幻想郷ってのは、懐の広い世界観だと思う。
天狗から吸血鬼まで、ある意味なんでもありなカオス感。だからこそたくさんの解釈があり、想像の余地があり、その余白を想像する楽しみがある。
なんでもかんでも解説して、完全に仕上げりゃいいものはできる。でも、多分傑作はできない。
不完全ってのは永遠に完成しないからこそ、辛く悲しく楽しく辛いものだと思ったり思わなかったり。
というわけで東方LAL門番編、山の修行編始まり始まり♪
門番編2:大きな背中
ゆっくりなんてしたくなかった。
激痛もなにもかもどうでも良かった。
手の平を貫通した銀の剣を蹴りの一撃で叩き折り、私は溜息を吐く。
死ねるかな。死ねないな。この程度の怪我じゃ私は死ねない。
自殺する勇気もなく。贖罪する度胸もなく。目指した先にあったものを見失い、ただただ流されるままに、私は蹴りを放つ。
ゴキリという音が響く。首を折られて、誰かも分からない襲撃者は倒れる。
既に死んでいた誰かは、この時になってようやく死ぬことになった。
「……やれやれ」
その誰かに襲われていたのは、可愛らしいお嬢さん。
綺麗な羽を持つ女の子。襲撃者と争っていたのか、あちこち傷だらけになりながらも目つきだけは鋭い。
しかし、見た目とは裏腹にその敵意と殺意だけで私を殺せそうなくらいに凄まじい。
「お嬢さん。ちょっと聞いていいかしら?」
「…………なによ?」
折れた銀の剣を拾い上げて、私は口元を歪めた。
「こいつら、あなたの天敵みたいだけど対抗策とかはある?」
「ないことも……ないわ」
「けど、その選択だけは死んでもしたくないって顔ね?」
「友達を巻き込みたくないだけよ」
友達。実にいい響きだ。可愛くて友達思い。この子は実にいい子だ。
ああ……うん。この子ならいいかもしれない。
「なら、取引をしましょう」
「取引?」
「私はあなたを守る。私があなたを守り切った時、あなたは私の願いを叶える」
「……願いって、なに?」
「それは今から考えるわ。ま、あんまり大したことは思いつかないけどね」
私はクスクスと笑いながら夜空を見上げる。
願い事なんてとっくのとうに決まっていて、私はそれをこの子に願うつもりだった。
殺してくださいと、願うつもりだった。
あんまり面白くない、夢を見た。
自暴自棄になっていた頃があった。
自分のあまりの情けなさに、ふがいなさに、死にたくなった時期があった。
笑うことを忘れた時間。私にもそんな時間が確かにあった。
滅茶苦茶をやって、無茶苦茶になって、ぐちゃぐちゃのまま、誰かを救った。
成り行き任せの流れに任せ、誰かを救って今に至る。
後悔は……あんまりしていない。
結局のところ、私は誰かを見捨てることができない性分らしい。
「ふああぁぁ」
欠伸をしながら起き上がり、川の水で顔を洗う。やたら冷たいがそれは仕方がない。
紅魔館を追い出されてすぐに修行に入るわけにもいかないので、川が近い場所に仮の住居を作成し、そこを拠点に活動することにした。
師匠から学んだことは拳法だけじゃない。山や海で生き延びる術や狩りの方法、食べられる草の選別、ももまんの作り方、草笛の吹き方など、色々なことを教わった。
おかげで、私は幻想郷のどこでも生きていける自信がある。いやまぁさすがに冥界とかは無理かもしれないけど、少なくとも森や山でのたれ死ぬようなことはない。
「さて……と」
まずは腹ごしらえだ。朝食は持ってきた干し肉を齧ることにして、一日目は食料と水を調達した方がいいだろう。
食料調達程度じゃ修行にもなりゃしないけど、腹が減っては戦はできないのだ。
干し肉を取り出すために鞄を持ち上げると、『ゆぐッ』という奇妙な音が響いた。
「………………」
重い。私が紅魔館から出てきた時よりも、明らかに重くなっている。
激烈に……そう、咲夜さんを怒らせた時よりもなお明らかな、嫌な予感。
思い切って、私は鞄を開けてみた。
「ゆっくりしていってね! もーぐもーぐ!」
奇妙な肉ダルマが、私の持ってきた干し肉を美味しそうに食べていた。
なんというか……人の生首を小生意気にして太らせたような形状で、奇妙な自信に満ち溢れている。鳴き声なのかあるいは確信犯なのか、『ゆっくりしていってね!』が口癖らしい。……なんとなく、あの巫女に似ていないこともない。
あと、これは確信に近いけど、この生物は明らかに弱すぎる。
アリにたかられたら、抵抗もできずに餌にされるんじゃないだろーか?
