すためには、それ相応の対価を払わなければならない。
美鈴、これから僕のすることをよく見ておくんだ。
僕の息遣い…………。
間の取り方…………。
その一挙手一投足を…………。
その目に…………。
心に…………。
しかと焼き付けるんだ!
師匠……私に大切なことを教えてくれた人。
守りたい人がいます。その人はとてもとても大切な人です。
大人ぶってて、小生意気で、わがままで、気まぐれで、まるで子供みたいな可愛い吸血鬼で……私を救ってくれた大切な人なんです。
お嬢様を助けるために……私に、勇気をください!
手を合わせる。目を閉じる。
能力は封じられているが、そんなことは関係ない。
気を使えば体への負担は抑えられるが……元々、気はその程度にしか使えない。
体への負担なんてどうでもいい。毒が回って私は死ぬだろうことも、関係ない。
「この構えは……まさかッ!?」
「心山拳 奥義……」
あの時と同じように、空気が、地面が脈動する。
ピシリと、私が踏みしめる地面に罅が入る音が響いた。
「だが……所詮、付け焼刃よ!」
その通りだ。今から放つ技は、まさに付け焼刃。
あの時の師匠の物真似に過ぎない。
でも、付け焼刃だろうが、そんなものは関係ない。私が受け継いだのは、その心。
誰よりも優しい……あの人の心そのものなのだから!
「旋牙連山拳ッ……!」
最初に見たのは、漆黒だった。
「…………がッ!?」
放たれた蹴りが目蓋の上から眼を打ち据える。
その速度は、吸血鬼の視力を持ってしても捕らえきれるものではない。
「な……なんだ、と?」
視力を回復するのは一瞬だったが、次の瞬間には彼女はもうどこにもいない。
代わりに、凄まじい威力の足刀がレイの腕をあっさりとへし折った。
しかし、その腕もあっさりと修復する。
再生能力は吸血鬼に備わった能力の一つである。どんなレベルの吸血鬼であれ、多かれ少なかれ保有している能力だ。ましてやレイは元とはいえ紅魔館の執事を務めたほどの吸血鬼だ。その能力は、決して並ではない。
「がッ!?」
しかし――決して並ではない再生を、少女の技は凌駕していた。
再び腕が折られる。足が折られる。顎を蹴り上げられ意識が一瞬吹き飛ぶ。
直っていく端から壊される。拳が、肘が、蹴りが、膝が、踵が、頭突きが、少女の体のありとあらゆる部分がレイの体を破壊していく。
あまりの破壊に修復がまるで追いついていない。力を使い果たしたのか、星型のクリスタルはあっさりと壊れ、レイ=ジハードの体はさらに壊れていく。
「がああああああああああああああああッ!?」
「吸血鬼の防御能力は高くない。なぜなら、再生能力が防御能力とイコールになっているから。……ならば、簡単なことです。再生の前に壊せばいい」
「き、さまァ! 私を、私を誰だと思っているッ!?」
「侵入者でしょう。ならば……私が相手をするのは必然です」
胸に添えられた拳の一撃が、寸勁と呼ばれるただの技術が吸血鬼の胸を陥没させる。
「私の名前は紅美鈴! 心山拳伝承者にして、紅魔館の門番!」
高らかに名を叫んで、彼女は吸血鬼の側頭部を蹴り飛ばす。
「紅魔館に……レミリアお嬢様に挑みたいのなら! この私を倒してからにしろおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉ!!」
血を吐いた吸血鬼の側頭部を蹴り、ぐらりと揺れた頭をさらに逆の足で蹴り飛ばす。
それらが一瞬。刹那の出来事。吸血鬼には少女の足運びすら見えていない。
身を削るような速さの中で、美鈴は跳躍した。
「これは、咲夜さんの無念のぶん!」
右の回し蹴りがレイの右腕をへし折り、体を捻ったと同時に続け様に放たれた左の中段蹴りが右腕を完全に破壊する。
「これは、友達を傷つけられたパチュリー様のぶん!」
着地と同時に放たれた震脚がレイの足を踏み抜き、同時に下から打ち上げるような拳がレイの体を打ち上げ、顎を破壊する。
「これは、動けないレミリアお嬢様のぶん!」
頭を掴んで思い切り地面に叩きつける。叩きつけると同時に体ごと蹴り上げる。
レイを蹴り上げると同時にさらに高く跳び、上から踵落としを叩き込む。
「そしてェ……ここからが……」
地面に着地すると同時に、蹴り、拳、肘のコンビネーションをぶち込んだ。
破壊される体に、レイの再生能力はまるで追いついていない。壊された箇所は壊れたまま中途半端に治って、そして再び壊される。
「私の、怒りだあああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
円状の高速移動。上下左右関わらずに放たれる高速連撃。
下段蹴りが枯れ枝のように足をへし折り、
中段蹴りがあっさりと胸を打ち抜き、
上段蹴りが首をへし折り、さらに踵落としが地面に縫い付ける。
高速から神速へ。破壊の嵐は吸血鬼の体を容赦なく壊していく。
目に映ることすら敵わぬ超絶的な神速と連撃。修練の果て、ただ一つの強き想いだけが限界の先にある門を開く。
これこそが……心山拳奥義 旋牙連山拳。
吸血鬼の寿命よりも長く、遙か昔より受け継がれてきた技。
それは、託す者と受け継ぐ者とが織り成す、魂の結実であった。
最後の一撃を受けて、レイ=ジハードは吹き飛んでいた。
少女が放ったその一撃に抗う術などない。全身くまなく破壊され、既に再生能力の限界を越えている。
壁に衝突し、砕け散った骨が内臓を傷つける。妖怪であっても致命的に、徹底的に破壊され尽くしてレイは地面に倒れた。
(クク……しかし、私はまだ生きているぞ!)
