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第六話、お待ち!
また一カ月ペースかよコンチクショウ! ホント待たせて申し訳ありません。
夜中でテンションがおかしなことになっているので後で加筆修正予定です。
というわけで……コメディはここまで。
蓬莱編最後のほのぼのパートになります。

ではでは、六話の始まり始まり♪
蓬莱編6:須臾と救われない物語
 数多の才能。
 幾多の能力。
 妖怪と人間。
 天才と凡才。
 なんにもないから努力する。
 なんでもないから付け焼刃。


 素振りという行為は、同じことを愚直に繰り返すことだ。
 香霖堂の奥にしまってあった野太刀を借りて、上段に構えて振り下ろす。
 もちろんのことながら、真剣というのはべらぼうに重い。昔……五、六年前くらいには軽々振り回せていたものだが、今となっては重さは苦痛でしかない。
 いや……あの時は常時命の危機に晒されているようなものだったから、重みを感じる暇もなかったというのが正確なところだろうか。
「…………あーくそ。重てぇなぁ」
 骨董品でも美術品でもない、折れないことだけが取り柄の太刀を息が切れるまで振り回したところ、俺の手にはいくつかの血豆ができた。
 ったく……これなら、バットでも振り回してた方がましだったかもしれない。
 まぁ、今の素振りは自分を痛めつけるためのもので、それ以上でも以下でもない。
 迷ったら体を動かせ。悩んでも袋小路に入り込むだけってことは、最近学んだ。
 今回の行動にあまり意味はないが……少なくとも、汗をかいて気分は晴れた。
「店のものを持ち出してなにをしているのかと思ったら、侍ごっこかい?」
「侍とか知ってんのかよ?」
「外の世界の本で読んだだけだけどね」
 寝転がっていた俺の顔を覗き込んできたのは、いつも通りの眼鏡。手には黒いアタッシュケースを持っているが、後ろ暗い取引でもしてきたんだろうか。
 香霖堂店主、森近霖之助だった。
「というかね……いきなり店から太刀を持ち出して振り回すとか、どう考えても辻斬りか妖刀に魅入られた人間の所業だと思うんだけど」
「まぁ、なんつーか道中で色々と嫌なものを見ちゃったせいでさ、ちょっと気分がささくれ立ってたんだよ。イライラした時は自分を痛めつけて解消する性分でな」
「……嫌なもの?」
「野生の掟みてーなもんかな? 死んだり殺されたり、そんな感じ」
「ふぅん」
 わざと曖昧にぼかした表現をしたが、霖之助はなにも言及してこなかった。
 興味がなかっただけと言えなくもないが……まぁ、こっちの事情を察してあえて突っ込まなかったと、好意的に解釈しておこうか。
 と、霖之助は溜息を吐きながら、アタッシュケースを俺の前に置いた。
「ん? なにこれ?」
「魔女からの差し入れだってさ」
「ほうほう、どれどれ」
 あの無愛想なパチュリーちゃんからの差し入れとは、なんとも珍しいことがあるもんだ。とうとうデレたのかと一瞬思ったがフラグを立てるようなことは一切やっていないのでそっちの線はなかろう。
 不審に思いながらも、アタッシュケースを開けてみる。
「で……それは一体なんなんだい?」
「銃器のセットだな」
「銃って……外の世界で使われてる武器だよね」
「そうなんだけどなぁ……」
 いきなり銃器とか渡されても、正直困る。
 アタッシュケースにはサブマシンガンと拳銃が入っていたが、どう考えても、その二つは俺の手に余りそうな気がする。
 拳銃を手に持ってみると、思った以上に軽すぎる。
「嫌な予感がするなぁ……違法改造とか、そういう匂いがぷんぷんする」
「マニュアルによると、弾薬選択機能、威力補正機能、自動認証機能とかもあって、おまけにマスター権限を持つ人の許可がないと他人に貸与できない安全設計らしいよ」
「どんな高性能だよ……警察でやれ、そーゆーのは」
「少なくとも、店から売り物にならない太刀を持ち出して振り回すよりは、そっちの武器をいじってた方が建設的だと思うけどね。自衛的な意味で」
「飛び道具は苦手なんだよなぁ……威力補正機能とか言ってたけど、間違って頭をふっ飛ばしたりしたらどーすりゃいんだよ?」
「……普通は当たるかどうかの方を心配するんじゃないかな?」
「家庭環境が最悪だったから、古武術を徹底的に叩きこまれた。知ってるか? 古武術の中には投擲術もあってな。多少なまっちゃいるが、今でも大抵のものには当てられる」
 射線が通り、手にしているのが苦無や投擲用のダガーならほぼ的中。
 銃も少しだけ習ったことがある。分解整備から反動に負けない構え方くらいだが、こちらも有効射程距離内でかつ射線が通れば当てられる自信はある。
 そんな技術は要らなかったし自慢にもなりゃしない。俺としてはゆいさんの料理の腕前や、飲める酒の豊富さと量や、ちょっとふくよかな胸の方が羨ましい。
「霖之助も胸の大きい女の方が好きだろ?」
「いや……別にそういうのないから」
「相変わらず淡白な野郎だなぁ。結婚できねーぞ?」
「別に結婚はしたくないし。……そもそも、妖怪と人間のハーフとはいっても、人間より遥かに寿命は長い。結婚しても先に死なれるんじゃたまったもんじゃない」
「…………そーだな」
「言い返さないのかい? いつもなら『じゃあ、妖怪の嫁さんでも娶ればいいだろ? お前は顔だけなら引く手数多だろうが』とか言うじゃないか」
「………………」
 黒いアタッシュケースを持ち、野太刀は霖之助に渡して、立ち上がる。
 どう言えばいいか、なんと言えばいいのか少し考えて……思ったことを口にした。
「置いていかれる側の気持ちは……よく分かるんだよ」
「……失言だったよ」
「別にいいさ。一部の例外を除いて、生きてりゃ死ぬし、死ねば終わりだ。俺だっていつか誰かを置いて死ぬ。……それに、置いて行かれたとしても、その人たちが残した思い出は、ちゃんと私の中に残っているから。決して……無駄なんかじゃない」
「………………」
「じゃ、そろそろ俺は夕飯の仕込みにかかる。なんかあったら声かけてくれ」
 軽すぎるアタッシュケースを持ち上げて、普段よりもゆっくりと歩き出す。
 歩きながら、誰かのことを思い出す。
 思い出すのが辛すぎて、最近まで思い出すことすら拒絶していたけど……ようやく、ほんの少しずつ思い出せるようになってきた。
 ゆいさんと出会わなかったら……俺はとっくに壊れていたと思う。
 十数年で、俺はあのざまだった。壊れる寸前で、死ぬ寸前だった。

