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う詐欺登場の回。
幻想郷の人間にとって、兎はわりとメジャーで人気がある食料らしい。こっちじゃあんまりメジャーではないけど、それは単純に大量生産向きじゃないから。
あと、全然関係ないけど、てゐはしっかりした姉属性だと勝手に勘違いしてる。異論は認める。

では、この辺で前書きは終了。
第三話の始まり始まり〜。
門番編3:ちっぽけな勇気
 おろかでもいいんですか?


 その時、私は子供の世話をしていた。
 年齢にして十五歳ほど。銀髪の彼女は外見とは裏腹に凄まじい能力を有していた。
 分不相応な能力。あるいは閃光のように生きる人間に相応しい能力。
 彼女が紅魔館で働くことになった経緯は省く。その説明には意味がない。レミリアお嬢様が彼女をここに置くと決めた。それがルールであり、私も依存はない。
 一つだけ不満があるとすれば、歯ごたえがなさ過ぎることくらいだろうか。
「……なん、なのよ。あんた」
 肩で息をしながら、銀髪の子供は私に問いかける。
 その問いかけに答えることにも意味はなかったけど、一応答えてあげることにした。
「いや、なんなのとか言われてもね。単純に、咲夜が弱いだけだから」
 彼女……十六夜咲夜は、目を見開いていた。
 驚いたのか、あるいは侮辱されたと感じたのか。まぁそれはどっちでもいい。
 私は感じたままに、きっぱりと言い放つ。
「咲夜の能力はちょっと強力すぎるわ。……自分が無敵で最強だと勘違いしてもおかしくないくらいには強力で、凶悪過ぎて鍛錬を疎かにしちゃうくらいにはね」
「……なによ、それ?」
「戦闘行為は屠殺じゃないって言ってるのよ」
 倒れた子供の胸倉を掴みあげて、私は思い切り言い放った。
「動きが直線的で単純! 投擲速度が遅い! 時間停止に頼りすぎ! 能力を使う気配を見せたら悟られるのは当然でしょ! それも含めてなにもかもが全部駄目! せっかくの能力も、あんたがさぼってたせいで宝の持ち腐れもいいところよ!」
 私に一喝されても、咲夜は真正面から私を見返していた。
 涙目になりながら……真っ直ぐに、私を見返しながら、言った。
「私は……こんな能力なんて欲しくなかった」
「そう? 私は、あなたのような能力が欲しかったわ」
「………………え?」
 唖然としながら、彼女は私を見返す。
 私は、真っ直ぐに言葉を紡いだ。
「咲夜みたいな強力な力があれば守れたものがあった。私に力がないせいで失った大切なものがあった。……今でも悔しくて腹立たしい」
 若干の妬みと嫉妬を込めて、私は咲夜に叩きつけるように言い放つ。
 絶対的な能力。誰もが畏怖するほど強大な力。それさえあれば守れたものがあった。
 真っ直ぐに咲夜を見つめ、私はきっぱりと言った。
「今のあなたは、力のない私にすら負ける、負け犬咲夜ちゃんよ」
「……………っ!」
「負けるのが悔しいなら鍛えなさい。私に侮辱されるのが腹立たしいなら、私を越えてみせろ。……お嬢様の命が欲しいなら、お嬢様すら越えて見せろ、十六夜咲夜!」
 強く在ろうとする精神(こころ)。それこそが強さ。
 最初から諦めていてはなにもできない。諦めてしまったら、なんにもできなくなる。
 私が言えた義理じゃないかもしれないけど……この子にはそうなって欲しくない。
 彼女の胸倉から手を離して、私はにっこりと笑った。
「大丈夫よ、咲夜なら私よりもずっと強くなれる。もしも私より強くなれたら、お嬢様と紅魔館のことをお願いするわ」
「…………ふん」
 鼻を鳴らしながらも、咲夜はまんざらでもなさそうだった。
 擦り傷と切り傷の治療をした後、咲夜は仕事を覚えるために紅魔館に戻った。
 給料は出ないけど、紅魔館では自由と安息が約束される。その代わりに労働力を提供してもらうのだ。
 咲夜の後姿を見送りながら、私はこっそりと溜息を吐いた。
「……やれやれ」
 冷たく見えるが内心は烈火のごとく。人間と長く付き合っていたわけじゃないけど、ありゃ間違いなくウチの師匠そっくりだ。
 帽子を目深に被りなおす。分かっちゃいるけど嫉妬してしまうのは仕方がない。
 私は弱い。強くなろうとして、弱いまま。弱いから師匠も守れなかった。
「ホント、どうしようもないなぁ……私は」
 人間は成長が早い。あの子の器量も大したものだ。私を抜くのもすぐだろう。
 とりあえず、若干の諦観と共に『咲夜さん』と呼ぶ練習をすることにした。