「ゆっくりしていってね! もぐもぐッ!」
「あの……えっと、肉まんじゅうさん? それは私の干し肉です」
「ゆっくりしていってね! ごっくん!」
「そォい!」
「ゆぶッ!?」
話にならないので、思わず踵落としを叩き込んでしまった。
あれ? えっと……私は、こんなに短気な妖怪だっただろうか?
「えっと、肉まんじゅうさん? それは私の干し肉なので、食べないでくださいね?」
「おなかがすいたよ、おねーさん! あと、れいむは肉まんじゅうじゃないよ!」
「………………」
いや、お腹は私も空いてますけどね。あと……なんか妙にイラッとするのはなぜ?
イライラは空腹のせいだと思い込むことにして、私は仕方なく数少ない食料を分け与えることにした。
この近くで取れた野草で、栄養はあるけどあんまり美味しくはない。
「まずいよ、おねーさん! ばかじゃないの!?」
目の前の肉まんじゅうは、それをはっきりと指摘してくれた。
この時点で、私は拳を思い切り握り締めた。
「まずいよ! まずいよ! もっとおいしいものがたべたいよ!」
怒りのボルテージが天井知らず。このままじゃストレスで私の寿命がマッハだ。
死ぬのは嫌だけど、私は紅魔館筆頭の我慢強さを発揮し、無理矢理胸のいらつきを押さえ込んだ。胃酸で胃が溶けそうな気がしたけど、なんとか我慢した。
なぜだろう? どうしてだろう? 私は……我慢強い妖怪のはずなのに。
「まずいよ! まずいよ! おいしくないよ! ほしにくちょうだいよ!」
「知るかああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
怒りのドラゴンバズーカ(相手の頭部をサッカーボールのように蹴り上げる必殺技。比喩抜きで本当に必殺なので良い子は真似しない)が炸裂。肉まんじゅうは餡を飛び散らせて壁に叩きつけられた。
ああ、肉まんじゅうじゃなかった。あんまんじゅうだったのだ。
「こっちはこのクソまずい草で命繋いでたこともあるんですよ、このクソまんじゅう! 四の五の言わないでさっさと食って、お肌ツルツルにでもなりやがれ!」
「むぐッ! ゆッづ! ゆ! ゆーーーーーー!」
「滋養強壮、強心効果もある上に干して粉にすれば漢方薬にもなる素晴らしい草なんですよ! まずいけど、クソまずいけど、死ぬほどまずいけど、これを食べて生きてきた私にとっては命そのものと言っても過言じゃない! さぁ食えやれ食えどんと食え! 寿命が50年ほど延びてしまえ! もっと美味しいまんじゅうになれコンチクショウ!」
なぜか緩む頬。虐待趣味はないはずの私が、なぜかあんまんの口に草を詰め込んで喜んでいる。
そこで、私はようやく悟る。
このあんまん、妙に加虐心を揺さぶる生き物なのだ。
能天気な顔、ふてぶてしい態度、裏づけのない自信、言葉は極めて簡潔で端的で人の神経を逆撫でする。おまけに、今のように殴り返された時の凹みっぷりは尋常じゃない。
妖怪じゃなくても、苛めてみたくなるような生き物なのだ。
お嬢様がこいつを見つけていたら、なんかもう徹底的にやっちゃうような気がする。
一通りしばきあげてから、私はあんまんじゅうを摘み上げた。あんこの甘くいい匂いが食欲をそそったけど、とりあえず無視だ。
「ゆ……ゆっ!?」
なにやら怯えたような表情を浮かべていたけど、これも無視。
食料を入れる予定の木箱にあんまんじゅうを放り込んで、ついでに残った干し肉を放り込んで蓋をする。もちろん、蓋は外からじゃないと開かないように作っておいた。
「んー……失敗失敗。私も修行が足りないなぁ」
あの程度で逆上していては、師匠に怒られるってもんだ。
ま、これも修行の一環だ。この生物の挑発に耐え、忍耐力を養うのも悪くない。
修行に付き合ってもらう代わりに食料程度は提供しよう。あっちにとっても、悪くない話だと思う。
「だしてよー! くらいよー! おいしいよー! ゆっくりできないよー!」
うわ、なにを言われてもイラッとくる。
というか、さりげなく食ってるんじゃないですよ。
「……ま、耐え切れなくなったらこのまま焼きましょう」