 彼女は。彼女は。彼女は。
 永遠に生き続ける彼女たちは。
 終わりがないから終わってしまった彼女たちは。
 なぜ、生き続けていられるのだろうか?


 人には、触れてはいけないことがある。
 あるいは本来触れなければいけないことを長々と、それこそ数百年単位で放置すればこんなことになってしまうのかもしれない。
 滑り落ちたビーカーやら試験官が地面に落ち、鋭い音を立てる。
 輝夜のたった一言は……あまりに的確に従者の心を打っていた。

「永琳、私ね。今探偵してるの!」

 探偵している。いや、輝夜がなにかをしているという言葉を使うことそのものが、滅多にないことかもしれない。
 永遠亭で細々とした手伝いはしているだろうが、それだって仕事と呼べるほどじゃないだろう。そりゃ、彼女としては輝夜のことを姫として扱っているのだから労働はしなくてもいいのかもしれないが……だからといって、負担が軽減されるわけでもなく。
「……ひっ……ぐすっ……うう……姫様が、姫様がっ……」
 ぼろぼろと、涙をこぼしてその場に崩れ落ちた八意永琳は……まぁ、私が言うのもなんだが、正直見ていられない感じだった。
 普段カリスマたっぷりの薬師が身も世もなく泣き崩れるというのは、正直見てて痛々しいことこの上ない。
(おい、輝夜。どーすんだよこれ?)
(えっと……まさか、えーりんがここまで気に病んでたとは……)
 冷や汗を流して引いている輝夜だったが、普通に考えれば日がな一日だらだらと働きもせずにゲームやらネットに興じている女がいたら気に病むと思う。
 崩れ落ちて泣きじゃくる薬師の肩に手を置いて、輝夜は苦笑いを浮かべた。
「えっと……えーりん? 一応言っておくけど、これは短期のアルバイトのようなものでね、正確には慧音さんから手伝いの要請があって働くことになったんだけど……」
「いえ! いいえ! 姫様の口から働くなんて言葉が聞けるなんて……ぐすっ……ついに姫様が仕事を……私の長年の努力がようやく実を結んだのね……うぅっ!」
 いや……すいません。そろそろ勘弁してください。
 マジ泣きとかリアクションに困るんで、ホント勘弁してください。
 まぁ……なんだ。輝夜がよからぬことを企んでいる(多分ゲーム機を買ってくれるだろうとかなんとか)ことは言わない方がいいだろう。
 感動している所に水を差すのも無粋ってもんだ。
「ごめんなさい……ちょっと取り乱しちゃったわね。姫様がまさか仕事に携わることがあるなんて、夢でしか見たことがなかったから」
「……輝夜、なにか言うことはあるか?」
「えーりん! 私頑張って探偵してくるね!」
「ああっ! か……輝夜の口からそんな言葉が聞けるなんてっ!」
 またもや目頭を押さえて崩れ落ちる薬師。感動し過ぎて主従関係を忘れているのか、さりげなく姫様ではなく、輝夜と言っていたりする。
 ちょろいことこの上ないが、それだけ輝夜の普段の素行が悪いってことだ。
 多少の罪悪感はあるのか、輝夜は決して薬師と目を合わせようとはしなかった。
 薬師は目元をハンカチでぬぐいながら、輝夜になにかを手渡した。
「なにこれ? 錠剤?」
「つい最近調合が完了した新薬です。どんな傷もたちどころに治癒することができます。お祝いには少し質素ですが……姫様に差し上げます」
「ええっと……うん、ありがとう」
 見るからに怪しい虹色の錠剤を懐にしまって、輝夜は冷や汗を流した。
 見透かされているのかいないのか。あるいは天然でやってしまったのか、判断はつきにくいところだけど、好意は受け取っておいていいんじゃないかと思う。
 色はともかく……永琳医師ほど優秀な医者は幻想郷にはいないわけだし、効果の方は疑う必要すらないだろう。
「輝夜、そろそろ行くぞ」
「うん。じゃ、永琳。私頑張ってくるね!」
「行ってらっしゃい」
 永琳医師の嬉しそうな笑顔に見送られて、永遠亭を後にする。
 竹林の中を歩いていると、不意に輝夜は苦笑した。
「まったく……相変わらず心配性なんだから、えーりんは」
「そうなのか? なんつーか……滅茶苦茶怖かったんだけど……」