 懐かしい夢を見た気がする。
 思い出せないけど、現在進行形で楽しい夢。少しだけ妬ましい夢だった気がする。
「…………ふあぁ」
 欠伸をしながら伸びをして、釣竿を引く。
 居眠りしたのはほんの一瞬だったのか、美味しそうなヤマメがかかっていた。
 針を外して手製の魚篭に放り込み、餌を付け直して再度チャレンジ。
 師匠と修行をしていた時は人里で釣り針を入手できたから不自由はしなかったけど、全てを手作りしなきゃいけない現状では、釣り針は貴重品だ。人里に下りれば入手は容易かもしれないけど、それじゃあ修行にならない。
 ま、釣り針がなくなったら手製の銛で魚を取ればいいだけの話だ。
 銛が流されたら、川の水に膝まで浸かり、足の甲を通るのを見計らって一気に蹴り上げる。脚力の修行にもなって一石二鳥だ。
 ただ、この修行はとても辛い。川の水はとても冷たいので、足を暖めるまでは修行どころじゃなくなってしまう。冷え性の妖怪や人間は分かるだろうけど、それはとてもとても辛いことだったりするのだ。
 私は冷え性じゃないし、気功で簡単に治療できるけど、あの冷たさは流石に堪える。
 ちなみに、パチュリー様はとんでもない冷え性で、冬場はいつも辛そうだ。
 いきなり図書館に私を呼びつけ、外の世界の『センタクキ』のような濁流の中で体を真っ白になるまで洗浄した後、妖怪抱き枕として使用するくらいには辛いらしい。
 魔法使いなんだから魔法でなんとかして欲しいと切に思う。
 人肌が一番心地いいとかじゃなくて……氷みたいな手を背中や胸元に入れられる方の気持ちにもなって欲しい。
 そーいえば、咲夜さんも時折そういうことするしなぁ。
 ……私って平熱が高いんだろうか?
「ゆっ! おねーさん、ゆっくりできるごはんをちょうだいね!」
「………………」
 紅魔館のことを思い出していた私を現実に引き戻したのは、ふてぶてしい顔のあんまんじゅう。
 射命丸文からは『ゆっくり』という名前の、どこから生まれたのかもよく分からないナマモノだと聞いた。少し前から幻想郷に現れ始めた連中らしい。
 雑食でなんでも食べるけど、辛いものは毒。塩辛いものも駄目。
 畑を荒らすことから、農業を営んでる人間からは酷く嫌われる。
 頭についている飾りはとても大切なもので、失くすと同族から迫害される。
 水浴びは好きだけど、水に浸かりすぎると餡子が溶け出して死に至る。
 つくづくよく分からない生き物だけど、多種多様な種族が存在することと、並外れた繁殖力のおかげで野生の中でも生き残っていけているのだとか。
「こらこら、あんた元々は自分で餌を取ってたんでしょうが。自分のことは自分でやらなきゃ駄目ですよ?」
「ゆっ! きのうおねーさんは、あのおいしくないしるをのめたらゆっくりできるごはんをくれるっていってくれたよ!」
 ん? そんな約束してたっけ?
 いや……まぁ、どうでもいいか。多分、食べれるものならなんでも食べるだろうし。
 懐からいざという時に作った丸薬を取り出し、ゆっくりに与えてやる。
 しかし、ゆっくりはそれを口に含もうとはしなかった。
「……ゆっ! これはゆっくりできないごはんだよ! れいむにはわかるよ!」
「それじゃあ、こっちはどうですか?」
 朝のうちに集めた釣り餌を差し出すと、ゆっくりはものすごく嫌そうな顔をした。
「れいむはやいたおさかなさんがたべたいよ!」
「自分で魚を釣って、自分で焼いて食べればいいじゃないですか」
「ゆっ!? でも、れいむはみずにながくはいっていられないよ! しんじゃうよ!」
「なら、諦めればいいんですよ」
 十匹も釣ればもう十分だろう。魚篭に釣り上げた魚を放り込み、立ち上がる。
「美味しいものが食べたいんだったら、自分で餌を取ればいい。他人の物が欲しいなら、自分で取ったものと交換すればいい。盗みや物乞いよりも百倍楽で、誰も傷つかない」
「………………ゆ?」
「おさかなさんがたべたいんだったら、れいむがすきな、くささんかきのこさんをもってきなさいといってるんです」
 理解できなかったようなので、ゆっくり用に噛み砕いて話す。
「もう! そういうことならもっとはやくいってよね! ぷんぷん!」
 れいむは少し機嫌を損ねたのか、少し膨れっ面になりながらも、なにも言わずに餌を探しに行った。
 ぽよんぽよんと弾む後姿を見送って、ほんの少しだけ口元を緩めた。
「……案外、賢いナマモノかもしれないですね」
 ゆっくり全体がそうなのか、あるいは、あの『れいむ』だけの特徴なのか。
 まぁ……それはどうでもいいことだ。
 あのナマモノと馴れ合うことはしない。情を移したりもしない。あれはただの気まぐれで近寄ってきた野生の生き物。私とは一切関係がないし、関係しようとも思わない。
 とはいえ、さすがに十匹はちょっと食べすぎかもしれない。
「私も鬼じゃありませんからね。……一匹くらいは、残しておいてやりますか」
 帰り際に薪を集めながら、ふとそんな気まぐれを起こした。

