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はい、そういうわけで蓬莱編第七話をお送りします♪
そろそろ物語も本格的になってくる頃合なので更新スピードが多少上がってきた感じですが、時折落ちるかもしれませんw
そろそろソイレントベースに突入ってことは、楽しい時間は終わりです。
さて……若干の悔いは残りつつも、第八話からが本題です。

というわけで、第七話の始まり始まり♪
蓬莱編7:疑念と覚悟と漆黒の炎
 行くも地獄。
 戻るも地獄。
 まことこの世は地獄ばかり。
 地獄の沙汰も金次第。
 極楽浄土は遠き彼方よ。


 意思の合一。
 死者の蘇生。
 世界の浸食。
 事象の否定。
 因果の操作。
 自己の分割。
 禁忌なんて語り出せばきりがないほど存在する。そして、裏を返せば禁忌なんて存在しない。なんでもできるしなにをやってもいい。それがこの世界だもの。
 禁忌なんてものはね、できない人間のひがみでしかないのよ。
「ははは、確かにその通り。そういう考え方は実に好感が持てますよ」
 あなたは多分馬鹿なのね。
「はい?」
 裏を返せばと言ったでしょ? 
 裏を返せば、禁忌とはできる人間のひがみでもあるのよ。
 もうちょっと馬鹿だったら孤立しなくても良かった。
 一人は寂しい。褒められたい。誰かに傍にいて欲しい。
 人間ってそういうものよ。
 禁忌なんてなくても人間は生きていける。求めているものは思った以上に簡単に手に入るし、求めた物が欲求を満たしてくれるとは限らない。
「……確かにその通り。ですが、そういう考えはあまり好きではありません」
 まぁ、私も最近悟ったことだけどね。
 どんな研究よりも……人の心を開かせる方が百倍難しいし、やりがいがあるわ。
「魔女の面影はどこへやら。色惚けして腑抜けになりましたか?」
 残念ながら、魔女をやっている余裕がなくなったのよ。
 これから研究者として余生を送ることになるでしょうね。……ま、何年続くか分からないけど、孫の顔くらいは見れたらいいかな~と思ってる。
「……なるほど」
 あ、一応言っておくけど、私が腑抜けたからって口封じとかはやめたほうがいい。
 死ぬから。
「………………」
 同意書と契約書はよく読めって誰かに言われなかった?
 私はあなたに魔法を教える。あなたは魔法を使ってお金を稼いで私に利潤の何割かを贈与する。私に危害を加える、もしくは契約を破った場合は罰則を与えるって具合にね。
 悪魔にお任せって感じだからどんな死に方をするかは分からないねぇ。魂引っこ抜かれるだけで済めばいいけどね。
 あ、言っておくけど呪詛返しとか悪魔払いとかは一切通用しません。これはあなた自身の魂を対価にした契約だから。
 私に危害を加えなきゃ、なんの問題もなく生活できるけどね。
「……前言を撤回します。あなたはまごうことなき魔女です」
 や~ん♪ 褒められると照れちゃうなぁ♪
 私としてはあんたみたいな根性腐った化物、さっさと死んで欲しいなって思ってるんだけど……まぁ、ウチのクソ親と同じくあんたは多分長生きするよ。
「私は化物ではありません、人間です。そして、死ぬこともありません」
 あっそ。そう思いたければ思っておくといいよ。
 禁忌がなぜ禁忌なのか知ってる? 法的なことでもなく、道徳的なことでもない。禁忌が禁忌たる所以は、触れてはいけないものだから。
 禁忌に触れた存在は、例外なく破滅するんだよ。
「……戯言ですね。存在するだけで禁忌に触れる存在もあるというのに」
 分相応というやつだよ。力のある存在は禁忌に触れても制御できるからね。
 まぁ……私にとってはもうどーでもいいことだけど。
「……そうですね。では、私はこれで。私にはまだまだやらねばならないことがたくさん残っているのでね。あなたと違って」
 最後まで嫌味ったらしいたらないね。私にも色々あるんだよ?
 ……まぁ、どうでもいいか。それじゃあばいばい。