「そうね。今回はちょっと心配させすぎちゃったかも。前に冗談で『絶対に働きたくないでござる』は言ったことがあるんだけど……あの時は悪いことしたわ」
「いや、冗談に聞こえないから。……大体、輝夜が仕事をすればいいだけだろうが」
「……仕事、ね」
 と、輝夜は不意に足を止める。
 それから腕組をして少しだけ悩んだ素振りを見せた後、ゆっくりと溜息を吐いた。
「そもそも、仕事って面白いの?」
「面白くはねーよ。……と、ありきたりなことを言いたいとこだが、どんな仕事にもある程度の面白さとはまる要素はあるからな。その面白さと給金に反するなにか……極大なストレスとか現状の不満とかがなけりゃ、わりと面白いと思う」
「妹紅の口から出てきたとは思えないくらい、まともな意見だわ」
「あァ? テメェ普段私のことをどう思ってやがる? なんならリアルファイトで決着をつけてもいいんだぞ?」
「んー……そういうことじゃなくてね……」
 輝夜はなにやら難しそうな表情を浮かべながら、腕組をしながら歩いている。
 私は少しだけ勢いを殺がれて……輝夜に続いて歩き出す。
 と、その時だった。
「…………な」
 堅い地面、最近幻想郷に敷かれ始めたコンクリートの道路。
 さっきまで竹林にいたはずなのに、いつの間にか人里にほど近い道路に出ていた。
 ちらりと輝夜の方を見ると、輝夜は肩をすくめてやれやれと溜息を吐いていた。
「ま、こんな感じで能力を使っちゃうと、単純作業なら一瞬で終わっちゃったりしちゃうから、仕事をやるにしてもある程度仕事を選ばないとすぐに飽きちゃうかなって思ったりするのよね。……能力使うなって話もあるけど、あるものは使わないと損でしょ?」
「……今、なにをしたんだ?」
 能力を使ったのは分かるが、これじゃあまるでテレポートだ。
 輝夜は首をひねって、なにやら考えて……目を細めた。
「んー……あえて言葉を探すとしたら『加速』ってところかなぁ」
「加速?」
「妹紅にも分かりやすく、ものすっっっっっっっっっごい噛み砕いて説明すると、妹紅が一回行動する間に、私は何万回も行動できるのよ。まぁ、万のところは億でも兆でもいいけどね。おまけに私の行動は妹紅には一切認識できない。私と喧嘩してる時、気が付いたら倒れてたってこともあったでしょ?」
 なんかものすごく馬鹿にされた気がするが、輝夜には珍しくものすごく難しそうな表情を浮かべていたので、本人も明確な説明ができないのだろう。
 そして……言われるまでもなく、気が付いたら死んでいたということも多々ある。
「でも、そんなことができるんだったら、敵を一方的に殴り放題じゃないか?」
「そーでもないわよ。行動したぶんだけ反動は自分に返る。不老不死でも体力には限界がある。それに、いくら不老不死で死んでも生き返るのが前提であっても、『私自身が死ぬかもしれない』可能性をを妹紅との喧嘩以外でえーりんが許してくれると思う?」
「……まぁ、そうだな」
「ありきたりな言葉だけど、大きな能力には大きなメリットとデメリットが存在するものよ。万能な力なんて存在しないし、一歩間違えればあっさりと自滅する」
「永琳医師は万能っぽいが……死人を生き返らせることができるわけでもないしな」
「そーゆーこと」
 予想通りと言えばその通りだが、輝夜の能力は滅茶苦茶だ。
 だからこそ……あの薬師は色々と危惧して輝夜を封印していたのだろうし、封印の必要がなくなったから、もっと社交的になって欲しいのだろう。
 まぁ、輝夜もその辺は見抜いて、あえて好き勝手振舞っているのかもしれないが。
 なんにしろ、面倒くさい関係だと思う。
 と、そんな物思いにふけっていると、いつの間にやら寺小屋に到着。
 めぼしい情報はなく、振り出しに戻るというわけだ。
「さて、これからどうする?」
「ちょっと休んで行きましょうよ。私も疲れちゃったし、あそこで本読んでる慧音さんの方になにか進展があったかもしれないし」
「そーだな。じゃあ、輝夜とYdmtⅣはシノブたちの所に行って目新しい話がないか聞いておいてくれ。慧音には私から聞いておく」
