おでん屋編でうっかり霖之助さんをクールキャラ(まぁ、元々クールキャラなんですが)にしてしまったせいで、頼みごとを承諾させるまでに若干の行数を食うことになってしまった。
というか、そもそも妹紅&輝夜のペアは話を脱線させやすいので、行数を食いまくるのは目に見えていた。ああ、分かっていたけどやめられない。だってこんなことができるはソイレントベースまでだから。
あと、門番編からのフラグはYdmtⅣのために立てたと言っても過言じゃない。
と、いうわけで蓬莱編第四話、始まり始まり~♪
蓬莱編4:願いと汚濁
最近段々分かってきた。
願いは絶対叶わない。
色んなモノが見えてきた。
見たくもないことばかり。
それでも願いはただ一つ。叶わないからただ一つ。
もっとゆっくりしたかった。
ゆっくりまりさはゆっくりである。
元々は、大きな群れに所属していたゆっくりで、狩りの腕はそこそこ、水を渡る術もそこそこという、極々普通のゆっくりまりさだった。
お嫁さんにしたいゆっくりがいたわけでもない。
ただ、日々を普通にゆっくりと過ごしていられれば満足なのだった。
しかし、ある時群れが壊滅した。一人の人間に皆殺しにされた。
その時のまりさは、『運良く』道に迷っており……ようやく群れを見つけた時には、群れのみんなは火に包まれていた。
もちろん、群れのみんなが皆殺しにされたことは悲しかった。
その人間を恨んで、復讐することも考えた。
だが、残念なことに……まりさは『賢い』部類に入るまりさだった。
どうして群れのみんなが殺されたのか、分かってしまうゆっくりだった。
ある意味では、まりさは冷めていたのかもしれない。
一番になれなくてもいいと、思っていた。
狩りの腕や水を渡る術が一番じゃなくてもいい。そこそこ……それこそ生きていくのに困らない程度の技量があれば、まりさは十分に幸せだった。
十分にゆっくりできた。春は山菜さんや花の蜜さんをむーしゃむーしゃすれば十分に幸せだったし、夏は美味しい虫がたくさんいた。秋は言うまでもなく実りの季節で、気まぐれな双子の神様に柿やら梨をもらってゆっくりできた。
冬の間は辛抱が必要だったけど、群れで固まっていればゆっくりできた。
友達のれいむやありすはそんなまりさを指して『呑気』と表現したものだったが、まりさはそのことを後悔したこともない。
ある日、大きなゆっくりが群れにやってきた。
みんなはゆっくりできると言って、まりさもそれを喜んだ。
大きなゆっくりは強くて優しくて、まりさもみんなもゆっくりできた。
最初はそうだった。みんながゆっくりできていた。
大きなゆっくりは、みんなのために朝も昼も夜も休まず働いた。
みんなはゆっくりできた。大きなゆっくりにもっと『ゆっくり』を要求した。
大きなゆっくりは、みんなのために今日も昨日も一昨日も休まず働いた。
みんなはゆっくりできた。大きなゆっくりにもっと『ゆっくり』を要求した。
まりさはゆっくりできなくなった。
みんなが当たり前のようにゆっくりしている中で、大きなゆっくりだけは、いつもいつでも疲れていて、傷だらけで、それなのにいつも笑顔を浮かべていた。
それが……あまりに気の毒で、あまりに見ていられなかった。
なのに、みんなの要求は止まらない。もっともっとと、大きなゆっくりをせかして、自分達をゆっくりさせるように要求した。
いつの頃からか――あるいは、最初からだったのか。
大きなゆっくりがみんなをゆっくりさせるのは、当たり前のことだと誰かが言った。
大きいゆっくりは笑っていた。みんなのためになるんだったら、どすはどんなこともするよ、と笑っていた。
苦しい笑顔を浮かべて……ずっと、ずっと笑っていた。
まりさには、最後まで分からなかった。
大きなゆっくりは、ずっとゆっくりできていないのに。
仲間達は自分達がゆっくりするために、大きなゆっくりをさらに働かせる。