そのような状況でも、レイは勝利を確信していた。
生きてさえいればいくらでもチャンスはある。今が駄目でもその次がある。なんだったら、自分をここまで追い詰めた華人小娘が死ぬまで待ってもいいのだ。
燃え盛る怒りは消えず、ただただ一途な執念だけが、レイ=ジハードという吸血鬼を動かし続けていた。
それが、一瞬で途切れた。
先ほどの技とは比べるべくもない、小さな衝撃が走る。
レイの胸に、黄金の刃が突き刺さっていた。
吸血鬼にとっては取るに足らないはずの短剣。しかし、それはレイが多大な時間と労力を費やして作り上げた、吸血鬼殺しの刃。
「………………あ」
太陽の光そのものである刀身は、理に従って吸血鬼の体を灰燼に返す。
「……ば、かな……私の、わたしの、どりょく、が」
体が灰になる感覚……全てを失う感覚を味わいながらレイ=ジハードは手を伸ばす。
その先には主がいた。レミリア=スカーレット。自分が全てを捧げたはずの主。
彼女に認められるためならなんでもした。あらゆる労苦を厭わなかったが。彼女は最後までレイを認めることはなかった。
自分が劣っているから。自分に才能がないから、認められないと思った。
ああ……けれど、貴女はどうしてそのような目で私を――――。
「わたしは……ただ、あなたにみとめられたかっただけなの、に」
なぜ? 才能がないから? ならばその小娘を側に置くのはなぜだ?
時間を操作できるあの後任者ならば分かる。しかし、華人小娘には際立った才能も能力もない。ただ、努力を積み上げることしかできない弱い存在だ。
そいつと……自分とで、なにが違う?
「……認められるわけないでしょうが、馬鹿野郎」
血を流しながら、朦朧とした意識の中で、小娘はきっぱりと言った。
手も足も血塗れで、毒のせいで真っ青な顔をしながら、それでも言い放った。
「レミリアお嬢ちゃんの一番近くにいたのに、アンタはこの子がなにを望んでいるのかちっとも理解してなかった。理解しようともしてなかった。押し付けの善意に、一方的な羨望を向けてくる相手なんて……お嬢ちゃんにとっちゃ、迷惑でしかないのよ」
アンタのやったことは、全部見当違いの的外れもいいところよ。
この子はそりゃすごいけどさ……とんでもない吸血鬼だけどさ、その前に女の子だってことを忘れちゃいけないのよ。
寝て、起きて、遊んで、笑って、お茶して、そういうのが楽しいんだから。
認められたかったら、相手を理解しなきゃ。
相手を理解する努力をしなきゃ……認められるはずがないでしょ?