「ん、りょーかい」
「ゆゆーん!」
 輝夜とYdmtⅣは素直に頷くと、寺小屋に向かって歩いて行った。
 私はベンチに腰掛けて本を読んでいる慧音に声をかけることにした。
「ただいま、慧音。こっちの方はなにか新しい情報はあったか?」
「お帰り、妹紅。いや、特にめぼしい情報はないぞ。そっちはどうだった?」
「こっちもめぼしい情報はない。人里を一通り回ったけど、さすがというかなんというか動きが早い。親がいる子供は外出を避けてるし、絶対に一人じゃ出歩かないように徹底されているらしい。商店の方はいつも通りだったな」
「そっちの方は特に問題ないと、知り合いのおでん屋さんが言っていたな」
「おでん屋って……ああ、あいつか。本当に大丈夫なのか?」
「誘拐事件と並行して奇妙な商品の仕入れを行うように、あちこちの商店で勧誘があったらしいが……商店間で連携して市場に出さないようにしているらしい。なんでも『限られた需要を独り占めするような商品は要らない』とかなんとか」
「……いいのか、それ?」
「人がいれば物が動き、物が動けば金が動く。商いというものはその流れに乗ることだ。なにが良くてなにが悪いかなんて、その時にならないと分からない。もっとも、その時には手遅れってケースも多々あるがな……なんて言われたな」
 言いたいことは分からないでもないが、慧音に向かってそこまで言えるのがすごい。
 ホント……よく分からない女だ、あいつは。
「で、慧音はなにをしてるんだ?」
「ああ、少し時間ができたから本を読んでいた。暖かい日光に当たりながらの読書もなかなか気持ちがいいぞ」
「本って……それ、『勇者魔王物語』じゃないか。懐かしいな」
 幻想郷に来た頃に読んだことがある。
 中身は子供に見せられないような……妙というか皮肉な内容だ。
「初めは人々にちやほやされていた勇者が、親友と婚約者の裏切りで魔王になってしまうんだよな……物語としてはどうかと思ったもんだけど」
「実は、この物語はただのおとぎ話じゃなくて実話だという説があるらしい。この物語を書いたのがどこの誰かも分からないし、内容が生々しく、『なんの教訓も残さない』というのが根拠らしい。おとぎ話ではなく……これは、まごうことなき物語なんだ」
「……竹取物語みたいなもんか」
 どこの誰が書いたかも分からない、月のお姫様の物語。
 最初から最後まで月のお姫様に振り回され、お姫様以外誰も得しない物語。
 あるいは……登場人物の誰もが損する物語と言い換えてもいい。
 私も含めて。
「まぁ、そういうミステリアスな部分もこの物語の面白いところさ。もっとも……私としては謎が残る終わりよりは、続編が出てくれることを願っているんだけどな」
「どう足掻いても、バッドエンディングにしかならないと思うけどな……」
「かもしれないな」
 パタンと本を閉じて、慧音はゆっくりと溜息を吐く。
 難しい顔をするのはいつものことだが、今日はなんだか憂鬱そうだった。
「……件のおでん屋さんに、少々考えさせられることを言われてな。どうも引っかかる言葉だったんで、もう一度読み直してたんだよ」
「またなんか嫌味でも言われたんだろ? あいつはそーいう奴だ。私が焼き鳥屋台引いてた時もわざわざ目の前に出店して、客をむしり取ろうとしてきやがる。……ミスティアも似たようなことされてたな」
 汚いと言えば汚いし、あからさまと言えばあからさまだが、残念なことに道理は通じない。商売において客は取られた方が負けだ。
 ……あいつ自身が常連客になりつつあるのも、否定はできないし。
 私の話を聞いて、慧音は苦笑しながら口を開く。
「彼女は……『多少空しさが残るが、おおむねめでたしめでたしでじゃねぇか。嫌な奴らは皆殺しになったんだろ?』と、言ったんだよ」
「………………」
 ひどい言葉を、聞いた気がした。
 いつかどこかで聞いた言葉。
 嫌な奴らが皆殺しになって。
 誰からも責められることはなくなって。
 心は軽くて気分は壮快。
 それでも……大切なものを失って、背負った業は重過ぎた。