痛々しく、いじらしく、仲間のために働く大きなゆっくりを……どうして誰も、ゆっくりさせてあげないんだろうと、ずっと思っていた。
どすはみんながゆっくりしてるのをみているとゆっくりできるんだよ。だから、どすがみんなをゆっくりさせるのはとうぜんなんだよ……と、友達のれいむは言った。
まりさには、彼女の言葉の意味がよく分からなかった。
みんながゆっくりしているのを見るのは、確かにゆっくりできる。
でも、みんなと一緒にゆっくりできなきゃ……なんの意味もないじゃないか。
だから、まりさは大きなゆっくりのために、美味しいものを探して森に入った。
「……さん……どう?」
「んー……よく見えないな。シノブ、ちょっと小さめの鏡を持ってきてくれ」
「はーい」
ゆっくりまりさの額に当てられていた手が遠のいていく。
まりさは苦しそうに息を吐きながら、自分を診察していた女を見つめた。
彼女は細い目つきをさらに細めて……溜息混じりに言った。
「まりさ。聞こえてるか?」
「…………なぁ、に?」
「もう薄々分かっているとは思うが、お前は死ぬ」
死ぬ。
ああ……それはまりさにはよく分かっていた。
いつの頃からか、意識がなくなって、自分がいなくなるような感覚があった。
ゆっくりの寿命はそれなりに短い。しかし、それは自然の中の話で、人に飼われているはずのまりさはそれなりに長く生きられるはずだった。
その寿命を削った要因を知っているのか、彼女は目を細めた。
「お前、少し前に怪我をしてるだろ? 釘を引っ掛けたとかそんなんじゃない。それなりに深手だが、自然治癒でなんとかなる程度の傷だ」
「…………ゆぅ?」
「他のゆっくりと喧嘩をしなかったか? と、聞いてるんだ」
まりさが理解できなかったのを慮ってか、彼女は分かりやすく言い直してくれた。
確かに、まりさには心当たりがあった。
「……ありすとぱちゅりーのふうふが、みんなのちゅーりっぷをむーしゃむーしゃしようとしてたから……やめてっていったけど、きいてくれなくて」
「それだな。傷からカビが入ったんだ」
カビというのは、意外と根深い。
洗剤のコマーシャルなどでよくやっているが、表面だけ除去したとしても、根が残っていれば再び再生する。
ゆっくりにはカビに対する耐性がそれなりに備わっているが、深手を負って弱っているところに感染してしまったのだろう。
「ったく……あのガキども、弱ってたのは分かってただろうに。浅知恵で自然治癒に任せるからこうなるんだ。せめて薬さえもうちょっと早く飲ませてやれば……」
「……みんなはやさしくしてくれたよ。まりさは……すごくゆっくりできたよ」
「さよか」
がしがしと頭を掻いて、彼女は思い切り息を吐いた。
「悪いが、俺じゃお前を助けられない。表面にゃ出てないが、カビはお前の中枢まで侵食してる。……細胞全部バラして、カビを除去するくらいやらなきゃ無理だろうな」
「…………ゆぅ」
まりさは、ちょっと困ったように笑った。
呆れたような、諦めたような、そんな笑い方だった。
「おねーさん。まりさはしんじゃうんだね?」
「……さっきも言ったぞ、芸人の鉄板芸じゃねぇんだから何回も確認させんな」
「ひとつだけ……おねがいしちゃだめ?」
「ここで駄目とか言ったら俺が極悪人じゃねーかよ。まぁ、できることとできないことがあるけど、言うだけは言ってみろ」
「みんながくれたおはなのたねを……まりさたちのゆっくりぷれいすだったばしょに……まいてほしいよ」
「……それくらいなら、まぁ……なんとかして、やらんでもない」
「ありがとう……おねえさん」
「ただし、希望は捨てるな」
「ゆ?」
「最後の最後まで、『永遠にゆっくりすること』には抗え。どんな邪悪だろうと、どんな化物だろうと、人間だってオケラだってアメンボだってゆっくりだって……生きるってのは、そういうことを繰り返していくしかねーんだ」
まりさの心を見透かすようなことを言って、彼女は苦笑した。
「まぁ……そんなこと言う資格なんざ、俺にはねぇんだけどもさ」