 いずれ地獄で、また会いましょう。


 気を失っていたのは一分か、あるいは一秒か、はたまた一時間か。
 連帯責任というものを今日ほど重く受け止めたことはないような気がする。
 こぶができた頭を摩りながら、私はゆっくりと起き上った。
「……死ぬかと思ったわ」
「注意一秒怪我一生だ。慧音は怒らせると超怖いんだぞ」
 同じようにおでこにこぶを作った妹紅は、呆れて溜息を吐いていた。
 どんな怒られ方をされていたかは、なんとなく想像がつく。
「今日なんかまだましな方でな、以前なんかちょっと芋を焼こうとしたら……」
 と、明らかに自業自得な失敗談を妹紅が始めようとした、その時。

「キャアアアアアアアアアアアアアァァァァッ!」

 絹を裂くような女性の悲鳴が響いた。
「慧音!」
 誰の悲鳴か即座に悟った妹紅と私は、すぐさま走り出す。
 悲鳴は外から聞こえた。玄関を飛び出すと、そこには慧音さんの手を引っ張っているドクロ仮面の集団がいた。
 それを見た妹紅はさらに加速、一歩大きく踏み出して、跳躍した。
「どっせえええええええええええええええぇぇぇぇぇい!」
 鮮やかな飛び蹴りは慧音さんの腕を引っ張っていたドクロ仮面の一人を吹き飛ばし、壁に叩きつけて昏倒させた。
 残りのドクロ仮面は即座に戦闘態勢に入るが、それも妹紅の炎で吹き飛ばされる。
 もっとも……ドクロ仮面が着用しているスーツは耐火性があるので、妹紅の炎でも一撃で倒すのは難しい。火力を上げれば一撃で倒すこともできるだろうけど、慧音さんを巻き込む危険性もある
 YdmtⅣの兵器では、慧音さんどころか周囲を巻き込む危険がある。
「……仕方ないか」
 ふところから宝具……蓬莱の玉の枝を取り出して、能力を起動する。
 瞬間、妹紅を狙っていたドクロ仮面たちの動きが止まる。
 蓬莱の玉の枝。別名、優曇華の花。弾幕ごっこで使った時は色鮮やかな宝石の弾幕を張るように調整していたけど、実戦ともなれば話は別だ。
 実戦用の蓬莱の玉の枝には、さっき妹紅に見せた『時間の加速』を付与してある。
 もっとも……加速できる時間は私の意志で自由に操作できる。
 さて、ここで問題です。
 不眠不休で三日間立ちっぱなしで過ごしたら、一体どうなるでしょうか?
 当然の帰結として……能力を解いた瞬間に、妹紅を狙っていたドクロ仮面は気を失って地面に倒れ込んだ。
 その隙をついて妹紅が慧音さんをドクロ仮面たちから奪い返した。
「慧音、大丈夫か!?」
「私は大丈夫だ! それよりも、奴らがタカシを……」
「なんだってっ!?」
 妹紅が振り向いた時には、数台のバイクが走り去っていた。
 その内の一人が見覚えのある子供を抱えていたのを、私も妹紅も見逃さなかった。
「輝夜、あいつらを追うぞ!」
「どうやって追うのよ?」
「足がありゃいいんだろう!」
 妹紅はそう言って、いきなり道路に飛び出した。
 運のいいことに、ピカピカに磨きあげられて重厚感あふれるバイクが妹紅の目の前で停車。個人的には妹紅がはねられることを若干期待しないでもなかったけど、今は緊急事態なのでそういったことを口に出すのは自重しておこう。
「あ、危ないじゃないの!」
「緊急事態だ! このバイク、ちょっと借りるぜ!」
「ちょ……ちょっと!」
 乗員を押しのけてバイクに乗る妹紅。
「ゆゆ~ん! YdmtⅣもおねえさんといっしょにいくよ!」
 そして、後部座席に乗っかるYdmtⅣ。
 うん……まぁ、あれだ。
「頑張ってね、二人とも!」
「なに馬鹿なこと言ってんだ! お前も来るんだよ!」
 妹紅は叫びつつ一旦バイクを降りて……私の腰を掴んで持ち上げた。
「あの……妹紅? ちょっと待って。いくら私が殺しても死なないからって、こういう扱いはどうかと思うの。っていうか、死んじゃうし。下手すると何回でも死んじゃうし。あと、妹紅って免許とか持ってるの? 最近じゃ自警団がバイクの扱い方を教えてて、許可がないとバイクには乗れないって聞いたんだけど……」
「大丈夫だ、エンジンさえついてれば私に動かせないものはない」
「…………いや、そうじゃなくて、それにそのセリフは私が貸した漫画に出てきた、腕にサイコガンを持つ男のきゃあああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 私の叫び声をドップラー効果で残しながら。
 妹紅はアクセルを踏み込んだ。