黒い決意と共に、私は朝日を見つめて思い切り背伸びをする。
さて、紅魔館に戻るためにはゆっくりしてる暇はない。今日は食料と水の調達。それから、修行場でも探しつつ過ごしましょうか。
腹が減っては戦はできぬ。戦というわけじゃないけど、修行も似たようなものだ。
昨日のうちに猪を一頭、兎を二羽、それから魚が五匹と野草少々を調達。魚は朝食として焼いて食べて、猪は日持ちがするように調理。兎は新鮮なまま調理したいのでしばらくは生かしておく。紅魔館にいる時よりは味が劣る食生活になるけど、私には咲夜さんほど上手く料理はできないので、仕方ないだろう。
木箱の中を覗くと、昨日のあんまんじゅうは傷一つついていないかった。一晩で治ったのか、それとも思ったより丈夫なのかは判別できない。
生意気にもおなかがへったと訴えてきたので、仕方なく木箱に生きた兎を丸々放り込んで蓋をした。干し肉を食べるくらいだから、きっと肉食だろう。
「うわあああああああああああああああああああ!」
悲痛な叫び声が響いたので蓋を開けると、あんまんじゅうは兎に齧られていた。
どうやら、兎に食べられそうになったらしい。
野生の生き物のくせに兎を捕食することすらできない。さらに付け加えるなら、肉食獣も好んで食べるような栄養たっぷりの草を『まずい』の一言で食べようともしない。
雑草や花は食べるし球根も食べるし、虫も食べる。生命力はそこそこ強いみたいだけど特筆すべきなのはそれだけだ。どう考えても生き物として弱すぎる。
どうやって生きてきたんだろう? このあんまんじゅう。
まぁ、そんなことはどうでもいい。
「さてと、修行開始といきますか!」
腹の具合は七分といったところ。体を動かすにはちょうど良い。
水場が近くにあり、かつ猛獣に襲われにくい場所は確保した。あとは、修行にうってつけな、それなりに過酷な環境を探すのが一番だろう。
自覚はなかったけれど、暇していた分、体も神経も鈍っている。
まずは、昔の感覚を取り戻さなくてはならない。
手っ取り早く研ぎ澄ますには、荒療治が一番いい。厳しい環境で修行を積めば、自ずと鈍った体と神経も元に戻るだろう。
「と、なると……山、竹林、あとは森ってところかな」
山は平地よりも酸素が薄い。持久力と体力を引き上げるには絶好の場所だ。
竹林はとにかく足場が悪い。瞬発力を鍛えるには最適だろう。
森では打ち込み稽古ができる。単純に力を上げるには一番いい。
「ま、とりあえず全部行って、それから配分を決めますか」
とにかく、最終的に強くならなくてはならない。
少なくとも昔のレベルに戻さなくては、お嬢様にも咲夜さんにも合わせる顔がない。元に戻した所で、認めてくれるかどうかは分からないけど。
それでも、やるしかない。
「…………昔、か」
いつだって強かった自信はない。強かった記憶もない。
私はいつだって弱かった。弱いと思って生きてきた。
そんな私を強いと認めてくれたのは……多分、あの人だけだ。
私の力は気を操る程度。咲夜さんやレミリアお嬢様と比較するまでもなく、妖怪全体で見ても、能力的には劣る。
しかし、人であろうが妖怪であろうがそんなことは関係ない。現に私の知る中で最も強かったあの人は、人の身でありながら拳で大岩を砕くことができた。
今の鈍った私じゃ、そこまではできないけれど。
「さてと……まずは、基礎の確認からかな」
師匠から学んだもの。それは、強く生きる方法。
技は手段でしかない。力よりも技よりも、まず心を鍛えるのが師匠の教えてくれたことで、私が教わった全てだ。
まずは心を。力と技を。名のある武術と共に教わった。
その武術の名を《心山拳》という。
由来は知らず、いつから存在するのかも分からず、口伝と技の伝承によって受け継がれてきた技。強く生きるための全てを教えてくれる武術だと師匠は言っていた。
よく遊び、よく学び、よく励み、よく鍛える。それこそが一番だと、言っていた。
『たまにはゆっくりするのもいい。でも、ちゃんとメリハリはつけないとね?』
うわあああああああああああああああああああああああん!