 血だまりの雪原。夥しい数の死体。
 返り血で真っ赤になった白い女。真っ赤に染まった白き修羅。
 頬を伝うものがなにか分からぬまま、彼女は口を開いた。

「……慧音」
「ん?」
「その気持ちがちょっとだけ分かるって言ったら、軽蔑するか?」
「するわけないだろう」
 慧音は呆れたように言って、私の頭をポンと叩いた。
「妹紅がなにを思ったのかは分からないが、確かにそういう見方もこの物語にはあると私は思う。……だからこそ、救いがあって欲しいと思うんだよ」
「……救い?」
「なにもかもに絶望したまま終わるんじゃ……悲し過ぎるだろう」
 それはただの願いで、願望で、望みで、決して叶うことはないものだ。
 でも、そう思うことは決して悪いことじゃない。
 誰だって救われたいと願う。私だってそうだったし、今は救われていると思う。
 この魔王になってしまった勇者も……そうだったんだろうか。
 ゆっくりと息を吐く。なんだか妙な気分になってしまったので、頭を掻きつつ気分を切り替えることにした。
「ま……それはそれとして、なんか食い物ないか? ちょっと小腹が減ったし、食ったらまた出かけようと思ってるんだけどさ」
「戸棚に貰いものの大福がある。親御さんたちからもらったんだが、私一人じゃ食べきれなくてな。子供たちに見つからないように食べてくれ」
「あいよ」
 さりげなく子供に甘いものを摂り過ぎないように配慮しているあたりが、いかにも先生という気がする。
 早速、寺小屋に入って慧音の部屋の戸棚を物色。芋羊羹や高級そうなお菓子の箱が目についたけど、それに手をつけると慧音に怒られるので大人しく大福を頬張る。
 うん、美味い。疲れた体には甘いものが一番だ。
「輝夜とYdmtⅣにも差し入れしてやるか」
 YdmtⅣが大福を食うかどうかは分からないが、輝夜の方はなんだかんだ言いつつもあれば食うだろう。
 ついでにお茶でも煎れてこようかと思いつつ慧音の部屋を出ると、ちょうどいいことに慧音の部屋の前に輝夜が立っていた。
「お、輝夜。ちょうど良かった。大福があるんだけど食うか?」
「それは後で食べるけど……。ねぇ、妹紅。ちょっといい?」
「へ? ……っておい! どこに行くんだよ!」
 呆気に取られたまま、輝夜に手を引かれて歩き出す。
 到着したのは寺小屋の中の倉庫。寺小屋を改築した時に少しばかり手直ししたらしく、倉庫というわりに片付いていた。
 で……その倉庫にいたのは、見覚えのある大きな目の男の子。
「も、妹紅お姉ちゃん?」
「おろ? 誰かと思ったらワタナベじゃねーか。こんな所でどうしたんだ?」
「えっと……その……僕、妹紅お姉ちゃんに渡したいものがあって……」
「渡したいもの?」
「こ、これなんだけど……」
 ワタナベがおずおずと手渡してきたものは、漆黒の布地だった。
 はて? 淡い色のくせになんだか妙な寒気を覚える布地だが、手触りは妙にいい。すべすべふわふわしていて、レース地もそれほど気にならない。
 中心部にはワンポイントのように小さなリボン。洒落っ気があるというか……。
 って、ヲイ。
「これ、慧音のパンツじゃねーか!」