 奴らが逃げ込んだ先は、迷いの竹林だった。
 ここならば見つからないと思ったのか、あるいはここになにかあるのか。
 バイクが数台停車しているのを確認してから、私はバイクを降りた。
「ま、どっちにしろ問題ない。ここの竹林は私の庭だ」
「ゆん! わるいますくさんたちはおしおきしてあげないとね!」
「………………」
 電柱やらなにやらにぶつかってズタボロになった輝夜が、こちらを冷たい目で見つめていたので、私は思わず目を逸らした。
「さ……さぁ、行くぞ輝夜! もたもたしてるとまた逃げられちまう!」
「その前に謝って。かれこれ五回ほど死んだから」
「いや……うん。悪かった。バイクって意外と面白くてさ、つい調子に……」
「そう。私は二度と乗らないけど。やっぱり家の中が最高よね。道路は人体おろし金で、対向車は断頭台で、標識は体を真っ二つにする装置だもの」
「……えっと、本当にすみません」
 どんよりと真っ黒く淀んだ輝夜の瞳は、まさにニートそのものだった。
 さて、輝夜の怒りはとりあえず置いておくとして追跡開始。最も、迷いの竹林は私の庭のような場所なので、誰かが通った痕跡を追跡するのは容易いことだ。
 竹林の中を走ること数分。ようやく、見覚えのある連中を見つけることができた。
「ったく……手間取らせやがって。もう逃げられねえぜ! 大人しく、タカシを返してもらおうか!」
「クククククク……」
「なにがおかしい!」
「オレたちが何の策もなしに逃げ回ってると思っているのか?」
 ドクロ仮面は不敵に笑いながら、懐からあるものを取り出す。
 それは……スペルカードによく似た、紫色の符だった。

「出でよ、デッドソルジャー!」

 紫の符が明滅すると同時に、左右から殺気が迫ってくる。
「ちぃッ!」
 一歩下がると同時に銃弾が鼻先を掠め、通り過ぎる。
 召喚符か、あるいはその類の魔術か……仕組みは分からないが、こいつらは援軍を呼ぶためにここまでやって来たらしい。
 しかし、それなら寺小屋で使った方が私たちに不利だったはずだ。
 人目につきたくなかったか、あるいはここに引き込む理由があったのか。
 どっちにしろ、あちらに人質がいるせいで広範囲の炎術が使いづらいのは確かだ。
 仕方がないので、炎術で火だるまにした後、一人ずつ仕留めることにした。
「よっこら……しょっと!」
 もがいて火を消そうとしていたデッドソルジャーの頭を掴み上げて、地面に思い切り叩きつける。
 脳震とう程度で死ぬことはないだろう……たぶん。
「うわぁ……えぐい倒し方」
「全身を装甲板で覆ってる奴相手に、まともに立ち合ってられるかよ。……それに、多分あいつよりはましだと思う」
「ゆゆーん!」
 YdmtⅣの破壊光線に吹き飛ばされるデッドソルジャー。
 破壊光線ってなんですかとか、そういうツッコミは野暮ってもんだろう。
 そんなこんなで援軍+ついでにヤケを起こして襲いかかって来たドクロ仮面どももぶっ倒し、タカシの救助に成功した。
 さて……と。
 ゆっくりと息を吐いて、私はドクロ仮面の胸倉を掴み上げた。
「貴様らだな、この誘拐事件の犯人は?」
「……ハ、だからどうだと言うんだ」
「どうだってこともねぇよ。お前らを警邏の連中に引き渡して終わりなら、面倒がなくてそれが一番いい。……だがな、お前らの裏で誰かが糸を引いてるのを見過ごすわけにはいかねぇんだよ」
 そう、考えれば簡単なことだった。
 人が人をさらう理由。こいつらが人をさらう理由は『ない』のだ。
 一番簡単で分かりやすいのは身代金だが、こいつらが親が行方不明になった子供や慧音を狙ったことから考えて、その線はまずありえない。
 なら、人身売買あたりかとも思ったが、それならば老若男女問わず誘拐している説明がつかない。子供や男はともかく老人をさらう理由はないだろう。
 こいつら自身に目的はない。誰かに命令されていると考えるのが自然だ。
 そして……決定的な確信がもう一つ。
 こいつらの知能は、装備に反してあまり高くないということだ。
 私の炎術から身を守るためのプロテクターや機械犬や戦車といったように、明らかに幻想郷には存在しない技術を使っているにも関わらず、知能の方は高くない。
 つまり……どこかで頭のいい奴がこいつらに命令をしているということになる。
 ドクロ仮面の首をさらに絞め上げて、私は口を開く。
「言え……誰の命令でやった!?」
「ハ……馬鹿言うな。お……お前に教えるくらいなら、オレたちは死ぬぜ」
「………………チッ」
 舌打ちして、手を離す。
 強情ならそれでいい。ただ……強情だからと言って見逃すわけにはいかない。
 こいつらは、私の身内に手を出したのだから。
「そうか。そっちがその気なら仕方ねぇ。口を割らないなら体に聞くまでだ。……前々から気になってはいたんだが、お前ら……妙なヘルメットをかぶってるよな」
「っ!?」
「よっぽど外見に自信がないか……あるいはっ!」
 連中がうろたえている隙を突いて、指をひっかけて仮面を弾き飛ばす。