「いい加減に……甘えるんじゃない」
それが、レイ=ジハードが最後に聞いた言葉になった。
完全に突き放した言葉に、彼は一瞬泣きそうな表情を浮かべ……末期の吸血鬼らしく、灰となって消えていった。
吸血鬼として生まれて、たくさんの時間を生きてきた。
たくさんの命を殺して生きてきた。
憎まれ、恨まれ、嫉まれ、疎まれて生きてきた。
そのことに悔いはない。だって、つまるところ《生存》とはそういうことだから。
生まれ、生きて、殺し、死ぬ。どんな生き物だってその不文律からは逃げられない。
運命を操る程度の力を持つ私でも、運命のさらに上位に存在するルールそのものを変えることなどできはしない。
世界というものは、《定め》とはそういうものだ。
ああ……けれど、世界がどんなものであっても、私は目の前の光景を忘れない。
この綺麗なモノを忘れるなんてことは、絶対にできはしない。
血で真っ赤に染まった両手。
血で真っ赤に染まった両足。
ほつれた髪は、見るも無残に血で真っ赤に染まっている。
立っているのもやっとな体を支えながら、彼女は立っている。
ゆっくりと息を吐いて、少しだけ血を吐いて……彼女は私に向かって言った。
「大丈夫ですか? お嬢様」
それは、どこまでも綺麗で澄み切った笑顔。
真っ赤で汚く薄汚れていたけど、間違いなく世界で一番綺麗な笑顔。
怒りに満ちた醜い世界だけど、美しいものは確かにあるのだ。
思わず泣いてしまいそうになるくらいに……真っ赤な彼女は、美しかった。
彼女の手を取って、私は本音を吐露する。
「ごめんなさいね……。私、あなたが惨めに倒されるのが、耐えられなかったの……」
ウチの門番は本当に強い。
あの泥棒と戦った時以外で美鈴が負ける姿を、私は見たことがない。
それが、霧雨魔理沙には全戦全敗。理由はなんとなく察しがつくし、負ける美鈴を見るのも悪くはないケド、さすがに三十五連敗は癪に障る。
けれど、勝利も敗北も、美鈴はまるで気にしていないようだった。
「気にしないでください。あの野外謹慎のおかげで大切なコトを思い出せましたし」
くしゃくしゃと、笑顔のまま美鈴は私の頭を撫でる。
子供扱いされるのは嫌だったけど……ま、今日は特別だ。許してあげよう。
「美鈴……本当に、強くなったわね。門番を任せられるのは、やっぱりあなただけね」
私がそう言うと、美鈴は目を丸くして驚いた後……とびっきりの笑顔で笑った。
「ただいま、お嬢様」
ボロボロのくしゃくしゃだったけど、それはきっと一番綺麗な笑顔だった。
ああ……やっぱり、ウチの門番はこうじゃなきゃ。
へたれてて、甘ったれで、サボり魔で、咲夜に怒られてもにっこりと笑ってて、私やパチュに侮られても、ヘラヘラ笑っていればいい。
最初に見た時から決めていた。死にたがりで、努力ばっかりしてて、他人のことしか考えていない……そんな彼女を死ぬまで甘やかすと。
我ながら趣味が悪いとは思ったケド、それは仕方がない。
と、苦笑していると、不意に美鈴は私に向かって倒れこんできた。
なんとか受け止めたけど……その体はとても、とても熱い。
「ちょ……美鈴!?」
「……毒が、回ってきたみたいです」
息も絶え絶えにそう告げた美鈴は、それでも笑っていた。
「……すみません、レミリアお嬢様。私は……ここまで、みたいです」
「なにを言っているの、美鈴! 私を助けたまま死ぬなんて……借りを作ったまま死んじゃうなんて、絶対に許さないから!」
「あはは……そりゃ、ちょっと無理っぽいですね」
力なく笑って、美鈴は私を見つめた。
「レミリアお嬢様は咲夜さんの言うことを聞いて、あんまりわがままを言わないように。霧雨魔理沙を入れてやらないとパチュリー様の機嫌が悪くなっちゃうから、新任の門番には適度に負けるように言ってください。それと、咲夜さんは放っておくとついつい働きすぎちゃう人だから、適度に休みを与えてください。あと……フラン様と仲良く遊んであげてください…………ね」
長い遺言だった。
自分のことなんてまるで考えていない、長い長い遺言だった。
私たちのことしか考えていない、あまりにも長ったらしい遺言だった。
「嫌よ」
私より先に格好良く死のうなんて、門番のくせに生意気な。
「死なせてなんてあげない。あなたは、私のものなんだから」
美鈴の首筋に牙を突き立てる。
久しぶりに飲んだ美鈴の血は、咲夜よりも苦く、咲夜よりもクセが強い。
そして……咲夜より、ずっと甘ったるかった。
一方その頃。
物語とは一切関係がないところで、二つの命が終わろうとしていた。
「ま、待て幼女! 俺はその……栄養足りてないから全然美味しくないぞ! っていうかね、牛を丸々一頭食べちゃうのはどうかと思う! お腹壊しちゃうぞ!」