「う……うん」
「お前こんなのどこから盗ってきた? 慧音を魅力的に感じる気持ちは分からないでもないが、いくらなんでもその年で下着を盗むとかはさすがに……」
「盗んだんじゃないよ! この前の雨の日、先生がびしょ濡れで帰って来て倉庫で着替えた時に忘れていったんだよ!」
 確かに、ちょっと前に土砂降りが降ったのは記憶に残っている。
 私の場合は妖術でちょいちょいっと乾かしたのだが、そういえば慧音の服装がいつもと違ったような気がする。
「そのままにしておくのはまずいと思って……僕が渡すわけにもいかないだろ?」
「……まさか覗いてたんじゃねーだろうな?」
「ギクッ!」
 分かりやすく肩を震わせるワタナベ。素直と言えば素直な反応だった。
 私とは目を合わせず、ワタナベは口を開いた。
「えっと……おでん屋のお姉ちゃんが……」
「またあいつか。あいつがどうしたんだよ?」
「……『お前とは他人とは思えないから、いいものを見せてやろう。強く生きろよ♪』とかなんとか……」
「あいつは本当にロクなことしねーなァ!」
 ちょいと背が伸びてきた頃合の野郎共と、ほぼ同じ行動じゃねーか!
 気持ちは分からないこともないけど、相手が慧音って時点で普通に殺されるわ!
 度胸試しってレベルじゃねーんだぞ!?
「……まぁいいや。とりあえず預かっておくぜ。お前もわざと覗いたわけでもないだろうし、私が適当に返しておくよ」
「ありがとうお姉ちゃん! じゃ、じゃあ僕はこれで……」
 胸をなで下ろしながら、ワタナベは倉庫から出て行った。
 その背中を見送ってから、私はゆっくりと溜息を吐く。
「……ったく、いたいけな少年に罪悪感を植え付けやがって」
「まぁ、倉庫で着替えちゃう慧音さんも無防備だとは思うけど……それにしても、綺麗な柄の下着よね。人里じゃこんなの使ってるの?」
「んー……よく分からないな。そもそもあんまり下着に興味ないし」
「あ、そうだ。いいこと思いついたわ。妹紅、あなたこの下着を頭にかぶりなさいよ」
「馬鹿かオメーは! いきなりなんつーこと言い出しやがる!」
「もっこたんの、ちょーっと格好いいとこ見ってみたいー♪」
「このパンツを被った時点で格好いいどころか変態になるだろうが!」
「じゃあ、じゃんけんで負けた方が度胸試しでぱんつかぶることにしましょう」
「絶対に嫌だ。お前のことだから確実にイカサマすんだろうが」
「イカサマ? ……ククッ、イカサマとは立証できなきゃイカサマじゃないのよ!」
「よーし、分かった。ぱんつかぶってやるから三百回殺らせろや。な?」
「ゆゆーん! このおかざりさんはいまいちだね!」
「オメーもなにやってんだ! はしたないからやめんかい!」
「見なさい、妹紅。YdmtⅣだってこんなに体を張っているのに……妹紅はその姿を見てなにも感じないのっ!?」
「おねーさん、このおかざりさんをとってね! まりさのおぼうしをかえしてね!」
「うん、ちょっと待ってね。返すのは妹紅を説得した後で……」
「なぁ輝夜……ちょーっと表まで来いや。久しぶりにキレちまったよ」
 などと、私たちが漫才のようなことをやっていると。