 仮面の下の顔は、大きな耳に小さな顔。可愛らしい兎だった。

 予想外の人物に、私も輝夜も呆気に取られる。
「てめえら……輝夜んとこの兎どもじゃねーか!」
 そう、その兎たちは……輝夜の従者たちだったからだ。
 輝夜は恐らく関係がない。腹芸はできるが、本質的な所で輝夜は正直者だ。
 なら……この所業は、輝夜の従者である永琳薬師が起こしたことなのか?
「ど……どういうこと? なんであなたたちが……」
 輝夜もそれに思い至ったのか、目を白黒させながらうろたえていた。
 再度兎どもの首を絞め上げて、私は叫んだ。
「おい、誰の命令だ! 永琳かっ!? 答えろ!」
「………………グ」
「ぐ?」
 その瞬間、興奮していた私はようやく異変に気付いた。
 仮面を剥がされた兎はもちろん、その後ろの三人の様子がおかしい。
 顔が真っ青に染まり、紫色の血管が浮き出て、目は虚ろで充血している。
「グベィギェガボォッ!!」
 奇声を発し、ありえない力で私の腕を振りほどき、兎は地面に倒れた。
 ビクンビクンと……まるで魚のように跳ね、やがて動かなくなった。
 他の三人も同様に、その兎と連動しているかのように動かなくなった。
「え? 妹紅……その子たち、どうしたの?」
「……死にやがった」
「へ?」
 あまりのことに、人の死に耐性があるはずの輝夜ですら唖然としていた。
 パニックになりそうな頭をなんとか落ち着かせて、私は口を開いた。
「YmdtⅣ、輝夜とタカシを連れて寺小屋に戻ってくれ。私は……こいつらを弔ってから後を追うことにする」
「……わかったよ、おねえさん」
「待って妹紅。私も……」
「頼む、輝夜」
「……うん、分かった」
 不承不承といった感じではあるが、輝夜は頷いてくれた。
 三人を見送って、私は振り返る。
 事切れた四匹の兎は、どれも似たような感じで死んでいる。苦悶の表情を浮かべ、まるで今まで保っていた命がぷっつりと切れたような……無残な死に様だった。
 体毛はごわごわ、体は痩せ細り、少なくとも健康状態は良好じゃなかったらしい。
「……薬物依存症に似てるか?」
 麻薬。ドラッグ。まぁ……大枠としては煙草も含んでいいかもしれない。
 もっとも、ここまで即効性のあるものは私も知らない。通常の麻薬は徐々に人の体を蝕んでいく。手遅れになったとしても、死に至るまでには十分な時間がある。
 十分に苦しんでから死に至ると言い換えてもいい。
 つまり……これは、幻想郷には絶対に存在しえない死に様だった。
 まぁ、この薬品に関しては輝夜に聞けばすぐに分かるかもしれない。輝夜も永琳医師も腹芸はできるが、根はどっちも正直者だ。
 輝夜が摂取して危ない劇物に関しては、きちんと報告してそうな気がする。
「……永琳が最有力だが……どうにも引っかかるな」
 独りで考えても意味はなさそうだが、違和感をどうしても拭えない。
 薬品だけ考えれば永琳の仕業と断言しても問題なさそうだが……果たして、永琳だけで耐火スーツやら戦車やら、そういった物騒なものを作れるだろうか?
 どうにも、『趣味』が違うような気がしてならない。
「ったく……どこの馬鹿の仕業だよ」
 溜息を吐いて、適当に折れた竹を手に取って穴を掘る。
 とりあえず、この四匹を埋葬しよう。
 考えるのはそれからだ。