耳が、耳が痛い! ついでに胸も痛い! あまりの激痛に死にそうだ!
朝起きて、太極拳をして、ご飯を食べて、見張りをしながらちょっと寝て、ご飯を食べて、昼寝をして、ちょっと体を動かして、晩ご飯を食べて、咲夜さんとちょっとお茶をしながらまったりして、寝る前にちょっと体を動かして、お休みなさい。
以上、私の紅魔館での生活スタイルである。はっきり言って怠けすぎだ。
いや〜……こりゃ、あの泥棒に三十五連敗してもおかしくないわ。
鈍るのも当然ってもんだろう。
「こりゃまずいわね。……なんとか早急に鍛え直さないと」
改めて自分がどんな立場にいるのか再確認したところで、体をほぐす。
まずは山に向かおう。修行といえばとりあえず山ごもりだ。山の周辺は天狗の領域に近いけど、悠長なことは言っていられない。
私がこれまでにない焦りを感じていたその時、不意に足を踏みつける柔らかいモノ。
「ゆっ、ゆっ、おねーさん! たべものちょうだい!」
「………………」
ついさっき、焼いたウサギを食ったばっかりでしょうが、アンタ。
まぁ、昨日ものすごい勢いでぶん殴ってしまった手前、さらに殴るのも気が引ける。
仕方なく、私はあんまんじゅうに食料を分けてやることにした。
昨日摘んでおいた薬草数種を煎じて、昨日煮込んだウサギのだし汁に溶かす。久しぶりの調合なので一瞬気が遠くなりそうになったけど、ぎりぎりでなんとかなった。
「ゆっ!?」
「はい、どうぞ美味しいですよ?」
「ぜ、ぜったいにおいしくないよ!? おねーさん、はなつまんでるもの!」
「んっふっふ、匂いはともかく味は絶品なんですよ。師匠なんて泡を吹きながら『美味しいよ』って言ってくれたんですから、間違いありません」
「ゆうううぅぅぅぅぅぅぅぅ!」
木箱と一緒に薬膳っぽい煮汁の入った器を放り込むと、あんまんじゅうは絶望的な悲鳴を上げていた。
むぅ……失礼な。本当に美味しいのに。
「じゃあそういうことでお留守番よろしく!」
むりだよ、みたこともたべたこともないのにたべられるわけないよ! という悲痛な叫びが聞こえたが、もちろん無視した。
ゆめのなかで、こえがきこえた。
やさしくひびくこえ。つよくてあたたかいこえ。
にどときこえないそのこえのもちぬしは、まっすぐにまえをみすえていた。
「美鈴、いいかい? 強さとは、肉体だけを指すわけじゃない……」
「男であろうが、女であろうが、体が小さかろうが大きかろうが、そんな事は大した問題じゃない……」
そのひとのおおきなせなかをみつめながら。
わたしは――――。
走馬灯が見えた。
人間だったら平地から山頂まで、カラスを撃退しつつ全力で走ったりすれば、酸素の薄い山頂では酸欠になるのも当然かもしれない。
しかし……妖怪の私が酸欠になるのはどうなんだろうか。
どうやら、私の運動不足は本気で深刻なコトになっているらしい。
ぜひゅーぜひゅーと肩で息をしながら、なんとか呼吸を整えるが意識が遠のく。
酸素が薄い。気圧が高い。こんなことなら森にしておけば良かったと後悔する。
うわぁ……なんて軟弱な。これじゃあ師匠に叱られても仕方がない。
それにしても、酸素が薄い。胸が焼け付くようだ。酸素。空気。お腹減った……。
あれ、小町さん。お花畑でなにをやってるんですか?