 ちなみに、れいむが集めてきたキノコは砂糖水でベタベタになってはいたけど、ちゃんと洗って焼いてみるとそれなりに美味しかった。


 そんなわけで、朝食を済ませた後に次なる修行場を求めて竹林にやってきた。
 竹林は足場が悪い。逆を返せば、足場が悪い場所で自由自在に動き回ることができるようになれば、瞬発力を上げられるということでもある。
「んー……しかしこれは」
 鬱蒼と生い茂る竹林は方向感覚を狂わせる。
 襲い来る虎を回し蹴りで撃退しながら進んできたけど、もう右も左も分からない。
 はっきり言えば……山の時と同じく、道に迷っていた。
 食料は虎やその辺に生えている薬草を食べればいいし、水に関しても朝露を集めたり竹を利用して集めることはできるだろうから、生きていくことに問題はないけど、右も左も分からないというのは、ちょっと困った事態だ。
「んっふっふ、そこなお姉さん。どうやら道に迷って困っているようですね〜♪」
「な、何ですかあなたは!?」
 と、一瞬だけ驚いたものの、よく見ると見知った顔だった。
 どこに隠れていたのか、それとも最初からそこにいたのか、『千客万来』と書かれたペナントを掲げているのは兎の耳を持つ少女。
 因幡てゐ。野生の兎のリーダー的存在で、長く生きた兎の妖怪変化だ。
 某蓬莱ニートの家の居候ではあるけど、蓬莱ニートより仕事はしているらしい。……とは、咲夜さんから聞いた話だけど。
 その兎は人懐っこい笑顔を浮かべながら、私に近づいてきた。
「幸せを呼ぶお賽銭です。入れれば幸せになれますよ〜。具体的には、この竹林から出られたりとか、素敵な彼氏をゲットできたりとか♪」
「……いいです。どうせまた例のごとく詐欺でしょうが?」
「おや、誰かと思えば吸血鬼の所の門番じゃん。道に迷ったんだったら出口まで案内してあげるけど? もちろん払うものは払ってもらうけど」
「大丈夫ですよ。いざとなったらその辺の兎を締め上げて案内させますから」
「いやそれ大丈夫じゃないから!」
 兎のリーダーであるてゐは、冷や汗を流しながら私に食ってかかった。
 しかし……これくらい言わないと、この兎は天よりも高く増長し、言葉巧みに訳の分からない薬や品物を売りつけてくるので要注意だ。
 ……と、咲夜さんが言っていた。
 咲夜さん自身はなにを買ったのかは分からないけど、それなりにひどい騙され方をしたようで、その日の夕飯は兎のシチューだった。とても美味しかった。
 私の胸に視線が突き刺さっていたような気がするケド、きっと気のせいだろう。
 てゐは溜息を吐いて、肩をすくめた。
「ったく……物騒な奴ね。そんなことしなくても、払うもん払ってくれればちゃんと竹林の出口まで案内してあげるってば」
「いや、お金を払いたくないだけなんですが……どうしてもそこは譲れないんですね」
「こっちも生活がかかってるからね。師匠はとても厳しい人だけど、ウチのお姫様には異様に甘いから」
 なんだか、お姉さんのようなセリフだった。
 あと、その言葉はそのまま咲夜さんにも適用できるので、なんだか複雑な気分だ。