 妹紅が寺小屋に戻って来たのは、それから二時間ほど経ってからだった。
 体のあちこちが土で汚れているのは、兎たちを埋葬してきたからだろう。
「妹紅。お茶だ」
「ああ、ありがとな」
 慧音さんから湯呑を受け取りながら、妹紅は座布団に腰掛ける。
 妹紅が落ち着くのを見計らってから、慧音さんは口を開いた。
「輝夜さんから話は聞いた。……大変だったようだな」
「ああ。一体なにがどうなったのかさっぱり分からない。なんであいつらはいきなり死んじまったんだ? ……クソっ」
 頭をがりがりと掻きながら、妹紅は毒づくように息を吐く。
 なにがどうなっているのか……私には……慧音と近い私には予想がついた。
「奴隷薬ね」
「奴隷薬? ……聞いたこともないな」
「永琳が開発した劇薬よ。もっとも……奴隷薬というのは便宜上名付けられた通称よ。奴隷薬を服用した者は、誰でも服用した次に見た者の言いなりになる薬なの。……でも、ひどい副作用があって常に酸素を供給しないと死んでしまう体質になってしまうの。しかも、効果は半永久的……飲まされたら一生操り人形のままよ」
「そんな悪夢のような薬が実際にあるとは……」
 慧音さんが信じられないように語る。私も半分は信じられなかった。
 奴隷薬の効果は実際に検証したわけじゃない。ただ、薬の成分と人体への影響、それから微生物とラットを利用しての実験を通し永琳が出した結論がそれだった。
「なるほどな……じゃ、話は簡単だ」
 妹紅はお茶を一気に飲み干して。口元を歪めて言い放った。

「行こうぜ、永遠亭に!」

 妹紅の言葉は……とても単純で、分かりやすかった。
 単純だからこそ正しくて、正しいからこそ、今の私には少しきつい言葉。
「でも……永琳が犯人とは思えないわ。奴隷薬は作った後すぐに封印したし……それに、竹林の兎たちは私たちにとっては家族のようなものなのよ? いつもじゃれあったりはしてるけれど……そんな危険な薬を、永琳が与えるわけないわ」
「しかし、その薬で兎が死んだのは事実だろう?」
 慧音さんは、教師らしく……鋭い口調で言った。
「輝夜さんの気持ちは分かるよ。……だけどね、実際に兎たちは奴隷薬を飲まされて誘拐事件を起こしているんだ。たとえ信じられなくても、私たちは知らなくてはならない。……現実を、そして、真実を」
 現実と真実。
 今起こっていることと、本当のこと。
 兎たちは薬を飲まされて死に至り、永琳がそれに関わっている。
 確かに……慧音さんの言うとおりだった。
 私たちの様子を見ながら、妹紅は口元を緩めて口を開く。
「それに、まだ永琳が犯人かどうかは分からないじゃねーか。誰かに騙されているとか、誰かに利用されているとか、弱みを握られているとか、いくらでも考えられる」
「妹紅は……どう思ってるの?」
「私はどっちでもいい。誰が犯人だろうが容赦なくぶっ飛ばす。この事件の犯人は、私の身内に手を出した。許しちゃおけねーよ。……どう思うかどうかは、輝夜の問題だ」
「…………そうね」
 やれやれ……なんというか、いいコンビなのかもしれない。
 妹紅も慧音さんも、人に厳しく自分にも厳しい。ただ、身内にはちょっと甘い。
 対照的に見えるけど、本質的には似た者同士だ。
 そんな二人にそこまで言われちゃ、私も引き下がるわけにはいかない。
 八意永琳は、私の従者で友達なのだから。
「私、永琳を信じるわ!」
「よし、いつもの輝夜らしくなってきたじゃねぇか」
 妹紅は不敵に笑って、私も同じように口元を緩める。
「さぁ……行こうぜ! 永遠亭に!」
 妹紅の力強い言葉に、私は頷き返していた。