なにかを諦めたかのように、薄く笑っていた。
鏡がなくてもよく分かる。それは多分……まりさが世界で一番尊敬しているゆっくりと同じ笑顔だったと思う。
「………ゆぅ」
ゆっくりまりさは、ゆっくりである。
ほんのちょっとだけ賢いゆっくりで、だからこそ群れのみんなを殺した人間の顔もきっちり覚えていた。
覚えていたし憎んでもいたが……復讐する気は起きなかった。
「……ごめんね、みんな」
「ん? なんか言ったか?」
「なんでもないよ……おねえさん」
苦笑を浮かべながら、まりさは自分の生きてきた道を振り返る。
振り返りながら、死に抗う術を考えていた。
ゆっくり、と呼ばれる奇妙な生物がいる。
悪質な冗談か、あるいは世界の気まぐれもしくは大自然の神秘が生み出したナマモノで、中身は餡子でできている。……というか、ぶっちゃけお饅頭である。
野菜などの作物を好んで食べるので、農家にとっては害獣(獣かどうかはさておいて)と認知されていたりもするが、人里に降りてくるゆっくりはあまりいないので、幻想郷では猪や兎なんかと同じ扱いにされている。
同じ扱い。……まぁ……つまり、食べ物だ。
猪や兎よりも安価で捕獲できるため、低価格で販売できるのが強みで、人里ではゆっくりの揚げ饅頭なども販売されており、疲れた労働者や主婦の心と体を癒している。
まぁ、私は食べようとすら思わないけど。
「そう? 一度食べてみたけど、意外と美味しかったわよ?」
「……まぁ、輝夜はニートだからなァ」
「さりげなく侮辱された気がしたけど、どういうことよ?」
「確かにゆっくりは美味いけど……美味いことには裏があるもんだ」
にやりと口元を緩めて、恐怖体験を語ってやる。
「ゆっくりは手作りの饅頭より安価だからな、それを見越して大量生産しようとした野郎がいてな、機材とか色々揃えてようやく大量生産だってところまでこぎつけた。……私はバイトで入ったんだけどな、色々あって最終的にはその工場は吹っ飛んだ」
「どんな経緯があったら工場が吹っ飛ぶのよっ!?」
「んー……そうだなァ」
あんまり思い出したくもないが……当時のことを思い出しながら口を開く。
胸クソ悪くなるので詳細は省くが、集まった二十人のバイトのうち、業務内容の過酷さに耐えかねて、十九人が三日で逃げ出した。
パートのおばちゃんに色々聞いてみたが、正社員の中にも精神が色々とやばくなったり業務の辛さに辞めた奴も多々いたらしい。
「うわ……なにそれこわい。むしろ妹紅がバイトを続ける気になったのが不思議だわ」
「慧音の誕生日プレゼントを買うための金が欲しかったんだよ」
「で、その後はどうしたの?」
「社長の浮気が奥さんにバレた上に、浮気相手が半狂乱になりながら工場に立て篭もっちまってな、そこで社長が刺されたり奥さんがアルゼンチンバックブリーカーを浮気相手と社長に叩き込んだりと色々あった。で、こりゃもうこいつら駄目だなって思ったから、工場のゆっくりを逃がしたんだけど、その時に工場が爆発してえらい目にあった。……あとはまぁ、社長とか浮気相手とか私とかが、死んだと思ったけど死んでなくて一件落着というわけだ」
「……あれ? なにそのオチ。ゆっくり関係なくない?」
「ゆっくりを使った事業は必ず失敗するってパートのおばちゃんが言ってた」
「ただのジンクスじゃない!」
「あと、ゆっくりって甘さ控え目じゃん? 私はどっちかっていうと、もっとがっつり甘い方が好みだし」
「個人的な好みはどうでもいいわよ! じゃ、じゃあ社員が続々と辞めていったっていうのは? バイトがほとんど逃げ出すとかおかしいでしょっ!?」
「私とパートのおばちゃんは胸が薄かったから大丈夫だったけど、社長のセクハラがとにかく最悪だったらしい。ホント、あらゆる意味で胸クソ悪いよな?」
「どおおおおおおおおおおおでもいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいわああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
輝夜的にはもっと重い話が好みだったのか、どーでもいいわと叫ばれてしまった。
むぅ……私的にはわりとどうでもいい話ではなかったのだが、輝夜にはお気に召していただけなかったらしい。
ホント、めんどくせー女だ。この女の世話を焼く薬師の気持ちが分からない。
「ちょっとー! 二人とも真面目にやってよー!」
「ほら、輝夜。お前のせいで怒られただろ。真面目に考えろよ」
「……話を脱線させたのは妹紅でしょうが」
寺小屋の最後の一人……シノブに話を聞くために戻ってきたのだが、なにやらよく分からないことになりつつあった。
私の目の前には、黒い三角帽子に金髪を持った『顔面』が苦しそうな表情を浮かべて荒く息を吐いていた。
まぁ……これが『ゆっくり』というやつだ。
「おでん屋のお姉ちゃんに聞いてもよく分からなかったし……まりさ、このまま死んじゃうのかなぁ?」
「私も饅頭関係のことは疎いからな。バイトでやったのもほぼ流れ作業だったし。……輝夜はなにか知らないか?」
「私も、ゆっくりに関してはあんまり詳しくないけど……」
輝夜は首を捻って考え込んでいたが、妙案が浮かんだのか不意に手を叩いた。
「そうだ! こーりんならなんとかできるかも!」
「こーりんって……」
「香霖堂の森近霖之助よ!」
森近霖之助。あんまり面識はないが、魔法使いの森の近くで……なにやら怪しげな店を営んでいる眼鏡。
博麗の巫女や霧雨の魔法使い、それから八雲の大妖怪と交流があるという噂を聞いたことがあるが……そいつらと交流がある時点でまともな野郎じゃないような気がする。
「妹紅、そこへ行って相談してみましょう!」
「わぁーったから大声出すなって! ったく……お前って子供好きだっけ?」
いつになく、輝夜のテンションが高い。
子供好きだからか、単に誰かの役に立つのが嬉しいのか私には分からないが、とりあえず『お姉さんぶりたい』からと解釈しておこう。
そんなわけで、輝夜に急かされつつ魔法の森に向かうことにした。
別に、子供好きというほどではないと思う。
慧音さんほど勤勉というわけではなく、妹紅ほど人と関わって生きてきたわけじゃないし、そもそも永遠亭には子供と呼べる存在がほとんどいない。
だからまぁ……シノブちゃんのような存在と触れ合うのは、わりと新鮮だ。
好きというほどじゃないけど、別に嫌でもないというのが本当の所だろう。
あとは、事件以外の所でいいところを見せておけば、最近永遠亭で微妙になってきている私の立場もうなぎ登り。えーりんもきっと私を見直してP●Pとか、WI●とか、箱●とかを買ってくれるに違いない。
「あの……輝夜。なんか企んでるのは分かったから、とりあえず手伝ってくれない?」
「嫌よ。大体、戦車と戦うとか、普通に考えてありえないと思うの」
ついでに言えば、その戦車を操ってるらしき髑髏仮面に土下座をさせて、ヤクザキックを叩き込みまくっている妹紅も色々とありえないと思う。
「人里の外とはいえ、機械に襲われるとは物騒になったもんだ。……オラ、もっと持ってんだろうが! ジャンプしろジャンプ! 命の代金はそんなに安くねーぞ!」
「……妹紅。まるで頭にチの付く不貞の輩みたいよ」
「誰がチンピラだよ。悪いが、いきなり人に襲い掛かってくるような悪党には容赦しない主義でね。あ、こら待て! 服の弁償代くらい置いてけ!」
全力で逃げ出す髑髏仮面の声には泣き声が混ざっていた。
なんというか……やり過ぎとは言わないけど、ちょっと同情してしまう。
「ちっ、逃がしたか。もうちょっと絞り取れそうだったのに。……あーあ、ちょっと焦げちゃったじゃない。服だって安かないのに」
「……いや、確かに安くないかもしれないけど」
アンタの場合、年がら年中そのツナギみたいな服じゃない?