「へぇ、こんな所に紅魔館の門番がいるなんて、ちょっとした記事になりそうね」
聞き覚えのある声が聞こえたような気がしたけど、無視した。
小町さん、どうしてそんな不憫なモノを見る目で私を見つめるんですか?
「ちょ、大丈夫!? そんなところで寝てると死ぬよ?」
「はっ!?」
お花畑から一転。我に返った私が見たのは、こちらを見つめる黒髪の少女。
この山一帯に住む鴉天狗で、名前を射命丸文という。
天狗。山に住む妖怪の一種で、その実力は折り紙つき。人間よりも遙かに高い知性を有し、大天狗ともなれば妖怪の中でも屈指の実力者として知られる。
種族を通して、陽気で酒豪。赤白巫女の神社で一度酒を酌み交わしたことがあるが、彼女も例外なく酒に強い。
職業はブン屋。外の世界の言葉ではマスコミとも呼ばれるらしい。
取材をして、新聞を発行し、その新聞の購読料で生活しているとかいないとか。
彼女の場合は幻想郷の不思議な事件担当のようで、異変が起こるとちょこちょこ顔を出すことがあるらしい。
「やれやれ……山に侵入者が来たって聞いたから誰かと思えば、紅魔館の門番じゃない。こんな所でなにしてんの?」
聞きながら、彼女は既にメモ張を取り出していた。なにか面白いことだったら、記事にするつもり満々だろう。
「修行をしているんです。邪魔しないでくれませんか?」
「ちなみに、言っておくけど私は斥候。天狗の領域の周辺に不審者がいたから確認しに来ただけ。修行をしているなら、なんで修行をしているのかちゃんと理由を説明してもらわないと、後々困ったことになっちゃうかもよ?」
「…………う」
ニヤニヤと鴉天狗は笑っている。
天狗はテリトリーに敏感な生き物だ。もし天狗の領域に侵入しようものならただでは済まないだろう。
なるべく天狗の領域には入らないつもりだったけど、久しぶりに無我夢中の全力で走ったせいか、ここがどこだかも分からない。実はとっくに天狗の山に入り込んでいて、射命丸文は警告どころか、私の抹殺に現れたのかもしれない。
命を握られている現状に、若干の絶望を覚えた。
仕方なく……溜息混じりに、私は今の現状を説明した。
「や……えっと……実は、泥棒に35連敗したら紅魔館を追い出されまして」
「………………」
射命丸文はメモ帳を閉じた。
それから、ゆっくりと大きく溜息を吐いて、私に背を向けた。
「じゃ、そういうことで♪」
「ちょっ!? なんですか今の反応! そんなあからさまに『時間を無駄にしちゃった』みたいな反応は、さすがに心外ですよ!?」
「いや……だってねぇ? 記事ってのは意外性があるから面白いんであって、そんな永久追放とか今更なことを言われても、面白くもなんともないし……」
「永久追放じゃありません! 確かに追い出されましたけど、強くなればまた戻れるんですよ!」
「おお、怖い怖い。そんなに怒らなくてもいいじゃないのさ。で、どの位強くなれば戻れるの? あのメイドに勝てるくらい?」
「………………」
うん……まぁ、薄々は勘付いてたし、だから考えたくなかったけど。
多分、咲夜さんに勝てるくらいにならなくては、戻してはもらえないと思う。
私の表情から言いたいことを悟ったのか、射命丸文は肩をすくめた。
「んー……あんまり言いたくはないけどさ、どう考えても無理じゃない? 私も日々の糧のためにメイドの生着替えとか激写したことあったけどさ、あの時は本当に死ぬかと思ったもん。あの能力、ホント洒落にならないって」
「……よく生きてましたね」
「んっふっふ、幻想郷最速を甘く見てもらっちゃ困るわね♪」
「………………」
実に強かな鴉天狗だ。彼女ならどんな場所でも生き延びるに違いない。
もしくは、やりすぎで色々な人や妖怪に恨まれた挙句、全員に報復されて無残な最期を遂げるに違いない。
そんな私の思いを知ってか知らずか、射命丸文は不意に真面目な表情になった。