 と、そこで不意に違和感を覚えた。
「そういえば、あなたの相方は今日はいないんですか?」
「相方? ……ああ、鈴仙のこと。鈴仙なら、お空の向こうの遠い遠い所に行っちゃったから、しばらく帰ってこないわよ」
 お空の向こうの遠い遠い所。
 ……どうやら、聞いちゃいけないことを聞いてしまったらしい。
「えっと……すみません。お悔やみ申し上げます」
「なんか勘違いしてるみたいだけど違うわよ! 月面調査船のクルーに選ばれて月に行ったのよ! もう少ししたら帰ってくるんだから、不吉なコト言わないでよ!」
 月面調査船。
 んー……なんか、咲夜さんからそんなことを聞いたような、聞かなかったような。
「アンタね……あれだけ有名な出来事をなんで知らないのよ?」
「や、世事に疎いもんで。ブン屋の新聞もあまり読みませんし」
 頭を掻きながら、私は苦笑する。
 しかし……あんな遠い場所に行ってどうするつもりなんだろう?
 幻想郷だろうが、外の世界だろうが、月に行こうが、妖怪だろうと、人間だろうと、妖精だろうと、求めるものはきっと変わらないだろうに。
 今日のおまんまと、明日の寝床と、一年後まで続く居場所があれば十分じゃないか?
 私の表情から言いたいことを悟ったのか、てゐは肩をすくめた。
「若い連中が冒険心を持つのは悪いことじゃないわ。ここじゃないどこかに行きたいって気持ちも十分に分かるし。ただ……ウチの鈴仙はまだまだお子様だからね。私が見ててやらないと危なっかしいったらありゃしない」
「なんだ……結局、心配してるんじゃないですか♪」
 私が茶化すように言うと、てゐは耳まで真っ赤に染めて叫んだ。
「べ、別に鈴仙のことなんて心配してないわよ! 鈴仙がいなくたって、私一人で十分にやっていけるんだから、勘違いしないでよね!」
 んー……どこかで聞いたような言葉。レミリアお嬢様だったかパチュリー様だったか判別はつかないけど、確か二人ともこんな反応をしていたような気がする。
 ……素直じゃないってのも、考えものだなぁ。
 と、私が生温い笑顔で慌てふためくてゐを見つめていると、てゐは不意に懐から髑髏マークのついた、怪しげなビンを取り出した。
「えいっ!」
 そして、ビンの栓を抜き、中身を私に向かって振りかけた。
「………………はい?」
 全ては一瞬の出来事だった。
 その液体が胸元にかかった瞬間に、パシュッと気の抜けた音が響いて……私の体の一部分が変質した。
 胸部にぶら下がっている二つの膨らみが、えらく小ぶりになってしまったのだ。
「え? いや……ちょ、なんですかこれ!?」
「くっくっく。ひっかかったわね、門番! これは師匠が開発中の試薬、その名も『モタザルレイジ』。元々は太り気味の女性のために作られた、脅威の痩せ薬なのよ! 原液で使用すると今みたいにえらいことになっちゃうから、本来は十倍程度に薄めて使用するんだけどね」
「……で、なんでそれを私にかけたんですか?」
「元に戻して欲しかったら、銭を寄越しなさい。こっちも生活が以下略!」
「や、別にいいです」
 私が即座にそう言い返すと、てゐの顔から表情が消えた。