 不意に、倉庫の扉が開いた。

「ああ、妹紅。ここにいたのか。実はちょっと相談したい……こと……が」
 今、一番会いたくない人物がそこに立っていた。
 慧音は少しだけ驚いたような表情を浮かべ、次第に無表情になり、それからにっこりと……悪鬼羅刹も裸足で逃げ出すような笑顔を浮かべた。
「私の下着が一着なくなってしまって……多分倉庫に落ちてると思うんだが」
「……え、えっと」
「で、釈明はあるか?」
「えっと……その……あの……」
 詰みである。
 どんな言い訳をしても打ち首獄門の上市中引き回しは確定。慧音のパンツは、言い訳不可能なほどYdmtⅣの頭にすっぽりと納まっている。装備できねーじゃねぇかとかそういう野暮なツッコミはなしの方向でお願いします。
 覚悟を決めて……私は口を開いた。
「さすがに……黒は、どうかと思うんだ」
「サイズが合わないから慧音先生にやるよと……おでん屋の彼女にもらった」
 またかね、毛利クン。そんな言葉が聞こえた気がした。
 ………………。
 あのアマアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァ!!
 背筋が震えるほどの笑顔を浮かべて、慧音は笑っていない瞳を私に向ける。
 両手で私の頭を掴んで、力を込めた。

「大丈夫だ。痛くしないから」

 なんかちょっとアレなセリフだけど、それはつまり痛みを感じる間もないほど強烈なモノが私の頭を直撃するわけで、それって下手すると死んじゃいそうな気がするんですが聞いてますか慧音あれなんか地面がちか。


「くちゅんっ」
 皿を洗いながら、なぜかくしゃみが出た。
「んー……ありきたりだけど、どこかの美少女が噂でもしてるのかな?」
「女性の発想とは思えませんね……あと、なんかくしゃみが可愛いし」
 司書さんは腕まくりをしながら、俺から渡された皿を戸棚に片付けていく。
 なぜか彼女は終始呆れているようだったが、あまり気にしないことにした。
「ところで、血豆だらけの手で皿洗いをするのはきつくありませんか?」
「いや、別にきつくはないな。子供の頃は骨が折れてるのに医者に連れてもらえなかったりしたから、それと比べりゃどうってことはねーな」
「……それは幼児虐待のような気がしますが……っていうか、ブラックな思い出をさらっと語らないでください。対処に困ります」
「単純骨折の治療なんざ、折れた骨を直して固定すりゃいいだけだろ?」
「パチュリー様や私みたいなインドア派は骨折なんて想像したこともありません!」
「そうだろうな」
 最後の皿を洗い終わり、手を拭きながら口元を緩める。
「まぁ、過去はどうあれ、今が楽しけりゃそれでいいんじゃないか?」
「そりゃ……そうかもしれませんけど」
「それにな、やったことは返ってくる。手を変え品を変え過去は追ってくるし、未来は迫ってくる。逃げ道はどこにもないから立ち向かうしかない。たとえ過去に押し潰されたとしても……それは当然の末路で自業自得。全部自分のせいなんだよ」
「……本当にそう思ってますか?」
「いや、全然。でも……そう言っておいた方が格好いいだろ?」
 さすがというかなんというか、悪魔は嘘に敏感だった。
 俺は悪魔のように……あるいは人でなしのように笑いながら、口を開く。


 ある物語を語ろう。
 異形の鬼と白き修羅。
 強靭と薄弱に肉と骨。
 この物語に報いはない。
 この物語に救いはない。
 肉と血に汚れた物語。
 それでも、俺は彼女たちを軽蔑したりはしない。
 かの魔王になった勇者と同じように、彼女たちは責任を取った。
 最初から最後まで、誰かに押し付けなかった。
 そう……この物語は最初から最後まで誰のせいでもなく。

 自分の生を生きたある親子の物語だった。
まぁ、さも次の話で語られるようなことを書いておきながら、しばらく語られることはありません。鬼と修羅と不死の少女の物語は、蓬莱編の後半あたりで語りましょう。
・・・知ってる? こういうのを蛇足って言うんだよ?
と、いうわけでおふざけはここまで。
次回からはちょーっとアレな感じの流れになると思います。
……少々脱線し過ぎた感はあるけど、これはこれでいいや!
元々コメディ書きなので、シリアスパートは実は苦手だったりします。
さて、そういうわけで次回からは事件の全貌が明らかに!
乞うご期待でございます♪


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