「ま、これもいい機会だし、いっそのこと人の里にでも下ったらどう? あんな屋敷で働いててもいいことなんてこれっぽっちもない。それとも、微妙なカリスマ溢れる主人と、どこぞの姫と同等のニート力を誇る図書館と、鬼畜でSでロリなメイド長と、正気なんだか狂気なんだか分からない曖昧な主人の妹に怯えて暮らすのがお望み?」
うわぁ……これは酷い。紅魔館の面子が聞いたら即座に殺し来るような毒舌だ。
とはいえ、事実も多少含まれているので、頭ごなしに否定できないのも事実。
まぁ、そんなことはとっくのとうに分かりきっていることだけど。
「なんとでも言ってください。どんなことを言われようとも、私の帰る場所はあそこだけですから」
きっぱりとそれだけを言い切って、ストレッチを開始する。
ブン屋の相手はここまでだ。私は一刻も早く強くなって、紅魔館に戻るのだ。
「HAHAHA、こらこら門番さん。私を前にしてそんな態度でいいのかな? さっきも言ったケド、この辺は天狗のテリトリーで……」
「あなたはそれを警告しに来た。……攻撃ではなく、警告。つまりこの近辺は天狗のテリトリーには近いけど、天狗のテリトリーではないってことですよね?」
「うっ!?」
考えれば簡単なことだ。
天狗は賢い生き物だ。テリトリーを犯す者には容赦しないが、その近辺をうろつく程度だったら、攻撃をする前に警告をするだろう。
が、私の指摘に悪びれることなく、射命丸文はにやりと笑った。
「ふ……その通り。最近記事になるネタもなく暇を持て余してスルメを齧っていた時、あなたが山で暴れてるという朗報が飛び込んできたというわけよ」
相当暇だったのか、射命丸文はなんだかやさぐれた目をしていた。
「紅魔館が天狗に攻め込んできたと思ったのに……久々の特ダネだと思ってわくわくしてたのに! 理由を聞いてみたら、ありきたりで面白くもなんともない、記事にもならないようなへたれ門番が一人で暴れてっとぉッ!」
無言で回し蹴りを鴉天狗の後頭部に叩き込もうとしたが、射命丸文はそれをあっさりと避けた。
いや……正確には、避けたんだろうと思う。
彼女はいつの間にか、私の後ろに立っていた。
「遅いよ。それじゃあ百年経っても、メイドどころか私すら倒せない」
「……分かってますよ。だから、修行を……」
「手伝ってあげる」
「へ?」
射命丸文から出た言葉は、意外なものだった。
「修行、よかったら手伝おうか?」
その表情に、邪悪なものは感じられない。
射命丸文はやれやれと肩をすくめて、私を見つめた。
「スパーリングの相手ならしてあげるよ。どう?」
「いや……どうって言われても。どういう風の吹き回しですか?」
「別に、たまにはスペルカードルール以外で、軽く体を動かしたくなっただけよ。別にあんたのためじゃないから、勘違いしないように」
思わぬ提案に少しだけ悩んで、それでも悩んだのは少しだけだった。
「……お願いします」
「あら……思ったより素直ね」
「こっちはなりふり構っていられないんですよ。咲夜さんに勝つための第一条件は速度です。幻想郷最速が相手なら不足はありません」
「よし……それじゃあ、行くわよ!」
懐にしまっていた扇を取り出しながら、射命丸文は私に向かって来た。
「って、戦う気あるんですかあんたはああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「ふっふっふ、これこそ第一の試練、風塵百日紅! この風を突破した時、あなたは新たなる力を手に入れることができるのよ!」
恐ろしくテキトーなことを言いながら、射命丸文は扇を振るう。
風がビュンビュン渦巻く。
あまりの強烈な風に、近づくことすらままならない。
木々が生い茂る山の中でこんなに風が荒れ狂うことはないのだけど、それが誰かの手によって引き起こされたものであれば、話は別だ。
射命丸文。彼女が持つ能力こそ『風を操る程度の能力』である。
今のように竜巻を起こしたり、突風を起こしたりする名前通りの効果を発揮する能力なのだが、射命丸文に使わせると小さな男の子がするようないたずらに使われたりするので宝の持ち腐れもいいところだと思う。