こいつの場合元がいいんだから、もっと服に気を使ってもいいと思うんだけど。
「興味ない。動きやすければそれでいい。大体、輝夜も似たようなもんじゃないか」
「私はあんまり外出しないし、外出する時はちゃんと気を使ってるわよ」
「……その『あんまり外出しない』ってのが一番の問題だと思うのは気のせいか?」
「ちょっとずつ改善してるわよ」
まぁ、妹紅の目を直視できない程度の改善だけど、そもそもつい最近まで永遠亭に引きこもってた私にしてはわりと上出来だったり……と、思う。
リハビリは少しずつやっていくものなんじゃ、ないかな? かな?
と、そんな掛け合い漫才のようなやり取りを含みつつ、香霖堂に到着。
「表は思ったより普通だな。……なんつーか、古道具屋って感じ」
「そうね。幻想郷らしくはないけど」
実際のところはほんの少しだけ不安ではあった。……いや、博麗の巫女やら白黒やら八雲紫が出入りしてると評判の店だ。
そんな店が正常なわけないのだから。
「妹紅、分かってるわね?」
「もちろんだ。なにが起こるか分からないからな。油断はしない」
言いながら、妹紅は何の躊躇もなく店のドアを開けた。
そして……中を覗くと同時に、思わず絶句した。
『うわぁ……』
なんとも怪しげな佇まいに、私と妹紅は全く同じ感想をもらした。
商品なのか商品じゃないのかよく分からない品が所狭しと陳列され、店の端にはなぜかドラム缶が置かれている。
狂気の沙汰。そんな言葉が頭に浮かんだ。
「も、妹紅……どうしよう? 一旦帰った方がいいのかな?」
「ば……馬鹿を言うな。展示物が狂気なだけで、店主はまともかもしれないだろ?」
「そ、そうね! デザインセンスと人間性は無関係だものね!」
実際の所、私も妹紅も家に帰りたい気持ちでいっぱいだったけど、シノブちゃんの涙目がそれを食い止めていた。
子供って、わりと偉大なのかもしれない。
「まぁ、内装はともかく、店主はどこだ?」
「カウンターにいないってことは、外出中か……あそこじゃない?」
指差した先には、木の扉。
その扉のドアノブには赤い字で『使用中』と書かれており……まぁ、中で何が行われているのかは一目瞭然なわけで。
「なんだ、便所か。とりえずドアでも叩いて急かすか?」
「ちょっ……さすがにそれはまずいでしょっ!?」
「輝夜も子供に泣かれるのは嫌だろ?」
「……仕方ないわね。一応……緊急事態だと……言えないこともないし」
お饅頭とはいえ、命がかかっているのだ。急かしたところで問題はない……と、思いたい。
「まぁ、やるんだったら妹紅がやってよね。私はそんなはしたないことでき……」
「おーい! 店主! 緊急事態だ、さっさと出て来い!」
「決断早すぎでしょっ!」
ドンドンと扉を乱暴に叩きまくる妹紅の表情はそれなりに必死だったけど……なんというか、もうちょっと慎ましやかさがあってもいいと思う。
なんだろう……普段喧嘩(というか殺し合い)ばかりしててあんまり気づかなかったけど、プライベートのこいつってものすごい駄目人間なんじゃないだろうか?
いや、私に言われる筋合いはないと思うんだけど……。
女の子らしくないし。
粗暴だし。チンビラだし。
挙句の果てには美人女教師のヒモだし。
と、私が思いっきり失礼なことを考えていると、トイレの中から呆れたような声が響いてきた。
「この声……ああ、慧音女史の所のヒモか」
「誰がヒモか! ちゃんと働いてるしお小遣いとかも受け取ってねぇよ! 緊急事態だからさっさと出て来い!」
「そんなに急かさなくてもすぐに出て行く……あっ」
あっ?
あっ……ってなにっ!? トイレの中で一体なにがっ!?