 しんどいというわけでもなく、辛いというわけでもなく、ただ気分が重い。
 霖之助とパチュリーちゃんに鍋焼きうどんを作った頃合で、そろそろ家に帰らなきゃいけなくなった。
 日が暮れたら家に帰る。いつもならもうちょっと粘るが、今日は働く気分でもない。
 落ち込んでいるのは、香霖堂に行く前に嫌なものを見たからだ。
 野生の掟? いや……実際のところは、もっと残酷なものかもしれない。
 一つだけ分かったのは、俺の心は弱すぎるという、ただそれだけの事実だった。
 前々から分かっちゃいた。ゆっくりを嫌うのは過去にやらかしたことが原因だし、甘いものを嫌うのもそれが原因だ。
 俺の心が弱いから、昔を思い出したくないから、あいつらを嫌っていた。
 言葉にすればただそれだけ。昔のことを思い出すと自分を支えているなにもかもが壊れてしまうから、なんにも思い出したくないだけ。
 痛いのは嫌だから、逃げていた。
「逃げるわけには……いかないけどな」
 主な理由は格好悪いから。あと、神様相手に格好つけたいから。
 それから、逃げてばかりじゃサンに示しがつかないし、逃げてばっかりのゆいさんに立ち向かうことを教えてもいい頃合じゃないかと思ったから。
「格好付けたがりなのね?」
「ああ、そうだよ。俺は大人だからな。まずは格好をつけるところから始めるのさ」
 いつの間にか、並んで歩いていた彼女に向かって笑いかける。
 彼女……基本的に紫色の淑女。隙間妖怪、八雲紫。
「また会ったな、紫さん。博麗さんの所にいなくていいのか?」
「霊夢ならしばらくは大丈夫でしょう。あなたの入れ知恵通り、異変と事件は分けて受けるようにしたみたいだから」
「そりゃ良かった。……で、今日は一体なんの用事だ?」
「忠告」
 紫さんは真っ直ぐに俺を見据えて、きっぱりと告げた。
「今回の件からは手を引いた方がいいわ。これ以上、傷つきたくないんだったら」
「残念だが、手を引くわけにはいかないな。むしろ紫さんこそ今回の一件には関わらない方がいい。博麗さんもだ」
「……どうして?」
「女の勘さ」
 似つかわしくないことを言いながら、ゆっくりと溜息を吐く。
「それに、被害が出てるのは人里の中だけだ。……つまり、これは人間の問題ってことになる。事件か異変かは分からないが、妖怪や巫女の出る幕じゃない」
「嘘は言ってないけど、本当のことも言ってないわね?」
「はっはっは♪」
 ばれたばれた。やっぱり、紫さん相手に嘘は難しい。
 ちょっとだけ嬉しくなりながら、俺は本当のことを語る。
「本当のところは、女の勘というより『経験則』だな。この事件を引き起こしている奴には見境がない。人が躊躇することを平気でやっちまうような奴が首謀者だ。……そいつが世間を知らないお嬢さんを騙して色々やってんだと思うね」
「……ずいぶん、具体的なのね?」
「ここに来る道中の川で、女の死体を見た」
「………………」
「顔見知りの花魁の子でな、ちょっと頭が良くて、心が弱くて、そのまま黙って過ごしてりゃどっかの店に輿入れして幸せになれただろうに、心が弱かったから馬鹿な男に騙されて、麻薬を打たれて廃人にされて、最後は川に突き落とされて死んだんだそうだ」
 数日前まで朗らかに笑っていた彼女は、無残な死体になっていた。
 とりあえず、一週間ほど肉は食えないと思う。
 野生の掟とか適当に誤魔化したのはそのためだ。食事も手を抜いたし、胃の中は空っぽだがなにも食べる気が起きない。
 彼女を殺した男は、仁侠という名のヤクザ屋さんによって麻薬のレシピもろとも消されている。麻薬を作った薬師も同時に闇から闇へ消されたそうだ。
 その麻薬は『新参の薬問屋から卸された新薬』を参考に合成されたそうだ。
 毒と薬は表裏一体。大昔に麻酔として使われていたものが実は麻薬の原料になっていたり、そういった逸話は探せば腐るほどある。
 効果のほどが分からないから実験され、実験した結果効き過ぎたから、闇から闇に葬られた。言ってしまえばそんな、ありきたりなことだった。
「恐らくだが……今回の件を引き起こしている奴は、そこまで計算して新薬を売りさばいたんだろうよ。人間が欲望のためにどれだけ酷いことができるのか……そういうことを分かっていながら、止める気がない」
「そこまで分かっていながら、私たちの介入を止めるのはなぜかしら?」
「万が一、博麗さんや紫さんが取り込まれたらマジで洒落にならんだろ。俺としては、とりあえず推移を見守って、いざという時に出てきて欲しい」
「相手が手段を選ばないなら……手段を選ばざるを得ないような状況になるまで待てってことかしら?」
「そーゆーこと。正直、博麗さんや紫さんの力を借りてサクッと解決できりゃ一番いいんだが……どうにも嫌な予感がするんだよ。そういう時はジョーカーの切り時が難しい。下手すりゃ切っちゃいけない時もある」
 女の勘、経験則、嫌な予感。
 自分でもフラグを立て過ぎだと思うが、本当に嫌な予感がするのだ。
 少しばかり不満顔だったが、それでも紫さんは溜息混じりに肩をすくめた。
「分かったわ。……同好の士にそこまで言われちゃ、仕方ないわね」
「悪いな、いちいち手間をかけさせちゃってさ」
「でも、それならあなたも手を引いた方がいいんじゃない? 今回の事件は不老不死の二人が動いているわけだし、あなたにできることもないと思うんだけど」
「ん? それって心配してくれてるのか?」
「さぁね。心配されてるかどうかは、普段のあなたの行い次第ってところかしらね♪」
 音符付きで楽しそうに言われてるあたり、心配というよりも『邪魔だからさっさと帰ったらどうかしら?』と言われているような気がしないでもない。
 まぁ……そりゃそうだ。
 毎度のことだけど、紫さんの言うことは正しい。
 だから……私は、微笑みながら間違ったことを口にした。