しかし……それにしても、この風はまずい。身動きが取れないどころか、ちょっとでもバランスを崩しただけで踏ん張りが利かなくなりそう……。
「で、あのメイドってこんなに甘いもんなの?」
気がつくと、射命丸文は私の目の前に立っていた。
そして、私の体を軽く押した。
「な――――」
バランスを崩して、踏ん張りの利かなくなった体が吹き飛ばされる。
地面に半身が強く叩きつけられると同時に、ゴキリという嫌な音が響いた。
っ……まずい。なんとか受身は取れたけど、今の衝撃で右腕が外れたらしい。
慌てて起き上がると、射命丸文は冷徹な目で私を見つめていた。
「スパーリングとも言ったし、本気を出すつもりもない。つまり、スペルカードルールに沿う必要もないただの模擬戦よ。……そんなただの《じゃれ合い》で死ぬような奴が『強くなる』なんて、軽々しく口にしない方がいいんじゃない?」
「………………」
確かに、その通りだ。
スペルカードルール。巫女が作った仲良く喧嘩する方法。じゃれ合いではなく、本気の決闘に近い側面もある、人間と妖怪双方のための規則。
今の戦いはただの模擬戦。射命丸文がどうあれ、私は気を抜くべきじゃなかった。
怠惰の果てに行き着いたのがこれだ。あの程度の風に身動きが取れなくなり、受身が間に合わなかったために右腕は使い物にならない。そもそも、あの白黒に三十五連敗もの無残な敗北を喫することもなかっただろう。
(私は……弱い)
弱いからこそ努力する。弱いからこそ強くなろうと思った。
でも、私が弱くても誰も困らない。レミリアお嬢様はそもそも無敵だし、咲夜さんだって私の助けを必要とすることなんて一つもない。
私は要らない。必要ない。私がいなくても、誰も困らない。
それでも――――。
『強く在ろうとする精神。……それこそが強さなんだよ』
それでも、強く在ろうと……強く生きようと決めたんだ。
私自身が願い、私自身がそう決めた。誰にも文句は言わせない。
ドクンドクンと心臓が鳴り響く。血が体中を巡る感覚。右腕には激痛が走っているけどあとは軽傷。これなら十分に戦える。
呼吸を整えて口元を引き締め、私は真っ直ぐに前を見据える。
能力は封印する。ここで能力を使っては意味がない。
錆付いた体と、鈍り切った技と、この心だけで、射命丸文を打倒する!
「む?」
異様な気配を感じ取ったのか、射命丸文はさらに加速する。
しかしもう遅い。旋風だろうがなんだろうが、今の私には児戯に等しい。
口元の血を拭って笑いながら、私はゆっくりと間合いを詰めていった。
風が変わった。
あの門番を取り巻く空気……気配のようなものが、明らかに変わった。。
まるで大木のようにどっしりと構えた彼女は、吹き荒れる風の中で微動だにせず、ただ真っ直ぐに私を見つめているだけだった。
スパーリングだっていうのに、付け入る隙がまるでない。
やれやれ……ちょっと強情が過ぎるから『紅魔館の門番はやっぱり弱かった!』みたいな記事を書いて止めを刺してやろうと思ったのに。ここまで意地っ張りだとは。
あの吸血鬼の所にいても、面白くもなんともないと思うんだけど……彼女にとっては違うのかもしれない。
まぁ……それはそれ、これはこれ。
スパーリングだし本気は出さないけど、負けるのは癪だ。
「ふっ」
近距離で思い切り風を叩き込むために、足に風を纏わせて急速接近。接近戦はあまりやったことはないけれど、相手は門番だ。私の速度についてこれるはずがない。
風を圧縮するために扇を振り上げて――振り下ろせないことに、気づいた。
「………………へ?」
「確かに、貴女は速い。幻想郷で最速と言われる程度には」
腕を掴まれて、足を払われる。
周囲の景色が一瞬で上下逆転する。
「でも――所詮はブン屋。速くても技術がなければ、私にとっては同じことです」
そう、門番と違い私の本職は荒事じゃない。そもそも、幻想郷で荒事を本職にしているのは、あの巫女くらいなもんだろうと思う。
空中で姿勢を立て直して、地面に着地する。反応としてはぎりぎりだったけど、この速度で圧縮した風を叩き込めば、勝負は着く。