「………………………………………………は?」

 長い。長い沈黙の後、てゐはそれだけ言った。
 まるで理解できないモノを見る目で、私を見ていた。
「えっと……ごめん。今ちょっとなにを言われたのか分からなかったわ」
「だから、元に戻さなくてもいいですって。こっちの方が便利ですし」
 レミリアお嬢様なんかは『美鈴は女性らしい体つきで羨ましいわ』と言うのだけれど、それはそれで大変だったりするのだ。
 走れば揺れて痛いし。
 重いせいか肩は凝るし。
 下手に拳を放つと擦れるし。
 夏場はあせもができやすくなるし。
 あと、フランお嬢様に揉まれるととても痛い。
 そんなわけで、胸が小さくなるのは私としては大歓迎で――――。

 ズン。

 鈍い音が、響いた。
 地面に叩きつけられたのは木製の杵。体格に似合わぬほどの力でそれを振り回しているのは、因幡てゐだった。
 てゐはわざとらしく困った表情をしながら、楽しそうに言った。
「あら、大変。こんな所に怪我をした門番が♪ 今すぐ治療してもらわないと♪」
「わ、私は怪我はしてませんよ? 擦り傷とか切り傷はいっぱいありますけど」
「別に怪我してようがしてまいがどっちでもいいのよ……」
 顔を上げて、てゐはにっこりと笑った。
 博麗の巫女もびっくりな、修羅の笑顔だった。

「これから怪我するんだから、どっちでも同じことでしょ?」

 兎のように真っ赤な……しかし、禍々しい瞳を見開いて、
 因幡てゐは、私に向かって杵を振り下ろした。


 私は最低の生物だった。
 人間とか、妖怪とかの垣根を越えて、最低だった。
「なんでぇこれっぽっちかよ!」
「すいません………………」
「妖怪の子で仕事がないからって言うから雇ってやってんだ! 妖怪らしく人の言うことを聞きやがれ! いざとなったら殺してでも奪えっつってんだろうが!」
 その街では、妖怪を使って色々と悪どいことをやらせている連中がいた。
 人の街で生きていくには妖怪は肩身が狭い。だからこそ、人の街で生きていくためにはこういう連中に媚を売って自分の安全を確保しなければならない。
 当時子供だった私は、まだましな方だったのかもしれない。
 人間より強い力。人間より強い体。妖怪である私は、弱い人間から奪うことで命を繋いでいた。
 奪わないと、生きていけなかった。

『君は、それでいいのかい?』

 スリに失敗した私を、その人は殴りも殺しもせず、頭を撫でた。
 私にあんまんを押し付けて、真っ直ぐに語りかけた。
 いいわけない。そんなことは分かってる。スリに失敗して殺された子もいた。弾みで人を殺してしまった子もいた。殺してから奪う子だって少なくない。
 奪いたくない。殺されたくない。殺したくない。
 死にたくない。生きていたい。こんな所で……死にたくない。
 そう思っていた。
「分かったらさっさと行け!」
「いや…………」
「なにぃ?」
 手が震えて、足も震える。怖くて怖くて仕方がない。
「いままで……あんたたちが怖くて、言いなりになってきた……」
 涙が出る。声が震える……それでも、言い放った。
 精一杯の勇気を振り絞って、心の底から叫んだ。
「でも、もうゴメンよ! 生きていけないからって、人を殺すなんて絶対に嫌!」
「妖怪の癖に人一人殺せないのか! 弱っちいガキ妖怪だぜ」
「謝るなら今のうちだ」
「あ、謝らないわ! このままじゃ私は一生臆病な負け犬よ!」
「ふざけんな、妖怪の分際で!」
 拳が振るわれる。跳ね飛ばされる。痛い。逃げたい。苦しい。死にたくない。
 生きたい。生きていたい。こんなことはしたくない。
「うああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
「うるせえんだよ!」
 殴り返そうとしたが殴られる。蹴られる。蹴られる。四方八方から殴られる。
 殴られて、頭がぼんやりする。痛みもあんまり感じない。
 とうとう死んだのかと思ったケド、死神も閻魔もいないし三途の川にも立っていない。痛みを感じなくなったのは、単に男たちが殴るのをやめたからだった。