その疑問を解き明かす間もなく、店主……森近霖之助はトイレから出てきた。
「や……やあ」
「笑顔で誤魔化すな! 挨拶はいいから手を洗えよ!」
「い、いや、君が心配するようなことはなにもないよ? 今だってウォシュレットの水がはねて手についただけだし」
多少言い訳っぽかったけど、まぁ、深くは突っ込まないでおこう。
それにしても……ウォシュレット。
店の佇まいに似合わず、随分と最新鋭の家電を使ってるらしい。
当然のことだけど永遠亭では使われていないので、ちょっと羨ましい。
妹紅と喧嘩した後に慧音さんの自宅に運ばれて、そこで使ってみたのだけど……なんというか、技術の進歩や科学の発展はここまで進んでいるのだなぁと思い知ったものだ。
便座が常に暖かいのも、素晴らしいと思う。
その後、永遠亭にも設置してみるようにえーりんに進言したのだけど、あっさりと却下されてしまったことは言うまでもない。
ただ、その理由というのが――――。
『あ、あんなものを設置するなんてとんでもない! 便座が常に暖かいのは評価できますが、アレを考えた科学者は狂気に取り付かれていたとしか思えません!』
とのこと。
最初はなんか歯を食い縛るような覚悟が必要なので、えーりんの言うことは分からないでもないけど、狂気に取り付かれたってのは言い過ぎだと思う。
んー……ああ、そっか。
いっそのこと、今回の謝礼でウォシュレットを設置するのも手なのかもしれない。
えーりんを困らせる機会なんてそうそうないから、たまにはそういうのも悪くない。
「で、何の用なんだい?」
きっちりと手を洗ってから、霖之助さんは話を振ってきた。
色々とツッコミ所はあったものの、私が事情を説明すると、彼はゆっくりと……疲れたように溜息を吐いた。
「そういうのって、君のところの薬師か河童の領分じゃないかな?」
「にとりさんは今宇宙だし、えーりんは今忙しいみたいだし……」
「なるほどね、まぁ……こっちも商売だ。やれと言われりゃやるけどさ」
「商売? いたいけな子供の頼みごとを商売にするの? そこまで鬼畜なの? 夜な夜な女の子を店に連れ込んではイケナイこと(っていうか調教)をしてるっておでん屋さんから聞いたけど、本当だったのね?」
「本当なわけないだろ! あの女の言うことは一切信じるな!」
「だって……子供相手にお金を取るとか……」
「別に子供から受け取る気はないから! 君とか、そこの彼女とかが払ってくれればいいからね!」
「妹紅、お金持ってる?」
「いや……まぁ、輝夜がお金持ってることは期待してなかったけど……財布は家に置いてきたし、そもそもあんまり持ってない。最近、客足が落ちてるからな」
「そうなの?」
「客の財布の紐が固くなってるっぽいんだよな」
「ふぅん。……と、いうわけでお金は一切ないわ」
「じゃあ、協力はできないな。他を当たってくれ」
「んー……仕方ないわね。妹紅、この店の地下には十歳未満の女の子が多数囚われてるって噂を流しましょう。霖之助が事件の犯人とかでも一向に構わないわ」
「ちょっ……君はなにを言ってるんだっ!?」
「あらあら? あらぬ噂を立てられようがちっとも気にしない人が慌ててるわ。ねぇ……この店の地下には、なにがあるのかしら?」
「………………ぐっ!?」
人の噂やら風評が一切気にならない人がいる。
それは、噂や風評で被害が出ないと確信している人。噂や風評程度じゃ自分はまるで揺らがないと確信している誰か。……まぁ、博麗の巫女とか霖之助とかだ。
そういう人を動かすには、『煙の立ちそうな所』に火種を放り込んでやればいい。
私達と対面した時、こっそりと店の隅……地下室への階段へ目をやったことを、私は見逃していない。
伊達に長生きはしていないのだ。それくらいの腹芸は上手くなる。
「ごめんね、こーりん。こっちも子供の泣き顔とかあんまり見たくないからさ、手段は選んでいられないの」
「自堕落なお姫様にそこまでの覚悟をさせるとはね……。分かった、僕もそこまで言われちゃ引き下がれないな。その代わり、ボランティア、あるいは無償奉仕ってことになるから、僕に全部任せてもらうよ」
「それでいいわ」
「それじゃあ、引き受けたよ。くくく……久しぶりに楽しい仕事になりそうだ。僕をただの万屋だと思わないほうがいい。様々な外界の技術と、幻想郷の最新技術を持って、そのゆっくりとやらを生まれ変わらせてあげよう!」
なにやら、タガが外れたというか、リミッターを失った、とてもとても嬉しそうな笑顔を浮かべながら、森近霖之助は地下へと降りて行った。
その後姿を見送ってから、妹紅はゆっくりと口を開いた。
「なぁ、輝夜。……私の目には、あいつが好き放題やりたがっているようにしか見えなかったんだが、それは気のせいか?」
「気のせいではないわね」
口元を緩めて、私は軽く笑う。
「抑圧が大きいほど反動も大きい。情報や技術を知っているが故に好き勝手に振舞えないこともあるものよ。私は、ちょっとだけ背中を押しただけ」
「きたないな、さすが輝夜きたない。……まぁ、今回は結果オーライか」
「そーゆーこと。子供のお願いに手を汚すのは大人の特権ってヤツよ♪」
決して綺麗事ではないけれど。
子供の心を守るために、大人はいつでも手と心を汚すものだ。
そういう風に生きていく。それでいいんじゃないかと、私は思っていた。
説明しよう! 人力風起こしは空を飛ぶための道具である!