 私はその時、ようやく彼女の素顔を見たのかもしれない。
 少女は虚飾を剥ぎ取って、私を真っ直ぐに見詰める。
 口元だけが少女のように笑っている。
 しかし、笑っているのは口だけだ。目はまるで笑っていない。
 その瞳は、私も知らない遠くの世界を見つめている。境界などない。一面がその色で染まる世界。地獄でも極楽でもなく、あの世にもこの世にも存在しない世界。
 少女は心を映すように、彼女の存在にふさわしい言葉を紡いだ。

「私は、いつか破滅します」

 真っ黒な瞳に殺意を映して、彼女は語る。
 普段の彼女が軽口のように語っていた言葉。最近はあまり言わなくなったけど、以前のように『殺してくれ』と連呼していた彼女が、よく語っていた言葉。
 言葉だけは同じだけど、そこに秘められた意味はまるで違う。
 殺してくれは助けてくれ。言葉は時に表裏一体だ。彼女は殺してくれと言いながら、内心では助けを求めていた。
 生きる資格がないのは分かっていたけれど、それでも認めて欲しかった。
 弱さを隠すために強い言葉を使う。……それは決して、間違いなんかじゃない。
 でも、今の彼女はまるで違った。
 彼女の瞳に映る感情は、おぞましいほどの漆黒だった。
 人の感情にも境界は存在する。喜び、怒り、悲しみ、楽しみ、そういった中にも境界は必ず存在する。いや……人として生きる以上、それは当然のことだろう。
 彼女にはそれがない。瞳の奥に秘める感情に境界がほとんど見えない。
 どんなことを経験すればそんなことになってしまうのか……想像はできるけど、あくまで想像は想像でしかない。
 彼女はゆっくりと息を吐いて、口を開いた。
「それは当然のことで、それだけのことをしてきたと思っています。私が今生きていられるのは、私がいなければ生きることすらおぼつかない誰かがいるからで、だからこそ私は死ぬわけにはいきません。……その人は、私にとって大切な人なのです」
「………………」
「もちろん、それは代替がきくもので、彼女にとっては別に私でなくてもいいのです。それでいいと私は思っています。お互いに必要だから一緒にいるけど、私は彼女といるととても幸せです。……私の心は人のそれではないかもしれませんが、それでも彼女と一緒にいると私は満ち足りたと思えるのです」
 彼女は、目を細めた。
 その瞳に映っているのは……誤魔化しようもないほどの憎悪。