「失礼するよ」

 男たちが殴るのをやめたのは、彼が乱入してきたからだった。
 見た目は地味な青年。紫色のバンダナと精悍な顔立ちが特徴的と言えば特徴的。
 しかし……見た目の地味さとは裏腹に、彼からは底知れなさを感じた。
「なんだ、テメェ!?」
「ちょっと聞きたいんだけど……君たち、その女の子よりも強いのかい?」
「当たり前じゃねぇか! 馬鹿言ってんじゃねえ!」
 男たちはそう言ってゲラゲラ笑う。
 青年はゆっくりと溜息を吐いて、真っ直ぐに歩き出す。
「僕には……そうは思えないんだよね」
「あ?」
「はっきり言えば、弱いのは君たちのほうだ」
「ど、どこがだあっ!?」
「まだ解らないかな……?」
 刹那――――。
 青年の姿が消える。

「心だよッ!」

 消えたように見えたのは、あまりに速い速度で移動したから。
 青年はいつの間にか、男たちの背後に立っていた。
「心が、その女の子よりはるかに弱い。妖怪を利用し、自分たちでスリをやる度胸もない君たちには、彼女に匹敵する理由も、勇気も、度胸もない!」
「くっ、生意気なッ! やっちまえ!」
 男たちが青年に襲いかかる。
 が、四人いた男たちは、全員一瞬で弾き飛ばされた。
 なにをしたのか全然分からない。まるで……魔法を使っているようだった。
「うわぁッ!」
「こいつ……何者だっ!?」
「お、思い出した! この男……」
「心山拳師範……ユン=ジョウだ!」
「老師と義破門団へ乗り込み、単身でオディワン・リーを倒したあの!」
 義破門団。オディワン・リー。街を騒がせた武闘集団。
 噂を聞いたことがあった。その武闘集団を壊滅させた、二人の男がいたことも。
「し、失礼しましたー!」
 男たちはそれが分かると、脱兎のごとく逃げ出した。
 あまりに見事な逃げっぷりに、呆れてなにも言えなかった。
「あ、ありがとうございます。……でも、どうして私を?」
「ちょっとだけ、昔の自分を思い出してね。あいつらに立ち向かった君の勇気は立派だったよ。これからもその心の強さ……大切にね」
 そう言って、彼は私に背を向ける。
 一度だけ、小さい頃に見たことのある大きな背中だった。
 苦しみも悲しみも、全部背負ってきた人の背中だった。
「待って下さい!」
 反射的に呼び止めていた。それは、私に残された最後の勇気。
 今のままじゃこの生活の繰り返し。そんなのはもう嫌だ。奪うのも、殺すのも、殺されるのも、死ぬのも嫌だ。
 強くなりたかった。
 彼のように強くなって――――。
「私を、弟子にしてくれませんか?」
 私の言葉に、彼は振り向いた。

「どうして、弟子になりたいんだい?」

 その問いかけに、私は即答した。
 それは私が思い続けてきたこと。思い続けてできなかったこと。
 彼の弟子になれば、それができると思ったから。

「強くなって、目に映る誰かを守りたいんです」

 死にたくないと息も絶え絶えに繰り返す子を見たくなかった。
 人殺しを見つかり街中を引き回され泣き叫ぶ子を見たくなかった。
 人殺しを続け瞳から光を失った子たちを見たくなかった。
 自分が死ぬよりも……好きな誰かを失う方が何百倍も怖いから。
「……お師匠さま」
「え?」
「いや……なんでもない。昔、君にそっくりな人を見たことがあってね、少しだけ……ほんの少しだけ、驚いたんだ」
 青年は苦笑しながらゆっくりと溜息を吐いて、それから真っ直ぐに私を見つめた。
「君なら…そう言うと思ってたよ。君、名前は?」
 その優しい眼差しを正面から受け止めて、私は自分の名を名乗った。

「メイリン……紅美鈴です」


 ちょっとだけ、昔のことを思い出した。
 いや、思い出したっていうか走馬灯のようなものだったんだけど。
「しかし……ホント、まずいですね。むしろまずいなんてもんじゃない」
 逃げても逃げてもどこまでも追ってくる。
 竹林で走りにくいというのもあるけれど、不条理な怒りに燃えたてゐの速度は尋常じゃなかった。
 逃げ切れず、立ち向かうしかないと分かった時には、体は動いていた。