幻想郷がいつから存在し、いつまで続くのかは分からないが、そんな幻想郷において空を飛べる人間は、博麗の巫女を初めとした極々一部。
この道具は、人類の夢である飛行を可能とした道具なのである!
「いやぁ、渡りに船ってのもあるもんだね。一回使ってみたかったんだ、これ」
うきうきしながら、森近霖之助はペダルに跨る。
説明しよう! 人力風起こしは複数人で呼吸を合わせてペダルを漕ぐことによってプロペラを回転させ、その力で飛行を可能にした道具なのである!
霖之助は他のペダルに動力を取り付けることにより一人での飛行を可能としていた。
分かりにくかったら、電動補助付き自転車にでっかいプロペラが取り付けてあると思えばいい。
「さぁ、行くぞ! 今こそ僕は風になる!」
ペダルを踏み出すと同時に、プロペラが高速回転し、ふわりと浮き上がる。
ここに外界から来た誰かがいたら慌てて止めていただろう。いや……外界から来た人間がいたとしても、『なにこれ、ガラクタ? ゴミ?』とか言っちゃうかもしれないが。
その人力風起こしには……一番必要なものが欠けていた。
「お? ……うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」
プロペラに合わせて、くるくると機体が回る。
外の世界にいる人間には当然の知識ではあるが……ヘリコプターという飛行機には『横回転』のプロペラの他に『縦回転』のプロペラが存在している。
横のプロペラ……メインローターで浮飛行に必要な揚力を獲得し、縦のプロペラ……テールローターで機首方向の安定を図っているのだ。
詳細は省くが、このテールローターがないと、機体はメインローターの回転と逆方向の反作用に逆らえず、制御不能になってしまうのである。
「は、図ったな! シャアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァ!」
夢破れた男の叫び声に呼応するかのように。
人力風起こしは、空中で綺麗に……くるくると回りながら、爆散したのだった
その後、黒コゲになった霖之助は徒歩で人里にやって来たのだが。
その表情のあまりの痛々しさに、慧音女史ですら声をかけるのをやめたという。
それはそれは……人の優しさが心に突き刺さる事件だったそうな。
人はレアリティを求める生き物らしい。
そして、楽して人よりゆっくり生きたい生き物らしい。
今回はゆっくりで例えたけど……人間もそう変わらない。
まぁ、例え話については『俺の屍を越えてゆけ』というゲームの風神雷神のイベントが秀逸なので、そっちを見たほうがいいかもしれない。
善意で与えたものが、歪んでしまうことなんてよくあることだ。
逆を返すと、歪まないで生きていくのは難しいけど。
歪まない本当の善意は、それだけで美しいってことで。
と、いうわけで第四話、いかがだったでしょうか。
ちなみに人力風起こしの資料は、現在絶版(かな?)中のロマンシングサガ2の漫画から。ベアとゲオルグとシャハリヤールがやたら格好いいので、読む機会のある人は是非読んでください。
次回はおでん屋編の三月精、もしくは本編の続きってところです。
ではでは、次回をお楽しみに♪
……あれ、この次回予告前回とほぼ一緒じゃね?
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