「そういう幸福を壊す誰かを、私は絶対に許さない」

 虚飾で飾ろうが、仮面を剥ぎ取ろうが、色が変わらないのは当然のこと。
 言葉に乗せないだけで、彼女は全てを憎んでいる。
 けれど、全てを憎んでいる以上に、自分自身を呪っている。
 不意に顔を伏せて……彼女は口元を引き締めた。
「人の泣き顔を見るのは胸クソ悪いし、ものすごく不快だ。川に落ちて死んだアイツも、自業自得で死んだ馬鹿野郎だったけど、そいつのために泣いてくれる誰かがいるんだ」
 さきほどのような危うさは消え失せ、彼女は真剣に語った。
 真っ直ぐに、目を逸らさずに、私を見つめて言い放った。
「分かってるよ。……理屈じゃ分かってるけど理屈じゃない。誰かのためなんてことは絶対に言わない。それでも、流された涙が無為になることが納得できなかった。……今回の事件に首を突っ込む理由はそれだけだ」
「…………そう」
 話を聞き終わって、ゆっくりと溜息を吐く。
 なんの因果か、あるいは定めか。冥界の友人なら『紫は深く考え過ぎよぅ』とか言いながら肩でも叩いてくれるのかもしれないが……まぁ、ここは重く受け止めておこう。
 私では彼女を止められない。
 己が身を刻む覚悟で進む彼女を止めることは、私にはできない。
「分かったわ。……その代わり、危ないと思ったらすぐに逃げなさい」
「はっはっは♪」
「危ないと思ったら、すぐにお逃げなさいね?」
「ひゃい」
 頬をつねり上げると、彼女はちょっと涙目になりながらようやく返事をした。
 ったく……相変わらず掴み所のない子だ。
 安定しているんだか、危なっかしいんだか……ものすごく心配だ。
「まぁ、今日はそろそろ帰るよ。無断外泊すると怒られるんでな」
「じゃあ、最後におでんをテキトーに見つくろってもらいましょうか」
「あいよ」
 テキパキと……躊躇なく余り物を放り込んでいるような気がしないでもなかったけど、そこは見逃しておくとして……彼女はおでんを私に手渡してきた。
 いい匂いが鼻をくすぐったが、以前とは違うところにふと気が付く。
「あら、前の時と出汁を変えたのかしら?」
「おでんの種類を増やしたから、出汁も少し変化を加えてある。今度会った時にでもいいから感想を聞かせてくれると嬉しい」
「……具体的には、どんなおでんを増やしたのかしら?」
「それは食ってからのお楽しみ♪ じゃ、そういうことで! 一応言っておくけど失敗作じゃねーからな!」
「あ、こら!」
 叱る間もなく、彼女は屋台を引きながら走り去った。
 なんというか……ホント、霊夢とは逆の意味で心配になる。
「ロールキャベツと……なにこれ? 豚足? ……トマトまで入ってるし」
 おでんと言っていいのか悪いのか。あるいは彼女の世界では普通なのか、色とりどりの具が入ったおでんは……まぁ、美味しそうではあった。
 と、ふとお勘定を払っていないことを思い出す。
「んー……仕方ない。今回は借りにしておきましょう」
 見て見ぬふりをしつつ、次の場所に向かうために境界を開く。
 とりあえず、つまみはこれでよし。あとはお酒を仕入れておきましょうか。


 ちなみに、おでんにトマトはわりと悪くなかった。
過去は追ってくる。
現在は畳みかける。
未来は押し潰す。
傷つきながらも進み続ける。
その先に――なにが待っていようとも。

次回、蓬莱編第八話『肉』

業は拭えず。傷は治らず。咎は消えずに罪は残る。
私はそれを全部背負う。今までも、これからも。



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