「れいむもおいしくないよ! ばばあはゆっくりどこかにいってね!」
「じゃあ、食べてみれば美味しいかどうか分かるのだー。じゅるり」
こくこくと頷いて、リボンの人食い。ルーミアはにっこりと笑う。
その目は、餌を見つけた捕食者のものだった。
「ちょ、ちょい待て幼女妖怪! お、俺にはアレだ……帰りを待つ同居人っていうか命の恩人っぽい悪人が!」
「れいむにもおかあさんやいもうとがいるよ! ゆっくりたべないでね!」
「残念だねー。あなたたちの命はここで終わってしまったのだー」
『ゆぎゃあああああああああああああああああああああああああああ!』
口元を血塗れにした幼女に迫られて、涙目になるおでん屋と泣きじゃくるゆっくり。
その悲鳴はそっくりで、どちらも悲痛なものだった。
と、弱肉強食の掟に従って、一人と一匹が淘汰されようとした、その時。
「なにをしてんのさ、あんたら」
そんな、可愛らしい声が聞こえた。
年齢にして五、六歳程度。長く伸ばした髪を三つ編みにくくった少女は、どこか冷めたような眼差しで彼女等を見つめていた。
大人のような疲れた目で……自然淘汰を見つめていた。
「あなたは誰なのー?」
「通りすがりの小娘だよ、お嬢ちゃん」
「そっかー……食べてもいい?」
「いいわけねぇだろ!」
先ほどまで涙目だったおでん屋は、片手にゆっくりを携えてルーミアに立ち塞がる。
「カニバリズム幼女妖怪! この子を食べたいんだったら、俺たちを食べてからにするんだな!」
「最初からそのつもりなのだー」
「……いや、どんだけ食うつもりなんだよお前。その胃袋が激怖ェよ!」
おでん屋は口元を引きつらせてから……三つ編みの少女に耳打ちした。
『今から、あいつにこのゆっくりを投げる。こいつが食われてる間に俺は逃げるから、お嬢ちゃんは俺とは反対方向に逃げろ』
「ゆべっ!? それじゃあれいむがしんじゃうでしょ!?」
「うるせぇな、この状況じゃ俺もお前も生きる道なんざねぇんだよ! あの小娘妖怪は思った以上に素早い。……囮を使わなきゃ、この子が助からんだろうが」
「でいぶじにだぐないいいいいいいいいいいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃ!」
「うるせぇな、俺だって死にたかねぇよ!」
「あのー……さっきから丸聞こえなんだけどー……」
「空気を読め小娘! 今は聞こえなかったフリをする場面だろうが! 餌が必死こいて知恵かき集めて一人でも助かろうとしてるんだから、捕食者は余裕こいてろ!」
「…………そーなのかー?」
ルーミアは、ちょっと納得いかないように首をかしげていた。
それでも、鋭い目つきとドスの効いた声で怒鳴られたので大人しくすることにした。
「とにかく……俺たちを置いてさっさと逃げろ、お嬢ちゃん」
「……やれやれ」
少女は疲れたように溜息を吐くと、ゆっくりとルーミアに向かって歩き出す。
「お……おい! お嬢ちゃん!?」
「妖怪退治は柄じゃないんだけどね……まぁ、仕方ないか」
「む、人間がルーミアに勝てるとでも思ってるのー?」
「ああ、勝てるさ」
柔らかく笑って、少女は一歩を踏み出す。
「強く在ろうと願えば、人はどんなものにだって勝てる」
ルーミアの頭が一瞬だけ揺れて、彼女はその場に崩れ落ちた。
ゆっくりのれいむにはなにがあったのかさっぱり分からなかった。
武道の心得が多少ある、人間のおでん屋には少しだけ見えた。
上段蹴り。しかも尋常じゃないくらいに早い。
少女はゆっくりと振り向いて、溜息混じりにおでん屋に向かって言い放った。
「どこから迷い込んだのかは知らないけど、この森には妖怪が出る。餌になる前に帰った方が無難だと思うけど?」
「その帰り道が分からないから、困ってるんだ」
「じゃあ、案内するよ」
「その前に一つだけ教えろ。……アンタ、一体何者だ?」
おでん屋の問いかけに悲しそうに顔を歪めて、少女は顔を伏せる。
「さぁね……あたしにも、よく分からないな」
そう言いながら、悲しそうな顔で、肩をすくめたのだった。
紅美鈴の制約事項。
1:紅魔館の門を抜かれたら負けとする。
2:紅魔館の門を破壊されてはいけない。
3:毒は中和済み。怪我はある程度負っている。
詳細は次で説明。
4:ドラゴンメテオに始まり、マスパ系のスペカを防げる技は心山拳には存在しない。
5:接近戦ならば勝てる目が出てくる。
さて、中国さんはどうやって霧雨魔理沙に近づけばいいでしょうか?
次回、今度こそ門番編最終話:その笑顔のために。
戦うってのは、こういうことだ。
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