扇を振るい、風を門番に叩き込む。門番はあっさりと吹き飛ばされた。
地面に叩きつけられればただじゃ済まない。右腕が外れているために受身も取りにくいはずだ。そう計算してのことだった。
しかし……彼女の動きは私の思惑を大きく外れた。
吹き飛ばされながら、体を捻って柔らかく着地。衝撃もダメージもほとんどない。
「ふっ!」
そして、着地した姿勢のまま飛び上がり、空中で体を反転。
上から叩きつけるような、回転蹴りを繰り出した。
「シマリス脚!」
咄嗟に風を放ちなんとか衝撃を緩和しようとするが、既に遅かった。
足刀が肩を掠めると同時に激痛が走る。幸いなことに骨折や脱臼はしちゃいないけど、もちろん放っておいていい怪我でもない。右腕は記者生命に関わる。
慌てて圧縮した風を放つが、あまりの激痛に集中が途切れる。
本来の半分も力を発揮できなかったが、妖怪一人をなぎ倒すには十分過ぎる風が門番に迫り――――。
「喝ッ!!」
その風を、門番はたった一つで咆哮でかき消した。
……って、ちょっと待て。
咆哮で私の風をかき消すって……確かに威力はしょぼかったけど、話が違いすぎる!
某黒白曰く、『紅魔館の門番はちょろすぎてへそで茶を沸かすぜ』とか言ってたけどありゃ思いっきり嘘じゃないか!
「さて……続きをやりましょうか」
そう言って門番は、にやりと笑いながら外れて使えなくなった右腕を掴む。
「ふん!」
そして、力任せに肩を元通りはめこんでしまった。
脱臼を直すのは、脱臼した時と同じくらいの痛みを伴う。
……脱臼は、ものすごく、死ぬほど、痛い。
確かに、生きてれば脱臼くらいはするし、それをはめこむのだって珍しくはないかもしれない。弾幕ごっこで怪我をすることなどしょっちゅうだし。
でも……門番の目は、怪我をしているのに生き生きしている。
ボロボロなのに、その目は子供のようにキラキラしている。
「で、次はどんなことをしてくれるんですか?」
子供のように楽しそうに笑いながら、門番はゆったりと歩き出す。
隙がまるでない。いつ、どのタイミングで攻撃をしても全てカウンターを取られる予感がする。いっそ空に逃げてしまおうかとも考えたが、やめた。
「えっと……思い出してきた。確か、こんな感じだったような……」
投擲術なのか、なにかを投げている動作をしているけど、その手の動きを目で追うことができないのは、私の気のせいだろうか?
空に逃げようとした瞬間に殺る気満々である。
えーっと……。
あんなバーサーカーに勝てるかあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
「ちょ、ちょい待った! 降参! 降参だってば!」
「へぇ……幻想郷最速もその程度ですか。これじゃあ白黒に取って代わられるのも時間の問題ですね」
「………………」
あ、まずい。ちょっとカチンと来た。
「……ほっほぅ? 中国のくせに生意気な。三下っていうかちょろいっていうか濡れた子犬のイメージのくせに私に逆らうなんてねェ?」
「いやいや、射命丸さんには敵いませんよ。外の世界じゃゴミ呼ばわりされてる身分のお仕事に従事しているなんて……ホント、ゲスっぽい生き方してますよね?」
「……やろうっての?」
「ええ、今日ばかりは大安売りさせてもらいますよ」
「………………」
「………………」
私の速度が最高に達し、中国もそれに追随するように行動を開始する。
結局、暴れすぎた挙句に周囲の天狗から苦情が殺到し、二人しておしおきを受ける羽目になるのだが……それはまた、別の話。
ついでに、中国もとい美鈴が修行の間、引き続き私が監視役兼面倒を見る役になってしまったのだが……それもまた、別の話だった。
次回は森の修行編。う詐欺が登場。
でも、う詐欺の相方は宇宙に行っちゃってるからちょっとだけ寂しそうなんだぜ!
乞うご期待!
・・・って、二次創作の二次創作ってあんまり需要なさそうだけども!
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