「連環撃!」

 振り下ろされた杵を手刀で叩き落す。
 杵が思った以上の威力で地面に叩きつけられ、てゐのバランスが崩れ、隙ができた。
 左右二発。腹に拳打を放つ。
 てゐの体がぐらりと揺れると同時に、思い切り身を屈めて一歩踏み出す。
 倒れこむ前に鳩尾に肘を叩き込み、それと同時にてゐの体を蹴り上げた。
 高く蹴り上げられたてゐの体は、ドシャッという生々しい音を立てて地面と衝突。
そのままぐったりとして動かなくなった。
 呼吸はしているようなので、生きてはいるらしい。
 ……恐怖のあまり、手加減ができなかったのかもしれない。
「あの……大丈夫ですか?」
「あんまり……大丈夫じゃないわ。もう駄目かもしれないわね。……最後に一度でいいから、師匠みたいな体格の女になってみたかった」
「あの、わりと余裕そうに見えるんですけど?」
「お賽銭を入れてくれなきゃ、死んじゃうかもしれないわよ?」
 上目遣いにこちらを覗き込んでくるてゐ。わりと可愛いとは言わないでおく。
 いくらなんでもしつこすぎるでしょう、とも言わなかった。
 仕方なく、懐にしまっておいたお金をいくらか賽銭箱に放り込む。
「毎度あり〜♪ あ、これは今お賽銭を入れてくれた人や妖怪に配布してる、因幡てゐ印のお守り。大事に使ってね♪」
 因幡てゐは私に見ているだけで力が抜ける、奇妙なお守りを押し付け、何事もなかったかのように起き上がった。
「あ、それから。アンタのさっきの技、威力は悪くなかったけどきっちり姿勢を整えて決めないと威力が落ちるから、もっとバランス感覚を鍛えた方がいいと思うわ」
 そして、それだけ言い残してさっさと立ち去ってしまった。
 後に残されたのは、てゐが落とした『文々丸新聞』が残されている。
 見出しは『狂気、幻想郷にバーサーカー現る!』というド派手なもので、なにやら色々と脚色され、まるで悪鬼のように描写された私が色々な猛者に挑んでは打ち負かしている的なことが書かれていた。
 挑戦者には勝利敗北問わず、必ずお礼をする、とも。
 うん……てゐが妙に絡んできた理由がようやく分かった。
 あのばか鴉天狗、あとで必ずもう一度殴りに行こう。

「あたいってばやっぱり天才ね! 絶対にここにいると思ったんだから!」

 ほら、言わんこっちゃない。
 冗談を冗談と分からない、自分を迷子とすら認識できない困った子が、こうやって私の所にやってきてしまう。あの鴉天狗はその辺が分かっていない。
 やれやれ……なんでただ修行するだけなのに、こんな面倒ごとに巻き込まれるのか。
 ……ま、いいか。
 挑戦者なら大歓迎だ。いつでも全力でぶっ飛ばしてあげよう。
 胸が小さくなって動きやすくなった今なら……誰にだって勝てる気がする。

「心山拳……基本技、竜虎両破腕から老狐の舞までの混成接続!」

 そして私は、鬱憤を晴らすかのように挑戦者に向かって技を解き放った。


 余談

 小さくなったと思った胸だったが、翌日には元に戻っていた。
 なんでも、てゐの使った薬は竹林の薬師が作ろうとして失敗した試薬で、効果は一時的かつ一日もすれば戻ってしまうものだったようだ。
 ようやく肩こりから解放されると思ったけど、世の中そう上手くはいかないらしい。

 全部が終わった後、咲夜さんに笑い話としてそんな話をした。

「………………………………で?」

 咲夜さんは笑っていた。にこにこと、楽しそうに。
 でも……その目は笑っておらず、ただ貫くように私を見つめていた。
 そこで、私は思い出す。

 その笑顔は、あの時のてゐにそっくりな、夜叉のような笑顔だった。
次回、そーなのかー登場の巻。
ルーミアは人食い妖怪らしいが、あの体格でどうやって自分より体重のあるモノを食べるのかすごく気になる。

……あ、そっか。範馬バキのピクルみたいな感じうわなにをするきさまやめ(ry

と、いうわけで次回は幼女登場回!
ポロリはないよ!


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